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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・二章 緋色の盗賊(下)
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31話 開けぬ贖罪、救いの手

 煙を上げる城に、声の消えた町。悠然と降り立った夜の帷は、住宅街から漏れる筈の光や路上を照らす街路灯をも黒く包み込んだ。


 静寂が満ちる町の片隅に、一輪の花のような灯りが微かにともる。この世界では一般的に"東方風"と呼ばれる内装が施された小料理屋。

 天井から垂れ下がる埃被った照明からは暖色の光が溢れ、部屋中を柔らかく照らしていた。しかし、その場を満たす空気は結氷の如く張り詰めている。


 一人の少女がぽつりと発した言葉。それを聞くなり脳内で何度も反響させるも、ウィルはそれに含まれる意を理解することができなかった。予想だにしない展開に戸惑いを隠し切れず、彼は返す言葉を失う。




 「......そこなお嬢ちゃんの言った事は事実だ。何せおれがこの目で見たからな」


 張り詰める沈黙を破った者は、意外な人物であった。背後から、しわがれた声が唐突に発せられる。反射的にその方向を向いたウィルが目にしたのは、神妙な面持ちでミサを見つめる初老の男ーー店主であった。


 「この目で見たって......ミサは俺の友人です。彼女が人を殺すなんて、絶対にありえない!」


 「落ち着けぃ、んなこたぁ百も承知よ。おれは嬢ちゃんを責めるつもりなんて一切ねぇ。むしろ、嬢ちゃんはこの国を襲った理不尽の被害者だ」


 脳が錯乱する中、店主の言葉によって我を失いかけるウィル。店主はそんな彼の心情を察し、落ち着いた声色で宥める。

 彼は一瞬息を呑み、思わず店主に掴みかかろうとした両手を即座に引っ込める。そして、冷静さを欠いた行為に走ろうとした自分を恥じた。


 「......詳しく............聞かせて下さい」


 彼は店内の汚れた床に目をやり、ゆっくりと口を動かした。店主は近くの椅子に腰を下ろし、呼吸を整える。


 「あれは、数十分前の事だったか。おれが明日の仕込みをしてた時だ。突然外の様子が騒がしくなりやがったと思って店を出てみたら......思わず目を疑ったぜ。なんせ、巨大な何かの模様が夜空に浮かんでたんだからな」


 店主は腕を組み、椅子に取り付けられた背もたれに背中を預けた。


 「すぐにあれが魔法陣だと察したおれは、あれがどういうモンなのかってのを魔法を使って調べたんだ。そしたらびっくり、あの魔法陣からは目に見えない謎の電磁波が続け様に降り注いでたんだ」


 「謎の電磁波......? そんなもの、本当に調べられるんですか?」


 「物体の温度を見極めるって魔法があってだな。おれはそれを料理の修行中に偶然身に付けたんだが、それを趣味で応用した結果そういう事も出来るようになったんだよ」


 「............」


 「イマイチ信用できないって顔だな。おれのような老ぼれにとって、蓄えた知識や経験は隠居生活を彩るスパイスになる。坊主も、若いうちに色々経験しとけよ?」




 物体が放射する赤外線を読み取り、温度を調べる魔法。それが彼独自の研究により、物体の放つ電磁波、或いは空気中を漂う魔素の流れを検知するものへと発展したのである。この世界に存在する、魔法という技術に秘められた可能性により一層驚愕するウィルであった。




 「話を戻そう。その電磁波の影響をどうにかして遮断したおれは、徐々にでかくなりやがる町の騒ぎに駆けつけた。そこで見たものは......今でも到底信じられねぇ、地獄のような光景だった」


 店主は顔をしかめ、静かに目蓋を閉じる。


 「......魔獣の襲撃、ですね」


 店に辿り着くまでの道中、地に伏す黒き魔獣を何度も目撃したウィルはそのように言葉を挟む。だが店主の表情は変わらず、首を縦に振らない。


 「魔獣、ね。嬢ちゃんやそこの黒髪の坊主もそう言ってたな。............いいか? 今からおれはただ事実のみを口にする。それを知る覚悟はあるか?」


 投げかけられた唐突な問いにより、その場に再び緊張が走る。ウィルは、ミサと共にその事実に触れたであろうニケに、恐る恐る顔を向ける。対する幼馴染は言葉こそ発することはなくとも、ウィルの目を真っ直ぐに見据え、一度だけ深く頷いた。


 再び店主と視線を交わしたウィル。それを覚悟の証と見たのか、彼はゆっくりと、重い唇を動かし始めた。




 「あの魔法陣が何の為にあるのか説明してやる。あれから放射される魔力電磁波が人の体に及ぼす影響。それは、ある種の幻覚作用を引き起こすといったものだ」


 「............幻覚、作用?」


 「ああ。術式による詳しい原理は専門外だから、そこは正直よく分からん。だが、そういった効果が働いてるのは間違いねぇ。建物をも貫通する磁場のエネルギーによって、この町に住まう全ての人間がその影響を受けちまってるんだ。勿論、民を守護する騎士さん達も例外無く、な」




 町全体に降り注ぐ、幻覚作用のある魔力的な波。即ち、その対象はウィル自身も例外ではないとの事だ。それを理解した途端、彼の脳裏にはひどく冷たいものが過ぎる。


 「恐らくあの電磁波に当てられた人間が見る幻覚ってのは、"自分の周りにいる人間の内、無作為に選ばれた何人かがに自分とって恐ろしいモノに見えてしまう"みてぇなやつだろう。あの大騒動の中、自分子供を必死で守ろうとする者もいたし、逆に共に避難していた家族を突然突き飛ばす者もいた」


 「......そ............んな............」


 「最悪だったのは、避難誘導をしていた筈の騎士が突然民衆に斬りかかったことだ。ある騎士が暴力から守った一人の民を今度は別の騎士が斬り捨て、それが原因で騎士同士の殺し合いが生じたりもした。あれはまさしく、地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だったぜ」




 次から次へと雪崩れ込む衝撃的な事実に、少年の心は自分がどこか遠い場所へと行ってしまったかのような錯覚を起こす。店主の話が、果たして現実であるか否かすらも覚束ない。本当は今すぐにでも両耳を塞ぎ、この悪夢から解放されたかった。

 されど、彼はこの国で起こった事実からは目を逸らすまいと、表情を歪めながらも耐える。せめて、自分の仲間を苦しめる元凶となった悲劇の顛末は知っておきたかったのだ。


 「......大丈夫か?」


 店主はそんなウィルを気遣うも、彼は首を縦に振り、話を続けるよう促す。


 「......そうか、じゃあ続きを話そう。おれが嬢ちゃん達を助けることが出来たのは、本当にただの偶然だった。何せ、二人はおれが大通りに出てすぐの場所に居たからな。だが、タイミングが悪かった。おれの目に映ったのは、有りったけの魔力を込めた武器を振り回し、襲い来る人や無抵抗の子供に容赦なく攻撃を浴びせる嬢ちゃんの姿だった」


 「......」


 「見覚えのある顔だったもんで、"彼奴"の連れである嬢ちゃんやそこの黒髪の坊主は助けてやろうと、目を覚ましてやったんだ。だが、今思えばこれがいけなかった。幻覚から解放された嬢ちゃんの目に真っ先に飛び込んで来たのが、自分が手にかけてしまった子供の姿だ。打ち付けられた分銅によって辺りに肉片が飛び散り、人の形を保てていないほど悲惨なものだった。暫くして、全てを理解した嬢ちゃんの反応は傷ましくてとても見ていられなかったよ」


 椅子に座す初老の男は体重を前に傾けると、両手を組んで目線を床に落とす。




 息が、詰まりそうだった。

 震える全身に鞭打ち、少年は項垂れる彼女を視界に入れるも、かける言葉は網で水を掬うかの如く、思い至っては消えるの繰返し。結局のところ、彼には少女の負った心の傷を分かち合う度量も、罪の重さを共に背負う覚悟も持ち合わせてはいなかったのである。


 胸の中に入り込んだ異物が、徐々に膨らんでゆくような違和感。身体の内側からはチクチクとした鈍い痛みが走り、泥のような不快感が鮮明に湧いて出るような感覚を覚えた。




 鬱屈した空気がその場に渦巻き、空虚な時間が経過する。耐えきれなくなったのかニケはおどおどし始め、ウィルの顔とミサの背中を交互に見つめた。彼の様子に気付いたウィルは反射的に顔を上げ、何かを思い立ったようにミサの元へと歩み寄る。


 「............ミサ、聞いてくれ。俺は......」


 ミサの目の前に差し出された右手。彼は、彼女がその手を握って立ち上がってくれることを望んだ。




 「......気を使わせちゃって、ごめんね。ウチはもう、大丈夫だから」


 しかし哀れにも、状況は彼の思惑から遠ざかる。彼女は差し伸べられた手に見向きもせず、自力で立ち上がって笑顔を彼に向けた。

 作られた表情に、小刻みな指の震え。彼女が平常通りの態度を演じていることは、火を見るよりも明らかである。ウィルは今一度彼女の名を呼ぶも、それに反応する者は誰一人としていなかった。




 少年は彼女達に背を向け、店の出入り口に向かう。


 「......訳あって、シャヴィさんと一緒にアジトへ帰ることになった。ナズナと合流出来るかもしれないから、もし良かったら二人も一緒に来てほしい」






 年季の入った木製の扉をゆっくりと開く。

 ウィルは店主に感謝の意を込めて一礼し、小料理屋を後にする。


 彼が店を出る直前、店主は突然とある提案を持ちかけた。


 「坊主、悪りぃが一つ頼まれてくれないか?」


 「......? 俺は別に構いませんが......」


 「ローグリンがこうなっちまった今、おれはこれから帰郷するつもりだ。そんで坊主たちが旅の途中でおれの店に来ることがあったら、そん時はタダで飯を振る舞ってやる。だが、その代わりにこれをバローーお前さんらの師匠に届けてほしいんだ」


 言葉の終わりと共に店主に手渡されたのは、無地の一筆箋。これをリッキーに渡してほしい、との事だ。短い時間とはいえ、店主には仲間が世話になっている。そのため、彼はその提案を快く了承したのだった。






 「............遅かったじゃねェか。すぐに連れて来るって話は忘れちまったのかァ?」


 「............すみません」


 扉を閉じた途端、間を置かずに鋭い視線が突き刺さる。

 盗賊団の頭領シャヴィは、路地の狭い道を挟んだ向かい側に立っていた。鋭い目つきに加え、壁にもたれかかり腕を組んでいる様子から、彼の醸し出す露骨な苛立ちが伝わってくる。

 返す言葉も無かった。仲間の元へと一刻も早く戻りたいであろうに、彼は赤の他人であるウィルの為にこうして付き合っているのだ。予想だにしない出来事があったとはいえ、"早く戻る"と宣言した以上その通りに行動することが彼に対しての礼儀。叱りを受けるのは当然であると、ウィルは腹を括ったのである。


 「しかしまァ、幻覚ときたか。趣味悪ィったらありゃしねェわな。何にせよ、二人とも生きてて良かったじゃねーか」


 「え......あ、はい。それは俺にとっても喜ばしい事で............って、もしかして店の中での会話を聞いていたんですか?」


 「ん? おれは一応盗賊だからな。盗みの対象は物だけじゃねーってこった」


 驚いたことに、シャヴィは彼を叱責するどころか、寧ろ彼の仲間の無事を喜んだのである。当然のように戸惑うウィルであったが、彼とてシャヴィの纏う風格と性格が生み出す差異には何度も驚かされている身だ。それ故に一瞬の戸惑いこそあれど、今となってはシャヴィへの好感が著しく高まるのみである。


 「............」


 視線は、ウィルの背後からも同様に送られる。

 一連の会話以降黙り込んでいた二人であったが、結局のところニケがミサの背を押す形で、ウィルの背に続いたのであった。


 「ほほう。このヒョロっちいのがニケで......その子がミサか」


 シャヴィはそう呟くなり、今も表情に怯えの色を見せている二人を見下ろす。恐ろしい化け物と相対しているかのような二人の視線に彼は思わず苦い笑みを浮かべたものの、その表情はすぐさま消し去り、打って変わって真剣な眼差しを向け始めた。




 「……お前らの世界がどんな場所かってなァ知らんが、少なくともここの人間は生きる為に武器を握り、魔法を身に付ける。だから、おれ達は常に誰かを傷付けちまうことに怯えてるし、もちろん傷付けられる覚悟も持ってんだ」


 ミサは未だ光の宿らぬ目をシャヴィに向ける。自分の弱みを他人に向けて曝け出すことに抵抗がある為か、震える両手を後ろに回し、必死に隠そうとしていた。だが彼はそれを見通した上で、構わず話を続ける。


 「必要以上に自分を責めるな。身が竦むのは、お前がまだこの世界の形をよく知らねェからだ。......まぁ、なんだ、こんな時はいっそのこと酒でも飲んで流しちまえばいい」


 「............」


 シャヴィは穏やかな表情で、今にも心が押し潰されそうなミサに語りかけた。彼女の様子が見るに堪えなかった為か、彼なりに元気付けようと試みたのである。しかし肝心の彼女の表情は変わらず、ただただシャヴィを凝視する。




 「......ウチら実質初対面ですよね。......何か、図々しくないですか......?」


 「........................」


 おおよそ、弱った年下の女子ならば素直な反応が貰えるとでも思っていたのだろう。しかし、現実はそう生易しいものではなかった。

 上目遣いの黒い瞳に、完全に冷め切ったような、或いは怯えとも取れる表情。彼女にとってのシャヴィという人物は、頼んだ覚えがないにも関わらず、何故かやたらと偉そうに鼓舞してくる赤の他人でしかない。それに盗賊の頭領などといった物騒な肩書きまで有しているとなれば、最早ただの怪しいおじさんであった。


 (......これだから女ってのは............)


 負の感情を滅多に前面に出さぬ彼であったが、今回ばかりはさすがに表情を歪めている。となれば、「シャヴィさんはミサを心配してくれてるんだぞ!」などと今も必死に彼をフォローをしているウィルの言葉すらも、己の哀れみを増幅させるだけの残酷な仕打ちに思えてしまった。




 「だーっ。そーかそーか、わぁったよ。怪しいおっさんで悪かったな!」


 「............そこまでは言ってないんだけど」


 ーー女性への耐性を持たぬ彼は、堪えきれずにとうとうヤケになった。恐らく、誰もがそのように捉えるだろう。

 しかし、それはあくまで側から見た者達からの印象。彼はただ乱雑な言葉を吐き出したのではなく、とある決意を心に刻んでいたのだ。


 「ウィル、確かお前らって旅してるんだよな」


 「え......? あ、はい。ナズナの目的と元の世界への帰還のために......ですけど」


 「なるほどなー。そんで、実はおれにも一つやりたい事があるんだが.....」




 ウィル達は、現在の彼が背負う大まかな事情を傾聴した。彼が"白き魔法"を求めて旅立ち、成り行きで盗賊団を結成したこと。多くの仲間が処刑され、怒りのままにこの国に危害を加えてしまったこと。そして、今後は"白き魔法"を求めて放浪の旅に出るということ。




 「お前らからすりゃあ、おれは碌な人間じゃねぇ。今みたいに一緒に居ても、ぶっちゃけ迷惑かもしんねぇ。......だが、魔獣や悪い奴らからお前らを守る事くらいはできる。だから......」


 彼の言葉に、熱が込もる。目の前で不可解な表情を見せる三人を、彼は一人一人真っ直ぐに見つめた。その瞳に宿る光は、彼の言葉が無駄な装飾を省いた嘘偽りのないものであることを暗に示している。三人は思わず息を呑み、彼の最後の一言を待つ。




 「だから、おれをお前らの旅に混ぜてはくれねぇか?」






 ーーそれは、この上なき魅力的な提案であった。


 周辺諸国にて悪名を轟かせる盗賊団の頭領。間違いなく悪人ではあるが、味方となればこれ程頼もしい人物は他にないだろう。森蛇のような恐ろしい魔獣を一蹴出来るような戦闘能力に、旅の経験も豊富に持ち合わせているとあれば、彼の申し出を断る理由を探す方が困難だ。


 「勿論、お前らの行動に関して指図とかする気はねぇから安心しろや。............悪くない話っしょ?」




 その上、盗賊らしからぬ人格者だ。


 善良を装う人間の大半は、その裏に醜い本性をひた隠しにしている......という見解に至ったのは、丁度少年の齢が十三を迎えた頃だ。それ以前から人付き合いという点において難を抱えていたウィルは、常日頃から同年代による虐めの対象であった。

 中には好意的に接する酔狂な者もいたが、その者らが向ける笑顔の裏には、必ず自分を憐れむような表情が見え透いていた。彼らは所詮、"虐めの被害に遭う可哀想な同級生に救いの手を差し伸べる、そんな己の正義感に酩酊するだけの偽善者"であったのだと、ウィルは見做している。

 このような捻れが、当時の彼の在り方を形作った原因の一つであることは自明であり、それを彼自身も自覚していた。そのため彼の考える友人、或いは仲間の定義とは"真に信頼できる人物"かつ"本音で語り合える人物"であり、その見方は今もなお継続している。


 「ぼ、僕は賛成です! だって、その方が安全に決まってる。ウィルもそう思うよね?」


 先程からずっとおどおどしていた筈の幼馴染は、ここぞとばかりに声を上げた。無論彼の意見はもっともであり、旅の目的が果たされる可能性を飛躍的に上昇させるに違いない。そこで、疑り深い彼は冷静に、シャヴィの心に探りを入れ始める。




 「......確かに俺達にとっては魅力的な話です。しかし、シャヴィさんの旅に於いて荷物が増えることはデメリットしかないと思いますが......」


 「荷物? まさか。ンなこた思っちゃいねーよ。効率って意味じゃ確かにアレだが......旅ってのは本来楽しむもんだとおれは考える。一人旅もなかなかに乙だし、それを否定する気はねェ。だが、おれには仲間と苦楽を共にする経験が体に根付いちまってる。あいつらがその楽しさを教えてくれたんだ。だから、仲間と過ごす時間ってなぁおれにとってはお宝なのさ。デメリットもくそもねぇよ」


 「............」


 ウィルは、とっくに気付いていた。この男の言葉には、清々しいほど偽りの気配を感じられないことに。数年前、浅い笑みを浮かべながら自分に近寄って来た連中とは根本的に違う。シャヴィという男は驚くほど真っ直ぐで、芯の強い人間なのだ。


 「......それでも、分かりません。仲間なら、シャヴィさんの話に出てきた二人や、リッキー達もいるでしょう。何で......なんでわざわざ俺たちを選ぶんですか?」




 ーー自分でも、よく分からなかった。

 シャヴィは想像以上に人間として出来ていて、盗賊という立場でなければ真の善人であっただろう。否、彼は彼の理想を叶えるべく、やむを得ずに悪の道に走ったやも知れない。ならばシャヴィは悪ではなく、そう成るよう仕向けられただけの哀れな真人間なのか。

 ......それもまた否だ。彼は明らかに罪を犯しており、いずれ裁かれねばならないのである。仮に罪人が救い手を差し伸べたとして、こちらがその手を取ることは果たして......?


 相手からは悪意など欠片も感じられない。また、彼の提案はウィル達の大きな助けになるに違いない。


 何故、このような葛藤が自分の中で渦巻いているのか。素直に肯定の意を示せば、元の世界に帰還できる確率が高まるだろうに。




 「そりゃ単純に、お前らを見殺しにしたかねェからな。旅は遠足じゃねぇし、お前ら四人だけでこの大陸を歩くのは、割と無謀だと思ってよ。生き残った奴らとは、追々話し合おうと思ってるが......あー、ガトーあたりは何て言うか分からんけどな」


 シャヴィは自身の頬を軽く掻き、苦笑を浮かべた。この男は、何故出会ったばかりの人間にそれ程の情を抱けるのだろうかと、ウィルは未知の生命体を観察するかのような顔で彼を見つめる。

 裏があるかどうかは判断のしようがない。ただ、少年はこの男を信じたかった。




 「まァ、話はアジトに着いてからだな。今はさっさとこの国を出るとしようぜ」


 彼はそう言うなり、暗い路地の中を一人で歩き始める。その背中に続くは未だ考えが纏まらぬウィルに、何やら独り言をぶつぶつと発しているニケ。そして過剰な精神的負荷により、半ば放心状態となっているミサ。


 四人の行く道を照らすは、数多の魔素が織りなす薔薇色の光。滅びゆかんとする町の狭き路地を、一行はそれに導かれるように進むのであった。

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