14話 捜索
森の中を歩き続け、二十分ほどが経過した。
彼らの隠れ家は、複雑な道筋を辿った先に位置していた。目的地に辿り着くまでの間、時に木々の間の隠し通路のような道を幾つも通り抜け、時に狭い洞窟の中を進み、時に流れが急な川を恐る恐る渡った。
盗賊らはこの森の歩き方を熟知しているのか、魔獣に遭遇することはなかったものの、兎も角やっとの思いでアジトに辿り着くことができたのだ。
「三人はここでじっとしてるでやんす」
リッキーはそう告げると、仲間と共に歩みを進める。多くの木々に囲まれた、円形に開いた空間。木陰による薄暗い空気が漂う中、一際目を引く青白い炎の篝火が至る所に設置されていた。
彼らの隠れ家は、幾つものテントによって構成されている。盗賊は、その中の最も大きなテントに向かった。
しかし、三人はここで奇妙な感覚におそわれる。
「......静かすぎじゃね?」
ニケが思わずそれを口にした。他二人も全く同じことを感じていたため、彼の言葉に相槌を打つ。そう、そこは盗賊の隠れ家と呼ばれるにしてはあまりに粛然としていたのだ。
暫くすると、中央の大きなテントから慌てふためいた男が飛び出してきた。
「た、た、大変なことになったでやんす! お頭も、ガトーさん達も、みんないなくなったでやんす!!」
リッキーが奇声を発しながら三人の元へと向かって走る。
「......ナズナもか?」
「あぁ、そういえばその娘も見当たらなかったっすね」
「ふざけるな、どういうことだよ!」
「あっしが一番知りたいでやんすよ!?」
盗賊の縄張りで起こった、不可解な出来事。帰還した盗賊が見たものは、もぬけの殻となってしまった隠れ家だった。
盗賊らはこの出来事に関する手がかりを見つけるべく、テントの中やその周辺を調べているところだ。ウィル達も彼らに協力し、敷地内を調査することになった。
ーーされど、その謎は頑なに尻尾を掴ませない。結局のところ調査に目立った進展はなく、捜索範囲を広げてゆく内にすっかり日が沈んでしまった。ニケ、ミサの二人は見るからに疲れ果てていたので、テント内で休むことにした。
「うーん、今日のところは切り上げるでやんす。ウィルとその仲間も、仕方ないからアジトに泊まらせてやるっすよ」
「......まだだ、もう少しだけ調べたい。ナズナは今も恐ろしい奴らに囲まれて怖い思いをしているかもしれないんだ」
「その台詞、盗賊本人を目の前にしてよく言えるっすね」
ウィルの言葉にリッキーは若干ショックを受けるものの、「もう少しだけっすよ」と彼の我儘な申し出を許可した。青年の意外な寛容さにウィルは一瞬驚くも、それを悟られまいとすぐさま手探りで調査を再開した。
ーー時が、一秒、また一秒と経過してゆく。今日という一日過ごす中、どれほどの知識を頭に叩き込んだだろうか。そしてどれほどの痛みを味わっただろう。
信じられないほどに、内容の濃い一日だった。環境の変化は彼が想像する以上に精神を擦り減らし、悲鳴を上げる身体は休息を欲している。
それでも、彼は諦めない。あの少女には、言いそびれたことが沢山ある。
彼女の言い分を無視して、無理矢理言うことを聞かせたことを謝りたい。
彼女一人に多くの魔法を使わせ、ひどく危険な目に遭わせてしまったことを謝りたい。
彼女に頼ることしかできない、自分の弱さと情けなさを謝りたい。
ーーそれから。
自分達を信じて共に戦ってくれたことへの、感謝の言葉を伝えたい。
ウィルは彼女が生きていることを願い、一心不乱に手がかりを探し続ける。
しかし、やはりというべきか。どれだけ時間をかけようにも、手がかりらしきものを発見することは叶わなかった。
ふと、背後でランプを持ちながらウィルと同じく手がかりを探しているリッキーに対し、背中越しに話しかける。
「......リッキーってさ、なんというか盗賊っぽくないよな」
突然のことに目を丸くするリッキー。不意打ちを食らった彼は笑みを浮かべながら、言葉を返す。
「もしかして、馬鹿にしてるっすかぁ?」
「いや、良い意味でだよ。今日知り合ったばかりの、弱っちい人間の我儘に付き合ってくれる盗賊が何処にいる?」
「ただのあっしの気まぐれかもしれないっすよ? 明日になれば、素っ裸にされてる可能性も......」
「それは有り得ない......気がする。何となくだけど」
「なんすか、それ」と軽く吹き出すリッキー。ウィルは少しだけ表情を緩めた。
「リッキーが兄貴って慕われるのもわかる気がするよ。だってほら、面倒見が良さそうだから」
「あぁー、そういえば昔、血の繋がりも無いのに自分のことを兄さん兄さんって慕ってきた奴がいたっすね......」
遠くの景色を見つめるように言葉を発する彼の声色からは、何故か深い哀愁が含まれているように感じ取れた。
「やっぱりか。一体どうして盗賊なんか始めたんだ?」
「そうっすね......このリッキーって男は元々旅する商人一家の一人息子だったっすよ。それがある日突然、森を歩いているところを家族共々盗賊団に襲われ......」
リッキーはまるで笑い話でもするかのように淡々と話し始めた。この人情味のある男が盗賊に道を踏み外した経緯。ウィルは真剣に耳を傾ける。
「......その盗賊団の筆頭こそ、かの偉大なお頭、シャヴィ・ギークでやんす! あっしはあのお方を一目見た瞬間、心を奪われたでやんす。あの圧倒的なカリスマを初めて感じた時の衝撃......とにかくヤバかったっす!」
興奮し、鼻息混じりに当時の様子を語るリッキー。ただ、ウィルにはどうしても解せない点があった。
「その......家族は?」
リッキーの鼻息が止まる。そして、ウィルの方をしっかりと向き、言葉を発する。
「説明が後になったっすね。家族は今も、どこかで生きてるっすよ?」
「え......」
予想だにしなかった答えに、彼は耳を疑った。そして、ついリッキーの方を振り向く。
「あの頃は若かったっすよ。あっしは、本当は冒険者に憧れてたっす。気ままに世界を旅して、時に人々を助ける、男子なら誰もが一度は夢見る職業っすよ。でも、あっしは商人の息子。商人の息子は商人にならなきゃいけないんすよ、普通は」
盗賊の青年は数秒間深呼吸をした後、皮肉めいた微笑と共に、話を続ける。
「あっしの将来は、生まれた時から決まってたでやんす。それに気付いたとき、自由な冒険者を目指していた自分が滑稽に思えたっすよ。なんせ生まれた時から選択の自由なんて無かったもんすから」
「まぁ、ありがちな話っすね」と、彼は笑った。ウィルはそんな彼を見て、口を開く。
「だから自由を求めて盗賊に......」
「ま、今にして思えば若気の至りみたいなものっす! 理由なら他にもあるんすけどね。実はシャヴィのお頭、人を襲えど決して殺しは行わない主義なんすよ。その一面を知った時に生まれた憧れがあっしの背中を強く押し、こっそりと親元を離れたってわけっすよ」
「......言い方悪いけど、勝手な奴だな」
「あっしも今更ながらそう思うっす。今も寂しい生活を送っているであろう両親の元に、今すぐでも戻りたいなって......思ってしまう時もあるっすよ」
彼はは目を瞑り、とても落ち着いた様子で唇を動かす。
「でも、あっしはこの生活が気に入ってるでやんす。皆とバカやって、お頭にしごかれて......」
照れ隠しをするかのように右手で軽く頭を掻く彼は笑顔を作り、白い歯を見せた。彼が盗賊になった成り行きと心情。それを知ることができ、ウィルは感心せずとも納得することが出来た。ただ、彼の話ぶりがどこか他人事のように感じられたことに関しては、言わず語らず胸の奥に仕舞い込んだ。
「はは、喋り過ぎたっすね! ウィルの方はどうでやんすか? あっしからすればただでさえ謎多き存在っすからね。過去とか興味あるっす」
「ああ......実は俺、子供の頃の記憶が殆どなくて。唯一わかるのは、俺は生まれた時から......ん?」
彼の目に何かが映る。彼は話の途中にも関わらず意識をそれに向けた。
ざらざらとした木の表皮。そこには、恐らく自然に成り立ったものではないであろう、何かに裂かれたような跡があった。
「リッキー、これは......?」
この森についての知識が乏しい彼はリッキーを呼ぶ。すると、リッキーは「ふむ......」と考え込んだ末、口を開く。
「随分と浅い切り口っすね。誰かが木を切り裂いたか、あるいは魔獣の仕業か。ひとまず、この辺でアジトに戻りやせんか? 夜の森は危険っすから」
ウィルは「そうだね」と頷き、リッキーと共に暗がりの中を歩いて隠れ家へと向かった。




