30話 四面の煤
夜闇に包まれ、炎が放つ熱に照らされる広場を颯爽と駆け抜ける旋風。
その中心に、少年は居た。
飛躍的な加速によって生じる空気の抵抗に目を瞑りながら、彼はある一点に向かって真っ直ぐに飛んでゆく。
ーーなどと思考する間もなく、頭部への衝撃を緩和するべく持ち上げた二本の腕に、すぐさま鈍い痛みが走った。
「......ぐはっ!?」
眼前で呻き声を上げた後、驚愕に顔を歪めた淡い赤髪の男こそ、盗賊団の頭領シャヴィ・ギーク。
突然あらぬ方向から襲いかかった衝撃に目を大きく見開き、抵抗する間もなくそのまま一直線に吹き飛ばされた。
咆哮と共に魔獣によって振り下ろされた殺意は、真下の空間を一瞬にして引き裂く。
しかし、周囲に響くは肉を裂いたよう惨憺たる音ではなく、空を切るような虚しい斬撃音。鋭利な鉤爪が止まった位置には既に標的の姿は無く、その場に留まった魔力の残滓が薄らと灰色の光を放つのみであった。
だが、魔獣の猛攻はそれで終わらない。
魔獣はウィルを視界に入れるなり、空気を震わすような絶叫と共に腕を振り上げ、怒涛の勢いで迫り来る。
頭上に差し迫らんとするは、刃物のような鋭利さを感じさせる獣の凶器。黒き魔力を纏うそれが彼の身体に触れようものならば、一切の魔力を纏わぬひ弱な肉体など紙切れのようにいともたやすく引き裂かれてしまう。
魔獣の動きは俊敏であり、攻撃を回避することはまず不可能。また瞬間の魔力放出によってタイミングよく防御することが出来たとしても、そのまま押し切られてしまう可能性がある。寧ろ、実力の差を考慮すれば押し切られる可能性の方が高い。
退くも受けるも、その行動全てが死に繋がる絶望的な状況。
しかし、それを真っ直ぐに見つめる少年の瞳は未だ輝きを放ち続けていた。
彼は頭部への衝撃にふらつきながらも、左手を自らの目の前に突き出し、魔力を放つ。僅かな間を挟んだ後、掌の前に小型の魔法陣が即座に展開された。
その直後、目の前の空間に不自然な歪みが生じ、銀の輝きを放つ汚れた鉄塊が、消えゆく魔法陣と入れ替わるように出現した。
黒き爪がウィルの身体を捉え、引き裂かんとする。しかし、それは突如出現した鉄の塊に阻まれ、金属同士を打ち付けたような甲高い音が鳴り響くと同時に、ウィルの身体は鉄塊共々突き飛ばされた。
「ぐぅっ............!?」
魔力纏わぬ身体に直撃した物理的な衝撃に、顔を歪める。だが目論見は成功し、致命傷を食らう事は避けることができた。
"収納"で亜空間に仕舞うことのできる物体は、使用者のオド量関係なしに一つのみと決まっている。
......といった説明を今朝リッキーから受けたウィルが最初に思い至った手段は、巨大な瓦礫をそのまま亜空間に収納し、相手を下敷きにする方法だ。もっとも騎士団長の力では瓦礫すらも容易く斬り伏せてしまうだろうが、敵の注意を逸らすという意味では、充分に援護として機能するだろう。
しかし結論からして、それを行うのは不可能であった。理由は単純で、ウィルは瓦礫を亜空間に仕舞い込むことが出来なかったからである。
これは彼の推測であるが、亜空間に収納できる個数自体は皆等しく一つのみである。しかし、物の質量や体積を考慮するとなれば、それこそ個人のオド量によって差が生まれるのではないだろうか。そのように考え至った彼はどこか腑に落ちたように心の中で頷き、別の手段を探り始めたのだ。
彼の目の前に出現した鉄塊は、城内に飾られていた騎士の鎧。装飾類は瓦礫と共に地面に散乱していたため、それを偶然発見したウィルが魔法によって亜空間に収納したのであった。
本来ならばシャヴィに加勢すると決心した際、敵の攻撃を妨害する為の備えとして用意したものだ。想定していた状況とは違えど、今はそれが自身の命を救う手段となったことを実感し、彼の心中では達成感にも似た感情が一重に滲み出た。
(俺が使える力といえば、今朝教えてもらった"収納"という魔法だけだ。一見戦闘では役に立ちそうにないこの魔法だけど、この使い方なら俺の力じゃ持てないような重くて頑丈な鎧でも、盾みたいに扱うことができる! まぁ盾といっても、せいぜい攻撃を一回だけ防げるってだけなんだけど......でも、取り敢えず成功して一安心だ)
突き飛ばされて地面に這いつくばりながらも、彼の眼は黒き魔獣の姿を鮮明に捉える。片膝に手を置き、よろめきながらも立ち上がる彼の傍には、痛ましいへこみによって本来の機能を完全に失った鉄塊。
臆する心すらあれど、擦り傷だらけの両手で短剣の柄を握りしめ、決して魔獣から目を離すまいとじっと構える。
「........................」
ーー錯覚だろうか。魔獣は彼の姿を視界に入れるなりすぐさま襲い掛かるだろうかと思われたが、どういうわけか、その動きは先程よりも鈍っているように感じられた。全身を覆う黒い靄によって、細かな仕草や表情の変化などを観察することは叶わないが、短剣を真っ直ぐに構えたウィルがふと前方からの視線を感じ取った時、魔獣が一足、ほんの僅かに後方へ退るような姿を見せたのだ。
自身の滾る闘志が引き起こした、ある種の見間違いであると判断したウィルは、決して油断はするまいと神経を尖らせる。だが一方、ウィルの覚悟した状況とは裏腹に黒き魔獣は長い鉤爪の先端を地に下ろし、更には何かを訴えるかのように低い唸り声を上げ始めた。
戦いを続行する意思の感じられない行動。獲物を貪欲に追い求める魔獣とは思えぬその姿に、思わずウィルの視線は揺らぐ。
そして緊張が解けかけた矢先、状況は緩やかに、確実に変化を迎える。
「いい加減くたばれや、クソ野郎」
憎悪に満ちたような、淀んだ囁きが背後から静かに発せられた。
直後、熱砂が吹き上がったかのような風圧と共に、巨大な炎の刃が地面の上を直行する。
反応が僅かに遅れた魔獣は構える間もなく、凄まじい速度で追尾する刃の餌食となった。
ーー胴体が斜めに分断された魔獣は壊れた人形のように崩れ落ち、二度と起き上がることはなかった。炎の赤色に照らされた液体は止めどなくじわじわと流れ、石造りの地面を墨色に染めてゆく。
間近で感じ取った多大な魔力に圧倒され、思わず腰を抜かしてしまうウィル。そんな彼を見下ろし、背後から声をかける男がいた。
「小僧、怪我ァ......あるに決まってるか。じゃあアレだ、その、立てるか?」
知らぬ間にウィルの傍に立っていた男は少年に手を差し伸べ、立ち上がらせようと試みる。残忍な印象しか持たぬ男の行動に、意表を突かれたウィルは一瞬固まるも、素直にその手を掴むことに決めた。
「で、だ。小僧、何故お前がこんな所に居やがんのか。洗いざらい話してもらうぜ?」
「え、ですがその前に......」
「あン? 悪りィが拒否権は与えねェ。先に質問したのはおれだ。まずはお前が答えろ。おれに聞きたいことがあるってンならその後で聞いてやるよ」
シャヴィは少年を立ち上がらせるなり、生じた疑問を解消するべく早々に質問を吹っかける。
当然ウィルにも彼に問い質すべき事柄はあったが、結局は圧に押され、彼の言葉を尊重するに至ったーーもとい、致し方なく話の主導権を譲ったのだ。
「えっと、少し長くなるんですけど......」
「............事情はだいたい把握した。だが、なるほど。その様子だと、異世界から転移して来たってのも強ち出鱈目じゃーなさそうだ。転移の理屈はしらんがな」
話始めの段階、ウィルはこのシャヴィという男を完全に信用してはおらず、この世界に飛ばされた経緯は適当にはぐらかし、リッキーと共にした行動の顛末のみを正確に語ろうとした。
その結果が、先の頭領が発した台詞である。
ウィルの企てには、誤算があった。それは、目の前の男が持つ異様なまでの洞察力に他ならない。ウィルの発する言葉の中にほんの少しでも要領の得ない点や矛盾を見つけるなり、すぐさま反応して深掘りをする。僅かな目線のブレや、声の振動による違和感をも決して逃さぬ、まさに超人的な感覚。この男の前では中途半端な言葉など逆効果であると悟り、ウィルはやむなく真実を伝えたのだ。
「まぁ、信じてもらえるとは思ってませんけど」
「んー、突飛な話っちゃそうなんだが、実際そういった話を聞かない事もねーしな」
ウィルは、彼に真実を伝えたところで結局笑い飛ばされるのがオチだと思い込んでいた。寧ろ、苦し紛れの出まかせと勘違いされ、機嫌を損ねてしまうことすら危惧していたのである。しかしその臆測こそ、シャヴィ・ギークという男に対する本質的な思い違いであることと気付かされた。
「おれは訳あって、この大陸の色々な場所を巡ってきたんだが、旅してると何かと風の噂が耳に入ってくるんだわ。それこそ取るに足らねェような与太話から、妙に信憑性のありやがるものまで様々だ」
その言動や見た目の荒々しさから、人々は彼に対して野蛮な印象を抱くだろう。ウィルとてそれに関しては例外ではなかった。
しかし、信ずるべきは百の噂より己の眼。彼に対して面と向かった結果、ほんの短い会話の中から伝わったものは荒々しさではなく、真紅と飾らぬ誠実さであった。
シャヴィは目線を上に向け、如何にも何かを考えるかのような仕草をする。
「これは確か偶然耳にした話なんだが............って、今は長々と駄弁るような状況じゃねェよな。早くアジトに向かわねぇと」
「え、た、確かに......ちょっ、待って下さいよ!」
シャヴィの話は気になるものの、巨大な魔法陣は未だ夜空に健在であり、異常事態は継続しているように思われる。
今最優先にすべきは仲間たちと共に一刻も早く避難することであるゆえ、シャヴィの判断には彼も頷かざるを得ない。だがーー
「一つだけ教えて下さい。あの子は......ナズナは無事なんですか?」
「安心しろ、お前の連れは一応無事だ。今は色々あって騎士共に追われてるとは思うが、そこはおれの優秀な仲間がなんとかしてるに違ぇねェ」
「......そ、そうですか」
腑に落ちない点は多々あるが、ひとまず彼女の安否を確認できたウィルはホッと胸を撫で下ろす。
「......仲間と言やぁ、昨日はお前の他にも何人か見た気がするが......そいつらは今何処に居るんだ?」
「............あ、ニケとミサのことですか。二人は確か、リッキーが勧めてくれたお店に避難している筈です」
「......? そーか。じゃあ今からそこに行って、二人を拾ってからアジトに向かうか」
淀みの一切感じられない澄んだ眼差しが、ウィルの瞳を真っ直ぐ捉えた瞬刻の間。ウィルもまた彼の顔に目を向けていた。
この男が城を燃やし、その国に住まう人々の心をも焼き尽くしたのは事実。また、この男が民衆を脅かす盗賊であることも揺るぎなき事実である。しかしこの悪人の瞳には、どういう訳か底の感じられぬ灯りが混じっているように、少年の目には映ったのだ。それ故か否かは不明であるが、比較的理屈屋のウィルにしては珍しく本能的に男の背中を追うことを決意するのであった。
人の気配が一切感じられぬ道を二人、黙して進む。炎は住宅街まで移ったようで、焼き焦げた木材の臭いが鼻をつき、崩れた落ちた家屋の悲惨な姿が目に映る。
とりわけ人の出入りが少ない路地を選んで歩いている訳ではないため、城下町らしからぬこの静閑さが気味の悪さを引き立てているのだ。
さすがに違和感を覚えたウィルは、足を動かしながら周囲の光景をキョロキョロと探り始める。
「............」
路上に横たわるは、幾つかの黒い影。
この状況から察するに、城下町も黒き魔獣による襲撃を受けたに違いない。石畳の彼方此方に飛び散る大量の黒いシミが、事の凄惨さを淡々と物語っている。彼はそれらから逃れるように目を逸らし、目の前を歩む大きな背中に続いた。
住宅街を抜け、溢れ返る人々による賑わいを見せていた筈の大通りをそっと横切り、狭い裏路地へと足を運ぶ。
薄い暗がりの中を歩いていると、何やら暖かな光が二人の目に入り込んできた。それは、ウィルにとっては見覚えのある色。ひっそりと佇む飯屋の窓から溢れる和やかな光は、包まれた者の心を安寧へと導くような心地良さを孕んでいた。
「ぁン? お前が言ってた店ってここか?」
シャヴィは足を止め、背後に顔を向ける。店の小ぢんまりとした外観に期待を裏切られたのか、彼の言葉はどこか不満げだ。
「えっと......俺が中に入ってすぐに二人を連れてくるので、少しここで待っていただいてもいいですか?」
「......ま、いいぜ。適当に寛いでいるから、はよ戻って来いよなー」
シャヴィの了承を得ると、ウィルは彼に軽く頭を下げ、小さな料理屋へと足を進めた。裏路地を吹き抜ける冷たい風は、焦げ付いたような重苦しい匂いを運ぶ。濁った生温かい空気を吸うと、その粘りつくような煙たさにむせ返りそうになった。
店へと駆ける少年の背中を見送った盗賊は、居心地が悪そうに目を細め、腰を下ろす。仲間を失った彼は怒り狂い、多くの騎士の命を奪ってしまった。
鼻腔を刺激するこの匂いは体内に染み込み、決して拭えぬ罪の証として一生纏わりつくだろう。義姉が死に、復讐を決心した日から、いずれはこの類の重みを背負うことになると覚悟していたのだ。
しかしそれとは別に、彼は胸が騒つくような、ある種の畏れにも似た感情を知らず知らずのうちに抱いていることに気付く。
閑散とした城下町に、そこかしこに横たわる遺体の数々。彼は城の騎士を殺めることすれ、無関係の民を巻き込むほど非情ではないのだ。
城下町の構造上、町と城の間には距離があるゆえ、城を焼き尽くした火炎の渦が住宅街に届くことはまずあり得ない。ましてや、このような狭い路地にまで被害が及ぶことなど想定すらしていまい。しかし彼が歩んだ光景は、まさしく惨劇。未だ消えぬ巨大な魔法陣を含む奇妙な現象の数々を目の当たりにし、一刻も早くこの国を去ろうと心に決めるシャヴィであった。
年季の入った木製の扉を軽くノックし、ゆっくりと開ける。
店内に足を踏み入れるなり、暖かな光と共に香ばしい匂いが身体を包み込んだ。
「いらっしゃい......おっと、誰かと思えばバロちゃんが連れてた子供じゃねーか」
内観を見回すよりも先に耳に触れたのは、朗らかな老人の声。その声の主こそ、リッキーが"おやっさん"と親しげに呼んでいた人物である。
「えっと......すみません。つかぬことを伺いますけど......少し前、男女の二人組がここに来ませんでしたか? 僕と同じく、リッキーの連れなんですが」
「ん? あぁ、あの二人なら向こうのテーブルでお前さんを待ってるぜ」
老いを感じさせぬほどの、活気に満ちた受け答え。そんな店主に圧倒されながらも、ウィルは彼が指差した方向に目を向ける。そこには彼が言った通り、薄桜色の髪の少女と黒髪の少年が一つのテーブルを挟み、向かい合って座っていた。
彼は店主に会釈すると、急いで二人の元へと向かう。
「............あ、ウィル......良かった。死んでなかったか」
駆け寄るウィルが声を掛けるよりも先に、ニケが少年の接近に気付いた。幼なじみは彼に向かって笑顔を向けるが、その表情には微かな疲れが浮き出ていた。
隠し切れていないその様子を間近で見るなり、ウィルは表情を曇らせる。
「ああ、なんとかな。その......さっきは勝手な我儘言って悪かった。ミサも、心配してくれたのに、無視してごめん」
ウィルは、言葉の終わりに二人の友人に向かって頭を下げる。その動作は先程シャヴィや店主にしたものとは違い、罪の意識と向き合った心からの謝罪であった。城下町の惨状から察するに、例の黒い魔獣が城下町にまで襲撃を仕掛けたことは明白。現在ウィルの目の前に居る二人も、きっと魔獣に遭遇したに違いないのだ。
町には徴兵された騎士が配備されており、避難誘導に当たっていた。しかし得体の知れない魔獣が複数で攻めてくるなど、一体誰が予想出来ようか。町中に溢れていた人々の気配は、嘘のように消えていた。即ち騎士達は民衆を守ろうとするも抵抗虚しく、逃げ遅れた者の命と共に散ってしまったのだろう。
それを思えば、この二人が無事に生き延びていることは奇跡的であるように感じられた。
ウィルがあの場でミサの説得に応じて共に店を目指したところで、目の前の二人の身の安全が保証されるかと問われれば、その通りであるとは言い難い。寧ろ、二人の足を引っ張ってしまう可能性すら否めない。
ただ、今の彼からすれば、成り行きなどさして重要なものではなかった。本当に悔やむべきは、仲間が恐ろしい目に遭っている時に傍に居ることが出来なかったことである。二人の仲間を名乗る以上、苦難を分かち合うのは当然のこと。
しかし彼は臆病を克服するだのと心の中で謳い、自分勝手な行動に走ってしまったのだ。この謝罪は、いわば自らの至らなさを一層思い知った彼のけじめに他ならない。
「............」
静まり返る、場の雰囲気。ニケはウィルの行動を止めるべく微笑み掛けようとするも、彼の思いも寄らぬ真剣さを感じ取り、萎縮してしまった。
椅子に座ったまま下を向いている少女は、一言も言葉を発することはなかった。ウィルは額にしわを寄せながら、そっと彼女の頭に目を向ける。
凍るような静寂が辺りを包む中、彼の視線に気付いたのか、ミサはゆっくりと顔を上げた。
如何なる罵倒も、ひどく冷たい眼差しを向けられることも、全て受け入れるべく覚悟を決めていた。
現に己の衣服を掴むその両手は震え、荒い呼吸を静かに繰り返している。
彼女の様子は、ウィルに対してあからさまに憎悪を向けているようなーー
様子がおかしい。
ミサは自分の言葉に聞く耳を持たなかったウィルに、その感情を思うがままに叩きつけるだろう、と彼は予想していた。
しかし彼女の表情を恐る恐る覗いた途端、その認識はいとも容易く崩れ去る。
光の宿らぬ瞳に、血の気の引いた白い肌。視線はゆらゆらと揺れて覚束ず、目の周囲には薄い腫れができていた。
彼女の急変した様子に狼狽えるウィル。咄嗟にニケを見るも彼は下を向くばかりで、何かを喋る気配はない。
少女の薄い唇が、小刻みに震える。
「ウィル......わたしね」
「............」
少年は彼女の正気を失ったような表情を、得も言われぬ虞れと共に見つめる。
「私............初めて人を殺した」




