イクシラの推察
先輩はドーナツの穴だ。
周りからは勇者さまーとか、英雄だーとか言われるし、中には『本当は誰より優しくて繊細』なんて言っちゃう人や、酷いと『国士』だなんて言い出す人までいる。
その人達は先輩のことをぜーんぜん分かってない。
先輩はドーナツの穴だ。
僕達が生地だ。
◆◇◆
『よくお聞き、イクシラ。
あたしらの力はね、神様が授けて下さったんだ。
だから神様に恥ずかしくない使い方をしなくちゃならないよ』
おばあちゃんは三回この言葉を繰り返した。
一回目は僕の十歳の誕生日に。
二回目は僕が綺麗な石を取ろうとして崖を崩しちゃった時に。
三回目はおばあちゃんが亡くなった晩に。
僕には流れが見えた。
お母さんにも、おばあちゃんにも、ひいおばあちゃんにも、ひいひいひいひいひいおばあちゃんにも見えた。
どんな生き物もみんな自分の流れを持っていて、世界は大きな大きな河のように見える。
人間の流れは猫や魚よりも大きく、王様や有名な冒険者さんの流れはもっともっとずっと大きい。
河に目を凝らすと一つ一つの流れがその先でどんな風にぶつかって、合わさって、分かれて、そして消えていくかが分かった。
それを見て僕の家は古い古い昔から、ずぅっと占い師をやっていたんだ。
流れは変えることも出来る。やろうと思えば小さな流れの向きをほんの少し傾けただけで、大きな河全体をもっと明るい方角へ向けることだってできる。
だから僕は家の外へ出ることにした。
『探すんだよ、イクシラ。
お前が傍にいるのに一番ぴったりな、大きくて強い、みんなを明るい方へ引っ張っていく正しい流れをね』
僕はおばあちゃんが大好きだったから。
◆◇◆
たくさんの人に会う仕事をしようって考えてさ、商人さんか冒険者さんになろうと思った。
そこでもう少し考えて、数を数えるのが苦手なのを思い出したから商人さんはやめたんだ。
でも冒険者さんのギルドっていうところに来て僕はびっくりしたよ。たくさんの流れが集まるのに、その殆どがその先で次々に消えちゃうんだ!
だから冒険に出かけるたびに僕は流れを変えようと必至になるんだけど、そのたびに仲間から嫌われちゃった。僕は皆を助けたいだけだったんだけど。
『気を付けな、イクシラ。
あたしらの力で流れを変えるというのはね、自然な流れを大なり小なり歪めるということなんだ。
だから必ずどこかで反動が起こる。良くなるどころか、余計悪くなることだってある。
いいかい。流れを変えるときは、どこでどう反動が起こるかまで、必ず勘定に入れるんだよ』
僕はおばあちゃんみたいに上手くはできなかった。
皆の命を助けるのに精いっぱいで、依頼も大成功、財宝も手に入れて大満足、なんてのはとても無理だった。
そんな失敗ばっかりだったから、毎朝お仕事が貼ってある掲示板を見に行くときにはいつも一人ぼっちだったんだ。けど、僕はおばあちゃんの孫だからめげなかった。
暗く落ち込んじゃうと、それだけで流れは悪い方向へ行く。
明るく笑っちゃえれば、それだけで流れは良い方向へ行く。ちょっぴりだけね。
だから僕はしょげなかった。
しょげなかったんだけど……
「ちっ…しょっぺえ連中ばっかだなぁオイ。
適当な噛ませ犬がいなきゃタカシの認知度が上がらねえじゃねえか」
呟き声が後ろから聞こえたときはギョッとしたよ。
だって後ろには“何の流れも無かった”筈だったんだ。
思わず振り向いてもっとビックリした!
だってそこにはオバケがいたんだから!!
半開きのドアから差し込む白い朝日の中に真っ黒な人影がユラユラと浮かび上がってた。口の所だけがすうっと切り裂いたみたいに開いて、真っ赤な口の中で舌が蛇みたいにうねってた。
オバケが『ケヒャッ』って笑った瞬間、背中がゾワワッ!ってなって、僕は尻もちをついちゃった。恥ずかしいったらなかったよ。
「おうおうおう、揃いも揃ってしょぼくれた面しやがってよぉ!
おい、そこの…お前だ。『あ』とか『そうこ』とか『かんてい』とかクッソ雑なキャラネ付けられてそうなお前らだよ。ちょっ…こっち来い、集合だ集合!」
怒鳴り声が聞こえたと思った時、お化けはもう消えていて、代わりにそこに先輩が立っていた。怒鳴ったのは先輩だった。
先輩は上半身を振り回すみたいな大げさなジェスチャーで僕らを掻き集めた。それはともかくとして、ジロリと眺め回した後で「っカーッ」とわざとらしい溜息を吐かれたのには本気で腹が立った。
「今日から君達は俺のパリメンです。
リーダーと呼ばれると気持ちよくなれるのでそう呼んでくれ」
「ふざけんな!」「おぬし正気か?」「そもそも誰なんです貴方」「絶対ヤダ」
僕らは四者四様に拒否権を発動した。絶対ヤだった。
でも先輩は涼しい顔を嫌みなほど崩さなかった。ムカつく。
「もちタダとは言わねーよ。これ装備しとけ。貸してやっから」
先輩がギルドの中にごそごそと運び込んできたのは真新しいピカピカの剣や鎧だった。
僕らは当然びっくりした。ごく普通の数打ちの武具でも、一揃い用意するなんて駆け出しの冒険者には絶対無理だったから。
僕以外の三人はすぐに相談を始めて、しばらく先輩を臨時のリーダーにして様子見する事に決めたみたい。
でも僕はそれどころじゃなかった。とんでもないことに気付いちゃったから。
ちゃんとした装備を持ってるかどうかは生きて帰ってこれるかどうかに、もの凄ーくはっきり繋がってる。
冒険者になったばっかりの人でも「ああ、この人の流れは大丈夫だな」って分かるのは、絶対って言ってもいいくらい装備や道具をしっかり用意してる人だった。
だから、みんなの流れもいい方に行くのかな、と思って改めて流れを見たんだ。でも、どっちへも流れてなかった。
僕の流れも含めて、先輩の仲間になったみんなの流れはグルグル渦を巻いていたんだ。先輩を中心にして。
そして僕はもう逃げられないことだけは、その時はっきり分かった。
おばあちゃん! こんな人がいるなんて聞いてないよ!
◆◇◆
大きく強い流れを持っている人が他の小さな流れを飲み込むことはよくある。でも先輩のはそういうのじゃなかった。
先輩その人には何の流れも無くて(これがそもそも凄く変なんだけど)、代わりに他の人の流れをグルグル巻き込んでいく。渦そのものはどっちへ流れていこうって感じでも無くて、巻き込んだ流れが進もうとしていたところへ引っ張られて、その時々でフラフラしている。
コントロールするのは凄く大変なことで、少しでも明るい方へ動かそうとする僕は冒険から帰ってくる度にヘトヘトになる。
どっちへ流されていくかを想像するのが普通の流れの何倍も難しくて、しょっちゅう突拍子も無い動き方をするからヒヤヒヤする。特に自分でダメだと思った瞬間にいきなりヤケになるのは止めて欲しい。
コツを掴んだのはちょっとしたことがきっかけだった。
早起きしてギルドでみんなを待っていたある朝のこと、魔法使いのおじさん二人がテーブルの上のドーナツを挟んで熱心に話し合っていた。
議題はドーナツを穴だけ残して食べる方法について。
「おじさん。あったかいうちに食べないとカチカチになっちゃいますよ」
「現物があった方が話が弾むのさ、お嬢さん。
そして私はおじさんではなくお兄さんだ。いいね?」
「僕もまだ30歳だ。断じておじさんではない。
それはそれとしてお心遣いありがとう、お嬢さん。」
冒険から帰ってきた日の夕方もまだおじさん達は話し合っていた。冷めたドーナツは石みたいにカチカチになってた。だから言ったのに。
だけど漏れ聞こえたおじさん達の話でピンときた
先輩はドーナツの穴なんだ。それを形作ってる生地は僕達だ。なら、良い生地をたくさん練り込んじゃえばいい。
◆◇◆
今では先輩は押しも押されぬスケーナの勇者その人だ。
でも先輩のことを『良い人』だなんて言う人達は先輩のこと何にも分かってない。僕の苦労を分かってない。
勇者なんて呼ばれるようになったのは、先輩の渦に合流させたたくさんのいい流れと、先輩が患ってる奇妙な妄執病が変に噛み合って起きた、たまたまだ。
ちょっと流れが違えば先輩はきっと、トゲトゲの鎧を着て暴れ馬に乗って棍棒を振り回しながら「ヒャッハー!」って言ってたと思う。絶対そうだ。目に浮かぶ。
元から良い人なわけじゃ無い。むしろ心根はすごく悪い人だ。結果として良い人の形になってるだけで。
ドーナツの穴が良い人の形をしているだけで、その形を作っているのは僕達なんだ。
そう思ってた。でも、ドーナツの穴は僕の想像よりずっと深くて暗かった。
◆◇◆
思えば先輩は最初っから変だった。何もかも変な人だけど、もっと奥の奥が変だった。
「なあ。こいつらって悪いゴブリンなわけ?」
臨時リーダーとして初めての依頼を選んでいる時、いきなり飛び出た台詞にみんな目が点になった。
「勘弁してくれよ…アンタひょっとしてバカなのか?」
「良いゴブリンなんて居るわけないでしょう?」
「魔物は魔の者達だからこそ魔物と呼ぶのだぞ」
先輩が次に何を言い出すのか気になったから僕は黙ってた。
実際に先輩はじーっと掲示板を眺めながら呟き始めたんだけど…
「確かに……人前に出てこない魔物だけが善い魔物だ、という考え方はある。
が、同時に一方で…善良な魔物と悪い魔物の区別も付かないなら冒険者なんて止めてしまえ!…と言う考え方もある。
ここがどっちに設定されてるかは分からんが……問題は誰も判断を保証されてないってことだ。一人の例外を除いてな」
何が何だかさっぱりだった。
でも仲間の一人はカチンと来たらしく先輩に詰め寄った。
「じゃあ何ですか? 居るかも分からない善良な魔物とやらのために慈悲をかけろと?
そのために我々や依頼人や無辜の人々に危険を冒せと? ふざけてるんですか」
「俺はずっと真面目な話しかしていない。
善良な魔物が世界にたった一人だったとして、そのたった一人が命運を左右することもある。
実際、珠世さん抜きで無惨を倒すのは不可能だったしな」
みんなは先輩が喋っていることを全然納得も理解もできなかったみたいだけど、先輩が『要は安全な仕事を選ぼうって言ってるだけだ』って最後に付け加えると、さっぱりだけどそれならまあいいか、みたいな顔をしていた。多分僕も。
それで初めはみんな先輩のことを博愛主義者か何かだと思っていたけど、全然そんなことはなかった。
いざ『安全な仕事』と決めた後はゴブリンでもコボルトでも気分良くサクサク殺してた。
それどころか剣を魔物のおなかに押し込みながら、
『殺ります!相手がゴブリンなら人間じゃないんだ。僕だって…!』とか。
『こいつは死んでいいコボルトだから』とか。
ブツブツ呟いてニヤニヤ笑ってた。本当に気持ち悪い。
でもそれすらも全然ドーナツのふちの部分だったんだ。
◆◇◆
騎士団に入ってからちょっとして、先輩は人攫いの組織と繋がりのある奴隷商を摘発した功績で副長に昇進した。お祝いの席でみんな潰れちゃった後、僕が泥酔した先輩をベッドまで運んであげた時のことだ。
先輩は絶対に絡み酒はしないけど、酷い泣き上戸でベソベソとえずきながら意味不明な独り言をずーっと呟く。ちなみに自覚は無いみたい。殆どが訳の分からない話なんだけど、その晩の言葉は強く印象に残ってる。
「本当はよぅ…何が正しくて間違ってるかなんて、誰にもわかりっこねえんだよぉ…
世界も真実も、善いも悪いも……もっとでけーんだよ、ちくしょう……
だから考え続けんのに意味があるんだっつーの…
でも…ぐすっ……でもよぉ……
ゲームのマニュアルとか…TRPGのルルブみてーに正しいことが全部決まってんなら…
どんだけ分厚くって、もっともらしくたって…設定で正解が全部決まってんなら……
考え続けることに……いっ…意味なんて…無いんだとしたら……
もう…勝ち馬に乗ってふざけてるしか、ねーじゃんかよ……
他に出来ることなんて、なぁんにもねーじゃんかよぉ……」
そこから先はろれつも回らなくなって先輩は眠ってしまった。いつも通り朝には全部すっかり忘れてた。
でも僕は覚えてる。一語一句全部はっきり覚えてる。
あの泣き言は、あれだけは、何もかも借り物で空っぽの先輩の、ただ一つの本当だった。
僕は在るはずのないドーナツの穴の底を覗き込んでしまったんだ。
◆◇◆
先輩はドーナツの穴だ。
勇者だの、魔人だの、優しいだの、立派だの、賢いだの、強いだの。誰も彼も、なんにも分かっちゃいない。
あの絶望を。
深い深い、真っ暗で寒いドーナツの穴の底を、誰一人知らない。
僕は知ってる。僕には分かる。
きっと先輩は見てしまった人だ。
僕も見てしまった。
おばあちゃんが、世界で一番大好きなおばあちゃんが、恐ろしい病気にかかって『殺してくれ』と叫ぶほど苦しんで死んでしまう流れを。それがどうやっても避けられないことを。それが初めから決められていたことを。
知ってしまった。見てしまった。
見たくなかった。知りたくなかったのに。
……先輩。
僕もあの絶望を忘れられません。
だけどおばあちゃんは最期に言ってくれたんです。
『神様に恥ずかしくない使い方をしなくちゃならないよ』って。
僕は考えて考えて、最近分かりました。
神様っていうのは世界を作った誰かでも、運命なんて呼ばれる川の流れのような何かのことでもありません。
神様っていうのはね、自分なんです。誰の心の中にもいる、たった一人の神様です。
だから例え、世界の真実も、善悪も、大切な人の生死も、ペラペラの紙に書かれたように決まっていて。
その決まりを知ってしまっても。変えようも無かったとしても。その努力自体が無駄だと決められてしまっても。
僕らは立ち上がらなきゃいけないんです。立ち向かわなきゃいけないんです。
それが、ふて腐れていじけるより、ずっと恥ずかしくないことだからです。
分かってますよ先輩。
先輩はぜーんぜん良い人なんかじゃないです。
何度も僕を助けてくれたのも、絶対に見捨てずに皆から庇ってくれたのも、全部自分の命が惜しいからですよね?
分かってますからね。僕はその辺の女みたいにチョロくないので勘違いしないで下さいね。
勘違いしないで下さいね。僕はそういうのじゃないので。
とにかくです。そんな自分のことしか考えてない先輩でももう、この国全部に広がる渦の中心なんです。
先輩が望んでなくったって、もうそうなっちゃったんです。半分は自業自得ですからね。もう半分は……その半分の半分くらいは僕のせいかも知れませんから、最後まで付き合ってあげますけど。
だから。
だから!!
こんなことで! こんなところで!!
ヤケになってる場合じゃないんですよ、先輩!!!
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【イクシラのユニークスキルが発動しました】
【スキル】【俯瞰する因果追放者】
【イクシラが投じた一石は波紋を生み、濁流へと成長する】
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◆◇◆◇◆
ってぇ!!
突然後頭部に走った鋭い痛みに頭を抱え、反射的に全身を丸める。
偶然その姿勢が街の城壁を転がる受け身の姿勢となったらしく、俺はボールのように跳ね転がりながら意図せず着地に成功してしまった。
誰だ!こんな時に石投げやがったバカは!!
おかげで異世界人生九死に一生スペシャルがまたワンシーン増えたじゃねえか!!
おまけに死に損なってしまった。潰れたトマトになって読者にトラウマを残すはずが。クソッ。
しかしまだ見せ場は残っている。
遙か遠方で3匹の竜が俺に向かってクソでか火球をチャージしている。アルティメットバーストですね。分かります。
取りあえず街への被害が気持ち減らねえかなと、一歩でも前に出る。走る。
10メートルも走らない内に発射されてしまった。
直撃する前に蒸発しそうな熱量の塊が正確無比に俺目掛けて飛んでくる。
うおおおお掛かってこいや、クソがぁぁああああ!!
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【レイ・九曜・クジャーのユニークスキルが発動しました】
【スキル】【すり替るほど熱烈な愛】
【魔竜の咆哮が轟き渡る空の下、公爵令嬢のレイは世界中の誰より強く彼の無事を祈った】
【第三皇子のアルヴィンとその恋人フィオナは街のため勇者の勝利を祈った】
【東部辺境の田舎町の町長オッサは町の救い主のために祈った】【力自慢の木こりアレックスは】【噂好きの羊飼いゴーシプは】【働き者の機織り娘リュウラは】【正直者の農夫ハームは】【律儀な酒場の主バックスは】【夢見がちな粉屋の娘フアナは】
【スケーナの勇者のために祈った】
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巨大な火球で視界が覆われ、目の前が真っ白になる。
衝撃波で耳をやられたのか何の音もしない。痛みも無い。
感じる間も無く死んだか、と思ったがいつまで経っても意識は消えない。お迎えが来るわけでも無い。
はて?
惰性に任せて脚を前に動かしていたが、いきなり靄が晴れた。
目の前には変わらず魔物の軍勢。3匹の竜は口を開けたまま間抜けな顔でこっちを見ていた。
ハァッ!?
魔王軍は傍目で分かるぐらい動揺していた。竜なんかそのまま顎がすとーんと外れそうだ。
だが俺の混乱はそれ以上だった。
何で死んでねーんだ畜生ッ!
相対する魔王軍も同じことを思っただろう。
魔竜の手加減無しの火球三連打は確かに俺に直撃し、大地を蒸発させてガラス化させるほどの熱量を撒き散らしている。
ところが俺は焦げ跡一つ無い無傷で前へ突き進み、炎の余波も俺の後ろへは一切及んでいなかった。
まるで俺が不思議な力で街を守ったかのように。
地響きのような歓声が街から轟き渡り、俺の背中を押した。
とても引っ込みが付かなくなった俺はそのまま馬鹿みたいに脚を動かす。
魔王軍が隊列を少々乱しつつも迎撃の構えを取っているのが分かっていても足を止められない。
うおおおお!!
何が起こってるんだ馬鹿野郎ォーッ!
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆☆★☆★☆
【ガイン・ガジのユニークスキルが発動しました】
【スキル】【紙一重の端で踊る魔物】
【魔竜の軍勢が濁流の如く堰を切らんとしたその瞬間、ゴブリンのガインは計画を実行に移した】
【ガインの第一夫人にして見捨てられし聖女エレナは禁呪崇拝教団を動かした】
【ガインの愛猫ヤマトは彼女の膝でニャンと鳴いた】
【盗賊ギルド元締め灰色頭巾のグリーフは】【組織から解放された黒き霞のハイルと早鐘のラーキスは】【同じくかつて組織から抜け出した闇泳ぎのガルドと月見張りエスプは】
【スケーナの魔人のため暗躍する刺客となった】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆☆★☆★☆
魔王軍の砲撃部隊からありとあらゆる魔術の炎や雷が飛んでくる。
だが明らかにそれらはタイミングを逸しており、狙いも外れていた。
見当違いの方角へ飛んでいく砲火の雨霰の中、俺はひたすらがむしゃらに突撃した。
恐怖と興奮と緊張でもう頭は真っ白だ。何も考える余裕など無い。
遂に砲火が途切れたその時まで、俺に傷は一切付いていなかった。そんな馬鹿な。
と思っていたら完全に砲撃のタイミングが遅れてきた一発の巨大炸裂弾が俺の真後ろに着弾した。
ぎゃあああああ!!!
爆風の衝撃によってまたもやボールのように吹っ飛んだ俺は宙をくるくると舞いながら魔王軍のただ中へ猛スピードで突っ込んでいく。
恐怖の余り涙と鼻水と涎でべちょべちょになった顔でどうにか地上を視界に収めれば、高く弧を描いて落下してくる俺を魔王軍の精鋭が迎え撃つ構えだ。
間を置いて冷静さを取り戻した魔王軍は弓はもちろんカタパルトまで持ち出して正確に俺を狙っている。
そしてもちろん中心には3体の竜が手ぐすね引いて待ち構えてやがる。
殺すならいっそさっさと殺せーッ!!
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆☆★☆★☆
【灘崇のユニークスキルが発動しました】
【スキル】【群像に埋もれる玉の礎】
【竜の爪と顎とが襲い来る刹那、崇が創造せし宝剣は真の力を発揮した】
【崇の妻にして竈を守護する女神ウェスティアは炎の権能を持って剣と振るい手に祝福を与えた】
【勇敢なるA級冒険者であり、かつてはイクシラとパーティーを共にした重戦士アキ、僧侶ガレッジ、魔術師カーンティーは】【誇り高きスケーナ騎士団長パラドは】【努力家の熱血騎士団員のファイは】【昼行灯の騎士団員サブルは】【英雄を目指す新入り団員ルークは】【抜け目のない会計のマニは】【純潔なる魔術師ギルド員のツェーリとワイズは】
【スケーナの英雄のために走った】
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆☆★☆★☆
目の前で花火のような閃光がチカチカと幾つも散って消えた。
街からの砲撃や援護魔術が魔王軍から俺への攻撃を全て打ち落としたのだ。
どんな神業だ。街からここまでどれだけ距離があると思ってんだ。
等と冷静に突っ込む余裕は最早無かった。
牙だらけの竜の口が俺を飲み込む寸前だったからだ。
俺は僅かに残った生存本能に突き動かされるまま、空中で剣を竜達に向かって振っていた。届くはずの無い破れかぶれの空振りだ。
空振りの筈だった。
空を断ち裂いた剣の切っ先から網膜を焼くような閃光が迸り、轟く爆音が跡を追いかける。
何が起こったかも分からないままブンブンと剣を振り回しながら落下した俺は偶然魔王軍の天幕の上にボフッと落っこちて着地に成功してしまった。
何が……何が起こってんの……
立ちこめる土煙の中、よろよろと立ち上がる俺はせめて結果だけでも見ようと天を仰ぐ。
虚ろな俺の目に映ったのは、青空の下で首を失った3匹の竜が墜ち行く正にその瞬間だった。
呆然とする俺の前で三つの墜落音が地響きとなって木霊する。
俺の周りはゴブリンやコボルトなどの魔物でいっぱいだったが誰一人俺に向かってくる奴はいなかった。
それどころかおぞましいモノを前にしたような恐怖が浮かぶばかりでジリジリと後ずさっていく。
そしてとうとう臨界を越えてワッと雪崩を打って魔王軍は潰走した。
後には間抜け面を晒した俺が独りぼっちで荒野に立ち尽くすばかりだった。
なん……なんなん……コレ……
次の瞬間、津波のような大歓声が再び街から聞こえてきた。
ここからでも分かるほど、城壁に上がった人々が口々に俺を称えている。
誰もが俺の勝利を疑っていない。
飛び跳ねて笑うイクシラが見える。
美人の奥さんと一緒に手を振る崇が見える。
影から目配せするガインが見える。
胸元でぎゅっと手を握りしめて涙ぐむレイさんが見える。
そんな光景を見つめている内に、こんな俺にも……真面目だけが取り柄の小市民の俺にもこみ上げてくるものがあった。
こ…
こ…
こけにしやがって
誰だ!?
一体どいつなんだ、俺をこんな目に遭わせてるクソ野郎はッ!!
そんなにいい気になってる奴が破滅するのを見て楽しみたいのかッ
許さねえ……ぜってぇー許さねえッ!!
主人公なんかに絶対負けたりしないんだからねッ!
【おしまい】
最後までお読みいただきありがとうございます。
ご感想、ご評価など頂けると大変嬉しいです。
ここまででも綺麗にオチていますが、お話は第二部へと続きます。
ただ、かなり毛色の違ったお話になってしまったため、
大変恐縮ですが第一部のノリを気に入って下さった方は期待外れになってしまうかもしれません。