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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・三章 幻想河の遺歌(中)
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60話 幻灯ニルヴァーナⅢ

 その日の朝は、曇天だった。


 コンコンコン、と鳴る音で目を覚ましたウィルは、入室の許可を求めるドア越しの声に何となく返事を返す。声の主が寝室に入るのを意識の外で確認し、再び眠りに付こうとした。

 ――だがものの数秒も経たぬ内に、彼の望む安眠は妨げられることとなる。


 「お、おはようございます! いやいや、今日もとても天気が良く…………ないじゃん。ははは」


 隣で雑魚寝をしていた幼馴染が、けたたましい声と共に跳ね起きたのだ。声の向かう先は、先ほど丁寧にもドアをノックし、部屋に入ってきた者。

 ニケの態度から、ウィルはわざわざ目を開かずともその者の顔を思い描くことができた。


 「朝早くにごめんなさい。今日は二人にお願いしたいことがあるの」


 彼女は、神妙な面持ちで言葉を発した。

 鉛のように重い瞼を擦りながら、旅人の少年は身体を起こす。







 「大したもてなしも出来ずに申し訳ねぇが、なにぶん時間がねェ。船を完成させにゃならんからな。てな訳で、約束通り話してやる。オレ様がそこまでしておめーらに事を頼むわけをな」


 船大工の男は、"姉"と同様に神妙な面持ちで言葉を発した。




 軽い朝食を終えたのち頼まれた"姉"の頼み。それは、自分と共に"ある場所"へ向かってほしいというものであった。何やら急ぎの様子だったため、詳細は聞かずに頷いた。

 普段の疑り深いウィルならば、相手が幾ら信用に足る人物とはいえこの様なトントン拍子で要件を飲むことはまずあり得ない。にも関わらず首を縦に振った理由は、"姉"の目に怯えの色が見えたからである。

 今後、何やら只ならぬ事が彼女の身に起きるのだろう。加えて、その事態が旅人である自分たちにとっても他人事ではないことは容易に推測できた。

 遠慮深く、澄んだ心の持ち主である彼女のことだ。私情で客人を巻き込めるような性格ではあるまい。向かいに座すニケがウィルの表情をチラチラと伺っていることから、彼も"姉"の様子に微かな不安を感じ取ったのだろう。


 ……こうして連れられた場所が、河沿いの小屋である。

 "姉"、ウィル、ニケの三人を出迎えた者こそ、荒い口調が耳にさわる船大工の男であった。だがそんな口調に反し、意外にも彼の態度からは誠意が感じられたため、ウィル達ふたりも真剣に耳を傾けることにしたのだ。


 「三日後の祝福の日に行われる、集落の民総出で行われる祭り。(コイツ)の妹は、そこで御嫁様(みなづけさま)っつー重要な役割を任されている。……オレ達は、それを辞めさせたいんだ」


 「……? 百年に一度のめでたい日に、大役を任せられたんでしょう? それだけ聞けば、むしろ誇るべきことだと思いますが……」


 「まー、聞こえは良いわな。"祝福の日"だったり"御嫁様"だったり、ホントに外面だけは大層良さげなモンなんだ」




 船大工の言葉が途切れる。

 ぽかりと生じた無言の空白。ウィルは初めて、部屋に漂う空気の重さを知った。

 曰く、御嫁様とは生贄のことだ。娘を集落が信仰する神に捧げることで百年の安寧を得るだとかなんとか、よそ者のウィルにとっては胡散臭い話であることこの上ない。しかし、その感性は別段よそ者だけが持つものではなかった。

 集落の因習を受け入れられず、御嫁様を担うことになった"妹"の救助を要請した者が二人。船大工と"姉"は、不安げな表情で頼み込むのであった。


 「頼む、オレ様たちに協力してくれ。お前たちが見ず知らずのよそ者だからこそ頼めることなんだ」


 「…………」


 "姉"は、船大工の言葉に続いて頭を下げる。

 それを見た瞬間、ニケは慌て様を露わにした。女性に頭を下げさせることにはどうも落ち着かない様子である。

 ウィルも同様に、二人に対して頭を上げるよう慌てて促した。ニケのような、女性がどうのこうのといった思考はない。ただ、目の前にいる人間が命の恩人である以上、頼み事の一つや二つ聞くのが筋であると考えたからだ。


 「俺たちが力になれるなら願ったりです。ただ、本当に申し訳ないですが……引き受けるかどうかは内容によります。実を言うと、俺たちがこの集落にやってきた目的は――」


 彼らの望みを叶え、恩人である"妹"を助け出すことはウィル自身も望んでいる。しかし、それを実行するためにも確認せねばならないことが幾つかあった。

 第一に、命の危険を伴うものか否か。

 次に、自分たちの旅の目的に支障をきたすか否か。


 前者については、答えは決まり切っているだろう。何せ()()化け物じみた大男が集落側にいると知ってしまった以上、集落内で何をするにしても安全とは言えない。だが、起こりうるリスクは知っておきたいのが本音だ。そうすることで、覚悟の質に影響が出る気がした。

 問題は後者で、集落との関係が悪化することによって対岸に渡る術を無くしてしまっては元も子もない。


 詳細は飛ばしつつも、その旨を確認の意味も込めて伝えるウィル。それを聞いた船大工は、即座に口を開く。


 「リスクは勿論ある。祭りを邪魔するわけだから、相手は集落全体と思った方がいい。でも、それを掻い潜るのに良い手段が一つだけあるんだ。お前らは確か、対岸に渡りたいんだったな?」


 「はい。メナス河を東に真っ直ぐ」


 「なら心配いらねぇ。オレ様と"(こいつ)"も元々、はなから対岸に渡って逃げるつもりだったからよ」


 船大工の言葉に対し、旅人の少年らは思わず目を大きく開いた。


 「オレ様の船が、大体三日後を目処に動かせるようになるんだ。作戦の内容を先に言っちまうが、その日の早朝、誰にも見つからないよーに"妹"を連れ出し、ここに来い。そしたらオレ様が船を出して、全員で対岸にこっそり渡る。利害も一致してるし、割と完璧じゃね」


 「……確かに、その作戦であれば俺たちにとっても都合が良いですね。それに、思ったよりもリスクが低いかも」


 「だろ? まさに一石二鳥…………ってか、すまん。説明させといてなんだが、お前らの目的については実は知ってたんだ。昨日、"(こいつ)"がオレ様んとこに来てよ……」




 その後、他愛のない話を十分程度したのち、作戦の再確認を最後にその場は解散することになった。なぜ"姉"がウィル達の目的を知っていたのかとウィルは疑問に思ったものの、先日彼女と一緒にいたニケが口を滑らせたことは容易に想像がつく。ただ、姉妹は恩人であり信用に値する人物であるほか、船大工に作戦を練る時間を与えることができた。いずれは話さなければならないことであったため、特に問題は無い。

 こうなれば集落の長の力を借りるという当初の考え、もとい憂いは不要となった。ウィルにとってそれは思わぬ収穫であると同時に、集落への裏切りに対する決断を強いられる事態である。

 朝の光が、枝葉の間から微かに差し込む河畔林。

 "姉"はまだ船大工に用事があるようで、小屋に残るとのこと。それゆえウィルとニケは、ひとまずは二人で帰路につくのであった。







 川沿いに道を歩み、早朝の足跡を辿る二人。河畔林を出て暫く足を進め、姉妹の家が視界に入った途端、ウィルは不意に足を止める。


 「でさ、やっぱり僕に気があると思わないかね? だって付きっきりで僕に魔法を教えてくれてさ……ん? ど、どうしたんだよ、急に止まって」


 「…………」


 姉妹の家の入り口付近。ウィルの視線の先はそこに釘付けであった。何故ならば、予想だにしない人物がそこに居たからである。

 その人物は開いた扉……玄関に向かって一礼をしたのち、集落に向かってすたすたと歩いていった。


 「お客さんか? こりゃまた癖の強いキャラクターがでてきたな。変な服着てる爺さんとか」


 「この集落の長だよ、あの人」


 「…………例の? "妹"ちゃんを死なせようとしてる?」


 「ああ。一体、何の用事で……」


 二人はごくりと唾を飲むと、長の背中が小さくなるのを確認し、そろりそろりと家に向かう。当初の予定では、長の協力を得てメナス河を渡る算段であった。しかし先ほど長や集落に反する策に乗っかった以上、過度な接触は控えた方が無難。自身の洞察力を持ってしても掴みどころの無い老人ゆえ、気付かぬうちに思考を読まれてしまうのではないか、とウィルは感じていた。




 アンティーク調のドアを開け、玄関に足を踏み入れる。意図せずとも早まる足取りで居間に向かうと、そこにはナズナと"妹"の姿があった。


 「あれ、ウィルさんにニケさん! 私、まだ寝てるのかと思ってました。散歩でもしてきたんですか〜?」


 「ま、まあそんなところだ。それより二人とも、さっき長がここに訪ねて来た、よな」


 開口一番、ナズナがいつも通りの能天気さを発揮するも、それを気に留めず恐る恐る訊ねるウィル。すると、ふたりの女子は急に互いの顔を見合わせ始めた。


 「たしかに来ました。来たんですけど……」


 「なんかよくわかんないけど、ナズナに予言? みたいなことを訊いたんだよね」


 「そうそう。『よちむの内容を教えてくだされ〜』って。で、私は今日の夢に出てきたことをそのまま話しました」


 「なるほど。腹の中ではまだ俺たちを疑っているってことかもしれないな。……ちなみに、何て答えたんだ?」


 再びウィルが訊くと、金髪の少女は目線を逸らし、どこか自虐的な表情を浮かべる。


 「お魚をくわえた鳥さんが、大声で鳴いて飛び回ります。すると畑の中から大きなお芋が顔を出したので、みんなで食べました、と」


 「本当に言ったのか、それを」


 「言うしかなかったんです。だって嘘つくわけにはいかないじゃないですか」


 乾いた笑い声が言葉の最後に漏れる。どうやらさすがの彼女も、自身の奇妙な言動に呆れの色を示している様子だった。ウィルは軽いツッコミを入れようとしたものの、彼女の心境を思うと居た堪れなくなり、堪えた。

 起床して間もない、寛ぎの時間。あの長が訪ねてきたという事実は、その平穏を打ち破るのに十分な出来事であることは嫌というほど想像がつく。こうなっては、ウィルとて同情するほかあるまい。


 「まぁ、実際仕方ないよな。そんなの、俺でも頭回らないだろうし。というか確実にテンパるだろうし」


 「う、あ、あああぁ。ウィルさんが変に冷静なせいで事の重大さがわかってきました。もし私がテキトーなこと言ったせいで、みんな酷い目に遭ったら……」


 「お、落ち着け、ナズナは悪くないって。それに、予知夢なんて考え次第ではいくらでも誤魔化せるから」


 脚を竦ませ、ふらふらとよろけ始めるナズナ。体勢を崩しかけた彼女の両腕を慌てて掴むと、ウィルはすかさず宥め始めた。

 少年の手を支えにしっかりと立ち上がると、ナズナは彼の顔にじっと目を向ける。自信がない、といった表情ではないから、先の発言はそれなりの根拠を持ってのことなのだろう。いつも通り、理屈じみた解決策を披露してくれるに違いないと、彼女の心には安堵の色が少しずつ現れ始めた。

 それはそれとして、なかなか視線を合わせてくれようとしないのはどうしてだろうか。チラっと目が合ったと思えば、少年はきまりが悪そうにさっと逸らす。

 嫌われるような事をした記憶は……思い当たらなくもないが、ナズナが思うに彼は優しい人間だ。であれば、きっと無意識なのだろう。彼女は結局、意図的に詮索を避けることにした。


 (なるほどねぇ)


 ただ一人、傍からその様子を見守る"妹"だけが真意に気付き、ニヤリと口元を緩めていた。




 ニケはキッチンに向かい、食材を真剣に眺めていた。







 それから時が経過し、昼食の時間に差し掛かる頃。

 "姉"は未だ帰って来ず、四人はそれぞれ思い思いに暇を潰していた。とは言っても基本的に娯楽など無く、女子ふたりは何やら楽しげに話をしているが、ウィルは部屋の片隅でぼうっとするのみ。魔法を習得したニケは、修行をするなどと言って外に出た。

 予知夢の件で長に詰められた際の対策に関しては、先ほどナズナに伝えた。対策といっても小手先のもので、彼女の発した内容が概括的な出来事のみであったならば、"いつ"、"どこで"といった肝心な要素は後で幾らでも付け加えることができるのだ。

 子供じみた屁理屈だが、「大きな芋が収穫できるでしょう!」と言って実際は何も収穫出来なかったとしても、「それ、本当は五日後のことでした!」とでも謝罪すれば一旦は凌げよう。


 (もし俺が長ならそこまで突っ込んで訊くけど……ナズナが話してないって言うなら大丈夫だろう。長を騙す形になるけど、所詮はあと数日の付き合い。それに、船大工の頼みに乗ったからには今更って感じだな)


 早朝、船大工の少年の口から聞いた話。

 当の"妹"がこの場にいるため、口にすることは憚られたが、いずれはナズナにも伝えるつもりだ。それは、今も二階で部屋に籠っているであろうミサに対しても同様である。


 (きっと、上手くいく。俺たち四人と姉妹、それと船大工で七人。みんなで対岸に渡るんだ)


 少年は、数日後に来る決行の時を待つ。恩人を集落の因習から救い出し、皆で河を越えるその時を。




 「た、ただいまぁ! 遅くなってごめんなさい!」


 玄関のドアが開かれ、同時に"姉"の声が聞こえた。

 これから集落の食事場にて、皆で昼食をとりに行くだろう。

 ただ、改めて集落を裏切る決意をした矢先、改めて集落の世話になることに対して、ウィルは複雑な表情を浮かべるのだった。







 食事場には、人だかりができていた。昨日とは違い早めの時間であることから、集落中の人間が束の間の憩いを求めてやって来たのだろうとウィルは思う。ただ、前を歩く姉妹の様子が少々気になった。なにやら困惑している様子ゆえ、彼は話を振ることにする。


 「混雑してるな。お昼時はいつもこんな感じなのか?」


 「たしかに、このくらい人が集まる時も珍しくないわ。でも、なんだか……」


 「……うん。なんか、異様に盛り上がってない?」


 姉妹の反応を見るに、人々の雰囲気が普段とは少し違うらしい。これでは暫くは席に着けそうにないな、と人だかりを見据える五人は、食事場の外で腰を下ろすことにした。

 だが、事態は一行にとって思わぬ方向に傾いているようで。ふと耳にした会話が、彼らの背筋に悪寒を走らせた。


 「大豊作ってなぁ本当だったかぁ! いんや、昼メシをこんなにたらふく食えたのは久しぶりだぁ!」


 「まったくだ。ぽてとサルダにお芋のスープ。がれっと? とかいう異国の料理も美味だったべ」


 それが聞こえた瞬間、ナズナは咄嗟に背後を向き顔を隠した。

 "姉"は不思議そうな顔をしているが、顔を隠したいのはウィルとて同じである。何故ならば、二人はこれが()()()()()()()()出来事であることを知っているからだ。側にいる"妹"とニケも一応察してはいるが、その反応はまだ楽観的である。


 「いやいやいや、あ、あり得ないですよ、ね。私、本当に見れるんですか?」


 「それは、俺に聞かれても、なぁ」


 「おいおい大袈裟だな。たまたまいっぱい採れただけなんじゃないの?」


 「今は春だから、芋の収穫期はだいたい半年後なんだよね〜」


 ぎこちないやり取りをする二人にニケがフォローを入れるも、"妹"がすぐさま現実を教える。それを耳にした三人の表情はたちまち凍り始め、気まずい空気が流れた。

 このとき、ウィルは"妹"の発言に多少の違和感を覚えたが、今はさほど気にすべきではないとし、そっと胸の中に仕舞った。重要なのは、ナズナの予知夢が的中したのではないか、という疑惑だ。彼女が認識外で予知能力を使っている、もしくは能力が使えることを隠していたとすれば、何ら問題はない。しかし、彼女のこれまでの発言や反応を振り返れば、その可能性は限りなく低いだろう。

 考えられるとすれば、ニケが新たな魔法を習得したように、ナズナも覚醒により能力を得たという可能性だ。聞いた話によれば、"淵起(エンキ)"とは個人特有の能力である。ニケのそれは思いもよらぬ偶然から得たものらしいから、ナズナも"予知"という淵起をたまたま得ることができたのかもしれない。


 (そう考えればこの件も偶然ではなく、必然的なことだった……もしかして考えすぎなのでは?)


 徐々にパズルのピースがはまるような感覚。にも関わらずどこか腑に落ちない様子のウィルは、顔を上げ、一旦ナズナを落ち着かせるべく自身の考察を告げようとした。




 「あ、長だべ! 長がこっちに来るべ!」


 ちょうどその時、集落の住民の一人が声を上げた。

 その声に反応した住民は皆、ある一点に視線を向ける。家屋の並ぶ通りから、数人の老人と共に歩みを進める男――長と、主落会の面々。集落の管理者であり、生贄の儀式を遂行せんとする者たちだ。

 ウィルたち五人に歩み寄った長は、気さくな態度で声を掛ける。


 「おお、皆さま、此処におられましたか! いやはやこれは何たる僥倖。まさに神の御業とございますれば、やはり予言は真でありましたな。こうなっては、貴方がたを"よそ者"と呼ぶ不埒者もいなくなりましょう。貴方がたは集落に恵みを与える者。その真実の姿こそ、祝福の日に降臨なさる神の遣いであった!!」


 気さくな態度は徐々に狂信的なものへと変貌し、遂には両眼をぐわっと見開いた長が仰々しく両手を天に掲げた瞬間、集落中で歓声が上がった。

 よそ者非難派も寛容派も最早関係ない。燃え盛るような拍手喝采を浴び、あろうことか姉妹すらもその流れに乗っかる中、三人はひたすらに、困惑の渦に飲まれていた。


 「……怖いです。なんかもう怖いです! 今すぐ逃げ出したいです!」


 「おいおい、ウィル! 僕たち急にヒーローになったのか? どうなってんだよこれ」


 「お、お、俺にも何がなんだか……」


 「ウィルさん、悪い事は言いませんからここを離れましょう! 私が思った通り、やっぱりこの集落はやばいんです。もうオムニス王国から渡っても良いじゃないですか。あの人……オーディンさんの方が話が通じるだけマシですから!」


 「ナズナ、とりあえず落ち着け。"妹"がいる手前話していなかったが、実はとある人とのとある約束があって」




 泣きそうな顔で、そして震える手で少年の腕を掴むナズナ。その様ときたら、今まで抱え込んでいた精神的負荷が一気に爆散したようにも見えた。

 どうにか落ち着かせようにも、頭の中がごちゃごちゃなのは自分とて同じこと。喉を通るは意味を持たぬ空虚のみ。

 だが、彼女が発する次の言葉によって、ウィルの思考は完全に停止する。


 「船大工さんに、"妹"ちゃんをどうこうしろっていう話でしょう? 私、知ってるんですよ! 最初っから何もかも!」


 「……え?」






 その時、食事場から一人の男が姿を現した。

 茅色の短髪で、筋肉質。そして長剣を背に携えた剣士は、相変わらず生気の感じられない、ただしはっきりと聞こえる声でナズナに言った。


 「娘よ。一つ助言をしよう」


 ナズナは目尻に涙を浮かべながら、剣士の男に顔を向ける。




 「魔獣はすでに、集落の何処かで鳴りを潜めている」

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