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灘崇の一助


 剣を鍛える間、俺の心は竈の中で燃え盛る炎と一体になる。

 ひたすらに振り下ろす鉄槌と腕は一体になり、脈動は剣と同調し、打っている俺と打たれている俺の境目も曖昧になっていく。

 そうして極限まで鍛え上げた剣はもはや俺自身、そのものだ。


 剣は誰かの命を守り、或いは奪う。


 ここでは無いどこかで、誰かの命運を左右する道具を俺は作っている。

 剣が俺自身であるならば、俺が殺し、或いは救っているのに等しい。

 それならば出来るだけ意義ある使い方をして欲しい。そう願うのは驕りでも自惚れでも無いはずだ。

 だからこそ俺は売る相手を選ぶ。特に自分がよく打てたと思う剣は、多くの命を左右し得るだけに。


 彼に渡したのは俺の最高傑作だ。

 それに見合う男だと、俺は信じてる。


◆◇◆


 クラス揃って異世界に飛ばされてきたその日を今でもありありと思い出せる。

 俺はあれほど恥ずかしく惨めな思いをしたことは無い。

 スキルの鑑定結果が露わになった瞬間の嘲りの笑い声、侮蔑の言葉、失望の顔。

 それを思い出すだけで、今でも頭が熱くなり、自分が立っているかどうかすら怪しくなる。


 そのまま正気を失わずにいられるのは彼がいてくれたからだ。

 あの時、彼だけが俺をみそっかす扱いしなかった。彼だけが俺を省みてくれた。


 ただ自分がそれに相応しいかどうかは今でも疑問が残る。

 俺は目の前に現れた彼が何処の誰だかまるで分からなかったぐらい薄情な奴だ。幸い声を掛けられてからクラスメイトの一人だと思い出せたから良かったものの、それで分からなければ流石の彼も愛想を尽かしただろう。


 彼は頭が切れる。とても同い年とは思えないぐらいに。

 二人で王国から脱出する夜、俺はどうしても腑に落ちなくて彼に尋ねた。


「ねえ。この国にだって将軍とか、騎士とかが居るんだろう?

 それでも魔王軍の意図が分からないなんてこと、あるかな」


 要するに俺は腰が引けていたんだ。たった二人で山越えまでして逃げなくてもいいんじゃないか、そう思いたかった。


「……崇、『桶狭間の戦い』ってあるだろ、信長と今川義元のやつ。

 あの戦いで信長がどうすごいか、わかるか」


「え? あぁ…うーん……大差をひっくり返した…ところ?」


「違う。あんな綱渡りの戦いを二度とやらなかったことだ」


「……どゆこと?」


「信長はアレが単なるラッキーパンチで自分の実力じゃないと分かっていた。

 だから二度と繰り返さなかった。そこが普通じゃない。天才たる所以だ」


 ちんぷんかんぷん、と言う顔をしていたのだろう。彼は噛み含めるように続けた。


「普通の人間ならな、桶狭間みたいな強烈な成功体験をしちまうと容易にゃそれを忘れられねえ。

 自分の実力と勘違いする。で、二匹目のドジョウを狙っちまうもんなんだ。

 例えば……そうだな、日露戦争。アレだよ。アレで日本は実力で勝ったと勘違いしちまった。

 だからアメリカに喧嘩売るなんて無茶やらかしたんだ」


「じゃあ、この国の人達もそうだってこと?」


「おうよ。明日にも国が滅びるかって所に降って湧いた大勝利だ。テメエの実力でも何でもねえのにな。

 仮に上の方に信長並みに切れる奴がいたところで、止めようにも止められねえだろ。

 後は太平洋戦争と同じ悲惨な末路が待ってるだけだ。

 俺達に出来るのは巻き添えになる前にさっさとずらかることだけ」


 飲み込めた理屈は半分もなかったと思うが、何となく彼に利があるのは肌で感じられた。

 それでも…いや、だからこそ逃げる足が鈍った。俺はどこまでも臆病だ。見殺しにしたと後ろ指を指されるのが怖かった。

 そんな俺の姑息な感情すら、彼は見抜いていたのだろうか。


「ま、つっても寝覚めが悪いのには違いないしな。

 一応、一番話が分かるガリ勉どもと国のお偉いさん何人かには話を通しといた。

 引き際間違えんなよ、ってな。連中がそこまでバカじゃなけりゃ現実見てからでも自分達が逃げる時間くらいは稼げるさ」


 しようがねえ奴らだよ、そんな感じで彼は肩をすくめていた。

 俺は全く恥ずかしかった。


◆◇◆


 彼は確かに頭が切れる。その目で現実を見据えつつ、助けられる人には手を伸ばせる慈愛の心がある。

 しかし巷で言われる英雄の如き力を持っているわけではない。


 よく彼を見れば分かる。

 彼はただ最善を尽くしているだけだ。持てる限りの手札を駆使し、伸ばせる限りに必死に手を伸ばしてるだけだ。そのためならば自分を犠牲にすることさえ躊躇わない。

 本当に凄いのはそこなんだ。この異世界に来てからずっとそうだった。


 二人で帝国領を目指した道中、ある日遂に食糧が尽きた。

 異世界の見知らぬ木の実や草木で飢えを凌ぐのにも限界があった。

 幾晩も雨が続き、寒さと飢えがやすりのように心身を削り取っていった。

 そんな極限の状態で彼が毎日出してくれた唐揚げの味は決して忘れることは出来ないだろう。


「内緒だけど俺のスキルってこれなんよ。だせえよなあ。

 出せる数に限りがあるから大事に食ってくれ。大して美味くねえのが、アレだけど」


 なんて言っていたけれど、味がどうという状況じゃなかった。


 あんなに美味しいものは、俺の一生で他に無い。

 でも彼がしてくれたことの本当の意味を知ったのは帝国領に辿り着いてからずっと後のことだった。


 彼は一日に一つしか、それを出せなかったんだ。


 二人で酒を飲んだ夜に、遂に耐えきれなくなって俺は尋ねた。何故そんなにまでして?

 彼は笑うばかりだった。


「崇が死んで俺だけ生き残る、なんてのは有り得ないんだよ。それだけ」


 彼は頭が切れる。でも同時に大馬鹿野郎だと思う。

 俺だって、彼が死んで俺だけ生き残るなんて有り得ないんだ。


◆◇◆


 俺が表向きにチートを封印したのは彼に語った理由が全てではない。

 もっと大きな理由は彼が出してくれた唐揚げにある。


 あれは命を差し出しているのと、全く同じことだった。


 果たして俺に、あれほど覚悟を持ってスキルを使うことが出来るだろうか。

 そのチートに見合うだけの振る舞いが出来るのだろうか。


 それが本当の理由だ。相変わらず俺は臆病で、心底自分が嫌になる。


 けれども全く使わなかったわけではない。どころか、影ではしっかりと自分のスキルを研究していた。いつかは彼と同じように、スキルに相応しい使い方が出来るように。


 そうして鍛え続けたスキルと鍛冶師としての腕前はとうとう、ある種の臨界点を超えてしまったらしい。


 俺は鍛えた剣は必ず鑑定に出すのだが、いつからかそれが白紙で返ってくるようになった。

 わからない、らしい。

 どこまで斬れるのか、どこまで耐えるのか。その限界が分からないと鑑定士は言った。


 しばらくは打った俺自身にだけ大凡の出来映えが分かっていたのだが、遂には俺にすら限界が見えなくなった。

 それが俺の最高傑作であり、彼の鞘に収まっている剣である。


◆◇◆


 剣は俺自身、そのものだ。そして何処かで誰かの命を左右する道具だ。

 スキルもまた同じ。いや、人が持ちうるあらゆる知識と技能がそうだろう。


 だからこそ、その大きさに相応しい振る舞いが求められる。


 俺の剣は彼に相応しいか? 剣の方が足りないくらいだ。


 彼は決して英雄の力は持っていない。

 彼自身が言ったように唐揚げを一日に一つだけ手から出せる、それだけの力しか持っていない。

 ただその振る舞いが彼を英雄にする。

 彼はただ最善を尽くしているだけだ。持てる限りの手札を駆使し、伸ばせる限りに必死に手を伸ばしてるだけだ。そのためならば自分を犠牲にすることさえ躊躇わない。


 なら、一枚でも多く手札を増やしてやりたい。

 俺のチートはきっと、そのためにあった。


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