表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・三章 幻想河の遺歌(中)
62/95

54話 溶融ナイトメア

 食事場から出る三人。

 "妹"を探す……とナズナは言うが、手掛かりがないため簡単な話でないことは確かだ。そのため、最悪の場合集落中をしらみ潰しに歩き回るほかないが……それは非常に危険な行動である。

 外から来た旅人に対して寛容な住民の目に止まるならば良い。寧ろ、"妹"がいる場所を知るための近道となり得る。だがよそ者を非難する住民と遭遇した場合、状況は一気に奈落へと下降するだろう。


 再び理不尽な暴力に遭うのだろうか。その時は、二人で逃げられるだろうか。ナズナの考えを知るにはリスクを犯さねばならず、それ自体が理不尽で、少し不公平で、悔しさが滲み出る思いに囚われる。




 「えっと、じゃあ僕は先に家に戻ってるよ」


 「……え、ニケは付いてこないのか」


 幼馴染からの突然の申し出に、思わず咄嗟の疑問を口に出すウィル。あれこれと悩みを巡らせている最中に意外な言葉を耳にしたため、反応が一拍遅れたのだ。


 「麗しきあの方に一刻も早く……っていうのもなくはないけど……んっと、"姉"さんはたぶん、ミサのことを凄く心配してるんだ。でも、僕らにとってミサはそれ以上に大事な仲間だよな。だから、今は頭を抱えてるアイツの側に居てやりたい。なんつーか、ともだ……仲間としてさ!」


 「…………ニケ……」


 それは、至極真っ当な言い分であった。自分たち四人が仲間だということ。その重さを、ニケは忘れていなかった。

 自分のことばかり考えて、もっとも大切なことを失念していた。本来ならば、この道を選択した自分こそが向き合わなければならない事だったが、ウィルは再び、あろうことか自分の知識欲を優先してしまったのだ。


 幼馴染は、この数日間の旅を通して確実に成長していた。過ごした時間は僅かだが、彼には四人にとって大切なものがはっきりと見えている。メンタルも判断力も、全く敵わないとさえ感じてしまう。


 「ご、ごめん。やっぱり俺もそっちに戻るべきだった……かな」


 「? 何言ってんだ。僕がミサに付くならお前はナズナちゃんに付いてってやれよ。折角再会したのに、また放りっぱなしにするつもりかー?」


 「っ…………ぐうの音も出ない、な。三人で戻るから、それまで家で待っててくれよ」


 「おうよ!」


 何が『おうよ!』だ、体育会系でもあるまいに……と突っ込みたくなるも、今は抑える。小心者のニケにしては珍しく、ほんの少しだけ頼もしく感じたからだ。




 「ナズナ、行こう」


 「そーうです、ね。いざ、探しに行きましょう! ではニケさん、またあとで〜」


 三人は、二つに分かれてそれぞれの道を行く。ニケは、一人の仲間のため。ウィルは、ナズナに感じる違和感の正体を探るため。

 そして、ナズナは――




※※※




 「……なにか当てでもあるのか? というか、ナズナと彼女はそもそも初対面だろ?」


 「あてですか? い、いやぁ、あるような無いような……と、とにかくウィルさんは私に付いて来てれば良いのです」


 「そ、そうか」


 短いやり取りが交わされたが、目ざといウィルには他人の感情の機微など手に取るように分かってしまう。何気なく揺さぶりを掛けただけではあるが、その後に続いたナズナの反応を見るに、彼女が何かを隠していることは疑いようもないと確信した。もっとも、彼女のそれはあからさまであるがゆえ、ウィルは半ば呆れている。


 即ち、ナズナは嘘が下手だ。

 この調子では自分が無垢な少女を手玉に取る悪人のように思えてきてしまい、やり辛いことこの上ない。




 「あら、可愛いわねぇ! その子が例の?」


 「おぉ、坊主。見つかったのか! 良かったじゃねぇか!」


 「こちらでも気に掛けてましたが……見つかって良かったですね、旅人さん!」


 「か、可憐な娘ずら。おいどん、もし良ければ手を繋いでみたいずら!」


 ナズナの言い付け通り黙って付いて行った挙句、再び集落の道を歩くことになってしまった。しかし、現在自分たちを包んでいる空気は、彼の描いていた想像とは良い意味でかけ離れていた。


 すれ違う度に向けられる、屈託のない笑顔。

 今朝ウィルの言葉に耳を傾けた者たちだけでなく、関わりのない人まで喜んでいるのだから、ウィルにとっては不思議で仕方がない。


 「ふふ、なんだか人気者になった気分です。ウィルさん、私をさがすためにこんなに沢山の方とお話されてたんですね」


 「……気が気じゃなかったんだよ」


 隣を歩くナズナの横顔には、穏やかな微笑が浮かんでいた。地面に向けられている視線の先は、どこか遠くにあるようにも感じられるから不思議なものだ。ウィルは再び前を向くと、無言で歩みを進めるのだった。




※※※




 「あ、た、旅人さん。戻ってきたのね」


 「ど、どうも。え……っと、あー、あいつ……ミサの調子はどんな感じかな……って」


 少々時間が過ぎた後。

 姉妹の家へと帰ったニケは、居間のテーブルに突っ伏す"姉"の背中を目撃した。


 「ごめんなさい、なんだか疲れちゃって。ちょっと寝てたわ……。えっと、あの子のことだけど、食欲はあるみたい。部屋に入ることも許してくれるし、話し掛ければちゃんと応えてくれた。でも、なんというか……」


 「なるほどなるほど。まぁ、ご飯ちゃんと食べれるなら思ったより深刻じゃないですな! しかし、やはり他人を気遣える貴女の心は美しい。ミサも……表には出さないけど、心の中では貴女に感謝してるに違いない」


 気取った風に、ペラペラと言葉を並べるニケ。眼前の少女は、彼の姿を見ようとはしなかった。赤く滲んだ両目を見られることは、さすがに避けたい。しかし、この旅の少年の言葉には度々驚かされている。軽薄に聞こえるが、不思議と不快感は感じないのだから。

 少女は分かっていた。

 背後に立つ少年の目は、きっと真剣なのだと。


 目を合わせたくない。こんな顔、見られたくない。

 少女はテーブルに視線を落とし、そのまま口を小さく開く。


 「でも……だけどね、私じゃ力不足なんだわ。私では、あの子のことを本当の意味で知る事ができない。あの子が何を悩んでいるのか、何が怖いのか。聞くことすら出来なかった。やっぱり、ただの他人でしかない私じゃ」


 「……貴女は、暖かいお人です」


 「…………………………えっと?」


 唐突に、突拍子もない言葉が横切ったため、少女の頭の中は一瞬、空になる。気付けば旅の少年は、少女から見て左側の、椅子一つ空けたテーブルの席に着いていた。

 少年も彼女と同じように、視線をテーブルに向けている。




 「つい昨日の、いや一昨日の事……だったかな。僕もミサも、いや、みんなが酷い事故に巻き込まれちゃって。その中でもあいつは心が深く傷付けられて……冷え切った氷みたいに閉じてしまったんです」


 「…………」


 少女は顔を上げ、ニケの話に耳を傾ける。

 長い前髪の間から覗く瞳は、鈍い光を帯びていた。


 「氷を一瞬で溶かしてくれるような、炎みたいな人もいました。でも、その人は結局例の事故のせいで死んじゃって。その事もあって、ミサの心はより分厚い氷に覆われることになったんです」


 「…………」


 「僕たちがミサに出来ることは、少しずつあっためていくことだと……僕はそう思います。無意味に思えるのは仕方ない。だって、分厚い氷なんてそう簡単に溶けるもんじゃないから。……でも、きっといつかは溶けるんです。僕らが、暖かい心で接するのを止めない限りは」


 「…………旅人さん………………」


 ふと、互いの視線が交わった。少女は目を開き、そして言葉を失う。

 少年の両目は、微かに潤んでいた。


 (そうか、この人も……)


 力の無さに苦しむのは、自分だけではなかったのだ。仲間が壊れていく様を間近で見ていたであろうこの少年の心境、とても想像で押し測れるようなものではないのは確かであった。


 目を強く瞑り、頬を軽く叩く。

 少女は少年の顔を見て、軽く微笑んだ。


 「ありがとう、旅人さん。私、あなた達が此処を旅立つまで、出来る限りの事をやってみるわ」


 「……思った通り。…………やっぱり貴女は素敵な女性だ」


 強がりか、はたまた気持ちが軽くなったのか。

 どちらにせよそれは、お互いの心境にも言えること。ふたりは少しの間見つめ合い、新たに強まった意志を共有するのであった。






 「そ、そういえば"姉"さん。ちょっと一つだけお聞きしたいことがありまして……」


 「……? 何でもどうぞ?」


 「えーっとですね………………は、…………ますかね?」


 「……なんでそんな小声なのかは分からないけど、確かに使えるわよ?」


 「そ、そうなんですか!」


 数分の時が経過し、ニケはまた唐突に、思い出したかのように訊ね始めた。問いの内容が如何わしいものではないにも関わらず、何故こんなにもよそよそしい対度を取るのかは不明だ。しかし、少女は確かに頷いた。少年の、ある決意を感じたためである。

 彼女の反応を見るなり、瞳をぎらりと輝かせるニケ。


 (僕だって、いつまでも逃げる訳にはいかない。ウィルも、"姉"さんも、ミサだって、皆んな必死に動いて、戦ってるんだ。なら、僕だって、僕だって!)


 少年は目の前の少女をじっと見据え、伝えんとする。少女はその気迫を正面で感じ、ごくりと息を呑んだ。




 「お願いがあります。僕に、魔法を教えて下さい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ