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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・二章 緋色の盗賊(下)
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26話 暗室の灯火

 時を遡ること数十分前。

 謎めいた空間に拘束されている盗賊達と魔法使いの少女は、薄暗い牢から逃げ出す為の手段を模索していた。そして、数時間に渡る健闘の末にーー


 「んで、ここでアドメレク関数にソートされた魔素指数を順番に組み込んでいく......と。なるほど。そんでお前の計算が正しけりゃぁ、少量の魔力でも腕周りの拘束具を溶解させる程度にはサマになるってわけか」


 「ええ、きっと。私はあくまで兄の影響で魔法理論を齧った程度ですが......どうです? ナズナさん。早速試してみて下さい」


 「ん、んえぇ......? あなどれん関数に、外にはまぞひすと? それを順番に......??」




 「............駄目だなこりゃ、オーバーヒートしちまってるよ。仕方ねェ、おれが術式を組むわ」


 盗賊団の頭領であるシャヴィは、少女の支離滅裂な言動に苦笑しながらも自身の魔素を使って術式を組み立てる。だが、それを耳にした知的な盗賊、スノウは彼の行動を好ましく思わない。


 「この拘束具は恐らくスレンダイト製。いかにも魔女信仰が根付いてるこの国らしい魔法道具ですが……いくらお頭とはいえ、魔素出力を抑制されている現状では術式を組み立てる前に自身のオドが空になってしまいます。ですから、ここは莫大なオドを持つナズナさんに組み立ていただかなければ......」


 「ンなこたァ承知の上だ。だが、考えてみりゃコイツはおれ達が勝手に巻き込んじまった一般人なんだわ。だったら、おれ達が責任を持ってコイツを仲間のもとに帰してやらねぇと、男としての面目が立たなくね?」


 「......まぁ、お頭がそう言うのであれば。ですが、くれぐれもあっさり死ぬのだけは勘弁して下さいね? 魔法は魂と魔素のやり取りと言っても差し支えないですし......盗賊団の頭領が立式中にガス欠になり、鎖に繋がれたまま事切れる、といったナンセンスな場面には立ち会いたくないもので」


 「ハッ、そんときゃそこで寝てるガトーと共に腹ァ抱えておれを笑ってくれ。地獄まで届くような大爆笑で頼むわ」




 シャヴィは冗談めかして言葉を吐き捨てると、先程までのへらへらした表情を完全に消し去り、真剣な面持ちで魔素を操作し始めた。


 物言いこそ荒々しいが新取果敢な性格である彼は、魔法術式に関する知識にもある程度は精通していた。その所以は彼が"姉貴"の下で暮らしていた頃に励んだ勉学によるものだが、何とも驚くべきことに、彼は独学で魔法術式の基礎を習得したのだ。


 魔法に関する理論云々については、大抵は先達に教わることが世の習わしである。何故ならば、魔法の発動に於いて鍵となるのは"イメージ力"であるからだ。発動する魔法のイメージを脳に刻むことにより、最重要事項である"意志を込める"ことを効果的に行えるようになる、といった理屈である。

 初学者がただの術式を見るだけでその魔法の全容を理解することは非常に困難であり、周囲から崇められる程の天才でない限り、人々は師の魔法を実際に目にすることで学習する。世間には"魔法学校"と呼ばれる、いわゆる魔法理論を専門的に扱う学び舎まで存在しており、それ程までにこの風習は一般常識とされているのであった。


 スラム街で育った彼には師と呼べる者など在る筈もなく、ただひたすら将来の為に、或いはたった一人の家族の為に古めかしい書籍を読み漁り、それのみで魔法術式の基礎を理解するに至ったのだ。是れは即ち、シャヴィ・ギークには確固たる魔法の才能が有るという事に他ならない。


 右の手のひらで地に触れ、小さな魔法陣を展開させる。体中の魔素が急速に移動するためか、全身にかかる負荷は相当なものだ。歯を食い縛り、額から汗を垂らしながら陣の作成に全神経を集中させる。




 魔法陣が赤く染まり、稲妻のようなエネルギー体が空気中に散った。


 「............チッ..................クソがぁぁぁッ!!」


 表情を歪め、叫ぶ。迸る紅鶸色が牢の中を照らし、魔素の流動は苛烈を極める。




 シャヴィの魔法陣作成により、牢の全貌が明らかになった。八畳ほどの広さの空間を囲うは、ゴツゴツとした岩の壁。鉄格子のような類の物は見当たらず、ナズナ、シャヴィ、そして屈強な男二人が部屋の四方に鎖で繋がれているのであった。


 (......今、魔法陣を作ってらっしゃるのはシャヴィさんですね。見た目はこわいですが、本当は優しい方だというのは伝わりました。どうか頑張って下さい! すると、心配そうにシャヴィさんを見つめている眼鏡の方はスノウさん、ぐっすりお休みになっている......ハゲマッチョ? な方はガトーさんですね!)


 ナズナはキョロキョロと辺りを見回し、自分が捕らえられている部屋の特徴や、頼れる盗賊団の面子を確認した。ナズナは初めて相手の顔を知ることができ、胸中穏やかな気持ちで満たされるのを感じる。


 しかし、彼らの顔を照らしていた赤い光は突如としてかき消されることとなった。




 魔法陣の光が消えると共に、ドサリと何かが倒れ込む音。直後、部屋は先程までの魔力の応酬が嘘のように静まり返り、ガトーの騒々しい寝息が淡々とこだまするのみとなった。




 「......お頭? 私の声が聞こえているなら、返事をしていただきたいのですが」


 「え......しゃ、シャヴィさん? う、嘘ですよね」




 二人が呼びかけるも、それに対する返事は無く、言葉が虚しく宙に流れる。同時に、二人は今しがた聞こえてきた、何かが倒れ込む音の正体に気付いた。

 ーー魔法陣作成中に起こった悲劇。シャヴィは、自身のオドが空になったことにより、意識を失ったのだ。魔法の発動でオドが空になるということ、即ち魔法の不発を起こした者の末路は、大抵碌なものではない。最悪の場合魂が乖離し、そのまま常世へと連れて行かれることも稀ではないのである。

 彼の左腕であり知識人であるスノウは、その危険性を充分に理解していた。よって彼の顔は青褪め、最悪のシナリオを思い描いてしまう。




 「わ、わ、私のせいです............わたしの頭が良くないせいでシャヴィさんが......」


 ナズナも事の深刻さを理解したようで、目を見開きながら全身を小刻みに震わせている。事実、彼女の持つ魔法理論の知識など微々たるもので、基礎すら未だおぼつかないのであった。そのため、彼女はシャヴィとスノウが行っていた脱出のための議論に参加することすら叶わず、ただ呆けることしかできなかったのである。


 「いいえ、決してナズナさんに非はありません。まだ修行中の身でしょう? 我々が議論していたものは裏技のようなものですから」


 彼らが行なっていたのは脱獄を効率良く行うための、所謂邪道的な方法であり、本来ならば年若き無垢な少女には縁もゆかりもない発想と技術なのだ。よって、スノウは反省の念と共に彼女の自責を押し留めた。


 彼は倒れた頭領の方向を向き、静かに口を動かす。


 「お頭、あんたは本当に大馬鹿者ですよ......」






 「..................誰が............大馬鹿だァ......?」


 「......!!」


 不意に響いた掠れ声に、意表を突かれたように肩をびくつかせる二人。その直後、何処からか生み出された炎のようなエネルギーが眩い光を放ち、岩壁に囲まれた部屋の中を照らし始めた。


 「お、お頭。まさか生きていらしたとは」


 「アホ、おれがあの程度でくたばるかよ。まぁ、危うくおキレーな川を渡りかけた気もするが......」


 気付けばシャヴィを縛る拘束具は外れ、それらは燃焼して眩い光を放つ残骸と化していた。命懸けの魔法発動に成功した彼は上機嫌な様子で言葉を返すと、ゆっくりと立ち上がってナズナの元へと近寄り始めた。そして彼女の腕に目をやる。


 「じっとしてろよ」


 「は、はい」


 短いやり取りの後、彼は彼女を縛る拘束具を掴んだ。彼の手が魔素で覆われた次の瞬間、驚くことに彼女の腕を縛っているそれは派手な音を立てて粉々に粉砕されたのであった。


 「わぉ......すごいですね」


 「瞬時に魔力込めて握って、燃やしただけだ。別に手品を使ったわけじゃねーよ」


 感嘆の声を上げ、煌めく瞳でシャヴィを見つめるナズナ。彼はそんな彼女の視線をぶっきらぼうに振り払うと、次はスノウの元へと歩み寄って拘束具を外し、最後に未だ目を覚まさないガトーのもとへと近寄った。




 「コイツ、まだぐーすか寝てンのか。おい、そろそろ起きろや。待ちに待った脱獄の時間だぞ」


 「......おん........................ん? もう朝か」


 シャヴィが彼の肩を激しく揺すると、十数秒の沈黙の後、彼は大あくびと共に目を開けた。相棒の能天気な様子を目にしたシャヴィは、思わずジト目を向ける。


 「......よォ、良い夢は見れたかよ」


 「ん......? あぁ、なんだ、まだ夜だったか。俺ァ寝るぜ」


 「......いつまで寝ぼけてんだ。牢の中だってこと忘れたのか? あー、そうか、お前の頭は筋肉以外のコトに容量を割く余裕がねェんだったな! わりぃわりぃ」


 「..............................あ? おぅ、そういやそうだったな。素敵なモーニングコールありがとよ。じゃあ............今すぐこのクソッタレな手枷を外してくれ。俺の腕がその生意気な口をへし折りたくてうずうずしてるんだわ」


 挑発的な態度で相手を翻弄するシャヴィに対し、ガトーは冷静を装いながらも目を血走らせる。

 そんな彼らを見てナズナはくすくすと笑い、スノウは呆れたように頭を抱えている。

 牢獄という冷やかな場所であるが、仄かな光の輪は確実に広がり、部屋中を柔らかく灯すのであった。


 「腕が......口を、へし折る? ......お前の脳内は言語処理まで筋肉が担当してんのか? 珍獣かよ」


 「あのな、言っておくが俺はそこまで自分の筋肉にこだわりを持ってる訳じゃねーんだよ。それにお前はこの間も筋肉筋肉って......」


 「............そこまでです。軽口の叩き合いはもういいでしょう? それより、早く此処を脱出しないと」




 仄かな光輪が燃え盛る火車へと変わる前に、スノウが抑止の一手を打った。二人は我に返ったようにピタリと口を閉じると、黙々と解錠を行う。

 全員が自由の身になると、シャヴィが突然ナズナに声をかけた。


 「ナズナ、ちょっと頼みがある。俺に向けて魔力の弾を撃ってもらいてぇンだが、いい?」


 「え、いきなりどうしたんですか? ひょっとしてガトーさんのおばかが移ったとか......」


 「シめるぞメスガキが」


 「先の魔法でオドが切れそうなんよ。だからお前の魔素を分けてくれって話。お前のオド量って、おれ達と比べても桁違いじゃん?」


 途中でガトーの言葉が割り込むものの、二人はそれを軽く受け流した。

 如何にも平常であるかのように振る舞うが、実のところシャヴィの体は瀕死の状態に近かった。拘束具を付けた状態で魔法を発動する為に使用した体内魔素量は、彼のオドの八割に等しい。


 人間は常に魔素を放出しているが、呼吸をすることで空気中の新鮮な魔素を取り入れることができる。よって体内の魔素が勝手に尽きることはなく、寧ろ徐々に回復してゆく。しかし体内魔素の動きを抑制する拘束具によって、その働きは大きく鈍ってしまった。牢に入る以前も魔力を放つ機会が多々あった為、彼の体内魔素は現在、本来の一割にも満たない量なのであった。


 「でも、魔力の弾を浴びるだけで魔素を取り入れるなんて話、聞いたことないですよー」


 「......まぁ他にもやり方は無くもねぇし、寧ろこれは相当効率の悪い方法なンだが............」


 「他に方法があるならそれがいいですよ! 魔力弾撃ちまくるなんて、そんなの暴力と変わりないですから」


 ナズナは強く言い放つものの、シャヴィは困ったように額に片手を当てた。数秒考え込んだ後、彼は決心したように口を開く。


 「いや、やっぱり魔力弾の方で頼むわ。それに、どうせお前の弾の威力なんざたかが知れてるし、暴力とは到底呼べねぇから安心しろ」


 「ええぇ、なんでですかー! それに、なんだかとても嫌な言い方ですね」


 「あー、そうそう。どうせ当てるなら肩にしてくれ。最近凝りが酷いのよ」


 「むかっ」


 シャヴィの理不尽な物言いに、思わず腹の底から湧いた感情を擬音として漏らしてしまうナズナ。よって彼女は遠慮なく、全力を持って撃ち続けることを決意したのだった。




 「お望み通り肩を狙ってあげます。痛かったら我慢せず、素直に負けを認めてくださいね?」


 「ほいほい。わーったから早くしろ」


 「..................」


 シャヴィは彼女に背を向け、胡座をかいた。

 彼女は自身が持つ膨大な魔素の泉から大量にそれを掬い取り、天井に向けた両の手のひらに魔力の塊を出現させる。


 彼女がそれを撃ち出そうと構えたその時、彼女の左肩にそっと何者かの手が触れた。

 その者は人差し指を自身の口に当てるとナズナの横に立ち、彼女とは比較にならないほどの魔力を手のひらに込める。そして、それを目の前のターゲット目がけてぶん投げたのであった。





 ーー暫くの時が経過した。部屋からの脱出を決意した皆の表情に、ほんの僅かな緊張が走る。




 「お頭、一応聞いておきますが、体内の魔素量は?」


 「六割ってところか。おかげさまで十分持ち直せたわ。持ち直せたんだが......」


 スノウの気遣いに対し、彼は心配には及ばぬと告げるも、その様子はどこか満更でもないように見える。




 「お前ら、さすがに自重しろ」


 彼は自身の後頭部と肩を交互にさすりながら、満足気な表情を浮かべている二人に目を向けた。


 「ムカつく奴をボコボコにできると聞いて。楽しすぎてつい時間を忘れちまったよ。ははは」


 「......とは言え、私の攻撃はあんまり効いてなさそうでしたけどね。ふかく」




 シャヴィが自身の魔素補給の為に考案した策だったが、ガトーの魔力弾による後頭部への一撃、といった想定外のスタートを切った挙句、魔素補給は本来の目的から大きく外れたシューティングゲームへと様変わりしてしまったのだ。結果、彼の目論見を遥かに超えた補給が成された訳であるが。




 「まぁ別にいいけどよ............こうして話しててもキリがねぇし、そろそろ出るか」


 彼は一瞬肩をわざとらしく竦めた後、気を張り直すように右の拳を左の掌に打ちつけた。

 彼の言葉に押され、和やかなムードを切り替えて再び表情を引き締める三人。


 シャヴィは一歩前に足を踏み出すと、右手付近に巨大な緋色の大剣を出現させ、それを手に取った。それに伴い、スノウが何やらボソボソと口を動かす。


 「......もしかしてシャヴィさん、この場所が何処なのか、見当が付いてます?」


 彼は目を瞑り、微かな風の流れを感じ取ると岩壁の一点に向かって歩みを進める。その途中ナズナが疑問を投げてきたため、それに答えるべく口を開いた。


 「あぁ。恐らくここは......」




 彼は大剣を背負うと、足を肩幅に開く。そして、膨大な魔力で得物を覆った。




 「ローグリン公国地下水路、そこに作られた牢獄だ」


 直後、魔力の込められし溶岩塊が如き大剣が灼熱を纏い、空を切る。




 ーー同時に、爆発。


 張り裂けんばかりのエネルギーは緋の輝きを放ち、巻き起こる大爆風と共に岩の壁を破壊した。彼の目に映るは、粉々に散らばる小さな岩塊と薄暗い通路のみ。


 「......天井が崩れ落ちる......みてぇな様子はねェな。スノウ、あんがとな。お前が即座に発動した結界のおかげだ」


 「単なる防護結界ですし、褒められる程ではありません。それより今は先に進みましょう。もしかしたら、彼らも我々と同様に捕まっているかもしれませんし」


 「あぁ。盗賊団は全員アジトに帰す。それが、リーダーとしての最後の務めだからな」


 シャヴィは進むべき道を真っ直ぐ見やると、昂然と歩み始めた。

 勇猛、悲哀、それは不可逆の歩み。彼の背中は三人の目にはどのように映ったのだろう。盗賊団首領の生き様を最後まで見届けるべく、彼らもまた足を進めるのであった。

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