15話 会合
「ただいま、戻ったでやんすー!」
ウィルとリッキーは、盗賊の面々が集合している大きなテントに入る。
「兄貴、遅かったずら! おいどん達、みんな心配してたずら」
体格の良い盗賊、ガーリックが低い声で出迎える。その様子を見ると、リッキーの人柄の良さがより一層伝わってくる気がした。
テントの中には八人の盗賊と、すっかり彼らと馴染んでいるニケ。天井に吊り下げられた幾つものランプが部屋中を照らし、暖色系の光が部屋の雰囲気を暖めている。
「よぉ、ウィル! 調査ご苦労だったねぇ!」
「......ご苦労だったねってお前、いつの間にこの人達と仲良くなったんだ?」
「いや、あまりに話が合うもんでつい」
ニケは浮かれた様子で、ウィルに向かって笑顔を見せる。休みたいと申し出たのは本人であったが、盗賊らと同じ空間に置くことはさすがに不安であった。しかし、どうやらそれは杞憂であったらしい。ウィルはほっと胸を撫で下ろすと、ミサがすたすたと歩いてくるのが見えた。
「おかえり。それにしても話が合う、ね。やっぱ男って単純だわ。キツい下ネタを言い合ってるだけであっという間に意気投合するんだから」
うんざりした様子で、嫌味をこぼすミサ。その顔は疲れ切っており、心なしかうつろな感じに見えた。
「............大変だったな」
杞憂であったと思った矢先にこれである。ウィルは己の想定力の甘さを再認識したのであった。
「みんな、集まってほしいっす! 報告会を始めるでやんすよ!」
リッキーはテント内にて寛ぐ全員を招集した。そして、皆がそれぞれ手がかりを報告し合うための会議が開かれる。
最初に口を開いたのは、黄色いモヒカンヘアーの盗賊だ。
「実はおれっち、アジトの出入り口でこんなの見つけたんすよ。ちょっと見てくだせぇ」
ある盗賊は右手を開き、見せびらかすように皆の目の前に向ける。
だが、彼の手の平の上に何らかの物体が置かれているようには見えない。
「何も無いように見えるっすけど......」
「いいや、よぉぉく見てくだせぇ!」
リッキーは呆れたような声を発するも、黄色いモヒカンヘアーの盗賊は語調を強めて主張した。
ウィルは、目を細めて注視する。すると明かりに照らされた盗賊の手の周りに、糸状の光がキラリと流れる。
「これは......髪の毛?」
ウィルは盗賊に問う。すると盗賊は左手の人差し指で彼を指し、大声を出す。
「そう! その通りよ! この長い金色の髪の毛は、間違いなくお頭が攫っていったかわい子ちゃんのものに決まってらぁぁ!」
盗賊は、興奮している様子だった。
「それ実はおまえの抜け毛なんじゃねぇの、ガハハ」
「な訳あるかよぉ! ああん!?」
ジャクソンと呼ばれていた髭面の盗賊が、茶々を入れた。
確かに間近で見ると、その色と長さからナズナのものであると言えなくもない。ただ、確実にそれと決め付けるのは早計であるとウィルは感じた。リッキーは頷き、再び会議を進めんと口を開く。
「なるほどっす。他には、何かあるでやんすか? 小さなことでもいいっすから、取り敢えず報告するでやんす」
「んだば、次はおいどんが報告するずら」
次に口を開いたのは、ガーリックだ。彼は少しばかり神妙な面持ちで口を開く。
「みんな、ついこの間襲った商人は覚えているずら? 立派な馬車引いて、高そうな服着てたずら」
「あぁ、確かあの時は珍しい酒を大量に奪ったでやんすね」
盗賊らは皆、うんうんと頷き始める。勿論ウィルたちはその出来事を知る筈もないため、この件に関しては聞き役に徹した。
「おいどんは倉庫を確認したずら。そしたらビックリ、いつの間にか大量の食糧と共に沢山あったはずの酒樽が消えていたずら!」
「そりゃまた珍妙な出来事が......今なんて言ったっすか?」
「え、だから大量の食糧と共に大量のお酒も消えていたずら」
リッキーは信じられないといった表情で、ガーリックを見つめる。
「今日の夕食は......もしかして無いっすか?」
部屋中が静まり返る。誰もが理解することを拒絶しようとしたその事実は、淀み始めた空気の重圧を跳ね上げる。
「......次、なんかある人は言ってくれっす」
進行が雑になった。
だが、確かにこれは由々しき事実である。食糧の損失。慣れない体内魔素の使用は体力をごっそりと奪うので、ナズナを捜索する以前に自分達が力尽きてしまう危険性がある。よって、どうにかしてこの問題を解決しなければならない。そこで、ニケが一つ提案をする。
「さっきの話だけどさぁ、森の中の魔獣を焼いたりして食えない?」
すると、リッキーが渋面を浮かべながら言葉を返す。
「残念ながらそれは無理っす。ここら辺の魔獣って、毒を含んでる可能性が高いんすよ。あっしらの中に腕利きの料理人がいれば話は別でやんすが」
ニケは、肩を落とす。この問題について彼なりに考えたのであろうが、現実は厳しくそれを突き離した。
「じゃあ......聞までもないと思うけど、盗賊団の食糧ってどうやって集めているんだ?」
ウィルがリッキーに対し、疑問を投げる。彼は快くそれを受け止め、答える。
「そりゃもちろん、強奪っす。この森から少し北へ進んだところに、ローグリン公国っていうここら一帯を支配下に置いている国があるっす。あっしらは普段、その国の商人から食糧や装備を必要な分だけ奪ってるんすよ。まぁ、酒は荷車ごと奪うことが多いっすけどね」
概ね予想通りであったものの、どこかぎこちない様子でウィルは頷いた。またそれを聞き、彼は重ねて問いかける。
「その、国......? からすると、リッキーたちはお尋ね者というわけか」
「......? そうっすね、指名手配みたいなことをされてるでやんす。だから、大人しく国で買い物しよう......なんてことは出来ないと思った方がいいっすね」
リッキーの余談によると、ローグリン公国には力を持った騎士......いわゆる職業軍人が少なく、騎士団の多くは領地から徴兵した者によって編成されているとのことである。ローグリンの背後には"オムニス王国"という、世界でも有数の大国がついており、大国に対して領地の支配権を一部譲る代わりに様々な援助を受けている。よってローグリン公国が他国と戦火を交えることは稀であり、騎士団の活動は国内の巡回程度に留まっているのであった。
「因みにローグリンがあっしらのアジトを襲ったという線は薄いっす。お頭の実力なら、一人であの国の騎士団を潰せるっすから」
他の盗賊は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。彼らの慕う頭領ーーシャヴィ・ギークという男は、常人離れした戦闘能力も踏まえて絶大な信頼を寄せられている。
ウィルは、彼のような人間が突然姿を消したことについて改めて疑問に思うのであった。
「話が逸れたっすね。誰がアジトを襲ったかは後回しにするっす。他に何か発見した奴、いるでやんすかー?」
その後も、各々が自分の発見した気付きを報告したものの、直接彼らへのヒントとなり得る手がかりは無かった。
歯切れの良いタイミングでリッキーが手を叩き、口を開く。
「みんな、色々な報告ありがとうっす。ひとまずまとめてみるっすよ。」
盗賊の隠れ家に起こった異変。その内容は、"頭領を含む多数の盗賊が一斉に消失した"というものだ。
食糧を溜め込んである筈の倉庫はもぬけの殻になっており、残された手がかりは出入り口に落ちていた髪の毛と、木の表面に付けられた不自然な傷のみ。近辺に位置するローグリン公国の騎士団が捕らえに来た可能性もあるが、彼らの多くは徴兵された一般人であり、盗賊の隠れ家を襲撃できるほどの練度はないという話だ。
「もしかして......魔獣?」
ウィルが呟く。すると、周りの盗賊からも肯定の声が上がった。
「まぁ、普通に考えるとそうなるっすね。このアジトは森の奥に位置してるっすから、森の深層部......いわば魔素のめちゃくちゃ濃いところから恐ろしい魔獣が襲ってきた可能性があるでやんす。しかし、今までにそんな事あったっすかねぇ......」
リッキーは深く考え込んだ。すると、今度はミサが意見を発する。
「さっき、珍しいお酒を大量に奪ったとか言ってたよね。それと魔獣って関係あったりするんじゃない?」
皆、驚いた顔でミサを見る。部屋は静まり返り、天井に吊り下げられたランプの灯が僅かに揺れる。
「え、なに? まさか本当に心当たりとかあるの?」
ミサは目を見開き、周囲の反応にあたふたし始める。
「なるほど。この世界には魔獣が好む独特な匂いを発する酒があると、以前お頭が話していたでやんすね」
「それでお頭でも苦戦するようなヤバい魔獣が倉庫を襲ったってか! ガハハ」
「ミサちゃんって可愛くて賢い女の子ずら。おいどんと結婚して欲しいずら!」
盗賊らは、ミサの意見にそれぞれ肯定的な反応を見せる。当の彼女は顔を引きつらせていたが。
「よし。じゃあ、明日からはこの線で捜索してみるっすか! 見たところアジトで争った痕跡も無さそうっすし、魔獣に眠らされて連れ去られたって可能性もあるにはあるっすから」
リッキーが高らかに声を上げた。そして、言葉を続ける。
「二つの班に分かれるっす。ローグリンに行って食糧を調達する班と、森の奥を探索する班でやんす」
「道を歩く商人から食糧を奪うのは駄目なのかよ、ガハハ」
「それをするには人数が明らかに足りないでやんすよ。護衛がいたらどうするっすか?」
当然、その考えには多くの疑問が浮かんだ。ウィルは彼に対して幾つか質問をぶつける。
「色々聞いていいか?」
「構わないっすよー」
「食糧を調達すると言ったが、その方法は? さっき国で買い物をするのはまずいって言ってたじゃないか」
「あくまで"あっしら"がウロつくのはまずいでやんす。ということは......」
リッキーは、意味深な視線をウィルに向ける。ウィルはその意味を察し、ため息をつく。
「安心するっすよ。森を歩くのは危険っすから、あっしも一緒について行ってあげるっす。あとはバレないように変装して行くでやんす!」
「......売り物だから、お金が必要なんじゃないか? まさか俺たちに盗ませるとか言わないよな」
「それは、その............考えてなかったっすね」
三人は目を細めて彼を見つめる。やはり彼はどこか抜けている、とその場に居る全員が思った。
「仕方ないでやんす。こうなったらヤケっすよ! あっしのポケットマネーを全額投入するっす! 盗賊団存続の危機っすからね! うん」
彼は潔く、そして何処か悲し気に言葉を発した。
因みにリッキーを除く残った八人の盗賊のうち五人はリッキー率いる偵察隊であり、気配を遮断する術に長けている。よって、八人は森の奥深くを慎重に捜索することにしたのであった。
「今日はみんなご苦労っす! 明日に備えてゆっくり休むっすよ!」
リッキーの号令と共に、皆は就寝の支度を始める。ミサは「ウチもここで寝るのかよ......」と心底嫌そうな顔をしていたが、この状況下では仕方あるまい。
ランプの明かりが消える。三人は目を閉じると、瞬く間に眠りの世界へと誘われていった。




