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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・二章 緋色の盗賊(上)
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19話 シャヴィ・ギーク

 「それで、さっきの質問に答えるっすよ!」


 監視されているという危機的な状況。それにも関わらず、リッキーは興に乗じたように語り出す。


 「なんでこんなに奴らの動きが早いか、その理由はあの寡黙な騎士にあるっす。あの騎士は、あっしらが手形を持っていないと判った瞬間、壁内の騎士たちに何らかの魔素信号を送ったんすよ。あっしらが別の騎士に対応している内に、気づかれないようにこっそりと。よってあっしらが門を潜り抜けた時にはもう、城下町の至るところに監視の目が置かれていた......ってことっすね」


 「な、なるほどね」


 ウィルは感心し、彼の考えを諾う。だがそれとは別に、先程からどうにも気が散って仕方がない。それはウィルだけでなく、ニケやミサも同じようだった。


 「あ、あのー、あっしの話聞いてたっすか? できる事ならキョロキョロするのはちょっと控えめにしてほしいんすが............。うーむ、汗かきながらトンカチ鳴らすおっさんに、声高らかに商売に励む奥さん方。目を引くような珍しいもんなんて此処にはないと思うっすけどねぇ」


 苦笑いを浮かべるリッキーは、明らかに困惑している。それを真っ先に察したウィルは、慌てて前を向いた。


 「ご、ごめん。何でもないんだ。ただ街の雰囲気に圧倒されていただけで......うん。ここは異世界だし、当然だ......よな!」


 「なんだ、そういう事っすか。まぁ世界が違えば文化も違うのは当たり前っすよね! さて、気を取り直してお待ちかねのメシ屋に行くっす! あっしのイチオシ三つ星! っすから、味は期待していいっすよー!」


 リッキーは朗らかにそう告げる。

 すると同時に、突然足を止めた。


 「ど、どうしたんだよ。メシ屋に行くんじゃなかったっけ」


 彼の予期せぬ行動に対し、もっともな疑問を投げるニケ。しかしリッキーはそれに応じず、夢中で何かを凝視しているのであった。

 ウィル達三人も同じようにその方向を向き、目を凝らす。


 「猫......?」


 ミサがそう呟くと、リッキーは我に返ったのか一瞬だけウィルの方を向き、路地の端を歩く黒猫を指差した。


 「あっし、実は猫好きなんすよね。ちょっとモフりに行っていいっすかね」


 彼の言葉に、三人はきょとんとした表情を作る。先程、怪しげな行動は慎むよう彼自身の口から念入りに説明された筈であったが、当の本人がこの有様である。戦闘ではそれなりの風格を感じさせたものの、やはり彼はどこか抜けていることを改めて思い知ったウィル達であった。


 ミサの冷ややかな視線に気付いた彼は、「冗談っすよ」と笑って誤魔化す。一連のやり取りで緊張感はすっかり失われたが、一行は怪しまれないよう慎重に、再び飲食店に向かって足を進めるのであった。









 じめじめとした暗闇に、身体中を包み込む冷気。

 目が覚めてから、どれくらいの時間が経過しただろうか。この場所は日が差さない空間であるが故、時間感覚が覚束ないのである。


 「お腹が......すきました......」


 少女の細い腹は、ぐぅと音を鳴らす。

 彼女は重たい右手を持ち上げ、自身の腹をさする。

 彼女が以前感じた異変。それは、両腕に装着された拘束具だ。腕を多少動かす分には問題ないが、拘束具は鎖を介して壁に繋がっているので、行動は大きく制限されている状態である。

 更に厄介なことに、この拘束具は体内魔素の動きを大きく抑制する機能が付いているらしく、彼女は魔法による拘束具の破壊を幾度も試みたものの、やがてそれは不可能であるという結論に達した。




 彼女は現在、何故か一切関わりのないはずの盗賊たちと共に、謎の薄暗い部屋に閉じ込められているのだ。


 「ナズナちゃん......だったっけ。初対面の女の子にこんなつまんねぇこと聞きたかねーんだけどさ、"ナハトの民"って聞いたことある?」


 「......!!」


 共に囚われている盗賊の男が話しかける。しかしその言葉を耳にした瞬間、ナズナは息を呑み、男の声がした方向を激昂に染まる瞳で凝視した。そして、震える唇で男に問う。




 「............もしかして、あなたもあいつらの仲間なんですか?」


 「は? あいつらァ? なんだよそりゃ」


 意味不明な返答に、盗賊の男ーーシャヴィは驚く。


 「とぼけても無駄です。私達のことをそうやって呼ぶ連中は、みんな自分達の利益しか考えない、くそ野郎どもです! あなた達の......いや、おまえ達のせいで集落のみんなは!!」


 「おいおいおい、落ち着けって! 怒らせる気はなかったがよ、失礼したなら謝るわ! な?」


 完全に頭に血が昇り、怒髪天をついた様子のナズナ。盗賊の頭領は彼女の態度の急変に肝を冷やし、あたふたし始めた。すると、今度は別の方向からワイルドな低音が聞こえる。




 「お頭よぉ、長年の夢が叶いそうなのは分かるけどさ、相手はレディだぜ? そういう時はまず自分の事情から話すってのがマナーじゃねぇの?」


 「............チッ、確かにおめぇの言う通りだわ、ガトー。あーあ、これだから女ってのは面倒くせェ」


 同じく囚われの身となっている男、ガトーは至って冷静だった。シャヴィとは盗賊団結成以前からの腐れ縁である彼は、シャヴィの最も頼れる右腕である。当然、団員からの信頼も厚い。

 ガトーはシャヴィを諭すと、彼は自分の犯した小さな失敗を認識した。そしてナズナのいる方向を真っ直ぐに向き、話しかける。


 「あー、その、悪かったわ。おまえに危害を加えるつもりはねェってことを分かってもらうために、まずはゆっくり俺の話を聞いてもらいてぇんだが......それでいい?」


 「......」


 彼の真剣な声を聞き、ナズナは少しだけ平常心を取り戻した。未だ怒りが消えた訳ではないが、ひとまず彼の言い分を聞くことにしたのであった。


 「何から話すっかな......ま、どうせ時間なら腐るほどあるし、大昔から語ってやるか」




 こうして、シャヴィは自らの過去を語り始める。






 「おれの生まれはこの大陸じゃねぇ。ここからずっと東に進むと、海っていう広大な水の平原が見えるんだが、そこを船っつー巨大な乗り物で何日かかけて進むと、俺の故郷である大陸に着く。ここらじゃ"東方の地"って呼ばれてるんだが......知ってる?」


 彼はナズナに問いかけるが、彼女は首を横に振って口を小さく開く。


 「知らない......です。大陸ってゆーのも、船っていうのりものも............海っていうところも」


 「......まぁ、そうだよなぁ。大陸ってのは、海に囲まれたでっかい地面のことだ。おれとお前も、実は大陸の上に立っているんよ」


 シャヴィは彼女の反応に気を遣い、小さなトーンで呟いた。彼は壁にもたれかけ、話を続ける。


 「おれは東の大陸のとある街で育ったんだが......それがかなり貧しいとこでよ、所謂スラムってやつかな? ゴミの吐き溜めのような路地に、飢餓で苦しむ人間、病気で命を落とすガキ共。劣悪な環境に於いて治安なんてものは存在しねェ。暴力沙汰は当然のように起こるし、金や食い物の奪い合いなんてのはザラだった」


 「......」


 ナズナは彼の話に対し、徐々に耳を傾け始める。


 「ガキの頃、おれは言葉よりも先に盗みの術を教わった。命懸けで金を稼いでもそれは殆ど大人の酒代に消えちまったが、逆にそれが出来なきゃおれに生きる価値なんて無かったわけよ」


 シャヴィは重い右手で頭を支え、溜息をついた。その表情は暗く、どこか寂しげだ。


 「そんな生活を続けること数年、おれは路地でとある女と出会った。二十歳前後の、キレーな女だった。そいつから物を盗ろうとしたんだけどよ、その女は何を思ったのか、俺に向かって急に抱きついてきたんだわ。あれは本当にびびった」


 「うわぁ......」




 ナズナは思わず声を出してしまう。


 「な? ドン引くだろ? 今思えばありゃねーよって......」


 「ドン引くほどイタい妄想ですね」


 「......あ、おれに対するうわぁだったのね。なぁガトー、おれは今回、どこで間違えた?」


 「............思い出話に女とのスキンシップを入れたとこだ。若い女の子と会話してるのにそれはねーよ」


 一連のやり取りを黙って聞いていたガトーでさえも、シャヴィに対して侮蔑の目を向けた。シャヴィはどこかいたたまれない気持ちになるも、それを無理やり振り払うように話を続けた。




 「......もうちょいで本題に入るからそのまま聞いててくれ。その後女の顔を見上げたんだが、何故かソイツの両目は涙で滲んでやがる。正直ワケわかんなくて、怖かったからひたすら謝って解放してもらおうとした。だが、おれがどれだけ謝ってもその女は抱きしめる手を緩めようとはしなかった」


 辺りがしんと鎮まり返る。ナズナも、渋々と彼の話を聞いているようであった。シャヴィは彼女の様子を確認し、安堵しつつ話を進める。


 「おれの両親はずっと昔に病死してたからよ、人間の暖かさというか、そういったものを生まれて初めて感じた気がしたんだ。......あれ以降はなんだかんだで盗みとは暫く縁を切り、女の下で暮らして将来のために勉学に励んだ。まぁ、その女もスラムで暮らしてたから、貧しい生活なのは変わんねーがな」


 シャヴィは両手を頭の後ろに回し、続ける。


 「あの女は顔が良いから、おれたちより上の階級の人間が暮らす街で水商売をしながら二人分の生活費を稼いでいた。色々と物騒な仕事だし、何より水物は稼ぎが安定しねェ。あいつが疲弊して、潰れそうになってるところを何度見たことか。そんな姿を見るうちに、おれはあいつのことを"姉貴"って呼ぶようになった」


 目を閉じ、彼は過去に想いを馳せる。




 「ただ、姉貴が持ち込むのは辛い話ばかりじゃなかった。東方の地のワビサビやブシドーっていう独特な文化や、ニンジャとかいう凄ぇ奴ら。それから、エルフの友達ができたって話も頻繁にしてたっけか」


 すると、シャヴィの話をじっと聞いていたナズナが、突然声を発する。


 「エルフってあの......長命種族のエルフですか? 大昔のあらそいの巻き添えをくらい、今となっては世界中に五百人くらいしかいないというでんせつの!」




 彼はその反応に驚き、目を丸くする。


 「うおっ、妙に食いつくじゃねェか。まぁ、そのエルフで間違いねぇよ。なんでも、姉貴が出会ったエルフは剣の天才で、希少な種族とは思えないほど大胆な女だったらしいがな」


 「本物のエルフさんですかぁ......会ってみたいですねぇ」


 ナズナは目をキラキラと輝かせる。その種族は、彼女にとってはあくまで空想上の存在でしかなかった。そのため彼女は今、未知なる外の世界への魅力に、心を弾ませているのだ。


 「いつか会わせてやるよ。おれに力を貸してくれれば......だが」


 シャヴィは不敵に微笑む。


 「姉貴との生活は続き、おれが十代の後半に差し掛かる頃。あいつは妙にぎこちない様子で、こんな話を持ちかけてきたんだ。『上の町を見てみないか』ってな。あまりに唐突で驚いたが......あいつがこの時のためにコツコツと金を貯めてたって話を聞き、おれは止むを得ず頷いた。いや、頷くしかなかった」


 そこまで話し終えると、彼は口を噤んだ。

 時が数秒経過し、彼は一呼吸入れると、再び口を開く。


 「数日後、おれ達は小綺麗な着物を着て、"上の町"に向けて出発した。手慣れてる姉貴は上手く着こなしていたが、初めて洒落物を身に付けた俺の姿は酷ぇもんだ。路地を歩けばスラムの連中にからかわれ、笑い者にされた。馬子にも衣装って言葉があれ程似合う奴はなかなかいねェだろーってよ。まぁそんなこんなで町に出たんだ。見たことのねぇ景色に、初めて食う高級なメシ......最初は別世界に飛んできたみたいで困惑したが、新たな発見をするにつれ、徐々におれの心は弾んでいった。中でも特に印象に残ったのが......」


 彼の話は続き、ナズナは東方の地の情景を思い描く。彼の話を聞いていると、まるで自分がその場所で色々な体験をしている様な気分になり、彼女は思わず頬を緩めた。




 (やっぱり、外の世界のお話は面白いです! これなら、シャヴィさんのお話をもっともっと聞いていたいくらいですよー!)


 「......って、やけに楽しそうじゃねぇか。さっきから腹がギュルギュル鳴ってるぞ」


 「あれれ、そうですかぁ? おや、いつの間にか涎が............そんなことより、スキヤキを食べた感想の続きを! あ、もしくはテンプラ定食のお話をもう一回してもらうのもアリですが」


 「随分と食に貪欲な奴だな、お前......」


 つい先程見せていた怒りは何処へ行ったのか、マイペースな彼女に対してシャヴィは半ば呆れるも、その頬は緩んでいた。




 「話を戻すわ。姉貴の予定だと、"上の町"への滞在期間は二泊三日だったらしく、おれたちはスラムに帰らず高級な旅館に泊まることになった。だが、その日の夜からだな。おれが姉貴の様子に明確な違和感を抱き始めたのは」




 彼の表情が緊迫したものに変わる。


 「翌日も初日と同じく、おれは姉貴に連れられて東方の地の景色を見て回った。だが、どうも隣を歩くアイツの様子はぎこちねぇ。結局その日は旅館に戻って布団に入るまでは何も起きず、平々凡々な物見遊山だったが............多くの人間が寝静まる夜中、妙なざわめきを感じ、おれはふと目を覚ました。すると、気付いちまったんだ。おれの隣で寝ていた筈の姉貴の姿が消えていることに」


 彼は胡座をかき、宙に目線をやる。どこか寂寥感漂うその姿は、普段の荒々しい彼からは想像も付かないほどに異質なものであった。


 「それに気づいたおれは一目散に旅館を飛び出し、町中を探し回った。どれくらいの時間探していたのかは覚えてねぇが、散々走り回った挙句、おれは人気のない狭い路地で姉貴を発見した。だがその時にはもう、手遅れだった。アイツはおれに別れの一言も告げず、この世を去ってしまったんだ。」


 「............」


 「大方借金取りにでもやられたんだろうよ。妙に羽振りが良いとは思っていたが、その翌日には俺と一緒に町から逃げ出す算段だったのかもしれねぇ。だがその後何を思ったのか、俺は悲しみに打ちひしがれるでも泣き喚くでもなく、再び駆け出していたのさ。目指す場所は港。西の大陸行きの貿易船に忍び込むために、だ。何故だか分かるか?」


 「......?」


 ナズナは一言も発さず、首を横に振る。その姿はシャヴィには見えないが、彼にはその意思が伝わった。そして、静かに口を開く。




 「おれが数年間で蓄えた知識の中に、"治癒の魔力"を扱える者達がこの世の何処かに存在する......というものがあった。そいつらは長い歴史の中で迫害され、今となっては数十人程度しかその力を扱える者はいねぇらしい。また西の大陸には"ナハトの民"と呼ばれる、正体不明の少数民族が存在するっていう伝承を耳にしたことがあったからな。思い切ってそいつらに会いに行こうと思ったわけよ」


 シャヴィはナズナが居る方向を向き、落ち着いた様子で問いかける。


 「透き通るような金髪に宝石のような碧目。そして底が知れねぇ程の莫大なオド。おまえの姿は、おれが耳にしたナハトの民の伝承と酷似している。おまえは......治癒の魔力の使い手で間違いねぇな?」

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