07話 対抗手段
「ま、要するにあんたらは体を改造されたってことさ」
「......な............」
三人は言葉を失い、唖然とする。
体の改造。最早理解が追いつかない。だが、改造を受けたにも関わらず三人の様子は至って正常で、昨日までの身体の状態となんら変わりなく見える。
「話は少し長くなる。だが、あんたらにとっては重要なことだ。そこら辺の飯でもつまみながら黙って聞くんだね。あぁ、あたしが問いかけたら......誰でもいい。きちんと答えること」
老婆は、五つ目の座布団にゆっくりと腰を下ろす。
「先ずは三人について。あたしも詳しいことは知らないが、あんたらは此処ではない何処かから来た。間違いないね」
老婆は問いを投げる。
対して、ウィルが口を開いた。
「......恐らく、その通りだと思います。あんな変な生き物、見たことないし」
「聞いたよ。ヴィネルの群れに囲まれたんだってね。あれは魔獣といって、この世界じゃ当たり前のように存在する人類の敵さ」
ま、ヴィネルなんて魔獣の中じゃ下の下さ。さほど脅威ではないがね......と、老婆は茶のような飲みものをすすった。そして、話を続ける。
「だが、魔獣はいくら倒してもその数が減ることはない。何故だか分かるかい?」
老婆は再び問いを投げる。だが、誰もその問いに答える気配は無く、部屋は静まり返るのみであった。
「質問されたならきちんと答えること。もう忘れたのかい? 分からないのなら分かりませんってはっきり答えるんだよ」
老婆は語調を強めて咎める。
すると、ミサが静かに、さりげなく手を挙げた。老婆は彼女を見て、発言を許可する。
「繁殖力が強い......とかですか? 単純ですけど」
「違う。奴等は求愛や繁殖行動は取らない」
ミサは恐る恐るといった様子で答えるも、老婆はそれをはっきりと否定した。
「奴等はね、空気中の魔素の変質によって自然と命を授かるのさ。因みに自然発生するとは言え、中には幼体と成体の区別が明確な魔獣もいるがね」
聞き慣れない単語。魔素とは一体何だろうかと、ウィルは首を傾げる。
「あぁ、あれだ。それのことをマナと呼ぶ者もいるが......その反応を見るに、聞き覚えはないようだね」
魔素、マナ。この二つの単語は同義らしいが、それらについては日常生活の中では言うまでもなく、学校の授業や図書館でも触れた覚えはない。
「見たことも、聞いたこともありません。それに、空気中の成分と言ったら、窒素や酸素が大半の筈ですが......」
ウィルの言葉に対して老婆は熟考し、何やら独り言をぶつぶつと呟く。
「魔素を扱えない一族の世界ではなく......魔素の存在しない世界、もしくはオリヴィア様の寵愛を受けぬ世界か。本当にそんなものが存在しているとはね。にわかには信じられないことだが、それなら魔獣を知らないことにも合点がいくねぇ......」
暫くして、老婆は自分が思考の沼に嵌っていたことに気付き、即座に態度を改める。
「あぁ、すまない。続きを話すが、最初に結論を言おう。あたしはあんたらに、その魔素を取り入れるための器官を復活させた」
「魔素を......取り入れる?」
期待と、少量の不安が混じった真剣な表情で、三人は次に発せられる言葉を待つ。
「あんたら三人がここにやって来た時、身体の方は酷く衰弱していてね......無理もない。急に未知の物質を体の中に入れたとすれば、何かしら拒絶反応が出ても不思議じゃないだろうから。ほれ、昨晩のことはあまり覚えてないだろう」
老婆の言葉に、三人は怪訝な表情を浮かべた。確かに昨夜の時点では、全員が相当な疲労を抱えていたに違いない。ただ意識が混濁するほど衰弱していたかと言われれば、さすがに誇張表現であると指摘せざるを得ない。少なくとも、ウィルは昨晩の状況をはっきりと思い出すことが出来るのだから。
「ん? どうしたね、そんな煮え切らない顔して」
「え、いや、そんな大したことじゃないんですけど、俺たちそんなに弱ってたかなって。記憶も鮮明ですし、普通に動けてたような」
「......あぁ、それはきっとあの指輪のおかげだ。あれはスレンダイト製といってね。魔素の流れを抑制する効果があるんだ。触れている間は魔法が使えなくなるって代物だから、その製法で造られるものは"魔女狩りの道具"とも呼ばれてる。まったく、何が魔女狩りだ。忌々しいったらありゃしない」
ナズナが嵌めたという、例の指輪。
仮にこの世界を漂う魔素が三人にとっての毒とするならば、指輪はその巡りを抑える効能を持っていたようだ。遺跡にて急激に体調が悪化した原因は魔素を体内に取り込んだ事にあり、指輪を身に付けた事によって一時的に症状が落ち着いたのだ。
「ともかく、ここに辿り着くのがあと三十分でも遅ければ、あんたらの命は無かっただろう。全く、つくづく運の良い連中だ」
「............」
吹き抜ける風の、細く鋭い音が家屋の外装を抉る。淡々と紡がれた老婆の言葉は重く、その場に居る全員が息を飲んだ。気付かぬ間に密接していた生死の狭間の残響が、耳鳴りのように響き渡るのであった。
「生物ってのは本来、魔素を体内に取り入れなければ生きられない筈なんだ。人間だろうと魔獣だろうと、必ずそういう風に作られている。あたしは体の中に眠っていた器官を再び起動させたに過ぎないよ。どの世界でも人間の構造自体は変わらないらしく、おかげで改造そのものは然程苦労せずに済んだ。............言っておくが、この件であたしに頭を下げるのは筋違いだ。魔素を扱うということは、即ち戦う手段を身に付けたことに等しい。ここで楽に死んでおけば良かったと思う日がきっと来るだろうからね」
脅しとも取れるその言葉から、三人は恐怖すると同時にナズナが使用した超常的な力を連想した。だとすれば、ナズナはその魔素という物質を使用して火球や突風を起こした、ということになる。
「え、じゃあ僕たちもあんな力を使えるってことですか!?」
ニケが興奮した様子で老婆に問う。
「全く、あたしがいつ質問を許した。話は最後まで聞くことだ」
老婆の軽い叱責に、ニケは「すんません......」と肩を落とす。
その後も、老婆の話は続いた。この世界の大気中に含まれる物質、"魔素"。
更に、"体内魔素使役可能量"と"魔素出力"。
人間の魔素を扱う器官をポンプに例えるならば、オドは体内でどの程度の量の魔素を使役できるか......いわば容量であり、オーラはポンプを押す力のことである。
因みに、魔素出力は"魔力"と略すことが主流であり、近年では"体内から発せられる練られた魔素、またはその量"の意味を含めて表すことが多いそうだ。
この世界の人々はこれらを活用し、生活をしているとのことである。
「次に、この娘が使う力のことだが......確かに訓練次第では誰でも使えるようにはなる。だが、多くの知識とそれを扱いこなせるだけのオドが無ければ、術者は瞬く間に死んでしまう」
老婆は再び、お茶らしき飲みものをすする。
「その力は魔法といってね。魔素に特殊な命令を与えることによって発現する現象のことさ。命令を与える方法は二段階ある。」
すると、老婆は眼前に右手の人差し指を立てる。
「先ずは一段階目だが、これは主に三つの種類に分かれるんだ。一つは魔力と術式を用いた陣の作成。二つ目は魔力を発しながら呪文を詠唱すること。そして三つ目は、儀式を行うことだ」
「あたしが昨晩使った魔法は、三つ目だね」と、老婆は煎餅と思わしき菓子を頬張りながら喋る。それから、右手の人差し指に続いて今度は中指を立てた。
「んで二段階目だが、これは先程説明した三種類の手順に比べればだいぶ簡単だ。しかし、リスクは最も高いと言える」
ナズナがうんうん、と首を縦に振る。
「それは、"意志を込めること"だ。文字通り確かに難しくはないが、ここが中途半端になってしまうと大変なことになる。魔法が不発に終わる程度ならばまだマシな方さ。魔法に意志を込めるというのは、即ち魂で魔素に語りかけるということ。失敗すれば、最悪の場合肉体と魂が切り離されてしまう」
三人の背筋に冷たいものが走る。それと同時に、ナズナの行動の偉大さを身に泌みて感じる。彼女は、昨日の戦闘で二種類の魔法を使ったのだ。この危ない橋を何度も渡り歩いたその勇気と決断力に、感慨を覚えずにはいられなかった。
一方、当のナズナの表情は固まっていた。そして、一言。
「え、あれって最悪死ぬんですか?」
この部屋にいた者が、全員ナズナに驚きの目を向ける。先ほど料理を持ってきた数人の集落の民までもが驚愕で口を開けている。老婆は呆れながらも、仕方ないといった様子でため息をついた。
「ま、下級の魔法ならそこまでのリスクに怯える必要はないからね。あんたに魔法を教えた人間も、その程度の知識しか授けてないんだろうさ」
それを聞くと、ナズナは「私、ひょっとして才能なしですか!?」と、ショックを受けたように頭を抱える。自虐的で、冗談を交えた明るい振る舞い。部屋の中がほっこりとした暖かさに包まれた。
だが、ウィルは上手く笑顔を作れない。
彼女の冗談めいた言葉の裏には、後悔や悲哀の念のようなものが含まれている気がしたからだ。
作者です。
複雑な単語が多発しているため、後書きの場を借りて少し解説をさせていただきます。m(_ _)m
異世界には魔素という物質が大気中に含まれており、生物はそれを使用して特殊な力を使用します。
しかし、ウィル達"元の世界の人間"は魔素を扱うための器官が発達していないため、拒絶反応を起こしてしまいました。
オドとは一般的なRPGにおけるMPのようなもの。
魔力は力や魔法攻撃力、守備力等のステータスを総括したようなものと捉えていただければ結構です。
魔法発動には、計三段階の手順を踏まなければなりません。
陣や詠唱、儀式→ 意志を込める → 魔法発動
といった流れです。
長くなりましたが、上記さえご理解いただければ充分でございます。
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