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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
104/139

壁もなく悪意もなく 2


 しばらく階段をのぼり続け、スタジオが並ぶフロアに到着する。四号室のドアをノックし、中に入った。


「あ、来た? お疲れ」


 そこではすでに、爽太が準備体操をしている。足を広げて座り、腕を前方にのばすよう上半身を倒していた。純に顔を向けながら、ゆっくりと体を起こす。


 坂口千晶が完璧な顔立ちの中性的美人なら、和田爽太はさわやかな顔立ちの正統派イケメン、といったところだ。


 純に続いて入ってくる古橋に、眉をひそめて立ち上がった。その反応に、純は首をかしげる。


「顔見知り?」


「え? いや、どっかで見た顔だなって思って」


「まあ、元レッスン生だから、顔を合わせたことくらいはあるよね」


 ニコニコしながらも緊張している古橋に、手を向けた。


「古橋さん。今年度から俺たちのマネージャーになるんだって。自主練のようすが見たいって言うからつれてきた」


「あ……そう、なんだ」


 純とは違い、爽太は古橋を警戒していた。しかし明確な嫌悪や拒絶は漂っていない。古橋をこのままとどまらせても問題はないようだ。

 

 ほほ笑む純は、スタジオの奥に足を進める。


「うれしいよ。和田くんが、練習に誘ってくれて」


「三年も同じグループなのに他人行儀だな。爽太でいいよ。俺も純って呼ぶし」


 隅にまで来ると背負っていたリュックをおろし、中からスマホを取りだした。


 自主練するにあたって、振付師が踊る振付動画を流し始める。背中に突き刺さる視線を感じて振り向けば、しかめ面で腕を組む爽太と目が合った。


「今日も動画に頼るつもりか? 俺と一緒に練習するんだろ?」


「……そうだね。でも、そのまえに確認しておきたくて」


 純は、アイドルになった当初からダンスができず、見放されてきた。今では苦肉の策で、全楽曲の振付を動画に収めてもらっている。ほとんどのダンスを、レッスンより動画で覚えている状況だ。


 FMPに所属するアイドルでこのような処置をとっているのは、純だけだった。


「すぐに覚えてすぐ踊るっていうのがウチの基本だし、アイドルとして当たり前だと思うんだけど」


「ごめんね」


「即興で踊れるようになったほうが絶対に楽だぞ。それに、悔しくない? 二世の劣等生っていう評価のままで」


「……いや」


「俺は悔しいよ。同じグループとして、これからも一緒にい続けるのに。……俺がそう思われるのも、メンバーがそうやって蔑まれるのも嫌」


 琥珀色の瞳が、爽太を映す。純の視線から逃れるよう顔をそらした爽太は、自身の二の腕を強く握りしめた。


「純が、毎日自主練してるのは知ってる。だから、今日も来るんじゃないかと思って待ってた。……渡辺月子とか、動画とは違って、俺が直接教えられることのほうが、多いと思って」


 爽太の言動には、ウソも、悪意もない。なにか裏があるわけでもなかった。


 黙ったままの純に、古橋が口を出す。


「そうそう、和田さんってすごいんですよ。昔センター張ってたくらいの実力者で、ダンスもうまくて」


「やめろよ!」


 盛大に反響した声。


 しんとした空気と、委縮する古橋。


 我に返っていたたまれない爽太は、落ち着いた声量に戻す。


「今は、センターじゃない。……年下組の中では仕事が少ないし、時間はある。だから、純に、教えてあげられる。ただ、それだけ」


 爽太は自身の中で渦巻く黒々とした感情を、態度や言動で悟られないよう必死に(こら)えていた。


 純と目を合わせ、はっきりとした声で力強く続ける。


「とりあえず、今度生放送でのパフォーマンスがあるから、そのときの振りは完璧に仕上げておこう。目標はとりあえず、放送事故を起こさないようにすること!」


 ――強いなあ。


 それが、爽太の姿を観察した純の感想だった。爽太は自身の感情を必死にコントロールしたうえで、劣等生()と向き合おうとしている。


「……? 聞いてんの?」


 反応を見せない純に、首をかしげた。


「聞いてるよ」


 純は笑みを浮かべ、スマホを暗転し、リュックにしまう。


 荷物を隅に置いたまま、鏡を前にして自主練を始めた。まずひととおり踊ってみせる純に、爽太は顔をしかめる。


「思ったより踊れてんじゃん。レッスンのときよりも、全然」


「そりゃあ、まあ……」


 ダンスの振りは、一応、体に叩き込んでいる。レッスンのように、不穏な感情や思考が全身に刺さることもない。周囲の影響で体の動きが鈍くなることはなかった。


「じゃあ、もう一回やってみて。それが終わったら、俺と合わせよう」


 純はうなずき、指示どおり一人で最初から通す。後ろに下がった爽太が、手拍子でリズムをとっていた。壁際に控える古橋は、二人のようすをメモ帳にがりがりと書き込んでいる。


 純の耳に入る手拍子の間隔が、かすかにずれ始めた。ほとんどの人が気にならないほどの、わずかな乱れだ。


 ターンのその一瞬、純の瞳は爽太の姿をとらえる。


 手をたたき続ける爽太は、純を見ていない。鏡を向いて、自分の顔を見すえていた。


 ――どう頑張ったところで、俺はもう、坂口千晶には勝てない(センターにはなれない)んだ……。――


 純の動きが、止まった。それに気づいた爽太は手拍子を止める。


「どうした?」


「なりたいの? センターに」


 その言葉は、爽太にまっすぐ突き刺さる。


 固まる体。困惑と、図星、軽いパニック状態。


 返事をすることも忘れ、(まばた)きだけが、何度も続く。


「あ……ごめん」


 一方で、純も同じように戸惑っていた。


 両親や月子相手ならともかく、グループのメンバーではっきりと思考を読みとれたのは、これが初めてだったから。


「気にしないで、爽太。変なこと、言っちゃったね。……ダンス、合わせよっか」

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