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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・三章 幻想河の遺歌(上)
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47話 さざなみシークレット

 "姉"に会わんと、彼女らの家へと戻ったウィル、ニケ、そしてナズナの三人。二階の部屋に篭もるミサの様子を耳にしたナズナは、居ても立っても居られず友人のもとへと急いだ。


 そして、数十分ほどの時が経過した現在。

 円型のテーブルに座す二人の少年は、ゆっくりと寛いでほしいと出された飲料の香りに胸をほぐされていた。透明なグラスの七分目程度に注がれ、鮮やかな黄金色には風情さえ感じられる。

 そのままじっと心を鎮めていると、大人びた女性の声が耳に入ってきた。


 「ふふ、いい香りでしょう。気に入っていただけた?」


 「ええ。なんというか、お茶にしては変わった趣の、上品な香りがします」


 「お茶……というかハーブティーよ。わたし、色々な植物を育ててるんだけど、みんなちょうど今の時期に綺麗なお花を咲かせるの。だから、それに合わせて収穫したり摘み取ったりするのよ」


 「あ、僕が朝お手伝いしたのはそういうことでしたか!」


 「そうそう。改めてありがとう、本当に助かったわ。今朝摘んだハーブは風通しの良いところに干しておいたから、四日後の祭りが終わって旅人さん達がここを離れる時、差しあげるわね」


 やんわりと、そしてどこか寂しげな微笑みを浮かべる彼女。その表情を視界に入れたニケはまるで心を奪われたかのように、彼女の姿に釘付けになっている様子。両目にハートマークを付け足せば、きっとそれらしくなるに違いない。

 だが、ウィルは彼女の提案を受け入れるつもりはない。何故ならば、答えは明白。


 「……えっと、そのことなんですけど、できれば今日中に……いえ、早めに河を渡りたいんです」




 眉の端を下げる"姉"の反応は、大方予想通り。彼女は協力者足る人物であり、この集落内での相談相手としては、彼女以上の適任者はまず居まい。よってウィルは、自身の考えを包み隠さず素直に打ち明けることにしたのだ。即ち、よそ者寛容派と非難派に分かれている集落の現状と、ナズナの加わった一行の現状とを突き合わせることで生じうる諍いの危惧。

 否応なくウィルに向けて振るわれた暴力については、当然ながら彼女も承知している。だが、それでも尚、"姉"は彼の要望に対して難色を示していた。




 「えっと……確かにその通りよね。気持ちは分かる……けど……」


 「なーんか難しい顔してるなって思ったけど、そういう事だったのか。言うタイミングを逃してたんだけど、実は河を渡れない理由がちゃんとあるのさ」


 言葉を詰まらせる彼女の代わりに口を開いたのは、向かいに座る幼馴染、ニケである。そして、姉妹から聞いた集落の逸話をそのまま語り始めた。

 大河に巣食う悪魔。歴史上、対岸に渡らんとした者は何人か存在したらしいが、全て悪魔の餌食になってしまった。それどころか、伝承上最後の試みではとうとう悪魔の怒りに触れたのか、大河に隣接する当時の村は壊滅的な被害を受けてしまった。

 このような歴史があり、今はそこに近づくことすら禁止されているという話であった。さすがのウィルも、これには押し黙る他ない。しかし、脳内には同時に違和感も生じる。


 「……じゃあ、剣士さんはどうやってここに来たんだ?」


 「あー、えっと、それはだねぇ」


 「剣士さまは恐らく、北の地から歩いて来られたのよ。オムニス王国からこのローグリン地方に足を踏み入れるには、メナス河を経由する必要は無いから」


 「…………なるほど」


 "姉"の言葉を聞き、ウィルはこの大陸の形成、地形を少しだけ理解し始めた。

 メナス河を挟み西と東に分断すると、ローグリン公国やオムニス王国は西側に位置している。更に、メナス河を大量に流れる水の源は海にあると考えるのが自然だ。よって、大陸の東側へ行くには結局、河を渡る以外に方法が無いのであった。


 (思わぬ難関だな……。そういえば、シャヴィさんは東の大陸からローグリンの地に来たって言ってたけど…………あ、それ以前にオムニスで冒険者って職に就いてたんだっけ)


 思考を重ねる毎に、悩みの種は増え続けるばかりである。この集落を出てそのまま北に向かい、関所を通過してオムニスに向かう。恐らくこれが現状では最も安全な策であることは間違いない。

 大陸中に威光を轟かせ、大国と謳われるオムニスがメナス河を渡れぬといった道理など無く、かの国には東の地に向かうための"何かしらの手段"は必ず存在するのだろう。しかし、協力を望めるかはまた別の話。ウィル達がオムニスと関われば、きっとあの男の耳にも届くだろう。何せ、王の側近という随分な立場の人間らしいから、国内の情報は常に彼の耳に触れている。


 つまりは、この策は気が進まない……の一言に尽きる。


 (…………)


 「…………」


 険しく固まる少年の表情に何か思うことがあったのか、彼の顔をじっと見ていた少女はため息混じりに呟き始める。




 「……造船技術自体は廃れたわけじゃなくて、実はまだひっそりと残っているの。えっと……あんまり言いたくないんだけど……。旅人さんがどうしても渡りたいって言うなら……そ、それについて教えてあげなくもない……かな」


 「……ほ、本当ですか!?」


 "姉"が発した予想外の言葉に、思わず声を上げてしまった。少量の期待、或いは疑惑の込められた視線は、やはり気が進まない様子の彼女に向けられる。


 「……本当よ。ただし、約束してほしい。わたしはこれから旅人さんをある場所に案内するけれど、そこで起きてる事は集落の誰にも話さないでね」


 「……! わかりました。その程度の条件で良いなら、願ったりです」


 希望の光が見えたという訳では、決してない。

 造船技術が密かに受け継がれていたならば、対岸に渡るための手段自体は存在しているのだろう。ただ不確定要素として、集落の伝承がある。その話が真実ならば河を渡ることは非常に危険であり、無謀な試みだ。

 そもそも、造船の技術者が居ると仮定するならば、その者が自分たちのようなよそ者に手を貸す保証もないのである。その点に関しては交渉次第でどうにかなる……と思えなくもないが、もしも技術者が非難派ならば、それは交渉以前の問題。追い払われるで済めば良いが、いずれにせよ面倒ごとは避けたい気持ちもある。


 造船技術については集落の者が黙認している、或いは本当にひっそりと継がれているのかという疑問は一瞬だけ生じたが、"姉"の言葉や態度を見る限りほぼ確実に後者であると言い切れるだろう。すなわち、技術者と集落の人々……もとい非難派連中との繋がりは薄く、一行が連中に突き出され、ナズナ達にまで危害が及ぶような可能性はないと言える。

 従ってウィルがこれからすべきことは、ただただ"姉"の言葉を信じ、言われる通りに行動することなのだ。余計な行動を取ったり、過度な期待を持つことは、自分たちの道を閉ざすのみ。


 なればこそ、今はとにかく動く。

 先のことを考えるよりも、目の前の道を進むことで見えてくるものがあるに違いないと、少年は拳を固く握りしめたのである。






 河沿いに南下し、三人はそこに踏み入る。

 時刻はおおよそ、午後の四時を回った頃合いだろうか。心地良い水の流れと涼し気な風、鎮まりかけんとする日差し。厳かながらも明瞭に伝わる自然の調和は、本能的な安らぎを存分に感じさせた。




 「…………結局ニケもついてきたんだな」


 「なんでさ。まさか、僕を仲間外れにする気だったのかい? ウィルの癖に生意気だぞ。それにあの(おかた)と二人っきりになろうだなんて、そんな横暴僕が許すとでも……」


 「わかった。ただし騒いだり、余計なことはしないでくれ」


 ニケの早口が本格的に始まる前に、無理矢理急ブレーキをかけたウィル。




 姉妹の家で"姉"の提案を受けたウィルは、束の間の茶会を楽しみ充分な休息を取った後、彼女と共に家を出た。

 一時間以上経過してもナズナが二階から降りて来ないのは懸念せざるを得ない事態ではあるものの、何せ女子二人のことだ。互いに本当の意味で心を開き、今ごろ会話を弾ませているとも考えられる。であれば、余計な杞憂に表情を曇らせている自分がそこに割り込むのは御法度。和やかな空気を一瞬にして澱ませてしまうやもしれないゆえ、深入りはせぬよう心に誓ったのだ。




 「この先よ」


 彼女が指差した先は、河畔林。

 この生い茂る木々の中に、集落の忌み物たる歴史が眠っている。そう思うと、途端に緊張の度合いが増してくるものだ。少年は頷き、それを視認した彼女は、背の高い木々の間へと進んで行った。


 これから耳目に触れるは秘匿されし技術。しかし、それは一行の目的を達する為には必要不可欠。

 目の前を歩く"姉"の信頼には応えねばならない。そういった条件だからではなく、交わした約束は簡単に破ってはならないのだ。それゆえ如何なるものを見聞きしようと、それを口外することは禁じねばなるまい。

 たとえそれが集落の掟に反するようなものであっても、絶対に。




 ――覚悟は決まった。


 少年は地を踏みしめ、彼女の背に続く。

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