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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・二章 緋色の盗賊(下)
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33話 成し得ぬ葬斂

 己の幸運を信じ、身を委ねる。

 彼がその判断を下したのは、二十数年に渡る人生の中で今回が三度目であった。作戦を実行する際は常に理屈を重んじ、直感や感情等の不確定要素は全て切り捨ててきた。だが、それ程の合理主義者である彼でさえも、今宵は神に祈りを捧げざるを得ない。

 一人、闇に気配を溶け込ませる中、彼はとある二人の顔を思い浮かべる。未熟な金髪の少女と、重傷を負いながらも戦い続ける戦友。彼らに「時間を稼げ」と一方的に指示したは良いが、その言葉はあまりに惨く、人情の欠片もないものであった。


 彼は、己の発した一言に後悔こそなかれど、少しばかりの罪悪感を感じていた。いかんせん策を練る余裕など無く、これが現状に残された最善手であると判断した結果だが。


 今まで通りの理知的な彼であったならばそのような感情を抱くこと無く、淡々と役割をこなしていただろう。しかし彼は今、初めて思い知った。盗賊団の作戦時に於いて彼が合理性を貫くことが出来たのは、全てシャヴィ・ギークという男が居たからであることを。


 心身共に強靭で頼り甲斐のある、カリスマ性の塊。"シャヴィが側に居る"という事実は、ある意味で彼にとっての精神的支柱だったのだ。彼が側にいれば、たとえ例外的な事態が生じたとしても何なく対処することができた。地下牢からの脱出劇こそ、その安心感を裏付けるに相応しい。

 しかし、現在はこの場に彼はおらず、加えてこちらは圧倒的な劣勢。あと数分も経たぬ内に、二人は偽りの騎士団によってバラバラに切り刻まれてしまうだろう。


 目前に迫る城壁。手前には、大量の騎士を操る異形。


 これは、彼にとっての賭けである。


 並外れた暗殺技術を体得したスノウによる、現状打破の策。それは敵の隙を突く、死角からの急襲。先ほどガトーが放った渾身の一撃は、謎の結界で身体を覆われることで惜しくも防がれてしまった。正面からの攻撃は通じぬと判った以上、異形の認識出来ない位置から攻め込み、結界を張られる前に斬るしかない。

 故に、チャンスは一度きり。この機を逃せば敵の警戒が高まり、状況は更に悪化する。




 暗がりに身を潜め、息を整える。気配を完全に断ち、仕掛けるタイミングを伺った。


 (......騎士を生成する時に生じる僅かな隙。狙うならば、そこしかない。ガトーさん達には本当に申し訳ないが、もう少しの間粘っていてもらいたい)


 スノウは仲間の身を案ずるも、今は確固たる意志で異形の姿を捉えている。




 「......!?」


 何の前触れもなく、閃光と共に激しい重低音が鳴り響いた。彼は反射的に、ナズナ達が居る方向に目を向ける。


 (今のは、雷擊? 騎士やガトーさんがやったとは思えないが......まさか、ナズナさんが?)


 目を凝らし、二人の様子を確認せんとするスノウ。しかし、目前で生み出される微かな魔力反応が彼の思考を正気へと引き戻す。


 (......! 私とした事が、予想外の出来事に気を逸らしてしまっていた。だが、騎士が生成されている今こそが奴を止める絶好の機会。ここで......終わらせる)




 ダガーを逆手に持ち、強く握りしめる。前屈みの姿勢で得物を持つ手を鎖骨の手前あたりに持ってゆき、刃の先を異形に向けた。




 息を吸い、静かに吐く。夜の暗闇が身体中に染み渡り、気配を完全に溶け込ませる。






 ーー半歩ずらした後。

 闇を横断するは、一陣の風。


 凶刃片手に距離を詰めるその様は、所作こそ微風のようにしなやかなれど、眼光に宿る増悪は正に吹き荒れる暴風であった。


 刃が異形の首元を捉え、直進する。




 「ーーーー!!」


 異形の不気味な声が轟いた。


 あらぬ方向からの、強堅かつ的確な刺突。周囲の微々たる魔素の流れを感知した時には既に遅く、結界を張る間もなく接触を許してしまった。


 ーー獲った。


 利き手に伝わる感触から、スノウは確信する。しかし............


 「ーーーー」


 枝のような細い指が、彼の腕を掴む。


 一瞬だけ彼の背筋に冷たいものが伝うが、あくまで冷静に、利き手とは逆の手の平の上に小型の魔法陣を展開させる。

 "蝮霜雪"。彼が城壁を越える際、騎士団への目眩し兼行動阻害として放った魔法だ。


 それを発動させるなりすぐさま異形の指を振り払い、勢いよく後方に跳んで再び闇に身を隠した。




 (............まさかあれを食らって絶命しないとは、とんだ化け物ですね。あらかじめ小型魔法陣を展開しておいて良かった。しかし、後は奴の身体に毒が回るのを待つだけです。今はガトーさん達の元へ一刻も早く加勢に向かわなければ)


 多少の焦りを見せたものの、自らの思惑通りに事が進み、煙を吸った敵が藻掻く様を想像して薄らと微笑む。

 煙幕の量自体は、離れた場所にいるガトーらに害を与えぬよう微細に調整した。しかしそれに含まれる毒の量は、以前のものとは比べ物にならぬ程であった。一度それを吸おうものならば、幾ら毒への耐性を持つスノウとて無事では済まされないだろう。ローグリンの騎士団長やシャヴィでさえも、死に至る可能性は高い。

 そのリスクの高さゆえ、本来ならば極力ダガーで仕留めることが理想的だったが、備えあれば憂いなし。死線の傍に立った際の没入感と冷静が、自身の命を救ったのだ。


 秘策は他にもある。彼のダガーには、あらかじめ毒が塗られていた。これも先の魔法に少々劣る程度の代物であり、例え刃が貫通せずとも掠めさえすれば充分に効力を発揮できる。


 刃が通った感触から、万が一魔法が効かずとも異形に毒が回っていることは確実であり、"それ"が地に伏すのはもはや時間の問題であった。


 彼はナズナ達に目をやり、足を踏み出す。






 ーー誤算があったとすれば、異形の単純な強さである。


 「............っ!?」


 異形は、気付けばスノウの目の前に立っていた。

 彼は距離を取ろうとするも、異形の指から伸びた鋭利な爪により、脇腹を貫かれてしまう。


 「ぐあぁっ!!」


 全身を駆け巡る激痛に、思わず叫び出した。予期せぬ事態に遭遇し、彼は正常な思考力を奪われる。それどころかあまりの痛みに、平静さを完全に失ってしまった。


 異形の背後には、張り裂けるような爆音と止めどなく溢れる雷光。

 もはや彼には理解不能な光景であったが、その光のお陰か、異形が持つとある物体が霞みかける彼の視界に映り込んだ。


 (これは......布............ッ?)


 それを認識した途端、彼は自分に残された全ての魔力をダガーに込め、全身全霊をもってそれを振るった。


 ほぼ無制限の魔力生成。そして、騎士の姿への投影。いくら強大な存在とて、並大抵のオドと魔力では成し得ない荒技だ。そのため、異形は何らかの魔法道具を触媒として使用している可能性があった。その魔法道具こそ、異形が魔力塊を動かす際に取り出した妖しげな布である。現状を打破するには、元凶を仕留めることが最も効果的だ。だが彼の実力ではとても敵わず、異形に毒が回り切る前に自分の命が尽きてしまうだろう。よって、せめてもの抵抗として触媒を破壊したのだ。


 周囲に渦巻く魔素の流れが、停止する。


 彼の判断は、正しかった。








 辺りを囲う騎士の動きが、唐突に鈍る。それどころか、彼らの身体は徐々に魔素へと霧散し始め、空気中に散らばっていった。

 地面にへたり込むナズナはその様子を間近で確認する。


 (これ、もしかしてスノウさんが......?)


 彼女は、つい先ほどこの場から去って行った男の顔を思い浮かべる。彼は、"如何なる手段を用いてでも時間を稼げ"という類の言葉を置いていった。どのような考えの下あのような行動に出たのかは知る由もないが、状況を見るに彼の企みは成功したのだろう。そう感じた彼女の顔に、微かな光明が差す。


 だが、そんな彼女の下へとにじり寄る、不規則な拍の足音。くるりと顔を向けた先には、身体中から魔素を散らす一人の騎士が彼女目掛けて剣を構えていた。


 消えゆく偽りの身体からひしひしと発されるは、身を貫くような殺意。命令した主に従うだけの意志持たぬ存在という事実は何ら間違っておらず、空気中に散りゆく魔素がそれを裏付けている。にも関わらず、彼女は目の前で剣を握る騎士から妙な生々しさを感じ取っていた。




 最期まで命令に縛り付けられ、動き続ける空虚。道具としては上出来であるが、身を打つ殺意に紛れ込むような余念が、どうもその存在を無生物たらしめなかった。

 要するに、彼女はこの空虚から執念めいたものを感じたのである。当然目の前の存在はただの魔力塊であり、それが感情を持つことなど甚だ荒唐無稽な話だが。


 気味の悪さにぞわぞわと身を竦ませる彼女は、先のように雷撃を放つべく空中に陣の作成を試みる。

 


 「............?」


 魔力を発するべく体内魔素に意識を向けた瞬間、異変が起こった。頭の中に雑音ががんがんと響き、視界に入る全てのものが靄がかる感覚。それどころか思考にさえ靄がかかり、雷撃の魔法を初めて使用した時とは違い意識が段々と希薄になっていった。

 自分がいま何をしているのかすら覚束ず、放心する。


 魔法とは魂で魔素に語りかけることであり、発動に失敗すれば最悪の場合肉体と魂が切り離されてしまう。朧げな意識の中、彼女は老婆の言葉を回想する。

 そして彼女は漸く気付いた。自分の魔素量は尽きており、その状態で魔法発動を試みた為失敗したのだと。莫大なオドによって人並外れた魔素量を体内に巡らすことが出来る彼女とて、その量は有限であった。


 虚ろな眼差しで、正面の騎士がいる方向に目をやる。ふと、何処からか自分を呼ぶ声が耳に入り込んだような気がした。とうとう幻聴まで聞こえるようになったのかと、彼女はふわふわとした意識の中で何となく感ずる。




 間もなく、朧げな意識は閉ざされるだろう。




 目蓋を閉じる直前に彼女が目にしたのは、何故か視界の外へと弾き飛ばされる騎士と、騎士に向かって勢いよく突進を仕掛けた栗色の髪の少年だった。









 ーー同日、日付を跨ぐ直前の時間帯。


 ローグリン公国南部の森にて、複数の足音が忙しなく立ち込める。


 「......もうちょいだかんな。辛抱しろや」


 一人の男が囁いた。彼に続く者達は頷き、今にも折れそうなほどに疲弊した足を黙々と動かす。先頭に立つ赤髪の男は魔法で道を照らし、目的地への最短経路を行く。森を歩く間に魔獣に襲われぬよう、男は常に微弱な魔力を発していた。その為、自分の背後に続く仲間達とは比較にならぬ疲労感をその身に受け続けている。

 友はそんな男を放っておく筈もなく、寧ろ彼の行為をやめさせるべく説得に回った。しかし、それは男が自ら選んだこと。それが頭領としての責務であると、頑なに意志を曲げなかったのだ。






 数刻前のこと。

 大通りを抜け公国を後にしたシャヴィらは、城壁前にて激戦を繰り広げているガトーらに合流した。そこで目にした光景は、正体不明の異形に身体を貫かれているスノウと、全身から魔素を撒き散らす騎士達。更には仰向けに倒れ込み満身創痍な状態のガトーと、力なく崩れ落ちるナズナ。彼らが窮地に立たされているのは、火を見るよりも明らかであった。


 シャヴィは背負っていたミサをそっと地面に下ろすと即座に武器を取り出し、彼らに加勢するべく全身からありったけの魔力を解き放つ。だが意外な事に、真っ先に行動を開始したのは彼が腑抜けと散々軽蔑した少年、ウィルであった。


 魔力を両脚に集中させ、一瞬の爆発的な放出を行う。よって、彼は猪の如く疾駆することが出来るのだ。だが、戦闘の熟練者であるシャヴィが思うに、彼の取る行動は諸刃の剣であった。

 明らかな問題点として一点の部位にしか魔力が込められていない為、身体的なバランス面に於ける安定性が欠如している。彼の疾走は、大方ナズナに近寄る騎士を突き飛ばすためのものだ。もし騎士が彼の接近に気付き剣を向けたならば、彼はそのまま串刺しにされてしまっただろう。


 結果として、ウィルは運良く串刺しを免れたのだが、戦闘に関しては後々助言を与えねばならぬとシャヴィは決心した。




 この場で起こった出来事の一切合切は不明だが、ガトーらを囲う騎士達は徐々にその姿を散らしていった。その為、シャヴィは最後に残された脅威に向けて意識を傾ける。


 「......頭............申し訳......ございません」


 魔力を使い果たし、身体を貫かれたまま倒れ込むスノウ。異形は彼の身体から慎重に爪を引き抜くと、鬼のような形相で己を睨み付けるシャヴィに一瞬だけ目をやり、どういう訳か闇の中へと消えて行った。


 シャヴィは異形の行方など気にも止めず、スノウの下へと一目散に駆け寄る。幸いにも彼には息があった為、自分の衣服の一部を破き、止血のためにそれを包帯として利用した。


 三人の体内魔素量の補充には、ニケやミサの協力を仰いだ。シャヴィ一人でガトーらの魔力を賄うのは流石に困難であるゆえ、やむを得なかったのである。

 なお、ミサに関しては精神的に不安定という事もあり、シャヴィとて彼女に対して無理強いをするつもりはなかった。しかし、彼女は自分なりにシャヴィの役に立ちたいと考えたようで、自ら進んで手を貸したのであった。




 ......このような経緯があり、現在は七人で隠れ家へ帰還する途中だ。なお、疲労し切った身体で平野を歩くすることは困難であるから、シャヴィが知らぬ間に鎖から開放して躾けていた、カゴ・タルタスなる亀のような生物の背に乗って移動した。




 だが不可解な事に、ナズナの様子が明らかに異様なものだった。どうにか目を覚ましたものの、ウィル達の言葉に対し、何一つとして反応を見せないのだ。スノウの推測では、彼女は魔法の発動に失敗したため、魂と肉体との間に溝のようなものが生じている可能性があるとの事。歩くことはできるため意識自体は完全に失われておらず、今は辛うじて生きている状態のようだ。よってウィルはしっかりと彼女の手を引き、共に森の中を歩むのであった。






 ーー目を凝らせば、暗がりを仄かに照らす暖かな光。シャヴィの案内により、森の入口から彼らの隠れ家に着くまでに、時間は然程かからなかった。

 皆は隠れ家に足を踏み入れ、自分達の帰りを待っている筈の面々を探し始める。


 「おーい、おれだ。帰ってきたぞー」




 小広場、テントの中、倉庫の中。シャヴィはあらゆる場所を回り、声を大にして自らの帰還を告げる。しかし、それに対する反応は皆無であった。彼は先に皆を休ませると、暗然たる表情で再び小広場に出て、辺りを見回す。




 「............なんで、誰も居ねェんだ」


 無意識のうちに、言葉が漏れた。

 ローグリンの一室にて確認した遺体の他に、リッキーを含む九人の仲間がこの森にいる筈だ。ウィルから聞いた話によると、リッキーを除く面々は森の深部へと捜索に出て行ったとの事である。その情報と現状を照らし合わせると、彼らは既にーー




 「............むむ? これは人の気配..................え、お、お頭っ!?」


 唐突に、落ち着きのない声が響いた。はっとしたシャヴィは、勢いよくその方向へと振り向く。


 「り、リッキー? リッキーか! おめェ無事だったのかよ!」


 「お......お頭ぁ! あっし、もの凄く心配したでやんすよ!? お頭こそよくぞご無事で!!」


 鬱蒼とした茂みの中から現れたのは、シャヴィにとってガトーやスノウと同じく信頼を寄せる人物、リッキーであった。戦闘技術に関してはガトーに匹敵し、偵察隊長としての役割も完璧にこなす有能な青年だ。どこか抜けていてお調子者な態度を取る彼だが、シャヴィは彼のそのような一面を気に入っている。


 彼の無事を己が目で確かめることができ、()()()()()安堵したのだった。


 「訳あって、お前が面倒を見たってゆーウィル達も連れてきた。まずはテントに来てくれや。ガトーたちもそこに居るもんで」


 「あ、そうなんすね。流石はお頭、器のデカいお方っすよ」




 リッキーはシャヴィに続き、ウィル達が羽を休めているテントに向かう。


 先導する彼は、リッキーに己の感情を悟らせまいと表情を曇らせていた。







 「そんじゃま、ぼちぼち初めっか。これより緊急会議を行う。議題は主に、盗賊団の現状把握、そんでおれ達の今後の方針についてだ。なお、今回は特例としてウィル達も盗賊団の一員と見做すんで......言いたいコトとかあったら遠慮なく言ってくれや」


 同日、深夜帯。

 隠れ家に戻っていたリッキーも加わり、皆の今後について話し合うこととなった。


 テントの中央にはランプの薄明かりが幾つか揺らめき、皆はそれを囲うように座っている。今宵は若干冷え込んでいるゆえ、ウィル達は厚手の毛布を貸してもらい、それを羽織ることにした。

 疲弊した身体を包み込む絶妙な温もりによって激しい睡魔に襲われるのは自明であったが、暖かな毛布に包まれたいという本能的な欲求には抵抗できず、有り難く使わせて貰ったのである。




 「あー、酒だ。酒が欲しい」


 「ガトーさん。気持ちは分かりますが、今は真面目に話し合う時でしょう」


 「まぁ、確かに気持ちはわかるっすよ。本来ならばあっしが真っ先に持って来るっすけど、悲しいかな今の酒蔵はもぬけの殻っす」


 会議が開かれた途端、事もあろうか三人の盗賊は自由に駄弁り始めた。ウィルはさすがに戸惑い、シャヴィとリッキー達とを交互に見つめる。流れるような雑談への移行に、シャヴィも思わず溜息を付いた。


 「......お前らなぁ..................だが、なんだ。よく考えてみりゃ、こちとら昨日今日の内に仲間を大勢殺されてんだ。こりゃ確かに酒でも呑まんとやってらんねェよなぁ」


 彼の言葉を最後に、部屋は静寂に包まれた。各々が下を向き、抱えきれぬほどの想いに潰されている。


 ウィルの目に映る彼らの質実剛健な姿は、まさに何事にも恐れぬ超人だった。そもそも強者である彼らと自分とでは、もはや種族的に何もかもが違うとさえ感じていた。

 だが彼らも自分達と同じように現実を嘆き、悔やみ、行き場の無い思いに苦しんでいる。いま彼の目の前に座す男たちの姿は、紛うことなく人間なのだ。


 ニケやミサも同様に俯き、表情を翳らせる。本来ならば、自分達の帰りを空腹のなか首を長くして待っていたであろう者達。気さくな彼らには、初対面にも関わらず親しげに接してもらった。ウィルの知らぬ間に彼らと交流を深めていたニケは特に、現在彼らがこの場に居ないことに胸を痛めているに違いない。たった一晩の付き合いとはいえど、親しい仲となった者達が帰らぬ人となり得る事は想像以上に辛いものだった。


 ながるる重苦しい空気に、ランプが明かりを揺らめかせる。




 激動の日は、既に昨日。

 夜は深まる。

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