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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
109/139

未成年の男女がやること 1


 グループの中で人気のない純だったが、ありがたいことにレギュラーとして出演する番組があった。


 同じ事務所の先輩がMCを務めるアイドル番組「ティーンエイジャー・アイドル!」。十代のアイドル達が集まり、若者のトレンドを勉強するというバラエティ番組だ。


 その収録が、先ほど終わった。先輩のMCにあいさつを終え、共演者と合同の楽屋で着替えを済ませる。先輩アイドル達にトイレに行くことを伝え、楽屋を出た。


 手洗いを早々に済ませ、楽屋にまっすぐ戻っていく。背後に気配を感じると同時に、聞きなれた女子の声が耳に入った。


「ほしわだ、だってよ」


 振り返れば、膝丈のワンピースを着た背の高い女子が、スマホ片手に挑発的な目を向けている。癖をうまくいかした黒髪のおさげに、猫のような大きい二重の目。高慢な笑みを浮かべる彼女の対応は、一筋縄ではいかない。


 「ティーンエイジャー・アイドル」のレギュラー兼アシスタント。彼女こそ、FMPきっての天才とうたわれる女優、渡辺月子だ。スマホに視線を戻し、声を高くしてわざとらしく読み上げる。


「とうとみを感じる~」


「しっかり者なのにぼーっとしちゃう和田くんと、意外と回り見てる優しい純くんって感じぃ」


「意外と星乃のほうが主導権握ってますな、これは」


 昨日の生放送以降、SNSはそれなりに盛り上がっているようだ。実際に声をあげて読まれるのは気恥ずかしい。月子の後ろにいるマネージャーの平山が察して、「こらこら」とたしなめていた。


 月子はふと、その顔つきを冷ややかなものに変える。


「千晶が足引っかけたとか言ってるやついるけど、完璧な千晶がそんなことするわけないじゃん。……ハっ。どうだか」


 昨日の放送で爽太が転ぶそのとき、カメラはセンターの千晶を追っていた。腰から上を映していたため、足元は見えていない。


 千晶に対する憶測はもちろん出たものの、ファンは純と爽太の関係性で盛り上がり、炎上には至らなかった。


「昨日の件で純ちゃんのファンも喜んでるみたい。……なんて書いてあるか、読んであげようか?」


 純を見据え、再び挑発的な笑みを浮かべた。顔が整っているからか、なかなかに圧のある笑みだ。とはいえ、嫌な感情は流れてこない。


「いや、いいよ。それより、何か用があるんだろ?」


 純の反応がつまらないとばかりに、月子は短く息をつく。スマホを暗転し、腰に手を当てた。


「純ちゃんって、輝優館(きゆうかん)、だったよね?」


「そうだよ」


「ってことは、受験の対策とか、傾向とか、わかるってことよね?」


「……まあ、そうだね。俺のときと同じとは限らないけど」


「それでも、私に、勉強を教えることはできるでしょ?」


 絶対に断らないと思っている言い回しに、純は苦笑した。


 それでも、去年よりはマシだ。


 去年の月子であればきっと、誰にも頼ることなく、限界を超えても自分でなんとかしようとしたはずだから。


「このあと、もう仕事はないから、事務所のフリースペースで勉強しようと思ってるの。純ちゃんも、どう? 定期テストの勉強だってしなきゃでしょ? 私の勉強に関してはついでに見る、くらいでいいんだけど?」


 これでも、月子なりに頼み込んでいるのだ。吹き出しそうになるのをこらえながら、純はうなずいた。


「いいよ。でも、ダンスレッスンがあるんだ。そのあとでも、いいなら」




          †




 夏休みに全国各地でライブを予定している「fresh(フレッシュ) gift(ギフト)」は、ライブで初めて披露する楽曲を複数用意されていた。すべてのダンスパフォーマンスを、短期間で完璧に仕上げなければならない。


 当然、それは純の大きな課題となっていた。爽太のフォローがあるとはいえ、一回のダンスレッスンで完璧に踊れるようにはならない。


 スタッフから漂う失望と侮蔑にさらされながら、この日も振付動画を撮影してもらい、解散することになった。


「あれ? 残らないの?」


 レッスンが終わり、退室したスタッフに続こうとした純は、爽太に呼び止められた。古橋も爽太と一緒に残っている。


「うん。今日は、月子ちゃんと約束があって」


 月子という名に、歩夢と一緒に廊下へ出た千晶が視線を向ける。ちょうど二人を迎えに来た熊沢も、顔を向けた。


「ああ、そう、なんだ」


「ごめんね。いつも俺が付き合ってもらってるのに」


「いや、最初から残って練習するつもりだったから。純は違うのかなって思っただけ。それに、謝るのは、こっちのほう」


 爽太は目を伏せ、声を落とす。


「俺がこないだあんなこと言ったから、今日はちょっと……無理させたかなって、俺、結構言いすぎてたかもしれないし」


「え? いや、そんなことないよ。俺の実力不足なだけだから」


 感じ取った爽太の優しさに、純は柔和な笑みを浮かべる。


「また今度、自主練のときに教えてよ。今日やったとこ」


「うん、もちろん。……お疲れ」


 爽太と古橋に見送られながら靴を履き替え、稽古場を出る。


 瞬間、熊沢が鼻を鳴らした。


「渡辺月子との用事、ね。わざわざ二人でなにするんだか」


 ひょうひょうとしたその言い方には、明確な悪意が混ざっていた。純は立ち止まり、熊沢を見すえる。


 熊沢の全身から、その思考が嫌というほど頭に入ってきた。おそらく熊沢だけではない。廊下に残って会話を聞いていたスタッフの多くが、渡辺月子とただならぬ関係ではないかと疑っている。


「ま、なんでもいいけど。二人で週刊誌にのるようなことはしでかさないでくれよ? ただでさえ未成年なんだし、大人としてはいろいろ心配するわけ。十代の男女が一緒にいればやることやるだろうし?」


「週刊誌にのるようなことで、十代の男女が一緒にいてやることって、具体的にはなんですか? よくわからないので、詳しく説明してもらってもいいですか?」


 イラ立ったのが、表情筋の動きで分かった。


「わからないなら別にいいんだ。でも、渡辺月子と二人きりになって我慢できるのかって心配してんだよ」


「我慢? ちょっと何言ってるのかわからな」


 純の視線が、熊沢から外れる。それに気づいた熊沢は、振り向いた。


「そんなに目くじらたてないでよ。僕が頼んだんだ。月子の勉強を見てあげてほしいってね」


 姿を見せたのは、濃いオレンジ色のスーツを着たガタイのいい男。FMPの名誉会長、森山銀慈だ。先日とは違い、会長として最もよく知られた格好での登場だった。


 余裕の笑みを浮かべる銀慈会長に、熊沢は臆さず返す。


「これはこれは……。申し訳ございません。マネージャーとしては心配で邪推(じゃすい)してしまうものですから。ですが、会長が星乃にわざわざ……?」


「月子は今年受験生でしょ? 純とおなじとこ受けるんだってよ。だから純にお願いしてんの」


「あ~、そういうことでしたか。あの騒ぎのあとでの受験ですから、大変でしょう。よりにもよって星乃と一緒だと渡辺月子の評価にも影響が出ると思うのですが……」


 月子をスカウトした会長相手に、激怒させかねない強力な皮肉。会長は笑みを浮かべたまま返事をしない。


「まあ、会長のご判断ですから、きっと功を奏すことでしょう。輝優館は入ってからも厳しいと聞きますが、ぜひとも、渡辺月子にはがんばってほしいものです。では、これで失礼いたします」


 一礼し、そばにいた千晶と歩夢に目くばせする。会長の横を通り過ぎていく熊沢を、千晶と歩夢がついていった。

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