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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
114/139

沈黙と本音の車内 1


 女性誌の取材を終えた千晶(ちあき)は、再び事務所に戻り、スタジオを借りて自主練に励んでいた。センターがパフォーマンスでミスをするのは許されない。ある程度仕込んだら、ドラマの台本を暗記し、演技の練習。


 表情管理。滑舌。鏡を見ながら細かく調整していく。


 ノックして顔をのぞかせた田波に、まだいるのかと驚かれ、帰るよう促された。


 田波に付き添われながら裏口へ出れば、外はすっかり暗くなっている。周辺の建物の明かりが、煌々(こうこう)と灯っていた。


「すみません、坂口さん。送迎車が今ちょっと空いてないみたいで、タクシーで帰ってもらってもいいですか?」


「五千円で足りますか?」


「十分ですよ。レシートはちゃんととっといてくださいね。じゃあすぐに呼ぶんで」


 裏口に、着信音が響き渡る。田波のスマホだ。ジャケットから取り出し、相手を確認した。


「あ、すみません。局のプロデューサーからなので出ますね」


 電話の対応を始めた田波を横目に、千晶は正面を向く。


 裏口には、先客がいた。イヤーマフをつけながらたたずむ後ろ姿を、無言で見据える。


 足音を立てないよう近づき、となりにぴたりととまって、顔を(のぞ)き込んだ。千晶が想像していたとおりの人物だ。


 琥珀色の瞳が、夜景を反射して光っている。


「それ、はずせよ」


 自身の耳を、指で渦を描くような動きで指し示した。


 イヤーマフのことを言っているのだ。はずさなくても聞こえてはいるのだが、純はわざわざ反論するのもめんどくさいので外し、首にかける。相変わらず目を合わせなかったが、千晶の口角が上がっていることには気づいていた。


「送迎車、もうないんだってよ」


「……そうなんだ」


「まあ、俺はタクシーで帰るけど」


 知っている。先ほどの会話はすべて聞こえていた。


「一緒に乗せてってやろうか?」


「あー……いや」


「遠慮すんな。金なら俺が出してやるよ」


 自信満々に胸を張る千晶に、純はどう返事をしようか考えあぐねていた。この手のタイプは対応が難しい。断れば不機嫌になって根を持ち、一緒に乗れば上から目線で傲慢な態度を取るのだ。


「っていうか、おまえ、ここでなにしてたんだ? 仕事ないんだから、こんな時間までいる必要ないだろ」


「……勉強」


 純の頭が導く、一番無難な回答。


 千晶は、いまだに目を合わせようとしない純に、馬鹿にした笑みを浮かべた。


「勉強? いや、それ事務所でやることじゃねえだろ」


 なんと返そうか再び考えていると、となりにいる千晶より向こう側、事務所の影から曲がりこんでくる送迎車に気づいた。その走行音に、千晶も顔を向ける。


 送迎車は二人の前に停まり、後部座席のドアが開いた。


「ごめんごめん、ちょっと遅くなった~」


 出てきたのは、派手な千鳥柄のシャツを着こなす、長身の男だ。こっくりとした赤毛は純とまったく同じ。二重の目は丸く大きく、表情ははつらつとしている。


 ドームツアーを行う歌手でありながら、冠番組を複数持つ国民的タレント。純の父親である、星乃(ほしの)(めぐみ)だ。


 千晶に気づくと、テレビに映るときと同じように、輝かしい笑みを浮かべてみせた。


「あ、お疲れさま」


 千晶は体をこわばらせ、会釈した。


「……お疲れさまです」


 純に視線を移す恵は、「俺、まさかやらかしちゃった?」とその目で不安げに聞いてきた。純は反応を示さず、千晶に視線を向ける。


 恵よりも居心地の悪い顔をして、うつむいていた。その全身から、複雑に絡まりあった感情がふつふつと湧き上がっている。


「えぇ? 星乃さん?」


 ようやく局のプロデューサーと電話を終えた田波が、恵の存在に目をみはった。スマホをジャケットにしまい、急いで千晶のもとに駆けつける。


「お疲れさまです。これからご帰宅ですか?」


「あー、えっと」


 恵の顔に、いたずらがバレた子どものような笑みが浮かぶ。


「俺このあとラジオの生放送でさ~、そのついでに純を送るつもりだったんだ。みんなには内緒ね?」


 口元に人差し指を当てるその姿は、万人に好かれる愛嬌(あいきょう)の良さに満ちていた。


「もしかしたら、星乃恵が職権乱用して社用車使ってるって、思うやつがいるかもしれないじゃん? 一応、許可はもらってるんだけどね~。こういうときじゃないと息子となかなか会えないしさ~」


「ふふっ。はい。わかりました」


 社交的な恵の人柄に、田波も自然と頬が緩む。


 千晶は、顔を伏せたままだった。誰とも目を合わせようとしない。片方の二の腕をぎゅっと握りながら、この時間が早く過ぎるよう祈っている。


 千晶に視線を向けた恵は、軽く尋ねた。


「きみも、今から帰るとこ?」


 千晶のようすを察した田波が、代わりに答える。


「はい。今からタクシーを呼ぶところで」


「まだ呼んでないの? じゃあ、一緒に乗りなよ。送るよ、うちのマネージャーが」


「え?」


 困惑する田波のとなりで、千晶が顔を上げる。眉尻を下げ、手を振り、いつもとは違う自信のない声を出した。


「あの、大丈夫です。そんな。一人で帰れますし」


「でもタクシー代もったいなくない?」


「あ、その、申し訳ないですし」


「気にすんな。純と同じ。ついでにのせるだけなんだから。ナベさんちなら俺もわかるし~」


 田波が腕時計を見ながら遠慮がちに尋ねる。


「あの、ありがたいんですが、大丈夫なんですか? ラジオの時間……」


「ああ、大丈夫大丈夫。まだ余裕あるから」


 戸惑う千晶と田波を横目に、純は後部座席へ進み始めた。こうなったら恵は引かない。


「あ、もし上からなんか言われたら、俺の名前出していいよ」


 ドアを開けて乗り込むと、運転席に座る青寺(あおでら)マネージャーと目が合う。軽く頭を下げて、奥の座席に進んだ。


「ほら、純も乗ったんだから、早く乗って」


 これ以上断れない千晶は、純に続いておそるおそる乗り込む。田波と一言交わした恵が助手席に乗れば、車はすぐに走り出した。

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