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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・三章 幻想河の遺歌(上)
57/95

50話 幻灯ニルヴァーナI

作者です。少々前書きの場をお借りします事、お許しください。


拙作もついに50話目でございます。

私が挫折せずに物語を紡ぐことが出来たのは、読んで下さっている皆様のおかげに他なりません。本当にありがとうございます。


今後も拙作は続きますので、引き続き応援のほど宜しく頼みます!







 薄日の中を行き、木陰を通り、河沿いの小屋を訪れる。年季の入った木製の扉を開けると、待ちくたびれたと言わんばかりの強張った面持ちの少年が、木製の船の側に腰掛けていた。

 船の大きさは大人十人が余裕を持って乗れる程度であり、所々で金属による補強が施されていることから、見た目よりも丈夫な作りであることが窺える。何よりも、河畔林に生える"メナスの大木"の木材は耐水性が高く、腐食にも強い。おまけに軽く頑丈であるため、その素材を中心として造られた船とあれば、頼もしいことこの上なかった。


 小屋と河の位置関係から、船が設置されている場所の真下には水が流れている筈である。どのようにして船を水上に浮かべるのかは疑問だが、それに関しては船大工を信用し、彼のやり方に任せるほかあるまい。ウィルは彼と視線を合わせ、共に小部屋に向かった。




 「大したもてなしも出来ずに申し訳ねぇが、なにぶん時間がねェ。船を完成させにゃならんからな。てな訳で、約束通り話してやる。オレ様がそこまでしておめーらに事を頼むわけをな」


 「…………」


 空気が小刻みに揺れるような緊張が走る。

 この場に居る者は、五人。船大工と、先日この場所に訪れたウィル、ニケ、姉の三人。そして、ナズナだ。

 早朝一人でに目を覚ました彼女は外の空気に触れんと玄関に向かったところ、何やらごそごそと動くウィル達三人の姿が気になり、彼らと共にそのまま同行することになった。ウィルとしては特に止める理由もないため、二つ返事で許可をしたのである。


 (今思えば、ミサちゃんたちを黙って置いてったみたいになってますね。帰ったらちゃんと謝ろっと)


 "妹"、ミサと共に夜を過ごしたナズナは、二人に向けて少しばかり心苦しい思いを寄せる。ウィルたちに付いて行くことを二人に話さなかった理由は単純で、寝ている彼女らを起こすことが忍びなかったためである。

 昨夜は、本当に楽しい時間だった。懸念していたミサと"妹"の仲は徐々に打ち解けてゆき、次第に茶と間食を片手に語らい、至福の時に身を任せるようになる。案の定ナズナはよく弄られる運命にあったものの、彼女はそれを全く苦としなかった。

 二人はナズナを傷付けるような言葉は決して口にせず、寧ろ可愛がっている節があったのだ。


 (あの二人のこみゅりょくは凄かったです。あれだけいじられても不快な気持ちにならないって、あるいみ奇跡なのでは? ……今夜のお茶会がたのしみでしかたないです……!)


 うずうずと身体を揺らし、空を見つめる。

 気付けば三人は、親友とも呼べる間柄になっていたのだ。




 「ど、どうしたんだ、ナズナ」


 「? なんにもないですよー!」


 「おいおィ、これから大事な話をしよーってのに大丈夫かよ」


 ナズナが醸し出すやんわりとした雰囲気に、呆れ顔で突っ込む船大工。少々遅れてそれに気付いた彼女は慌てて姿勢を正し、真剣な表情を作ってみせた。




 「……まあいい。さっきも言ったが、時間があまりねェ。だから話自体は手短にするぞ」


 船大工の言葉に、"姉"を除く三人はこくりと首を縦に振る。


 「三日後の祝福の日に行われる、集落の民総出で行われる祭り。(アイツ)は、そこで御嫁様(みなづけさま)っつー重要な役割を任されている。……オレ様と(コイツ)は、それを辞めさせたいんだ」


 「……? 百年に一度のめでたい日に、大役を任せられたんでしょう? それだけ聞けば、むしろ誇るべきことだと思いますが……」


 「まー、聞こえは良いわな。"祝福の日"だったり"御嫁様"だったり、ホントに外面だけは大層良さげなモンなんだ」


 船大工が話を続けている最中。三人と共に黙してそれを聞く"姉"は、徐々に顔色を青くしてゆく。その微かな異変に気付いた者は、隣に立つニケのみであった。

 だが、せっかく船大工が時間を削って説明をしている中、自分が余計な気を回してそれを中断されることは避けたい。彼女のことは心配ではあるが、今はウィル達と同じく彼の話に集中せんと気を引き締めるのであった。




 「昔の話だ。オレ様は船に必要な部品を盗むためこっそりと集落に出入りしてるんだが、ある日偶然、集落の偉いじじい共の会議を盗み聞きしたことがある」


 「…………」


 「議題は祝福の日に関することだった。先に言っとくが、その日に何が行われるのかまでは、実のところよく分からん。ただ、ひとつだけ確かなことがある。……"御嫁様"ってのは、ロクな役じゃねーってことだ」


 声を紡ぐ度、そして、それに思いを溶け込ませる度、彼の眼光に鋭さが増してゆく。




 「…………御嫁様って、なんなんですか。"妹ちゃん"は一体、なにをさせられるんですか?」


 じっと話を聞いていたナズナが、いつになく深刻な険相で問い掛ける。船大工や"姉"の放つ異様な雰囲気は、当然のことながら目に見えて感じ取れる。親友の身に嫌な事が迫りうるならば、払い除けることが自分の務めであると彼女は考える。

 であれば、親友を取り巻く状況をいち早く知りたいと思うのはごく自然のことであった。


 その決意を肌で感じたのか、船大工は意を決したかのように深く呼吸をする。

 そして、声を発した。




 「御嫁様ってのは、生贄だ。要するに、三日後に開かれる祭りの最中、(アイツ)は確実に命を失う」










 船大工の話を受け、姉妹の家へと戻った四人。

 帰路の足取りは重く、ウィル達三人はとても頭を回せるような状態ではなかった。事実を存じていた筈の"姉"ですらも、終始沈黙を貫く有様。

 事態は想像以上に重く、難解であった。


 船大工の口から事実が告げられた後、五人は一時間ほどに渡って当日実行する作戦についての議論をした。祭りの詳細は集落の長や、役人たる老人五名からなる集団、通称"主落会"の間でしか共有されていないとのこと。そのため如何なる状況を想定しようと確定要素に欠けるため、結局のところは下手な推測はせず、その場凌ぎで事を行うべきであると結論付けた。

 因みに先日ウィルをよそ者と非難した老人は、主落会の一人であったそう。


 (正直不安なことだらけだけど、大まかな段取りはもう決まっている。当日の朝早くに"妹"を連れて彼の小屋に向かう。集落の人々には気付かれないように、こっそりと向かうんだ。もし伝承通りに河の魔獣が現れても、それに対抗するための秘策があるって言ってたし……よし、大丈夫。きっと上手くいくよな)


 ウィルがこの集落ですべき事は、ただ一つ。




 (集落の人々に違和感を持たせないこと。過度な接触をはかれば、また面倒ごとに巻き込まれかねない。ナズナの存在も出来れば隠しておきたいし……不要な外出は控えて、祭りの日まではこの家に居させてもらおう)


 ウィルはニケと"姉"、そしてナズナにその意を伝えると、足早に寝室へと向かった。

 睡魔に襲われたのではない。薄暗い雲にも似た不明瞭を辿る道中、少年は毛布の温もりを得たかったのだ。






 その日の夕方頃。疲れからかいつの間にか眠っていた彼は、突然目を覚ました。初日の朝のように、美しい歌声が何処からか耳に触れたのだ。

 ゆっくりと立ち上がり、ふらりと戸を開ける。




 「……かわたれの色、清き身あずけ…………」


 開けた瞬間、歌の主と目が合った。




 「…………っ」


 「……ごめん、邪魔した。あ、なんか寝足りないから、もうひと眠りしようかなー」


 「誤魔化すの下手すぎか? ……あたしの不覚だわ。料理に集中してて、あんたの音に気付かなかったのが悪い」


 すぐさまUターンを決めて寝室に戻ろうとした彼を、"妹"の声が引き止める。気まずい空気が流れるものの、ウィルはそれをかき消すようなユーモアを持ち合わせているような人間ではない。ニケならば、このような場面に出くわしたとしても難なく乗り越えそうである……と、一瞬だけ心の何処かに幼馴染の顔が浮かんだ。


 (この子は、三日後のことを知っているのか? 三日後の祭りの最中…………自分が生贄にされるってことを)


 ふと、そのような疑問が生じる。

 もし知っていようものならば、彼女の現在の心境は目も当てられぬような状態にあるのではないだろうか。ウィルにとってはもはや想像もつかないが、正常な精神状態でいられる筈がないことは自信を持って断言できる。

 しかし、当の彼女には緊張した様子も見られず、昨日と変わらぬ茶目っ気が感じられたのだ。


 (下手なことを言うわけにはいかないかもな。この子のためにも、三日後の作戦のことは当日ギリギリまで隠しておくべきかもしれない)


 "妹"の澄んだ胸中を察した少年は、寝ぼけたような素振りと共にあくびを一つ。噴出しかけた自身の焦りを悟られぬよう、唐突に脳裏を過った話題をふり始める。


 「その歌、昨日も歌ってたよな」


 「? そうだっけ、旅人さんが来てからは初めてだと思うけど? まぁいいや。この唄はね、集落に昔から伝わる唄なんだ」


 ただでさえ謎多き集落の歴史。ウィルは興味を引かれ、相槌を打ちながら彼女の言葉の続きを待つ。




 朧に霞んだ山吹の空


 広野を流れ風は藤を薙ぐ


 番で見渡す彼誰の色


 清き身預けてまたあした




 四行から成る詩。それが何を意味しているのかは当然ながら全く見当もつかない。いまいち冴えない表情を作るウィルに対し、"妹"は得意気な笑みをニヤリと浮かべる。


 「小さい頃から聴いてきたんだけど、今でもつい口ずさんじゃう。……あたしね、この唄は恋の唄だと思ってるんだ」


 「恋? …………詳しく聞かせてもらっても?」


 「ん。いいよー。といっても、そんな深い考察とかじゃないからマジで期待しないで」


 彼女はテーブルに座り、ウィルにも適当に腰掛けるよう促す。そして、唄に関する己の解釈を語り始めた。




 「(つがい)で見渡す……のつがいってのは、一緒になった二人のことだよね。そこから清き身預けて……に繋がるってことは、この唄は男女の結婚式を表してるんじゃない? ってこと。山吹の空、彼誰の色はたぶん夕方のこと。夕陽の中で愛を誓い合うふたり……乙女だった大昔のあたしには凄くロマンチックに響いたわ」


 「なるほど。もしかしたら、大昔の集落の風習が唄として今に受け継がれてるのかもな。すると、朧と藤は何を表してるんだろう。いや、これは単なる合わせ言葉か? それとも実際に……」


 「ふふ、うける。また急に難しい顔になったんですけど。旅人さんって実はインテリ系?」


 ウィルの思案する様子に、"妹"は昨日の出来事を思い出し、吹き出した。しかし当の旅人は憤ることなく、唄の謎を考察することでパズルのピースが嵌っていくような感覚を覚え、彼は自身の知らぬ間に興味を傾け始めた。




 「…………」


 ――どうしてだろうか。

 考察を重ねるごとに、何故だか妙な胸騒ぎが湧いて出てくる。




 「やべっ、料理焦げる!」


 "妹"は軽く悲鳴をあげると、ウィルに背を向け大慌てでキッチンへと向かった。


 彼女に与えられた役目の名称は、御嫁様(みなづけさま)。言葉通りに捉えれば、彼女は誰かと婚儀を交わす役をすることになるのだろう。

 船大工によると、"妹"の役目は生贄という話だ。その儀式は婚儀に見立てたものであることは間違いない。


 そして、仮に唄が完全にその状況を指し示しているならば。


 (…………夕方。彼女が生贄として命を捧げるのは、時間帯的には夕方である可能性が高い)


 手に汗を滲ませ、表情を固める。

 当日の日程、加えて"妹"がどこに居るのかすらも不明だが、刻限が夕方までとあらば如何様にもなる。船大工との打ち合わせでは早朝に事を進める手筈となっているため、時間的にはかなり余裕を持てるのだ。


 「必ず成功させてみせる。皆んなで対岸に渡るんだ」


 勝算、覚悟、決意。

 指針をはっきりと見据えるウィルはひとり、気力を漲らせるのであった。

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