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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
三年目
101/139

アイドル・星乃純の役割 2


 父親は全国ツアーをおこなう歌手でありながら、冠番組を複数持つ国民的タレント。母親は、色っぽい悪役がはまり役とされる大女優。


 純の能力も、もともとはこの二人のために使っていた。


 五感を使って人や物を見抜き、六感で両親の未来を視る。


 両親が評価されると思う仕事を薦め、共演者の性格に苦言を呈し、最適な言葉で励ました。


「ふーん? ママはわかんないけど、パパのほうはほっといていいんじゃない?」


「ダメですよ。俺が今辞めると、二人に影響が出てきます。確実に」


 スカウトされたあの日、純は社長の思考を読みとった。社長は純の返答次第で父親の仕事に手を加えるか否か、迷っていた。


 純がいかに両親を大事に思っているか、社長はよく知っている。親を交渉材料として出せば決して断らないことも。


 事務所の運営すべてに口を出せるようになった社長に、逆らうわけにはいかなかった。これまで築き上げてきた両親の立場を守るため、今後も社長の地雷を踏むようなことはできない。


「ああ、そう? あいかわらず、パパとママのことはよく視えるんだなぁ?」


 けらけらと笑う銀慈会長は、缶コーヒーをぐびりと飲んでうなずいた。


「つまりきみは少なくとも、あと三年はやめられないわけだ。……なるほど」


 前のめりの体勢になり、真剣な顔で、考えをまとめるように上を見つめる。


「あの頃、社長はイノギフのデビューを強引に推し進めてたけどね。僕だったら、まず、あのメンバーでアイドルグループは作らないかな」


「身もふたもないことを」


「きみだってそう思うだろ? ただ……それでも、トップにのしあげる方法が、ないわけじゃない」


 純に顔を向けた会長は、射貫くような視線で尋ねる。


「きみに、その方法がわかるかな? 僕はあえて、口に出すつもりはないよ」


 純は微動(びどう)だにせず、琥珀色の瞳で見つめ返している。


「ちなみに、事務所の圧力でどうこう、とかじゃないよ。そういうの昨今いろいろ言われちゃうんだから」


 それまで動きを見せなかった純の狐目が、(まばた)いた。


「……無理です」


「そうか。きみをもってしてもわからないか」


「無理です。その方法だけは、絶対」


 物憂げに顔を伏せる純は、二の腕をさする。銀慈会長から読み取った思考のおぞましさに、鳥肌が全身に広がるのを止められなかった。


「俺、グループの中でも底辺なので。そんなの、どんな結果になるか……」


 純の反応に、銀慈会長の口角は上がる。


「そうか、きみに、その未来は視えないのか」


「俺、自分のことは視えないんです」


「いい方法だと思うんだけどなぁ。きみも、あのセンターのこと、苦手でしょ?」


 明るくも圧のあるその問いに、即答はできなかった。


「……苦手だからって、引きずり下ろしたいわけじゃありません」


「うーん。でも、あのセンターはいろいろ厄介だよ? きみよりも、こじらせちゃってるっていうか」


 そのとき、純の耳はエレベーターが開く音を拾う。会長越しに、視線をフロアの中央に向けた。純の視線を追って、銀慈会長も顔を向ける。


 うわさをすればなんとやら、エレベーターから降りてきたのは、innocence(イノセンス) gift(ギフト)のセンター、坂口(さかぐち)千晶(ちあき)だ。マネージャーの熊沢(くまさわ)も後に続く。


 千晶は使用中のスタジオの前で、ドアが開くのを熊沢と一緒に待ち始めた。純と会長の存在に気づき、顔を向ける。


 身長は純とさほど変わらない。艶のある黒髪に、白い肌。ぱっちりとした二重の大きな目に、スッと通った鼻。漫画やアニメの世界から飛び出したようなその容姿は、すべてが完璧だった。


「あいかわらず、きみとは真逆だね」


 銀慈会長の言葉に、純は返事をしなかった。


 その瞳に映るのは、千晶ではない。千晶のとなりに立つ熊沢だ。


 会長に負けず劣らずガタイがいい。上物のスーツに身を包み、腕時計を確認している。気づいているのかいないのか。純と会長に顔を向けようとはしない。


「まあ、まずは、きみの思うとおりにやってごらん」


 銀慈会長が鼻を鳴らす。


「それでもだめなら、助け舟くらいは出してあげよう」


「恐縮です」


「その代わりと言っちゃなんだが。僕も純に頼みたいことがあってね」


 視線を会長に戻す純は、首をかしげた。


「きみさ、輝優館(きゆうかん)だったよね?」


 それは純が通う高校であり、都内で一、二を争うほどの名門進学校だ。


「月子が今年受験生だろ? そこ受けたいんだって」


「え?」


「無理にとは言わないから。月子の勉強、見てやってくれない?」


 FMPに所属する十代の中で、今一番稼いでいるとウワサされているのが渡辺月子だ。


 五歳で教育テレビのお姉さんを務めて以降、子役として複数のメディアに出演してきた。歌唱力にも優れ、ミュージカルや楽曲提供のオファーも絶えず、強い世界観を持つ自作の歌詞にも定評がある。


 純が事務所に入った頃からの付き合いで、今では大親友と言っても過言ではない間柄だ。


「俺は構いませんけど、大丈夫なんですか? ただでさえ月子ちゃん忙しいでしょ。受かったとしても勉強時間の確保とか、いろいろ厳しいと思いますけど」


 純の芸能活動を配慮してくれている輝優館だが、エリート校特有の成績至上主義が色濃く残っている。


 遅刻も欠席も、単位の補完も、毎回のテストで高得点をたたき出してこそ許されていた。


「そこは社長が何とかするよ。ま、きみが通えてるんだから大丈夫だと思うけどね」


「そりゃ俺は時間があるほうですから」


 純は口元に握りこぶしを当て、目をつぶる。


 脳裏に浮かぶのは、不敵な笑みを浮かべ、自信満々に髪をはらいながら純を呼ぶ、月子の姿だ。


 純のまぶたが、ゆっくりと開いた。


「……月子ちゃんなら、俺の協力がなくても受かりますよ」


「そんな未来が、視えたかい?」


 純は答えず、銀慈会長を見てほほ笑んだ。


「勉強、いいですよ。かいちょ……森山さんからじゃなくて、本人が直接頼んでくるなら喜んで」


 再び、エレベーターが開く音を拾う。


 見れば、innocence(イノセンス) gift(ギフト)和田(わだ)爽太(そうた)竜胆(りんどう)歩夢(あゆむ)が降りてきていた。


「じゃあ、俺はそろそろ」


「うん、レッスン、がんばって」


 純が腰を上げると、会長は意味深に続ける。


「今日はすんなり、()()()()()()()()()()


 皮肉めいたその言葉に、純は苦笑するしかなかった。



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