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蜃気楼の岬から  作者: ピンギーノ
一・二章 緋色の盗賊(上)
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11話 覚悟

 森蛇。


 森へ出向く者ならば、その魔獣への対策は不可欠である。


 森に生息する彼らは、魔素の"そこそこ"濃い場所を縄張りとする。魔素が極端に濃い場所には上位の危険な魔獣が潜んでいるため近寄らず、魔素の薄い場所には彼らと同じ種は生まれ難い為だ。

 彼らの主食は、主に魔素が薄い場所に生息する魔獣だ。ところが、長きに渡る生存競争によるものだろうか。魔素の薄い場所に生息する下級の魔獣は、擬態や地中への活動範囲拡大など、生き残るための手段を必死に模索する。その為近年では成体まで至る森蛇の個体数は徐々に減少しており、彼らは今、世界各地の森で種の存続の危機に直面しているのだった。


 そこで彼らは、とある手段を考案する。


 ーー外からの来訪者、即ち人間を利用することだ。


 魔獣にとって、基本的に人間は栄養価の高い食料だ。特に、オドの少ない下級の魔獣にとっては絶大なエネルギーを摂取できる馳走である。

 よって下級の魔獣は特に人間を好んで襲う傾向があるのだ。森蛇は、それを利用する。


 森蛇が人々に警戒される所以の一つに、"周囲の風景への形状同化"というものがある。これは森蛇という種が進化の過程で生み出した、魔素を使用した能力である。この能力により、彼らは自身の身体を風景と同化、もしくは変質させることができる。使用可能域は森林のみと限られてはいるが、遮蔽物が多く、入り組んだ構造の森の中では非常に強力な効果を発揮する。


 彼らはこの能力を使い人間を惑わせ、それを餌に下級の魔獣をおびき寄せる。そして下級の魔獣が人間を襲おうと油断した隙に、森蛇は喰らいつくのだ。

 また、人間を誘導した先は彼らの巣であることが多い。巣に迷い込んだ人間は、そのまま森蛇の幼体の餌となる。


 ウィル達の状況はまさにそれであった。巨大な森蛇と、無数に湧いて出るその幼体。逃げることなど叶う筈もなく、ただその時を待つことしか出来ずにいた。


 「いや、こんな死に方したくない......」


 ミサが目尻に涙を浮かべながら、か細い声で呟く。


 (このままでは本当に皆死んでしまう......何か、何か策はないのか......!?)


 ウィルはひたすらに頭を回転させる。全ては今のこの絶望的な状況を打開し、今日という日を無事に生き残るため。そして、元の世界に帰還するために。彼の目には無数の森蛇の幼体、草花と土、そして高くそびえ立つ木々......


 (木、森林......まてよ? いや、さすがにぶっ飛んでるか)


 ウィルはとある可能性を閃く。あまりにも望みの薄い策であるため即座に振り払おうとしたものの、彼らには迷っている余地など存在しないのも事実。彼は無理を承知で、四人の中で唯一の魔法の使い手に声をかける。


 「ナズナ、ダメ元で聞くけど、部分的に時間の流れを操れたり、空気中の成分を操れたりする?」


 ナズナは彼の話を聞くと、気の抜けた表情で返答する。


 「私を誰だと思ってるんですか。そんな滅茶苦茶なこと、あと十年修行したってできる気がしないですよぉ。私に出来るのは、せいぜい火の玉を飛ばすとかそよ風を吹かせるとか、あとは水とかを出して凍らせるくらいです!」


 話が長引くにつれ、投げやりな口調になるナズナ。ウィルは、自分の考案した策の実現は非常に難解であることを知る。


 (森の地中は菌や死骸の塊のようなものだ。その屍臭をどうにか利用することが出来ればと思ったが......)


 目論見の甘さは、徐々に彼の冷静さを奪う。そもそも彼女の魔法が、一体どのくらいの規模でどのような現象を起こすことができるのかを全く知らずに策を立てるなど、無謀の極みであった。

 心臓の鼓動が高鳴る。大量に湧いた幼体は、続々と地面に身体を下ろし始める。


 「な、なあ。あの時みたいに土煙を使って撒けないのかよ」


 突然、ニケがぽつりと呟く。


 「いや......確か蛇は熱を感知する器官があって、隠れている獲物をいとも簡単に発見できるんだ。この世界の蛇がそれに当て嵌まるかは定かじゃないけど......」


 「い、いつそんなこと学んだんだよ。ひょっとして......走馬灯でも見てるんじゃねーか?」


 ニケがウィルに向かって冗談交じりに突っ込む。決してふざけているのではない。軽口でも叩かないと、恐怖で心が押し潰されてしまうのだ。


 「......知ってるだろ? 向こうじゃ、本を読むくらいしかやる事がなかったんだ」


 「はは、おまえ友達少ねぇもんな!」


 「......ぐうの音も出ないな」


 ニケとの言葉のやり取りに苦笑しつつも、ウィルの心は落ち着きの色を取り戻してゆく。


 ふと、頭の片隅に何かが引っかかるのを感じた。

 それに気付いた途端、彼の脳内は急速に回転し始める。


 (ナズナは言った。自分に扱えるのは火の玉を飛ばすこと、風を起こすこと、そして水を凍らせること)


 ウィルは深く思考する。死の恐怖に直面した状況にあり、脳の回転速度は異常なまでに加速していた。


 (この三つに共通点があるとすれば、彼女が魔法で何が出来るのかを導き出せるはずだ。......考えろ、考えろっ!)




 ーー深い、海の中に落とされたような感覚。そこに光はなく、見渡す限りの暗闇が辺り一帯を覆い尽くす。下へ、下へと向かう流れに逆うことは叶わず、凍えるような体と共に身を任せるのみ。

 だが、遥か上空に存在する太陽の輝き、熱気は未だ焼き付いている。その感覚は徐々に冷え固まった体に灯をともし、流れに逆らうための動力と化した。




 「......温度?」


 口から、そんな言葉が漏れる。


 (そうか、やっと少し理解できた。ひょっとして、彼女は魔素という物質の温度を操作するような魔法を得手とするのでは......!?)


 魔素を、術式などによって可燃性を持つ物質へと変質させることが出来ると仮定。火の玉を起こせるのは温度を急激に操作し、熱の蓄積による発火で光や熱のエネルギーへと変化させているから。


 風を起こす......と言っていたが、実際は魔素の温度変化によって生じる空気の流れを操作し、それを術式で強化しているだけかもしれない。


 水を凍らせることができるのは、魔素の塊を大気中に出現させ、その温度を徐々に下げていくからではないだろうか。


 それぞれの魔法に共通の術式があるならば、それを応用することによって、以上のことが可能になるかもしれないのである。


 ーーまさしく、暴論。魔素や術式に対するあまりに都合の良い解釈。こんな馬鹿げたことが有り得るのかと、ウィルは自らの仮説を滑稽に思う。

 だが、彼に残された選択肢は二つ。諦めて死ぬか、諦めずに足掻くか。


 「ナズナ、ちょっと話が」


 彼はナズナに声をかける。

 ナズナは黙して視線を彼の目にやり、次に発せられる言葉を待った。


 「これから、俺の言う通りにしてほしい。あと、この話は二人も聞いてくれ」


 ニケ、ミサも彼の真剣な眼差しを見つめ返す。







 「......改めて言っておきますが、できませんよ。きっと失敗します」


 「わかってる。でも、どうせなら最後まで足掻いた方がいい」


 ナズナを除く三人は、彼女の周りを囲うように位置する。幼体の群れは、三人から十メートル近くの距離まで接近している。


 「みんな、合図を出したら一斉にやるぞ」


 三人は、全身の神経を集中させ、体内の魔素の流れに意識を傾ける。

 ナズナは彼らの覚悟を感じ取り、決して諦めることなく術式を組み立てる。


 「......いけます」


 ナズナがウィルに告げた。彼は無言で頷く。


 「ナズナは魔法陣を。俺たち三人は魔素放出の準備..................今だ、放てっ!」


 ナズナを主軸とし、そこから三方向へ霧状に放たれる魔素の塊。それと同時に彼女は地面に手をかざし、大きな魔法陣を出現させた。

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