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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・三章 幻想河の遺歌(下)
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67話 魔女の淫眠Ⅰ





※今回は一部、刺激的な描写が含まれます。充分な注意のもと、お読み下さい。




 目覚めて、死んで。目覚めて、死んで。


 そしてまた目覚めて、やっぱりまた死んでしまう。


 ――あれ以降、私は何度も繰り返しました。たぶん、二、三十回くらいはやったかもしれません。逃げることはできません。外には夢喰い。河には河の悪魔。中には集落の人々。みんなが、私たちを逃さない。過程はどうであれ、絶対に殺されてしまいます。


 ――魔獣に殺されるのは好きです。だって、ちまちましないから。集落の人々は、拷問みたいなことをしてくるので、痛くてたまりません。あ、好き――というのは語弊(ごへい)で、まだマシってことなのですが。


 ――でも、なんというか。これは絶対におかしなことなのですが。私でもどうかと思うのですが。


 ――えっと、語彙力がないので率直に言いますけれど、最近、繰り返しのさいごに訪れる瞬間が、どうも楽しみで仕方がないのです。




 ――じゅわーっと、何かが湧いて来るというか。なんだかほわほわーっと不思議な感じがして、それがすごく気持ちよくて、病みつきになって。


 ――だからいまは、一瞬の痛みに対する恐怖よりも、そこそこ長く味わえる快楽のほうを求めてしまって……


 ――えへへ、おかしいですよね。でも、気付いてしまったのだから、見つけてしまったのだから仕方ないと思います。


――あ、そろそろ次の繰り返しが始まるようです。では……はやくしたいので、私はそろそろ行きますね。











 広がる草原。生暖かい風が揺らす、緑の水面。

 穏やかな陽の光が照らす中、金髪の少女は瞼を開き、上半身を起こす。


 「……」


 少女はある一点を見つめると、やがて一人の少年が辛気臭い表情でやって来た。


 「…………ナズナ……なのか?」


 その声を聞くなり彼女は妖しく微笑み、すぐさま言葉を返す。


 「はい! 私ですよ〜」







 「私、寄るところがあるのでウィルさんとニケさんは先に帰っていて下さい」


 食事場にて、ナズナは突然そんなことを口にした。

 ウィルは当然のことながら困惑した顔を見せると、


 「おいおい、いきなり何を」


 と言うから、


 「なんか、魔法の気配を感じるのです。この集落には、何かがある気がするので」


 と、ナズナは返す。すると、聡明なウィルは都合良く解釈をしてくれるので、後は微笑むだけでよい。


 「……まぁ、正直この集落が普通じゃないことは薄々感じている。それに、魔法に関することなら俺たちが付いていっても仕方がない、か」


 よしよし、とナズナは内心ニヤリと微笑む。あとは、適当に話を合わせるだけでよい。

 ニケは、ナズナの――というか女性の気持ちを第一に考えるような人だから、特に心配はいらない。


 こうして、上手く言いくるめた彼女は二人と別れ、集落の中心部へと進んでいった。目的地は、実のところ決まっていない。


 (ふふ、どうしましょう。そうだ、今回はあんなパターンを試してみますか)


 数十回もの繰り返しを経る中で、いつの間にか彼女の目的は"繰り返しからの脱出"という枠から大きく外れていた。

 とはいうものの、毎回同じことの繰り返しを続けるのは退屈で、さすがにマンネリ化してしまう。よって、少しずつ趣向を変え、終点までの道筋に刺激を与えてゆくのだ。


 (ほんとは、すぐにでも外に向かいたいところですが、最近は焦らすことの良さに目覚めました。なので、道中それなりに楽しんで、精一杯我慢したあとにご褒美を味わおうと思います!)


 彼女の見据える先は、長の家。

 口元に笑みを浮かべ、愉しげに足を進めるのであった。



 立ち並ぶ家屋に比べて、一際豪華な建物。

 その地下にて、何やら話し声が反響する。


 「"御嫁様(みなづけさま)"たる御身に祝福を。神の番に相応しき御霊を」


 「…………」


 木製の椅子に縛られている"妹"と、彼女を囲み、何やら唱えている老人たち。何かの儀式だろうか。未だに謎めいているが、部屋の隅からその様子を凝視しているナズナからすれば、あまり興味は惹かれない。


 「…………何者だ」


 老人の中の一人が、唐突に声を上げる。

 すると、彼らは一斉にナズナの潜む方向に顔を向けた。


 「私のことはお気になさらず! どうぞ続けてください」


 「……よそ者か。何故ここにいる? どうやって入り込んだ?」


 「教えてもらったので。以前あなた方に」


 ナズナがそう返すと、一同はピタリと押し黙った。

 蝋燭の火が寂しげに揺らぐ幽々たる地下室に、双眸をギロリと向ける老人たち。全くもって奇妙な光景だが。この場で最も異彩を放っているのは、本来いる筈のない人間――ナズナである。


 「…………」


 不意に、ナズナの背後に魔法陣が出現した。


 激烈な紅の魔力が迸り、魔法陣の中から先端を覗かせた、歪な形状の黒き大槍(ランス)が彼女の背中を貫かんとする――が、しかし。


 「その魔法はこのあいだ見ましたね」


 ナズナは頭上に三つの魔法陣を展開させると、先の魔法と同様、それぞれの魔法陣から黒き大槍を出現させ、背後から迫る黒色の凶器を打ち落とした。


 「…………」


 「なぜよそ者が集落の魔法を……」


 「この小娘、何者じゃ」


 これには、老人達の中から懐疑的な声が上がる。


 「ええい! 気味の悪いよそ者……いや、仇者(アダモノ)め! 集落の害たる貴様は、わしが直接裁いてやるわ!」


 彼らの中でも一際大きな魔力を持つ老人が叫び、ナズナに片手を向ける。その瞬間、何十個もの魔法陣が彼女を取り囲み、地下室を崩壊させんと言わんばかりの大爆発が発生した。




 「どうせなら、私の知らない魔法を使ってくれるとありがたいのですが……」


 ナズナがなにか言い終わる前に、今度は間髪入れずに黒き火柱が地から噴き出し、また幾つもの圧縮された風刃が空気を裂き、彼女を狙う。ただ、少女は全く意に返さない様子で……


 「残念ですが、それらもぜんぶ知ってます。せめて、この防護魔法を破れるくらいの魔法じゃないと」




 少女の身体は、透き通った水色の結界に包まれていた。まるで薄いベールのようだが、先の襲い来る魔法を全て防ぎ切ったことから、並の防護能力でないことは確かだ。

 また、地下室の壁や床、天井も、それと似たような結界に覆われていた。実はナズナが侵入した時には既に張られていたようで、そのことから侵入者の逃げ道を塞ぐための仕掛けであることが窺える。先ほどの大爆発等の魔法で地下室が崩れなかったのは、これによる影響が大きい。

 そして彼女は、これを張り巡らせた人物を知っている。


 「ふぉっふぉっ、驚きましたぞ? 出力、初速、どれを取ってもワシらの魔法より質が良い。何故それをお客人が使えるのかはギモンじゃが……他所ではさぞ名の通った賢者様と見て間違いないじゃろうなぁ」


 この腹立たしいほどに悠然とした態度。いやに頭に響く声。どうしても目を引く存在感。いつの間に現れたのか、この繰り返しに於いて大きな脅威の一つとも言える長は、相変わらず温厚な笑みを浮かべながら少女の元へと近づいていった。

 他の老人と比較して、やはり不気味なほどの異質さを感じる。本来の彼女であれば、残された選択肢は恐怖に震えるか逃走を図るかのいずれかである。ただ、少女は物怖じもせず、それどころか瞳の中により凶暴な光を宿していた。


 (今回はどんな魔法を見せてくれるのでしょう。ここで死ぬもよし。中途半端に生きながらえたら、すぐさま河にどぼんします)




 少女は、自身の特殊な能力への理解を示し始めていた。ローグリンにて、盗賊スノウが放った雷撃。この集落にて、"姉"が生み出した巨大な蔓。

 ……驚くことに、それらを形成する魔法的な構造や命令式が、鮮明に脳へと刷り込まれているのだ。

 言うなれば、"一度見た魔法を完璧に再現できる能力"。突然開花した才能か、或いはこれ自体が彼女の淵起(エンキ)なのか。


 魔法への探究心は人並み以上にある、と自負している彼女からすれば、この特殊能力と"繰り返し"という状況は、自身の魔法使いとしての成長を試みるに絶好の機会なのは間違いあるまい。

 そのお陰か、魔法使いとして遥か格上の存在であった主落会の面々や長だが、今ではその差は曖昧となった。彼らから魔法を盗むことにより、それを確実に自分のものにできるのだから、無尽蔵のオドを保有するナズナが渡り合えない道理はない。


 (まぁ、だからなんなんだって話ですが。これは、単なる私のあそび心です。色んな魔法を覚えて強くなったぞやったぁ……という感情があるわけでもなく、あくまでほんとにただの暇つぶし。終わりの味をあじわうまでの、ちょっぴり刺激的な焦らしに過ぎないのです)




 先ほどから長や老人たちが何やら喋っているが、少女の頭の中には何一つとして入っていない。適当な相槌で聞き流しているうちに、どうやら集落の外に出ることになったことは辛うじて理解できた。

 ナズナは、部屋の中央にて幽閉されている"妹"には目もくれず、嬉々として彼らの背中に続くのであった。







 多重結合魔法。

 字面から推測できる通り、一般的には複数人の術士が協力して術式やら儀式を行い、発動する魔法だ。

 発動に人数が必要というからには、それに位置付けられる魔法はメリットとデメリットが明確である。


 まずデメリットとしては、極めて複雑な術式によって構成されていること、そして莫大な魔力と意志の力が必要とされることの二つが挙げられる。

 たとえシャヴィのような超人的な魔力やオドを持つ術士であれ、複雑な術式を組み立てるにはそれなりの時間や集中力が要る。よって、一人で扱うにはあまりにも効率が悪い。


 メリットとしては、欠点に見合うだけの効力が期待できる、の一言に尽きる。

 個人では作り出せないような様々な魔法現象。それこそ、極端な例ではあるが台風や大雨のような災害級の現象でさえ引き起こせる可能性があるのだから、国家間の争いを始め、戦略次第では積極的に使われるのだ。




 ナズナが現在目にしているものは、まさしくそれである。


 集落を出て暫く歩いた、穏やかな平野にて。

 彼らは広く円状に並び、両手を円の中心に居る少女へと向ける。主落会の五名の老人と、集落の長。六方向から向けられる憎悪やら厭悪やら妄執やら。

 そういった病的なまでの狂気を全身に浴び続けるナズナは、急遽楽観的な思考を取り外し、抑え切れぬ形容し難き不快に悶えていた。




 「こ、これ……、な……っ」


 もはや脳の回転すら滞り、自由の効かなくなった四肢の痺れを延々と知覚する。

 気が付けば、右頬が地面に触れていた。底気味悪い血色に発光する大地。地に描かれた巨大な魔法陣によるものだろうが、視界に入る草花までもその色に染まっているように錯覚し、その光景は悪い意味で鮮烈な印象を記憶に植え付けていた。


 ぐらぐらと揺れる頭の中。

 ここに居る人々は、みな死人である、と宣った剣士の男の言葉は本当なのだろう。


 血色の花は、天へと花弁を開いている。


 ――そう。集落の中で確かに生活を営んでいたはずの人々は、そこへ昇ることは叶わなかったのだ。幾度なく続く繰り返しの中に囚われた、空を仰ぎ見るだけの肉塊。この地には、無惨にも撒き散らされた彼らの血肉が染み込んでいるのである。


 (私も…………こう、なるのかな)


 ナズナはふと、自らが辿りうる末路を想う。


 (夢の中に、囚われたまま、ずっと、ずっと、同じ時間を…………?)


 途端、光が溢れる。

 赤く、紅い、真っ赤な色に包まれた。甲高い音は頭を震わせ、プツリと弾け飛ぶ。




 ――この色を、私は忘れないでしょう。

 ――いつか何もかもが無くなる、その時までは。


 ――でも夢は終わらない。私もいつかこの場所で事切れて、ここの人々と一緒に、なる。夢の中の枷に繋がれる私は、きっと抜け出せない。

 ――いやだ? こわい? 帰りたい? 抜け出したい? たぶん前の私なら、そう感じていた。


 ――でも、今の私はやっぱりちょっと違う。

 ――思った通り、私はとっくにおかしくなってしまいました。


 ――次第に、からだの感覚が雲のように、モヤモヤになっていく。幸運なことに、痛みはありません。

 

 ぜんしんが蕩けてゆく。何かがじゅわーっと溢れだして、頭の中が溶ける。

 全身を巡る悦に身をまかせていくうちに、確かな快感が心の中へと深く深く刻まれる。




 ――あぁどうか、永遠に醒めないで下さい。


 ――だって、この瞬間は、こんなにも気持ちが良いのだから。

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