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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・二章 緋色の盗賊(上)
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17話 出発

 「この剣は僕が貰った! これは男のロマンだからね......! なんだかわくわくしてきましたなぁ」


 「......じゃあ俺は短剣かな。長い方の剣は重そうだし、俺の場合は瞬時に魔力で覆える短剣が一番適してる気がする」


 ウィルとニケは、武器を選べと言われるや否や、脇目も振らず立てかけられている武器の元へ駆け出した。その様子を、ミサは呆れたように眺める。


 「ミサは行かなくていいんすか?」


 「あれと同じにしないで。子供みたいにはしゃいで......見てるこっちが恥ずかしくなるわ」


 「はは、仕方ないっすよ。刀剣は男子の憧れって何処でも相場が決まってるっす。彼らが武器を取る必要のない、平和な世界で育ったんじゃあ尚更っすね」


 先ほどの講義の合間に、ウィル達は彼らの事情を明かした。

 その時のリッキーは驚くでもなく、「やっぱり、そんな感じがしてたっすよ」と冷静に話を受け止めたことは、三人からすれば少々意外であった。そして彼は話を続ける。


 「ミサは、敵をバシバシ切り落としていく感じじゃあないっすね。何となくっすけど」


 「ん、それは却下かな。なんか嫌」


 「じゃあ......弓とかどうっすか? あっしが見た感じミサのは控えめサイズっすから、きっと扱いやs」




 ーー瞬間、空気が凍る。


 「............」


 「今のはあっしが悪かったっす。どうか許して欲しいっす」


 リッキーの失言はミサの逆鱗に触れかけた。彼女は頭を下げる彼を無言で見下す。いつの間にか、はしゃいでいた二人も彼女の様子に気付き、口を開けて怯えていた。

 彼女は、ゆっくりと口を開く。


 「服、買ってよ」


 リッキーは一瞬彼女を見上げるものの、その表情があまりにも恐ろしいものであった為、すぐさま目線を下に戻して渋々と言葉を発する。


 「承知......したでやんす」


 彼の一言で、この場はひとまず落ち着きを取り戻した。

 一悶着から数分が経過。ミサも無事に武器を選び終え、リッキーは彼らにとある助言を授ける。


 「みんな、武器は選び終えたっすね! ウィルは短剣で......あれ、ニケは確か長剣を選んでた気がしたっすけど」


 「それね。なんか、重くて振り回せそうになかったの。だから僕も短剣にしました」


 彼はとても残念そうに呟いた。リッキーは「よく決断したっすね」と彼の正直な姿勢を褒める。


 「そこでっす。いくらこの世界では戦闘が日常茶飯事とは言え、街中で武器を片手に持ち歩いてたら騎士団に通報されちまうでやんす。だから、あっしは今から三人に魔法を教えるでやんす」


 「魔法......?」


 突然発せられた予想外の言葉に三人は思わず身構えるも、リッキーは構わずに言葉を続ける。


 「そんな高度なやつじゃないから大丈夫っす。この魔法の一般的な名称は"収納"。体内魔素で構築された亜次元の空間に、物を一つだけ仕舞えるってだけの魔法っすよ」


 「ちょっと待ってくれ。とても難しく聞こえるのもあるが、俺たちは魔法を使うことで生じるリスクを知っている。そう易々と受け入れる訳には......」


 ウィルは、彼に向かって自らの意見を伝える。しかし彼は首を横に振り、言葉を返す。


 「確かに原理は不明で怪しい魔法っす。でも、あまりにも頻繁に使われる魔法って、年月が経つにつれてよりコンパクトに、より低リスクになるように改良されていくっす。今から教えるこの"収納"は、魔素音痴のウィルでもいとも簡単に扱いこなせる優れものになっているんすよ!」


 「......魔素音痴............」


 心に軽傷を負ったものの、ウィルは半ば納得して彼の提案を受け入れる。他の二人もまた、それに同意した。



 些か時が進み、気がつけば昼前の時間帯となる頃。彼らは出発の支度を終え、盗賊の隠れ家を発とうとしていた。


 「みんな、準備はいいっすかね? ローグリンに向けて、出発するでやんすよ!」


 帽子を深く被り、伊達眼鏡をかけたリッキーが皆に気合を入れようと、握り拳を天高くあげる。彼に続いて掛け声と共に拳をあげたのはニケのみであったが。


 「ま、割と近い距離だから安心するっすよ。昼過ぎには街中に入れる筈っすから、まずはそこで飯をたらふく食うでやんす!」


 リッキーはそう言うと、木々の隙間に向かって歩き出す。

 方角は、北。ウィル達三人は、彼の背中に続く。










 男達は体内魔素を操作し、気配を完全に断ちながら慎重に足を進める。

 森の奥地。怪奇的な雰囲気が漂うそこは空気が冷たく、もうすぐ正午の頃合いというにも関わらず鬱蒼としていて陽の光は殆ど見えない。


 (......全く恐ろしい所ずら。あんな魔獣がぞろぞろいるなら、さすがのお頭でも手を焼くずら)


 盗賊ガーリックは顔を青ざめ、自分達が今日経験した出来事を思い返す。


 片手で大木を持ち上げ、それをぶん投げる熊。広範囲に毒の鱗粉を撒き散らし、あらゆるものを腐敗させる蝶。木に擬態し、触れたものを体内に吸収するスライム状の化け物。


 今日の数時間の探索で、三人の仲間が犠牲になった。いずれも偵察任務に適している、優秀な者たちだ。

 彼らとは共に馬鹿騒ぎし、共にシャヴィのしごきに耐えてきた仲であったが、その者達と再び会うことはもう叶わない。生き残った盗賊らは目に涙を浮かべ、それでもなお自分達の尊敬して止まない者達への手掛かりを捜し続ける。


 ふと、先頭を歩く盗賊の一人が何かに気付いたように足を止めた。そして、何かを囁く。


 「おい、あれ見ろよ。なんかあるぜ?」


 盗賊らは同じく足を止め、彼の目線の先を追う。


 深く、昏い森の深奥。そこには、ひっそりと佇む洋館があった。










 森を抜け、平野を北へ歩み続ける。この間、不思議と魔獣に遭遇することはなかった。

 空には照りつける太陽。心地よく吹き抜ける風。先程までのじめじめとした森とは違い、外の空気の気持ちよさは三人の心に潤いを与える。ウィル達は、暖かな雰囲気についつい気を緩めてしまう。


 「のんびりするのもいいっすけど、常に警戒心は持っておくべきっすよ!」


 リッキーが三人に向かって声をかける。


 ふと強烈な視線を感じて振り向くと、そこには人の平均でな身体よりも一回り大きい、猪のような魔獣がいた。


 「丁度良いっすね。この魔獣に、今日の練習の成果を見せつけてやるっす!」


 「つまり、俺たちだけで戦えってことか?」


 「そういう意味っす! 勿論あっしは戦闘に参加しないし、助言もしないっす。自分たちの力だけでやっつけるっすよ!」


 そんな無茶な、とウィルは思うも、この程度の魔獣を倒せないようではナズナの救出などまるで夢物語になってしまう。よって、彼は無理矢理感情を奮い立たせる。


 「ニケ、ミサ。準備はいいか?」


 二人に向けて覚悟を問う。ミサは"収納"していた武器を取り出し、こくりと頷く。一方、もう一人の様子はーー


 「こ、こ、これは武者震いだ。怯えてたら死ぬ......かな? いや、そうに決まってる。そう、あくまで冷静に、冷静に......」


 息を荒らげ、ガタガタと震えだすニケ。意味不明な言葉を呟きながらも辛うじて立っているようなその姿は、まるで生まれたての子山羊のようであった。


 「......ニケ? その、気持ちはわかるが」


 「う、うるせぇ! さっさと倒すぞ!」


 ウィルが心配して声をかけるも、ニケはそれを振り払うように強く叫ぶ。その声は小刻みに振動し、裏返っていた。

 直後、魔獣は三人に狙いを定め、轢き殺さんと言わんばかりの速度で突進してきた。


 「......!!」


 「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」


 皆はそれを躱すべく、必死に身体を投げ出す。ウィルとニケは左に、ミサは右に向かった。


 魔獣は自身の攻撃が不発に終わったことを知り、すぐさま背後を振り返る。その目線の先はーー


 「まずい、こっちに来るぞ! ニケ、避けるんだ!」


 「え、え? 早いって! ちょっと待ってーー」


 魔獣はこちらが体勢を立て直すことを待ってはくれず、二人を目がけて強烈な突進を繰り出した。

 このままだとやられてしまうーーそう思った刹那。




 「!?」


 間の抜けた呻き声と共に、魔獣の頭は地面に叩きつけられた。一体何が起こったのかと、ウィルは辺りを見回す。


 「危なっ、間一髪だったわ......」


 左手方向の、少し離れた場所。そこには、武器を手にして魔獣に攻撃を仕掛けた、ミサの姿があった。


 (......凄い、威力だ)


 ウィルは驚くと同時に、魔素を使った攻撃の恐ろしさを知る。


 彼女の武器は、鎖鎌。

 鎖鎌とは、農作物を刈る際に用いるような小型の鎌の刃の根元に長い鎖を通し、その鎖の先端に分銅を付けた武器である。なお、ミサの持つ鎖の長さは全長八メートル程で、分銅の重さは一キロ強。

 左手に鎌を持ち、鎖の長さ故、利き腕である右腕に鎖を何重にも巻き付けている。

 攻撃手段は豊富で、中距離及び遠距離にいる敵には遠心力を用いた分銅による攻撃。近距離の敵には鎌を用いた戦法が取れるのだ。


 彼女は先ほど、魔獣の頭に向かって分銅による攻撃を繰り出した。魔力を込めて強化された分銅に遠心力が乗り、当然その威力は鉄球の如く凄まじいものであった。また彼女自身は激しい動きをする必要がなく、手軽に鎖を振り回しているように見えるだろう。


 ーーしかし、彼女の呼吸は乱れていた。その原因は、鎖鎌自体の重量にある。

 リッキーが彼女に手渡した鎖鎌は、通常のそれに比べると鎖の長さ、分銅の重さ共々遥かに大きな値であり、自身の身体を大量の魔力で覆わなければ扱うことなど到底不可能に等しい代物であった。

 よって彼女が再び次の攻撃に移るには、大気中の魔素を体に取り入れるべく休憩を挟む必要があった。


 (............)


 リッキーはミサの下した一撃を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。自身が勧めた武器と彼女の魔素出力が、想定以上に適していたのだろう。


 だが暫くすると、魔獣は再び起き上がる。先ほどの一撃は魔獣に大きな傷を与えたが、惜しくも致命傷とまでは至らなかったようだ。


 ミサは大量の魔素を使用したため、その場から動くことができない。


 (......やっぱ、これは抵抗あるよなぁ)


 彼女は一人、考え込む。

 罪悪感と、少しの悔恨。湧き上がるそれらに包まれながら、彼女は呆然と立ち尽くしていた。


 「ミサ! 危ないっ!!」


 はっ、と我にかえる。

 魔獣はミサの存在が脅威である事を認識し、反動で動けない彼女を真っ先に潰しにかかろうと、勢いよく突進を仕掛けていた。




 「......ぁ............」




 ーー鈍い、衝撃音。


 彼女の身体はまるで玩具の人形のように、軽々と後方へ弾き飛ばされた。

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