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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・一章 無能力者とポンコツ魔法使い
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08話 洗礼

 「り、リスクがあるのはちょっとなぁ......」


 ニケが、不満げに呟く。

 この世界で生きていくために扱わなければならない物質、魔素。この先出遭うであろう様々な脅威と戦うには、魔素を利用した魔法が必要である。しかし、それを発動する為のリスクは軽くない。

 ふと、ウィルは疑問に思ったことを老婆に質問しようとするも、こちらには発言の許可が下りていない。結局質問は諦め、黙って下を向いた。


 「なんだい、何か引っかかっている様子だね」


 そんなウィルの様子を察したのか、老婆は彼に話しかける。


 「いえ、別に......」


 「あたしの話も漸く一区切りついたところだ。良いだろう、今から少しだけ時間を取る。三つ質問を用意しな。質問の内容については問わない。あたしに答えられることなら何でも答えるさ。......いいかい? 三つまでだ。仲間と相談して、慎重に選ぶんだね」


 そう告げると、老婆はゆっくりと立ち上がり、集落の民と共に部屋を出た。




 「ウィル、どうするんだよ......」


 ニケは不安げに尋ねる。ウィルは「うーん」と軽く頭を掻く。

 ウィルの聞きたいことは両手では数え切れないほどある。自分たちを取り巻く環境が、昨日までの平和な日常から劇的に変化しているため、正直な所それらに優先順位を振ることはできない。それ故に、彼はあえて仲間たちに告げる。


 「一つは俺が決めていいかな? 残りの二つは三人で決めてくれ」


 ウィルは、先ほどつい口に出そうとした疑問を一つ選択し、後は仲間に託すことにした。その方が、自分一人では思い付きもしないような新たな視点が見つかる可能性があるからだ。加えて、現状に不満を抱えているのは彼らも同じだろう。


 「そういうことなら私は、昨晩お婆さんと色々お話したので、残りの質問は二人で決めちゃっていいですよー!」


 ナズナはにこりと微笑む。ウィルは昨晩の問答の内容も気にしていたため、一旦彼女にそれを問うことにした。


 「ところで昨日の問答だが、一体どんな内容だったんだ?」


 ナズナは一瞬考える素振りを見せた後、右手の人差し指を口に当て、上目遣いでウィルを見る。


 「それは......今は内緒ですっ」


 まさかの返答である。彼女の話から少しでもこの世界についての情報を得られないかと期待したが、答えないという選択は予想外だった。

 だが、彼女の返答に含まれる"今は"という言葉。そこからは、まだ自分たちを完全に信用してはいない、という意味が読み取れる。


 「そうか。じゃ、いつかナズナが話したくなった時に聞かせてくれ」


 「ふふ、この先も一緒に行動することになれば、ですけどねー」


 「......」


 言われてみれば、確かにその通りである。すっかり仲間になったかのように馴染んでいるこの少女だが、実際は共通の目的も無く、ただの成り行きで此処まで来ているだけであった。

 同時に、ウィルは自分が早とちりをしていたことに赤面する。


 (こういうことがあるから人付き合いって面倒くさいんだよな......)


 そんな彼の反応が面白かったのか、くすくすと笑うナズナ。



 共感生羞恥というものだろうか、ミサはジト目で苦笑を浮かべ、ニケは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情。ーー彼もどうやらウィルと同じことを考えていたに違いない。


 恥の念を紛らすべく軽く咳払いをし、ウィルは脱線しかけた話題を元に戻す。


 「......こほん。えーっと、それで二人とも、質問は考えたのか?」


 二人を見る。すると、ミサが呆れたような顔をして見つめ返した。


 「質問て、そんなの一つしかないっしょ」




 ーー時が経過した。三つの質問の内容については、全員が把握している。質問の順番や問い返された時の対応なども、念のため話し合った。だが、老婆が戻って来る気配は一向にない。

 もし魔獣が襲ってきたとしたならば集落は騒ぎになるだろうが、そのような雰囲気は微塵も感じない。

 ウィルは、ふと老婆との会話を思い出した。


 「......!!」


 すると、突然我に返ったかのように立ち上がる。


 「うおぉっ、びっくりしたなぁおい!」


 ニケがビクッと肩を震わせ、反射的に叫ぶ。女子二人も、少々いぶかしげな目でウィルを見る。


 「あの婆さん......少し時間をやるし、質問にも答えるとは言ってたけど、"ここで待ってろ"とは言ってないよな......」


 「え、それってつまり......?」


 ウィルの言葉によって薄々何かに気付きながらも、ミサは彼に結論を促した。


 「あの婆さん、とことん嫌らしい性格だよ」


 ウィルは部屋を出て、民家の外へと駆け出す。皆も、慌ててそれに続いた。






 眩し過ぎるくらいの陽の光が、一面の青空から散々と降り注ぐ。今まで経験したことのない程の強い日差しと雲一つ無い群青に、彼らは思わず目を細め、片手で目蓋を覆う。


 「遅かったねぇ。時間を取るのは少しだけと言った筈だが?」


 民家を出て、走り続けること三十秒ほど。集落の中央広場と思わしき場所に、老婆と数人の集落の民が立っていた。


 「............俺たちを、試していたんですか? 一体何のために......」


 少しだけ息を切らしながら、ウィルは老婆の目を見て言葉を発する。

 数秒の沈黙。そして、老婆が口を開く。


 「言いたいことはそれだけかい? ま、見苦しい言い訳が無いのは良しとしようか。それじゃ、お待ちかねの質問タイムだ」


 老婆が意地悪な笑みと共に、言葉を重ねる。


 「なにを聞いてくれても構わない。ただし、あたしが答えるのは一つだけだ。用意した三つの中から、一番聞きたいことを選ぶんだよ」


 驚愕。そして理不尽なまでの言い回しに、皆は思わず顔を引きつらせる。

 彼女は三つ質問を用意しろと言っていたが、それら全てに対して答えるとは一言も口にしていなかったのだ。


 「試しているのかって言ったね。確かにあたしはあんたらを試したよ。本当の意味でこの世界で生き残れるかをね」


 老婆は、眼前に立つ一人一人に鋭い眼差しを向けた。


 「いくつか忠告しよう。まずはそうだね......他人の発言は、一言一言噛みしめるように、頭の中に入れな。ただボサッと聞くんじゃない。考えるんだ。一言一言をしっかりと吟味するんだよ」


 彼女の言葉は続く。


 「常に周囲を警戒しな。基本的にこの世界は弱肉強食で成り立っている。そして、あんた達はまごう事なき"弱者"だ。ここの人間からすれば、魔素を充分に使いこなせないあんたらはどんな時でも鴨になりうる。簡単に人を信用せず、常に疑ってかかることだね」


 更に言葉を重ねる。


 「最後に一つ。本当に信頼できる仲間を見つけな。さっきと言ってることが矛盾しているかもしれない。でも、あんた達の力になってくれる奴は、この世界の何処かに必ず居るはずだ。人と接する時は互いの目をしっかり合わせて、そいつがどんな奴なのかを慎重に見極めるんだよ」


 老婆は一通り話し終えると、表情を緩めて緊迫した空気を掻き消した。


 「この年になると心配性が出てくるのかね。ついつい喋り過ぎてしまったよ。で、質問は?」


 老婆の一連の行動に圧倒されながらも、四人は顔を見合わせ、相談する。



 そして、結論が出た。


 「じゃあ、ウチが質問していいですか?」


 「ああ。構わないよ」


 質問の主はミサだ。短時間の話し合いの末、彼女の質問が最も単純かつ今後の行動方針に影響するものだ、と皆が納得したからだ。


 「その、凄くざっくりですけど、どうやったら元の世界に帰れますか?」


 この質問は想定内とばかりに、老婆はニヤリと口元を歪ませるものの、その答えはかなり難解らしく、彼女は暫く思考する。そして額にしわを寄せながら、口を開く。


 「すまないね。ハッキリとした答えは示せそうにない。だが、これはあたしが聞いた噂なんだけどね......」


 ごくり、と唾を飲み込む音。

 元の世界への帰還。それは三人にとっての到達地点だ。よって、これまで以上に真剣に耳を傾ける。


 「ここからずっと北に向かい、北東にあるメナス河という大きな川を渡る。そしたら今後は東に向かって山脈を越えるのさ。越えた先は大陸の最東端だ。よってその先は海に面しているんだけれど、そこでよぉく目を凝らしたら、そこには小さな島が浮いてるように見えることがあるらしい......あぁ、島っていうのは、海の上にに浮かぶ小さな大地のことだそうだよ。長くなったがここまでは付いていけるかい?」


 皆、老婆の話から必死にその情景をイメージする。すると、ニケが呟く。


 「海、か......」


 「あたしは行ったことはないがね。一面が塩辛い水で満たされてる、とても美しい場所なんだそうだ」


 一度でいいから行ってみたかったよと、老婆がボソッと呟いた。そして、再び口を開く。


 「その島には、とある都市が建っているらしい。こんな辺境じゃ名前すら聞かないけれど、お外じゃそこそこ有名な話みたいだね」


 老婆が呼吸を整える。すると、ウィルが恐る恐る口を挟んだ。


 「......失礼ながら、そのお伽話のようなものと元の世界に帰る方法には何か関係が?」


 「話は最後まで聞くものだよ。ま、知りたいと思う気持ち......知識欲は武器になるし、今更否定はしないが」


 老婆は呆れ顔でそう言うと、話を続ける。


 「その都市に、一人。あんた達と似たような境遇の人間が居るって話だ。異世界からやって来たっていう者がね」

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