折れたパンジー
「わーい、雪だ!」
窓の外を見て、優花は声をあげました。
「優花、いつまで寝てるの? もう十時よ。いいかげんおりてきて、朝ごはん食べなさい」
「はーい」
ママの声にこたえると、優花はスリッパをはいて、パタパタと一階におりていきました。
「もう、せっかく作ったのに、ホットケーキさめちゃったじゃない」
ママははちみつをたらす優花に、温かいミルクを手わたしました。
「あっ」
「どうしたの?」
「ママ、学校の花だん、どうなってるかな」
優花は一年生のときからずっと園芸委員で、五年生になった今年も、まっ先に手をあげたのでした。もう一人の委員である達也くんと、毎朝花だんに水をやるのが、日課になっていたのです。
「雪がつもったら、お花もかれちゃうよね?」
「どうかしら。大丈夫とは思うけど、でもこんなに雪がつもるなんて、めったにないわね」
庭先につもった雪を見ながら、ママはヒーターの温度をあげました。
「わたし、やっぱり様子見てくる。学校まで十分もかからないもん」
「えっ? ふぶきそうだし、やめときなさい」
しかし、優花は口をはふはふしながら、ホットケーキを急いで食べ終えました。そして、フードつきのコートにそでを通します。ママは優花にホッカイロをわたしました。
「早く帰ってくるのよ」
「うん、ありがとうママ」
優花はかけ足で外に出ていきました。
「うー、寒い。ほんとにふぶきになりそう」
冬休みなのに、通りには人がほとんどいませんでした。優花はだんだんと早足になっていきました。
「パンジー、雪にうもれてたらやだな」
来年の春にはさくだろうと、学校の先生がいっていたのを優花は思い出しました。
「黄色に、白に、紫色。楽しみだなあ。早くさいてほしいなあ」
花だんいっぱいのパンジーを想像しながら、優花はギュッギュと歩いていきました。
冬休みでしたが、クラブ活動の練習のために、学校の正門は開いていました。優花は中から出てきた男の子とはちあわせになりました。
「あっ、優花」
いきなり声をかけられたので、優花はびくっと顔をあげました。
「あっ、なんだ、たっくんか」
ほおを赤くはらした達也が、優花をじっと見ていました。ジャンバーのポケットに手をつっこんで、寒そうに首をすぼめていました。
「どうしたの、その顔? けがしてるの? ズボンも、泥だらけじゃない」
達也は答えるかわりに、ぶっきらぼうにいいました。
「優花、どうしたんだ。今日はふぶきになるっていってたぞ」
「ちょっと花だんが気になって、様子を見に行くのよ」
「花だんには行くな。早く帰れ」
びゅうっと冷たい風が、優花の顔にふきつけました。優花は顔をしかめました。
「どうして、心配じゃないの?」
「だめだ、行くな」
達也は優花の手を、がしっとつかみました。
「いたっ」
優花が悲鳴をあげましたが、達也は手を離してくれません。
「どうしてそんなこというの? 一緒にパンジー植えたのに。どうして」
歯がカチカチと鳴りはじめます。優花は達也の手をふりほどいて、走り出しました。
「あっ、待て、優花」
よろめきながら、達也は優花を追いかけます。ですが、優花はふりむきませんでした。雪をふみしめるギュッギュッという音と、風のビュルルッという音しかしません。優花はグラウンドのとなりにある、花だんへ向かいました。
「えーっ! なに、これ、どうして」
花だんに植えてあったパンジーが、全部ぐしゃぐしゃに押しつぶされていたのです。てぶくろをぬぎすてて、優花はパンジーをもとに戻そうとしました。
「これも、こっちも、全部、全部折れてる」
「だから行くなっていったんだ。こんなになった花だんを、優花に見せたくなかったんだ」
優花は立ちあがりました。雪で冷たくなった手を、ぎゅっとにぎりしめました。
「いったい誰がこんなことを」
達也は優花から目をそらし、話しはじめました。
「サッカークラブが雪で休みになって、みんなで雪合戦することになったんだ。でも……」
「そらっ、くらえ!」
「うわっ、やったな!」
雪玉を投げあいながら、サッカークラブのみんなは歓声をあげます。達也は花だんの近くで、雪玉を丸めていました。
「おい見ろよ、ここまだ雪がたっぷりあるぜ」
六年生の一人が、雪でおおわれた花だんを指さしました。
「ちょっと、そこは花だんですよ。入らないでください」
「なんだと、お前、五年生のくせに六年生に注意するのか」
六年生たちに押さえつけられ、達也は思いっきり花だんの上に投げ飛ばされたのです。
「ぐっ!」
「花がぐちゃぐちゃ。お前のせいだぞ」
笑いながら、六年生たちは走っていってしまいました。達也だけが、雪と泥にまみれて、花だんにとりのこされてしまったのです。
「そんなことがあったなんて」
優花はそれ以上なにもいえませんでした。
「ごめんな、優花。あんなに一生懸命世話してたのに、おれ、守れなかった」
優花は首をふりました。
「ううん、そんなことない。たっくんは守ろうとしてくれたんだもん。でも、どうしてわたしが花だんに行くのをとめたの?」
「優花に見せたくなかったんだ。雪がふってるから、そのうち全部雪でかくれるんじゃないかと思って」
そういいながら、達也はうめき声をあげ、わき腹を押さえました。顔をゆがめています。
「大丈夫? やっぱりけがしてるんじゃ?」
「ごめん、優花」
「もういいの」
優花は目をこすりました。
「優花、泣いてるの?」
「泣いてない。雪だもん。顔に雪がついたの」
達也は優花の顔を見て、笑ってしまいました。
「そうか、雪のせいか。おれも雪がかくしてくれるって思ったんだけど、折れたのはもとには戻らないよな」
達也は花だんの前にすわりこんで、パンジーから雪を手ではらっていきました。
「あ」
達也が自分の足元を指さしました。
「このパンジー、折れてない」
優花も驚き、さけびました。
「あっ、ここのも折れてない。雪で見えなかったけど、無事だったんだわ」
達也は優花と顔を見あわせました。
雪は変わらずふりつもっていきました。