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星乃純は死んで消えたい  作者: 冷泉 伽夜
一年目
10/139

ここでは無能で出来損ない 2




「あーあ、この時期にいきなり社長がつれてきたからどんなエリートかと思ってたけど。ただの二世の坊ちゃんじゃん」


 講師の全身から、黒い感情がふつふつと湧き上がっていくのが純には視えた。


「すみません……」


 視線を下げ、目を合わせようとしない純に、講師は小さく舌打ちする。純の体がぴくりと震えた。


「めんどくさ。いちいちびくびくしないでくれない? 私が間違ったこと言ってる? ねぇ」


「言ってません……」


「じゃあ、その態度やめたほうがいいよ。自分が被害者ですみたいな態度。せっかく教えてあげてるのにさ。こっちはそんな態度取られると教える気力もなくなるんだわ」


「すみません……」


「二世だもんね。どうせ甘やかされて育ったんでしょ?」


 これ見よがしな嫌みに、純は戸惑いながら目を泳がす。


「だからさ! その態度やめろっつってんの! 私がいじめてるみたいじゃん」


 女性講師の不快気なため息が続く。


「言っとくけど、この世界、コネだけじゃ生きていけないからね? あんたみたいなやつはなおさら」


 これでもかとばかりにさげすむ目を向けてくる。同じような視線を、稽古場のあちこちから感じ取っていた。


「一人に対してわざわざ丁寧に教えるってこともないんだよ? あの子たちだって、今より厳しい状況でここまでがんばってるんだからさ。もっと必死にやってよね! 」


 デビューが迫るこの時期に、いきなり来た純はよそ者でしかない。たとえスカウトだったとしても、なにもできない存在は迷惑でしかなかった。


「……すみません」


 女性講師がいくら怒鳴ろうと、純がいくら転ぼうと、だれも純を助けてはくれない。この世界ではこれが普通で、できない人間には容赦ないのだ。




          †




 ダンスレッスンが終わる。結局、ダンスをミスなく踊ることは一度もできなかった。


 資料を持った女性が、帰ろうとしているメンバーをすり抜けて、純に近付いてくる。


「ねえ、ちょっと歌ってみて」


「え」


 唐突なことに、純は身を引く。女性と純に、周りの視線が集中していた。


「いいから。ちょっとでいいの。お父さんの曲でいいから」


 周囲を見渡し、唇をきゅっとひきしめる。しんとしたこの空気の中、歌声を披露する勇気はない。


「ほら、早く。さん、はい」


 躊躇ちゅうちょしながら、小さい声で歌う。だれもが知るような星乃恵のヒット曲。声は震え、音程はガタガタ。突き刺してくる周囲からの視線におびえ、歌うことに集中できない。


「あははっ! なにそれぇ!」


 我慢できないとばかりに、女性の笑い声が響きわたった。純は歌うのをやめる。


「しょっぱなから外しまくりじゃん!」


 それをきっかけに、その場にいたスタッフたちもどっと笑う。メンバーたちをのぞいて。


「下手とかいうレベルじゃなくない? 」


「こんなん恵さんに聞かせられんやろ! 」


 最初に笑い出した女性に、悪意は感じなかった。ただ、純のレベルを確認しただけだ。だからこそ、なにも言えない。


「ダンスはともかくとして、歌もできないの? 」


「あのご両親でここまでなにもできない息子が産まれるんだ? 」


 小ばかにする視線が、笑みが、声が、次々と飛んでくる。


「あー、おもしろかった」


「デビュー曲の歌割は変更しなくてもよさそうね」


「あとはパフォーマンスに徹してもらって」


 スタッフたちも、メンバーも、次々と稽古場をあとにする。


 純を指導していた講師が続き、振り向いた。 


「あんたは、ちゃんとダンスの練習をすること。……わかってるよね? あんたがグループのなかで一番できてないってこと」


「はい……」


「あと三十分は使っていいと思うから。鍵は受付に返しといてね~」


「え? あの……」


 講師が投げたカギを、純は器用に受け取った。


 呼び止めようとするも間に合わず、稽古場には純一人だけが残る。


 静かになった稽古場の中、外の会話が耳に届いた。


「あのレベルでアイドルとか無理じゃん? よく入れようと思ったよね」


「他のメンバーのクオリティ知ってるからさ、あんなのの相手してられないんだけど」


「父親に似てダンスができないのはともかくさ、歌もできないとかありえなくない?」


 若い女性たちの笑い声が、遠のいていく。


 純はため息をつき、鏡を向いた。


 はやく、ダンスを覚えなければ――。先ほど教わったダンスを必死に思い出そうとする。


 しかし頭に浮かぶのは、甲高い怒鳴り声と突き刺す視線だけだ。教わったことが、なに一つ思い出せない。


 絶望というのは、こういうことを言うのだろう。はやくアイドルとして力をつけたいのに、なにもわからない。どうすればいいのかわからない。誰にも、頼れない。


 純はレッスンの時間で嫌というほど気づかされた。


 メンバーやスタッフの中で、純になにがあっても助けてくれる者は一人もいないのだということを。



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