表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・三章 幻想河の遺歌(中)
69/95

61話 幻灯ニルヴァーナⅣ

 あれから一夜、二夜と経過してゆく。

 期せずして訪れた旅人をよそ者と非難する者はおらず、寧ろ神の遣いとして過剰と感じられるほどに手厚くもてなした。

 一行には、これが不気味に思えてならない。最初のうちは、提供された豪華な食事に対してガツガツと齧り付いていたニケも、次第にこの状況の薄気味悪さを感じていったようで、今や集落の民から受ける覚えのない感謝は苦笑いで流している。いくらお調子者とはいえ、虚偽の信仰で全身を塗り固められるのは、決して気分が良いものではないのだ。


 発端は、ナズナの"予知夢"が的中したこと。

 その後、彼女に幾つか疑問点を訊いてはみたものの、返事はどれも的を得ない、ふわふわとしたものばかり。何か隠し事をしているのは、ウィルから見れば一目瞭然である。どうしてはぐらかすような真似をするのか。彼女を責めたくはないが、もっと自分を信用してほしいと切に願うばかりであった。


 姉妹の様子も、あれ以来どこかおかしい。性格や人柄が変わったわけではないが、どこか言動に違和感があるのだ。まるで、彼女らも集落の住民と同じく、ナズナを崇めんとしているようである。


 この日は、祝福の日の前日。

 前夜祭が盛大に行われるとの話ゆえ、一行は主落会から招待を受けるのだった。


 現在、前夜祭開始から一時間ほど前。ウィルたちは橙に染まる景色を眺めながら、姉妹の家にて寛いでいる。


 「前夜祭か。これは良いチャンスかもな」


 「チャンス? なんのだよ」


 「明日の作戦のこと。祭りがお開きになって集落の人たちが疲れ切っているうちに、俺たちは"妹"をこっそり連れ出して船大工さんの所に行く。船が完成次第すぐに出発できるし、確実だろ?」


 「ほほう。じゃあ早く二人に伝えにいかんとな! 祭りの準備をするとか言ってたから、現地で見つけるしかないと思うけど」


 二人はこうして策を練ってゆくが、ナズナは壁にもたれ掛かり、ぼーっと宙を見つめるばかり。彼らの話に耳を傾けようとはしなかった。


 「ナズナ?」


 ふと、彼女のそんな様子が目に入ったウィルが声をかける。


 「…………え、あ、はい?」


 「えっと、招待されたけど……ナズナは無理して行かなくて良いからな。ほら、ちょっと前まで意識飛んでたし、なんかいま盛大な勘違いを受けてるし。ちゃんと休まないと、ダメだと思うから」


 「いえ、行きます。招待は私におくられてきたみたいなものですから」


 「疲れを抱え込むのは、身体に毒だぞ?」


 「なんともないです。いつもの元気な私ですよ。……そうだ、ミサちゃんの様子を見てきますね」


 ナズナはにこりと微笑み、部屋を後にした。

 それが無理に貼り付けられたものであることは、ウィルの目には明らかだった。彼は敢えて踏み込まず、彼女の背中を見守ることにした。



 「…………」


 「ウィル。君は相変わらず(ひと)押し足りないんだよな」


 「……なんのことだ?」


 「無害な男でいるだけじゃ、女の子の心は動かせないぜ。今みたいなときこそ、もっと喋らなきゃ」


 ナズナに対するウィルの返事には、思うところがあったようで。ニケは珍しく、頼れる幼馴染にダメ出しをするのだった。


 「……俺は知ってるんだ。彼女(ナズナ)はまだ、完全に心を開いていないって。だったら、彼女の気持ちを汲み取れない俺が色々言うのはおかしい」


 「そーいうとこだって。だから君は友達を作るのが下手なんだよ。ウィルの洞察力は凄いし、人を傷つけないように努力してるのも知ってる。でもナズナちゃんは一緒に旅してる仲じゃんか。腹を探ったりするのはやめてさ、もっと遠慮しないで本音をぶち撒けちまえばいいのに……と、僕ぁ思うね」


 「それをやった結果、俺はクラスの除け者になった。虐められてるとこ、見てただろ? あの体験を覚えている限り、この性格は変えられない。でもナズナとは、今のところ上手くいってる。……このままいけば、友達になれそうなんだ。これが俺にとってどんな意味を持つのか、友達の多いお前には分からない。分かるわけない! 俺が言いたい放題言ってナズナを傷付けたら……俺は、もっと自分を憎むよ」


 それは、元の世界でのトラウマに関わること。

 今回のナズナのみならず、ミサに対しても同様だが、別段本音を隠している訳ではないのだ。ナズナには無茶をしてほしくないし、ミサは一日でも早く立ち直ってほしい。

 だが、彼にはそれ以上踏み込む勇気がない。他人(ふたり)を動かすこと自体は簡単だ。多少の強引さを見せれば、きっと従ってくれるだろう。しかし、それは果たして彼女たちの本心による行動なのか。リーダー的な立ち位置となっている自分の指示だから、仕方なく従うのではないか。ウィルにとっては、それが何よりも恐ろしい。


 「なんで、そうやって壁を作っちゃうかなぁ」


 「でもちゃんと意思は伝えられるし、相手を傷付けることもない」


 「……友達ってんなら、どーしても直接会って話したい、って思う時もあるじゃんか。でもさ、仮に君と友達になりたいって人がいても、その壁が邪魔で上手くいかない。本音で話したくても話せないのは、君だけだと思ったら大間違いだぜ?」


 「………………」


 幼馴染はそう言うと、少しだけ笑った。

 ウィルは確かにナズナと友達になりたいと言ったが、それが紛れもなく本心であるからこそ、返す言葉が見つからない。友達とは、一方的な気持ちだけでは成り立たぬ関係なのだから。

 これは失態だ。まさか、自分を理屈屋とからかうニケから、理屈で言い負かされるとは思いもしなかった。

 だが、それで今の気持ちが変化することはない。変わるか否かは、あくまで本人次第なのだ。


 「俺は……」


 「……?」


 「…………もう、嫌われたくないんだ」


 ウィルは小声で呟き、座ってうずくまる。




 (知ってるさ。僕は幼馴染なんだから)


 ニケは、やれやれと肩を竦めると、幼馴染を横目に軽く欠伸をするのだった。







 「いやはや! お集まりの皆さん! 前夜祭にようこそですじゃ!!」


 集落の広場にて。いつの間にか設置されていた円形の踊り場に長が登壇し、大声で叫び始めた。相変わらず不気味なほどよく通る声だが、それはどうでも良い。

 ウィル達は招待に応じ、この祭りへの参加を表明した。ウィルとニケだけでなく、結局のところナズナもそう決断した。そして驚くことに……


 「その、なんかゴメン。ウチだけずっと引き篭もってて」


 ミサもこの場に引きずり出されたのだった。

 因みに引きずり出されたとの表現だが、これが案外大袈裟でも無いらしい。


 「てゆーか、まさか、ナズナがいきなりキスしてくるなんて思わなかったんだけど。『お姫様を起こします!』とかなんとか言って……」


 「い、い、言わないで下さいよ! あれは、その……ノリというか、いや、経験則というか……」


 「え、ナズナって初キス済ませてたの!? ま、まさか経験済みだったりする?」


 「け、経験は……というか、ホントに最近のできごとと言いますか……」


 「お、お、おっとぉ!? ナズナちゃん、天然なようで、もしかして意外とやり手だった件!? これぁ僕としても黙って見ちゃおれませんなぁ!」


 「お、おい! なに変な話してるんだよ! こんなときに……」


 「そ、そうですよ! ウィルさんの言うとーり、ですよ! ……えーっと、ウィルさんちょっとニヤけてません? 何か想像してます!?」


 長が何やら話をしているが、一行はそれどころではなかった。またウィルの脳内こそ、平静を保つことに必死であった。キス? ナズナにそんな趣味が? この天然な美少女が!? などなど、これらの無視し難い情報群を処理しなければ、作戦のことなどどだい考えられまい。ウィルとて少年なのだから、仕方ないことである。


 しかし手段は如何であれ、ナズナのおかげでミサが再び顔を見せることができたのは事実。それについては、本当に感謝しなければならないと思った。




 「であるからして! 逆さ藤(ルピナス)の花が一面に咲いたこの時、この前夜祭という場を設けてですな! 神下ろしの場たる集落を清め、皆の心を一つに、神のもとへと近付けるのじゃ!」


 (……長の話、全然聞いてなかったな。まあいい。明日の話をしないとだし、とりあえず姉妹を探さないと)


 ウィルは、こほんと小さく咳払いをした後、長の話が終わるまでそのまま待ち続けるのであった。







 前夜祭が始まった。

 広場を巨大な篝火が照らすなか、集落の民は踊っては飲み、食っては踊りの、文字通りお祭り騒ぎである。


 夜は一層深まり、一行は乱痴気に飲まれながらも周囲に目を向け続けた。しかし、姉妹の姿はなかなか見つからない。


 「うーん。そんなに広くないし、結構すぐに見つけられると思ってたんだが」


 「ですね〜。一体どこにいるんでしょう」


 このままでは埒が開かないと、一行は一旦その場を離れ河沿いへと足を進める。歩き回ったせいか、みな疲労が溜まっており、涼しげな夜風に当たって休憩を取ることにしたのだ。


 「それにしても疲れました」


 「いやほんとに。僕はもう動きとうない」


 「ウチ、もっかい探してこようか?」


 「ミサちゃんは私たちと一緒です。何が何でも、絶対に」


 流石は運動部というべきか。数日じっとしていたとはいえ、ミサの体力は衰えていないようだった。或いは、自分が迷惑をかけたとでも思っているのだろう。だが、ナズナの強い申し出によってそれは却下された。

 確かに、ウィルとしても単独行動は避けてほしい気持ちはあるため、ナズナの言葉には異を唱えなかった。彼はこの集落を信用し切ってはいない。住民の急変した態度や、明日行われる異常な儀式。常識が通じないという意味では、倒すだけの魔獣に比べて幾分か厄介であると感じているため、一人で出歩くなど論外である。


 「そ、そこまで言うなら素直に休むわ。……ウチのこと大好きか?」


 「ミサちゃんだけじゃなくて、もちろんお二人も大好きですよ! でも、今はとくべつなんです。ミサちゃんは絶対に離しません」


 「え、あの、これどうゆうノリ? きまずくなるからやめてほしいんだけど!?」


 とは言うものの、彼女のミサへの執着は、側から見てもただならないものを感じた。何故ならば、彼女は先ほどからミサに対して頻繁に目を向けているのだから。


 (これは……)


 「恋……ですな」


 「……!!」


 いつの間にか、ニケが近くに寄って来ていたため、ウィルは肩を弾ませた。


 「恋? おいおい、女同士でそれは」


 「フッ、素人め。ライバル出現で焦ったか? だが安心したまえ。僕は星の数ほどの恋愛を経験した……いわばその道のプロだ。僕から言わせてもらえば、君にもまだ付け入る隙はある」


 「……悉くフられてたじゃないか」


 「黙れ。しかし油断するなよ? 真の恋ってのは性別の壁すらドロドロに溶かしてしまう。その甘さ、或いは情熱によってな。君がナズナちゃんを好きなら、それこそ……」


 「ニケ、そろそろ元に戻ってくれ。さっきから何を言ってるのか全く分からん」


 ニケも、ナズナも、それからミサも。今宵はどこか気分が昂っているように見えた。もしかしたら、前夜祭の愉しげな気に当てられ、場酔いしてしまったのかもしれない。そう考えれば微笑ましいもので、ウィルが感じていた緊張感も、幾分かほぐれてゆくのだった。


 その時、川沿いの砂利を踏む音が聞こえてきた。


 (……?)


 四人は咄嗟に、その方向に目を向ける。


 「あ、"姉"さん! それに"妹"さんも! なかなか見つからないから探しましたよ〜」


 「ふふ、ちょっと長に呼ばれててね。……あら、二階の旅人さんも来てくれたのね」


 「……うん。えっと、今まで親切にしてくれてたのにごめん。ウチ、正直いってウザかったよね」


 一行の元へとやって来たのは、姉妹だった。

 ウィルとしては、好都合である。探す手間が省けたことは勿論のこと、場所が祭りの場から離れているため、情報交換をするには絶好のタイミングなのだ。


 「ううん、そんなことないわ。旅人さんが凄く傷付いてるのは分かってた。それに、私の用意したご飯はちゃんと食べてくれたし、貴女が良い子だっていうのは知っているもの」


 「…………ありがと。ちょっとは楽になったかも」


 愉しげに振る舞っているミサだが、無論まだ振り切れた訳ではない。こうして顔を見せ、会話をする中でも、時折無理が伝わってくる。だが、彼女は彼女なりに振る舞い方を模索しており、皆もそれに応えて彼女を支えると、口に出さずとも決めている。

 先の"姉"の言葉は、彼女の大きな支えとなったに違いない。故にウィルたち三人は、改めて"姉"に対して感謝の視線を向けるのであった。


 「良い機会ですし、早速、明日のことについて話し合いましょう」


 「そうね。手短に済ませましょうか」


 ウィルが話を切り出すと、六人は一箇所に集まった。小声でも互いの声が聞こえるように。


 「まず、俺の策はこうです。前夜祭が明け、集落の皆が寝静まった、若しくは休憩をしている途中に」


 「時間帯的には明朝……三時から四時頃かしらね」


 「そうです。そこで俺がこっそり妹さんを連れ……」


 ウィルの説明に、皆は真剣に耳を傾ける。"姉"も彼の策に理解を示したようで、相槌を打ちながら皆の理解が深まるようフォローを入れた。


 「連れて……私の妹を殺すのね?」




 ばたり、ばたりと地に伏せる。

 地に頭を付けたのは、ニケとミサだ。


 「…………え」


 「冗談よ。言ってみただけだわ」


 「い、いや。じょ、冗談って。こんな時によして下さいよ。……というか、ニケ? ミサ? なんで急に」


 「具合でも悪くなったのかしら。後で診てあげないと大変だわ。それより、今は良い機会なんでしょう? 旅人さんのお話、聞かせてくれないかしら」


 「…………い、いえ。先に家に帰らせていただきます。二人とも、さすがに心配ですし……」


 "姉"はそうせがむものの、ウィルからすれば尋常ならざる事態だ。今は何よりも優先して、倒れた二人の安否を確かめねばならない。


 「後頭部を軽く打っただけだわ。命には関わらないでしょう。それよりも、旅人さんのお話、聞かせてくれないかしら。」


 「…………ど、どうしてそんなことが判るんですか。"姉"さん、失礼だとは思いますけど、さっきから少し変……というか、なんというか」




 河のせせらぎが、耳に流れる。

 周囲は夜の暗闇に染まり、頼れる灯りは祭りから漏れ出す活気のみ。橙の灯りに照らし出された"姉"の表情は……


 「なぜ、そんなに平然としているんですか」


 「あら、そう見えるかしら? 旅人さん、そろそろ聞かせて下さいな。貴方が今、どんな気持ちなのか」


 ニケとミサの後ろには、巨大な蔓が生えていた。グネグネと揺らぐそれが後頭部を鞭打てば、人を気絶させることなど容易いだろう。

 ウィルは息を飲み、反射的にナズナへと目を向けた。


 「…………!!」


 彼女の身体には、いつの間にやら細い蔓が絡み付き、身動きを完全に封じていた。更には、蔓は彼女の細い首をきりきりと絞め始め、声を上げる事すら叶わない様子だった。


 「な、なにを? 一体、何をしているんですか」


 「早く答えないと、私に殺されちゃうわよ? あの子」


 「……っ!?」


 ウィルの頭は、理解を拒絶した。

 信じられない。あの優しい"姉"が、紛うことなき恩人が。

 自分たちを殺そうとするなど、あり得る筈もないのだ。


 瞬間、目を焼くような閃光と共に、地を揺るがすような轟音が鳴り響いた。


 ――この現象には見覚えがある。ローグリンの正門前にて、ナズナが騎士人形らに放っていた魔法。シャヴィはそれを、雷撃と呼んでいた。




 「けほっ、けほっ!」


 拘束が解かれたのか、ナズナは苦しそうに咳き込み始める。どうやら、先の雷撃で蔓の魔法が弱まったのだろう。


 「ふふふ、凄いわ、その子。本当に神の遣いなのかしら」


 「…………なぜですか? なんで、みんなを……? 妹さんを助けたいんでしょう!?」


 "姉"が感心する傍、ナズナは声を荒げて問いかける。その怯え様はウィルの比にならず、全身の震えが止まらない様子だった。

 先ほど放った雷撃は、現在使える魔法の中では最も殺傷力の高いものである。ナズナはそれを、恐るべき集中力をもって発動した。そして、雷撃は蔓を操る術者――"姉"に直撃したはずであった。にも関わらず、彼女は飄々としていた。即ち、"姉"は術師として完全に格上であり、且つ、悍ましい敵である。


 「ごめんね、私、おかしいわよね。狂ってるわね。でも、逆らえないの。だから、明日まで眠っててもらうわ」


 途端、巨大な蔓がウィルの背後に出現し、振り向かせる間も与えずに強烈な一撃を打ち込んだ。

 それは、間を空けずしてナズナの背後にも現れ――


 「……っ!!」




 鞭のように襲い来るそれを、ナズナは()()()()()()()()()()()()()()()()、どうにか直撃を防いだ。

 "姉"は軽く目を見開き、暫しの間硬直した。


 「……? 理解できないわ。どうしてあの子が私の魔法を?」


 その隙を見逃さず、ナズナは雷撃を放ち、逃げ出した。向かうは河畔林。船大工の家がある方向である。この場を切り抜けるには、船で対岸に渡るほかないのだ。


 「…………っ!!」


 だが、それを予想していたかのように、"妹"が彼女の前に立ち塞がる。


 「ど、どいてください」


 「あなたは、友達。でも……なんでこんな事しなきゃいけないんだろね。ウジウジの奴も、黒髪も、みんな良い人だった。ほんと、何でだろうね?」


 「……わかってますか? このままだと死んじゃうんですよ? 私たちと一緒なら逃げられます。ウィルさんはああ見えて頭がいいですから、ばっちりな作戦を立ててくれますし」


 「大丈夫。私が死なせないわ」


 艶やかな色気を含んだ声が、背後から聞こえる。

 ナズナは振り向き、それを目にした。


 「…………"姉"さん、もう、やめてください」


 指先には、毒々しい紅の凶器。

 細く透き通る肌色を乱雑に包む、蔓の衣。

 そして頭部に生える二本の角と、腰部からは荊棘(いばら)に似た長い尻尾。


 "姉"の姿は、人間の外見を残しながらも、本質的にかけ離れていた。例えるならば、ナズナの目からは"魔獣"のようであると、そう映ったに違いない。


 十数秒経過した後、半異形と化した彼女は再び口を開いた。


 「さすがに淵起(エンキ)までは真似できないようね。それとも、敢えて隠しているのかしら。まぁ、どちらでもいいわ。ぐっすり眠ってもらうわね」


 その瞬間、視界が暗転した。


 混乱と絶望が往々と流れ込む暗闇。

 ナズナが最後に感じたものは痛みではなく、夜闇の凍えであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ