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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・二章 緋色の盗賊(上)
23/95

21話 料理屋にて

 がらんとした、気品漂う空間。

 彼らは今、ローグリン公国内のひっそりとした路地に佇む、小さな飯屋に足を踏み入れた。外見は地味な店であるものの、いざ中に入ってみれば仰天。薄暗い路地とは真逆の柔らかな電球色に包まれたと思えば、すぐさま香ばしい匂いが鼻腔を通過し、胃を優しく刺激する。


 程なくして、刺激はアップテンポな拍へと様変わり。身体の中心部に位置する踊り場から漏れ出る拍動が、食に対する溢れんばかりの欲求として次々と飛び出していった。


 「..................」


 ウィル、ニケ、ミサの三人は絶句した。

 無理もない話である。前日の昼から今の今まで米の一粒すらも口にしていなかった三人の空腹感は、既に限界まで達していたのだ。身に降りかかった恐怖や緊張感によって一時的にそれを忘れていたものの、辺りを漂う匂いを意識すればするほど、食欲が洪水のように溢れ出てきた。

 目の前には大きな調理場があり、そこで五人の職人が料理を作っている。店内を見回せば小さなテーブルが四卓ほど並べられており、調理場の傍には薄暗い廊下が見えた。


 「いらっしゃい......おお? 誰かと思えばバロちゃんじゃねぇか」


 「............おやっさん、よくあっしだって気付いたっすねぇ。これでも一応変装してるっすけど」


 こちらに気付いたのか、調理場から初老の男が歩いてきた。やたらと威厳が感じられる振る舞いから恐らくこの店のオーナーと思われる男は、常連の客であるリッキー・バロスに気さくな笑顔を見せる。


 「おれの目は誤魔化せねぇさ。この歳になると、目を見ただけで其奴がどんな奴なのか分かっちまう。バロちゃんの目は普通の人間と違ってヤケにギラギラしてるから、印象に残りやすいのさ」


 「はは......やっぱりおやっさんには敵わないっすね。衰え知らずの感性に、身体中にビリビリと張り巡らされた神経。ほんと、まだまだお若いでやんすよ」


 「よせやい、こっぱずかしい。んで、今日は随分と若いのを連れてるなぁ。ひょっとして、この子達が例の候補かい?」


 「そうそう。この子達が......ってそんなわけないっす。こいつらはただの弟子みたいなもんっすよ。ははは」


 リッキーと店主は、愉しげに会話を繰り広げる。何やら会話の内容に引っかかるものを感じるが、彼は町の中では正体を偽る必要がある身。そのためまた口から出任せを言っているに違いないと、黙って二人の会話が途切れるのを待つウィルであった。




 「ま、なんだかんだ元気そうで何よりだぜ。部屋は......いつもの所でいいかい?」


 「ぜひそうしてくれっす。あー、そうそう、料理はいつもの"定食"を四人分でお願いするっす」


 すると、店主の男は手慣れた仕草で四人を食事処へと案内した。向かう先は、廊下。窓の無い小暗がりの中、紙で作られた幾つもの灯籠がほつほつと足元を照らしている。こういった芸術に造詣がある者ならばこの様を風情があるものと見なすやもしれないが、ウィル達のような若者からすれば、それはまるで気味の悪い屋敷のようで好ましく感じることはなかった。




 店主の足が止まる。そして真横にある襖を開け、その部屋に入るよう告げた。


 「四人分ってことで、ちと時間がかかっちまうかもしれねぇ。一杯やりてぇならツマミを付けて持ってくるが......どうだ?」


 そのように促す店主を横目で見ながら、リッキーは机の傍に丁重に敷かれている座布団に腰を下ろすと、笑顔で言葉を返す。


 「いいや、結構っす。生憎今は仕事中なんで!」


 「けっ、相変わらず()()()に律儀なこった。いいだろう、とびきり美味いもんをご馳走してやるから期待して待ってろよ!」


 そう言い残し、店主は先ほど進んだ道を引き返した。


 襖に囲まれた、独特な雰囲気を持つ小部屋。三人は物珍しそうに部屋を見回していると、リッキーは半笑いで彼らに声をかける。


 「ウィル達にもあまり馴染みのない雰囲気っすかね。ここの店主は遥か東方の地から食文化を伝えにやって来たらしいっす。この畳だとか座布団だとかいう独特なものは、全てかの地に由来するものなんすよ」


 「東方の地......?」


 「ああ、海の向こうにあるでっかい大陸のことっす。もしかして、興味あるっすかね」


 リッキーは能天気な態度で問うたものの、ウィルはどこか曇った表情を浮かべた。そして、彼はリッキーの言葉に答えるでもなく、逆に問い返す。




 「その......なんというか、リッキーは見たことあるのか?」


 「......? あぁ、訪れたことがないと言ったら嘘になるっすね。世に知れ渡る強者の何人かは東方出身で、戦闘マニアのあっしとしては夢のような場所っすよ!」


 「いや、そうじゃなくて......ごめん、やっぱり忘れてくれ」


 そう告げるとウィルは目を細め、愛想の良い表情を作った。彼のどこかぎこちない様子を疑問に思うリッキーだが、何かを察したのか、彼がそれ以降店内でこの話題を口にすることはなかった。

 小部屋を覆う数秒の沈黙。そして、それを破ったのはニケの一言だった。


 「そ、そういえば、ガーリック達はうまくやってるかな......」


 「そうっすね............まぁ、悪運の強いあいつらなら、なんとかなると思うでやんす。きっと今頃はお頭もナズナちゃんも見つけて、ウキウキでアジトに帰ってるところっすよ!」


 「......だ、だよな! リッキーが言うなら間違いないよな!」


 リッキーは頭軽くを掻きながら天井を見上げ、仲間たちの現状を想像し、楽しげに語る。

 盗賊団のメンバーである八人の男たち。第一印象は、野蛮で恐ろしい者たちであった。ニケは、自分が引っ込み思案で意気地無しと自覚しているため、彼らとはとても反りが合わないものと決め込んでいた。しかし、彼らはそんなニケを温かく迎え入れたのだ。


 ニケは知った。盗賊団である彼らはどこまでも真っ直ぐで、自分と同じくらい馬鹿で、そしてひたすらに優しい者たちだったことを。"お頭"は、そんな彼らが尊敬して止まない人物だ。世間からは緋虎などと呼ばれ恐れられているとの話だが、実際に対話しない限りその本質は分からない。故に、ニケは頭領を含む盗賊団のことが今の今まで気掛かりで仕方がなかったのだ。

 彼らの仲間であるリッキーが大丈夫と言うからには、ニケはその言葉を信じる他ない。


 「時間ならたっぷりあるっす。ゆっくり飯を食って、食糧をいっぱい調達して、それから......仕方ないからみんなの服も買ってやるっすよ! ミサ一人だけがお洒落してるってのも何か変っすからね」




 「............あれは咄嗟に出た言葉だし、別に気を遣わなくていい。こんな高級そうなお店で奢ってくれるってだけで充分嬉しいから」


 「ああ。それに、リッキーの貯金も心配だ。色々と世話になってるし、そのお金は盗賊団の食糧調達に使ってほしい」


 ニケの思いを感じ取ったのかどうかは定かではないが、ミサとウィルは自分達よりも盗賊団のことを優先するよう、リッキーに告げる。

 それを聞いたリッキーは一瞬だけ目を見開き、その後直ぐに目蓋を閉じながら口を開く。


 「はは、みんなお人好しっすね。あっしもまだまだ未熟だって改めて思うっす。本来なら右も左も分からない新参者には大船に乗った気でいてほしかったっすけど、逆に心配されるとは思ってもみなかったっすよ。そうっすね、ここは有難くその言葉に甘えるっす」


 リッキーは表情を綻ばせる。

 それと同時に、襖がスーッと開く音がした。




 「お待ちどぉ! 紅毛ロホト牛のすき焼きに、高原野菜と厳選された凶兠鶏の浸し、そして白米大盛りだぁぁ」


 勢いよく部屋に入ってきた店主は、その荒々しい台詞とは裏腹に、非常に丁寧な所作で料理をテーブルの上に並べてゆく。


 (..................!)


 次から次へと置かれてゆく鍋やお盆。まっさらな卓上が料理で徐々に埋め尽くされる様を、三人は息を呑んで見守っていた。


 「ヒュゥ! これっすよ、これこれ! 本当はいつもの"フルコース"を頼みたかったっすけど、今は時間がないから仕方ないっすね。おやっさん、いただきますでやんす」


 「おう、たらふく食え! ただ、金はちゃんと払えよな!」


 そう告げると、店主は豪快な笑い声を高らかに部屋を出た。すると、透かさずミサがリッキーに話しかける。


 「......お金、大丈夫なの? まさか支払いもせずに四人で逃げるつもりじゃ......」


 「あー、心配には及ばないっす......あっひはひゃんとほほで払えうだへのお金は持っへるでひゃんすから。もぐもぐ」


 リッキーは料理を頬張り、口を片手で抑えながら喋り出す。「一旦それを飲み込んでから話せばいいのに......」と彼女は眉を潜めるものの、リッキーはお構いなしに黙々と食べ物を口の中に入れる。

 彼の清々しいまでの食べっぷりに緊張がほぐれたのか、ウィルは「俺たちも食べよう」と口元を緩ませながら告げた。こうして、三人は初めて口にする高級料理を存分に味わい尽くすのであった。




 「ふぃー、ごちそうさまっす。そうだ、野暮用を思い出したんで、あっしは一旦外に出るっす。支払いは済ませておくから心配しなくていいっすよ!」


 異常とも言える速さで料理を食べ終えたリッキーは、そそくさと自分の荷物を整える。未だ料理の半分も食べ終えていないウィルは、リッキーに対して愕然とした表情を浮かべた。


 「ちょ、待ってくれ! 一体どうしたんだよ、急に」


 「いやぁ、実はこの町にも協力者がいるんすけど、一応そいつに今の状況を伝えに行くっす。ああ、すぐに戻るっすから、三人はのんびり飯でも食っててくれっす!」


 「今の状況って、"お頭"や他のメンバーが行方不明になったことか。でも、それなら俺たちを置いて行く理由は特に無いんじゃないか? それに、騎士達の監視の目だってあるだろうし、怪しい行動はできるだけ......」


 「言いたいことは分かるっすけど、あいつは少々人見知りっすからあっしが一人で行った方がいいんすよ。飯を急いで食ってたのはそういうタイミングを作るのが理由で......いや、本当すぐに戻るっすから、どうかお願いっす」




 リッキーは両の手の平をあわせ、懇願する姿勢を取った。それを見たウィルは彼を引き止めようにもやるせなくなり、頭を片手で掻く。


 (これまで彼らが町を行き来することができたのは、恐らくその協力者のお陰か。お人好しなリッキーのことだし、それはきっと協力者を思いやっての行動なのだろう。ならば、ここで俺が反対する理由も無い......か)


 「ま、まぁ、行かせてあげようぜ。リッキーもこう言ってるんだしよ」


 彼の頼み込むような姿勢に心を打たれたのか、ニケはウィルを説得しようと試みる。ウィルはそれに頷き、リッキーの目を見る。


 「そういう事情があるなら......仕方ない。くれぐれも、ヘマして騎士達に捕まったりするなよ?」


 「ありがとうっす! ホントすぐ戻るんで、安心してくれっす!」


 そう言い残すと、彼はそそくさと部屋を後にした。






 彼が部屋を出てから、一時間余りが経過した。三人は有り余るほどの料理を食べきり、満足気な表情を浮かべていた。だが、気がかりな事が一つ。

 リッキーが、未だに帰って来ないのだ。協力者に状況報告をしに行くとは言ったものの、幾ら何でも遅すぎる。時計が無いため現在の正確な時刻は不明だが、"日が暮れるまで"という刻限には恐らく二、三時間ほどで達してしまうだろう。嫌な予感がしたウィルは、一旦店の外へ出るべく襖の引き手に手をかけるーーと、同時であった。


 激しい音と共に乱暴に開いた襖。唐突な出来事に驚いた三人は、リッキーが遂に帰って来たのだと確信した。しかし部屋の前に立っている人物は不出来な変装をした盗賊ではなく、全身に鎧を纏った背の高い男たちであった。




 「............へ......?」


 現状が理解できないウィルは、思わず声にならない声を上げる。

 彼らは三人を睨みつけ、低い声を発する。


 「例の旅芸人の弟子達......であったか。君たちには職業詐称の疑いがあるため、城の尋問室に来てもらおう」


 「え、きゅ、急になんですか! 俺たちは別に何も......」


 三人は抵抗するものの、騎士達は問答無用といった様子でウィル達を拘束した。そして、あれよあれよという間に三人は尋問を受けることになったのである。

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