表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・一章 無能力者とポンコツ魔法使い
7/95

06話 契機

 ーー山を、ひたすらに登る。


 自分は、長い行列の中の一人でしかない。


 皆、右手で"なにか"を引きずっている。


 自分も、"なにか"を引きずっている。


 振り返ることは許されていない。


 だから、ただ上を向いて歩く。


 天から刺すまばゆい光の帯。


 頂上は未だ見えず。




        *****




 声が聞こえる。


 つい最近耳にしたような、少女の声だ。


 「ーーィルさん!」


 誰かが、自分を呼んでいるのだろうか。


 「ーーウィルさん!!」


 はっと目を覚ます。周りには、黒髪の幼なじみと無愛想な面持ちの同級生。そして、金髪の少女が心配そうにこちらを覗いている。


 「......顔が近い。ってあれ?」


 彼は、昨晩の出来事を追想する。てっきり自分もニケも殺されたのかと思っていたウィルだが、仲間達の緩みきった顔を見るからに自分達は朝までぐっすり眠っていたのだと気付いた。


 「よ、よかった。君だけ起きなかったらどうしようかと」


 周囲に座す者の顔を、一人一人見回した。起き抜けのぼやけた思考回路は徐々に澄み渡り、改めて現状を見る。




 「みんな......無事だったのか!?」


 彼は、意図せず飛び起きた。

 なぜならば、昨晩倒れたニケを含む全員が無事であったのだから。


 「そりゃあんたでも驚くよね。あの後ウチも倒れたけど、今はこうして生きてる。ホント何がしたかったんだろーね、アイツら」


 彼女の言葉により、ウィルの頭は更なる混迷を深める。彼は、領地に無断で侵入した一行を裁くべく、老婆が怪しげな"魔法"で三人の命を順に刈り取ってゆくのだろうと推測していた。しかし、現に自分たちは生きており、両手を縛る縄も取れている。ついでに、左の小指の指輪も外されていた。



 であれば門番ら集落の人間や、老婆が四人をこの場所に連れてきた目的とは一体。


 「そんなことより、お腹が空きましたねぇ」


 ナズナは、自分のお腹をぽんぽん叩きながら、呑気に口を開く。


 ーー金髪の少女。ウィルは重要な問題がもう一つあったことに、今更ながら気付く。


 「その......昨日はありがとう。ナズナがいなかったら、俺たちはとっくに死んでたと思うから」


 「い、いえいえ、いいんですよー! 共に渡りかけた橋ですから!」


 少女は両手を振り、ニコニコと穏やかな微笑を浮かべながら返答した。そして、言葉を続ける。


 「あ、そうそう。昨日の傷は大丈夫ですかー?」


 「え、あぁ、確かに......って塞がってる!?」


 「おぉー、薬草の効きが早い。思ったより浅めの傷でよかったです!」


 ーー目を疑った。そして耳を疑った。抉られた傷を一日も経たずに塞いでしまう薬草など聞いたこともなく、非常に突飛な話であるためいまいち理解が追いつかない。


 (......よく考えれば、超常的な現象を実際に目にしたばかりじゃないか。ここの人たちからすれば、もしかしたら普通のことなのかもしれないな)


 結局、ウィルは無理矢理その事実を受け入れることにしたのである。


 その後も、暫く言葉のやり取りが続く。結果、雰囲気も暖まり、自然と四人で談笑する流れになった。


 彼女としっかり腰を据えて会話をするのは始めて故、最初は相も変わらず壁を作るような雰囲気で対応したウィルだが、徐々に打ち解け、いつの間にか友人のような関係を築いている。その事実に、内心驚愕せざるを得ない。






 「......そうそう、この男、昔っから朝は弱いんよ! 昨日のさ、急に意識飛んだ直後だって君だけ全然目を覚まさないから、僕が君を背負って外に出たんだぞ!」


 「え、そうだったの? 指輪を嵌めたら落ち着いたって話だけど......そうか、二人は俺より先に目覚めてたのか」


 「暗くなっても目を覚さないので、この人はもう死んじゃったんだなーって思ってました。土に埋めようとも思いましたが......生きてて本当によかったです!」


 「そ、それはニケに感謝だな......」


 「アレに遭遇した時、背負ってるあんたを草むらにほっぽり出して逃げたのもコイツだけどね」


 ミサから発された衝撃の真実を最後に、誇らしげに胸を張っていたニケは調子を崩して撃沈してしまった。さすがのウィルも、これには苦笑せざるを得ない。

 だが、昨日抱いた疑問の一つが解消し、気分が少しだけ晴れたような気がした。


 (他人と会話をするのって、こんなに気分が良いものだったか......? いや、きっとこの子が、この顔ぶれが特別なんだろう。そうに違いない)


 「そういえばウィルさん、ついでに聞きたいんですけど............私たち、やっぱり以前どこかで」


 何かを思い出したかのように、ウィルに向かって話を振り始めるナズナ。すると、突然ザザザという襖の開く音がした。目を向けると、そこには昨晩の老婆が立っている。


 「歓談中悪いね。全員、付いてきてもらおうか」




 老婆が案内した先は、一般的な一軒家のリビングほどの広さの和室だった。中央には大きな円型のテーブル......所謂ちゃぶ台と、それを囲むように五つの座布団が置かれている。


 「好きなところに座りな」


 老婆はそう促すと、部屋を後にした。

 ウィルは一瞬何らかの罠かと警戒した。だが、例え自分たちを利用するような罠だとしても、現状はそれを看破する方法などある筈も無く、そもそもあの不思議な力を使う老婆ならば四人の命など容易く奪えるだろう。よって、ウィルは大人しく指示に従うことにした。他の三人も、無言で彼の判断に続く。


 部屋の中に静寂が満ちる。

 暫くすると、集落の民が数人、そして老婆が部屋に入って来た。


 一同は驚愕で目を見開く。なんと、彼らは食事を持ってやって来たのだ。サラダ、スープに、煮物のようなもの。そして、肉汁溢れる大きな肉の塊まである。その量は、成長期真っ只中の学生が例え五人居たとしても食べ切れないほどだ。


 皆、急すぎる展開に戸惑い、互いに顔を見合わせる。獣が突然襲いかかってきたのならば、戸惑いよりも先に危機感知能力が働き、反射的に身体が動くだろう。しかし、昨夜自分たちに敵意を向けていた連中が急にご馳走を振る舞ってくるなど、一体誰が予想できようか。


 「食事が運ばれてきたんだ、さっさと食べたらどうだい。それとも、まさかとは思うが毒を警戒しているのかい? そんな面倒なことをするくらいならあんたらの心臓をまとめて握り潰した方が早いだろうて」


 溜息混じりに淡々と告げる老婆。毒の警戒云々よりも寧ろ、老婆やここの住人が秘める掴み難い腹の内が、皆の不安感を煽るのだ。


 「あの、これは一体?」


 ウィルは話を切り出した。老婆は苛立った様子で目を細めるも、彼の目を見てゆっくりと口を開く。


 「ふん、まあ疑問に思うのも無理はないね。詳しい話は省くけど、あの娘はあたしの納得のいく答えを導き出したのさ。まずはあの娘に感謝することだ」


 老婆はナズナを一瞥した。そして、話を続ける。


 「その見返りとして、あたしはあんたらを生かすことにした。ただしあんたら三人にとって、この世界で生き残るのはあまりに酷なことだ。そこで、あたしはとある術を仕掛けた」


 ごくり、と唾を飲み込む音。部屋中に昨夜のものとは違う類の緊張が走る。


 「......術の名は"人体魔素器官再接続"。ま、要するにあんたらは体を改造されたってことさ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ