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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
110/139

未成年の男女がやること 2


 一部始終を稽古場から見ていた爽太と古橋は、ただただ戸惑うばかりだ。重苦しい嫌な空気を、会長のおちゃらけた声が一掃した。


「そうそう。ネットの反応おもしろかったね。ほしわだ、だってぇ?」


 圧の強い笑みを稽古場の中へ向けた会長に、爽太がたじろぎながら頬を引きつらせる。


「えっ」


「決して、悪くはない評価だと思うよ」


 会長の視線が、純に移った。


「とりあえず、コーヒー分は、これでチャラだね」


「……貴重な助けを無駄にしてしまいました」


「そう思うんだったら月子のとこに急ぎなよ。待ってるよ、純のこと」


 純はほほ笑み、頭を下げる。会長の横を通りぬけ、階段へ向かった。




          †




 事務所のエントランスは見渡すほど広々としている。モダンなデザインのテーブルが並べられ、フリースペースとして開放されていた。


 来訪者が利用するのはもちろん、レッスン生が弁当を食べたり、現役タレントが動画を撮影したりとその用途は幅広い。


 純は遠目に、月子の後ろ姿を発見した。驚かせないよう音を立てずに近づき、となりに腰をおろす。リュックから参考書や課題をひととおり出した。


 問題集を見ながらせっせとノートに書きこむ月子は、ラベンダー色のシャープペンシルを使っている。純が以前、誕生日プレゼントとして渡したものだった。


 周囲に座るほかの利用者に気を遣いながら、声を抑えて話しかける。


「勉強したいなら、会議室でもよかったんじゃない?」


「私もそう思ったんだけどね」


 月子はノートに視線を落としたまま答えた。


「密室は避けなさいって、会長が。なにをしてるのか見えないぶん、好き勝手言ってくるやつが絶対いるからって」


「ああ、なるほど」


 先ほどから、純の肌にちくちくと刺さる視線。有名女優の渡辺月子とアイドルの星乃純が、二人でなにをしているのか気になるようだ。


 この状況ですら付き合っていると誤解されてもおかしくない。密室に入っていくところを見られればなんと言われるか。――先ほどの熊沢がいい例だ。


 二人とも、ただでさえ事務所内での印象がよくない今、気を付けるに越したことはない。


「純ちゃん、はいこれ」


 月子に渡されたのは、小さい紙切れ。――成績表だ。


 二年生最後の期末テストの成績が書かれている。各教科で点数の差が激しいものの、得意科目は満点に近い点数だ。


「すごいね、月子ちゃん。忙しいのに勉強頑張ってるんだ」


「当たり前でしょ。どう? 希望はある?」


「そうだなぁ。……少なくとも俺より早めに準備してるから、余裕はありそう」


「なにその煮え切らない回答は……」


 純は自分のときにどうだったかを思い出し、今後のスケジュールについて月子と話し合った。


 月子の立場上、どうしても他の受験生より時間の制約が出てくる。月子が滑り止めとして考えている志望校も、例年学科の人気が高く、倍率も高い。なんにせよ、本人の努力にかかっていた。


「今だったら……国語と英語、社会は今度の定期テストの対策をして……数学と理科を基礎から勉強しなおしたほうがいいかも」


「純ちゃん、得意?」


「俺も苦手。でもコツはわかるから教えてあげる」


 純は月子の参考書を開き、基礎的な数学問題から解かせ始めた。そのあいだ、純は自身の課題に向き合う。


「わからないことがあったら聞いて。あ、イヤーマフつけてもいい? ちょっと、集中できなくて」


「そんなの私の許可いらないのに」


「……ありがと」


 リュックから緑色のイヤーマフを取り出し、装着する。


「これつけてても月子ちゃんの声はちゃんと聞こえるから、安心して」


「だとしたらそれつける意味ある?」


 イヤーマフをつければ、聴力はある程度制限される。雑音は緩和され、声と同時に入り込んでくる感情や思考に振り回されることもない。余計な情報を遮断する中、純は集中して課題に取り組んでいった。


 すぐに終わらせてとなりに顔を向ければ、月子が真剣な顔で問題を解き進めている。頬を緩めて眺める純だったが、その表情は無に戻った。


 ひときわ強い視線が、自身の背中に刺さっている。ペンを置き、イヤーマフを外して振り返った。


 エントランスの奥。ここから離れた位置にある管理窓口の前。そこにたたずんでいる爽太と、目が合う。純が振り向いたことに驚き、目を丸くしていた。


「月子ちゃん、ちょっと待ってて」


 うなずいた月子を見て、腰を上げる。イヤーマフをノートの上に置き、爽太のもとへ向かった。


 近づいてくる純に、爽太はさらに驚いた。遠慮がちに眉尻を下げ、手を振る。


「わざわざ来なくてもよかったのに」


「なんか言いたいことがあるのかと思って」


「いや、そういうわけじゃ」


「自主練は終わった?」


「あー……うん。一回通して終わり。なんか、古橋マネと会長が話し込んでて、集中できなかったんだよな」


 爽太は苦笑しながら、遠くにいる月子に視線を移す。


「相変わらず、仲、いいんだ?」


 純は、その声にこもる不快げな感情を聞き取った。


「月子ちゃんのこと、苦手?」


「いや、そんなんじゃないよ。ただ、俺たちにしてみれば、先輩、だし。近づきにくい存在だから。純が仲良くできるのが不思議だなって」


 仕事に誇りを持ち、プロ意識も高い月子は孤高の存在だ。普段から、誰も寄せ付けない圧を放っている。純以外に同世代の誰かと仲良く話している姿を、純も見たことがない。


「もしかして、付き合ってる、とか?」


「ううん」


 平然と首を振る純に、爽太は半信半疑の目で続ける。


「まあ、なんにせよ、こんな目立つところでやらないほうがいいんじゃないの? 熊沢みたいなこと、言ってくるやつがほかにも出てくるだろうし」


 その言葉に、嫌味や嘲笑は含まれていなかった。同じメンバーとしての、率直な助言だ。


「心配?」


「そりゃそうだろ。自分からやいやい言われるようなこと、しなきゃいいのに。渡辺月子にかんしては、去年のこともあるんだし……」


「月子ちゃんはなにも悪くないよ?」


「いや、まあ、そうかもしれないけど……イメージ的に、さ」


「だとしたら、爽太だって俺のこと言えなくない? 俺みたいな劣等生にダンス教えてたら、スタッフからいろいろ言われちゃうよ? そんなことしても時間の無駄だ~、とか」


「いや、それは別に……」


「俺も一緒だよ。会長に頼まれたからっていうのもあるけど、俺が教えたいから教えてるんだ。時間もあるほうだし、教えてあげられるから」


 返事をせず視線を落とす爽太に、純はほほ笑む。


「心配してくれてありがとう。気にかけてくれるなんて優しいね、爽太は。……気を付けて帰ってね。お疲れ様」


 背を向けて遠ざかる純に、爽太はぽつりとつぶやく。


「優しいわけじゃ、ない」


 影が差す顔をそらし、出入口へ向かった。


 戻ってきた純を、月子が頬づえをついて見すえている。純がイスに座ると同時に、にやりと笑った。


「ほしわだだぁ」


「違う違う、やめてよ~」


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