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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
113/139

前を向く者と置き去りにされた者 2


「そういえば星乃さんって、スカウト組なんですよね。会長から聞きましたよ」


 顔を向けると、古橋は先ほどのことをまったく気にしておらず、愛嬌(あいきょう)のある笑みを浮かべている。


 どこまでも純朴で、清らかだ。


「すごいなあ。レッスン生からデビューするより奇跡的な確率じゃないですか。俺からしたら、スカウトされて即デビューなんて、そんな話ほんとにあるんだって感じですよ。特に俺たちの世代は不遇とか才能なしとか言われてて……」


 話し続ける古橋をじっと見つめる純は、古橋と初めて会った日の出来事を思い出す。


 そのときから湧き上がっていた疑問を、話を遮るようにして尋ねた。


「古橋さんって、イノギフのメンバーとレッスン生の時期、かぶってるんですか?」


「え? ああ、はい。fresh(フレッシュ) gift(ギフト)の子たちとも、五年はかぶってたかな」


「初めてお会いしたとき、古橋さん言ってましたよね。以前は爽太がセンターだったって」


「……ああ。そう、でしたね」


 だとすると、つじつまの合わないことが出てくる。


「それって、どういうことですか?」


 デビューした当初から、Innocence(イノセンス) gift(ギフト)のセンターは坂口千晶で固定されていたはずだ。純の記憶では、爽太がセンターだったことは一度もない。


 古橋は気まずそうに眉を寄せ、聞かれたくない相手でもいるかのようにあたりを見渡した。純以外だれもいないというのに。


 純に身を寄せるように近づき、声を落とす。


「イノギフって、もともとあった一つのレッスン生グループに、ほかのレッスン生を取り入れる形で結成されたんです。そのレッスン生グループのセンターが、和田さんだったんですよ」


「レッスン生グループ……」


「まあ、優秀なレッスン生たちで結成される、仮のグループってところですね。デビューはしてないんですけど、優先的にオーディションや仕事を紹介してもらえるんです」


 アイドルグループ、ボーカルユニット、男女混合ユニットとさまざまな形で組まれるものの、レッスン生にとってはここに入るのも狭き門。


「レッスン生グループに入れたからって、必ずしもそのままデビューできるわけじゃないんです。メンバーの脱退も入れ替えも、それこそセンターが急に切り替わるのも、よくあることです。グループ自体が解散になるパターンも、珍しくありません。それでも、和田さんのいたグループは長く続いていて、ずっとセンターだったんですよ」


 古橋は眉尻を下げ、口角を上げる。同情と、悲痛の伴う笑みだった。


「絡みのなかった俺でもわかります。和田さんが、努力家だってこと。ダンスも演技も厳しい指導に耐えて、ライブのバックで踊ったり、ドラマの子役として出演したり、場数を踏んできたんです。だから、イノギフとしてデビューするってなったとき、和田さんがセンターになるって考えてた人は、多かったんじゃないかな」


「でも、実際は坂口千晶がセンターとして選ばれた」


 純は口元に握りこぶしを当てる。


 思い起こせば、一年目のデビュー会見の際、やけに千晶への注目度が高かった。千晶ほどの容姿であれば無理もないが、取材陣の反応があまりにも露骨すぎた。


 おそらく、センターである千晶が注目されるよう、事務所側で仕込んでいた部分があったのかもしれない。ほかのメンバーが終始気まずい空気に耐えていたことを、純はよく覚えている。


 デビューするために自分のすべきことをすべてやって、歌もダンスも努力して、いざデビューのふたを開ければセンターは違う人。がんばってきた自分以上にもてはやされて、自分よりアイドルとしての仕事も充実している。


 爽太にとってデビューは華やかしいものではなく、薄暗いトンネルの入口に立つようなものだった。


「坂口さんは、星乃さんの次に後輩なんですよ。和田さんや竜胆さんより一年下なんです。レッスン生グループに所属していたわけでもありません。だから……」


「みんなにしてみれば、急に入ってきてなにこいつ、って感じだし。爽太にしてみれば、センターをビジュアルだけでとってかわったやつ、になるのか」


「そう、なりますね。たぶん、そこに星乃純が加わったから、表立ってセンターに文句を言うような状況にはならなかったんでしょうけど」


「つまり、二世の劣等生がいいスケープゴートになったってわけだ?」


 ――俺を入れると決めた社長は、そこまで考えてなかっただろうけど。


 古橋は返事に困り苦笑する。


「……今、結構、しんどいんじゃないかなぁ、和田さん」


「どうして?」


 爽太のメンタルが落ちている状況もその理由も、純はとっくに気づいている。そのうえで、古橋がそう思う理由を聞いておきたかった。


「ほら、星乃さん以外の三人、同じ高校の芸能科じゃないですか。僕も、芸能科の高校だったからわかるんですけどね。芸能科は芸能科で、勉強より仕事してなんぼってとこがあるんですよ」


 古橋の顔に、影が差し込む。爽太のことを話しながらも、自身の昔の記憶を引っ張り出しているのが、ありありと見て取れた。


「和田さんの場合、下の学年の二人がしょっちゅう仕事で抜け出して、自分は普通に授業を受けている状況でしょ? 自分だけ仕事がない現実を突き付けられますし、それを同級生にも把握されるんです。……(みじ)めですよ、なんのために芸能科いるんだろうって。仕事もなくて学校で勉強するだけなら、普通の高校でもいいわけですから」


「古橋さんも、いろいろ苦労されたんですね」


「え? あ……いやいや、イノギフのみなさんに比べれば、全然」


 古橋は手を振り、思い出したように笑みを浮かべる。


「和田さん、今よりもっと明るくて、はつらつとしてたのに。今は必死に、自分を抑えてる感じがするんですよね……」


 純が口を開くものの、耳に入るスマホのバイブ音に気を取られた。


「かといって、坂口さんは坂口さんで、いろいろあるんでしょうけどね。センターのプレッシャー、とか」


 持っていた雑誌を閉じて積み重ねた純は、そばにおいていたリュックからスマホを取り出す。スマホはいまだに、バイブレーションを繰り返していた。


 相手を確認して電話に出た純は、何度か相づちを打って、すぐに切る。その際、目に入った時刻に、思わず声をあげた。


「え? もうこんな時間?」


 古橋が腕時計と積み上げられた雑誌を見て、苦笑する。


「これだけ真剣に読んでたんですもん。そりゃ時間もたちますよね」


「結局ダンスの練習できなかったな」


「ええ、ほんとに」


 リュックを背負い、積まれた雑誌を抱えようとする純に、古橋が手を出して制する。


「あ、大丈夫です。僕が持っていくんで、星乃さんはもう帰ってください」


「でも、こんなにたくさんあるし」


「こういうのも僕の仕事ですから。早く帰ってゆっくり休んでくださいね。あ、鍵は僕が預かりますから」


 優しくて穏やかで、裏表のない古橋の姿に、純は自然と笑みをこぼす。頭を下げながら礼を言い、この場は古橋に任せることにした。



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