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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
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三年目の劣等生



 「innocence(イノセンス) gift(ギフト)」は全員で八人。しかし集まったのは、純を含めて四人だった。


 というのも、この日行われるのは、派生ユニットである「fresh(フレッシュ) gift(ギフト)」のダンスレッスンだからだ。特に人気のあるメンバーというわけではなく、グループの中でも年齢が低い四人で構成されている。


 曲が繰り返し流されるスタジオで、純もメンバーも踊りっぱなしだ。楽曲のリリースを控え、夏のライブ公演もすでに決まっている。今のうちからすべてのパフォーマンスを体に叩き込まなければならない。


 音楽と自分の動きに集中する純だったが、移動中、爽太とぶつかった。


「おい和田ぁ!」


 曲をかき消すほどの怒号。メンバー全員の動きが止まる。音楽も止まる。


「おまえさっきも星乃にぶつかろうとしてたぞ!」


「すみません!」


「もっと足を動かせ! こんな初歩的なこともできねえのか!」


 指摘された張本人である爽太は、注意を受けつつさらりと切り替えている。


 当事者ではない純が、青白い顔で委縮していた。ただの怒鳴り声でも、純にとっては爆発音。心臓がきゅうっと握りつぶされる感覚に襲われ、硬直した体は動かない。


 アイドルを二年続けているものの、このような状況には一向に慣れなかった。


 曲が流れ始め、レッスンが再開。


 純はまだ、気持ちを切り替えられていない。こうなると、すべてがうまくいかなくなる。


「最初から」


 純のミス。前に出るタイミングが遅れた。


「やり直し」


 振りを間違える。


「もう一回」


 移動中つまずいた。


「ほんと、なにやってんだおまえ」


 あろうことか、センターの千晶とぶつかった。


「す、すみません」


 講師からの、ため息。怒鳴りもしないが、指摘もしない。


「もう一度、最初から。はやくポジションにつけ」


 もうミスはできない。そう思えば思うほど、どんどん崩れていく。上達させるためのレッスンなのに、時間がたてばたつほど純のダンスは悪化していった。


「ああ……もういい、もういい」


 両目を片手で覆う講師が、深く長いため息をついた。


 居心地の悪さに顔を伏せる純は、周囲がどのような反応をしてなにを考えているのか見なくてもわかる。


 鼻を鳴らす千晶から、軽蔑的な目を向けられていることも。


 歩夢と爽太が同情する目で見ながら、この空気にいたたまれなく思っていることも。


 稽古場の壁側に待機するスタッフたちが、あきれと失望をのせた視線で純を突き刺していることも。


 五感ですべて、詳細に感じとる。


 体のいたるところからしみ込んでくる感情と思考が、頭痛と腹痛をじわじわと引き起こした。顔をゆがめ、痛みが増す腹に、手を当てる。


 ――ここから逃げ出したい。でもそんなこと、絶対にできない。してはいけない。


 手をたたく唐突な音に、耳をふさぐ。その過敏な態度がさらに講師を逆なでした。再びため息をつかれ、小さく舌打ちされる。


「時間だ。各々自主練に励め」


 足早に稽古場を出ようとする講師は、ドアの手前で立ち止まり、純に顔を向ける。


「撮ってるんだろ? 振り」


「……はい」


 講師はうなずき、稽古場を出る。それに合わせ、スタッフも次々と出ていった。


 突き刺さった感情や思考を引きずったまま、純も稽古場を出ようと進む。


「よかったなぁ、怒られなくて」


 威圧的な皮肉が、追い打ちをかけた。


 ドアの横で、熊沢が壁に背をつけながら腕を組んでいる。その顔に浮かぶのは、小馬鹿にする笑みだ。


「月子の件もある。おまえに怒鳴ってパワハラだなんだ騒がれたくないんだよ。そのせいで辞めさせられちゃたまんないからな」


 去年、渡辺月子の周囲で起こった大騒動。純の協力によって事なきを得たが、その結果、複数のスタッフやタレントが降格、解雇、契約破棄となった。


 あの件以降、言動の目立つ月子や、二世の劣等生である純が、さらに腫れものとして扱われている。大騒動の原因が、事務所側の不手際だったにもかかわらず、だ。


「ほんといいご身分だな。二世の劣等生ってやつは。せめて今年くらいは、足並みそろえておとなしくしておけよ? 今年はイノギフにとって大事な年になるからな。ケガしたり週刊誌に撮られたり、そんなことで注目を浴びて事務所に迷惑かけようなんて考えないように」


 それは警告であり、挑発だった。明らかに、去年の月子の件を揶揄(やゆ)している。


 純は、頭痛も腹痛もこらえながら、口を開いた。


「もちろんです」


 琥珀色の瞳は、熊沢の嫌味ったらしい顔をしっかりと映している。


「坂口千晶の、邪魔になるようなことはしません」


 一見かみ合っていない会話。


 それでも純は、見逃さなかった。熊沢の眉が一瞬、ピクリと動いたことを。






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