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第2容疑者 灘 崇


 あァ…黄色い太陽が目に染みるぜェ……


 騎士と言っても名ばかり管理職のようなもので、100均かチェーン飲み屋の雇われ店長の如く仕事は山のようにある。

 それでも根無し草の冒険者生活よりはマシと思えるあたりが根っからのサラリーマン気質というか何と言うかだが。勤め上げれば年金も出るし。


 先祖代々の家来など居よう筈もないので、大規模な作戦時は支度金を基にその場その場で兵と装備を整え、情報を集める。

 故に冒険者ギルドや職人ギルドとの付き合いは冒険者時代よりもむしろ重要なものとなった。


 警邏(パトロール)の時間の殆どは彼らとの顔繋ぎに使われる。


 俺は兵舎を出て裏通りを近道に工房街へと進む。

 天を掴もうと競い合うように高く伸びた煙突の数々が景気良く煙を吐き出し、耳をつんざくハンマーの打撃音があちこちから途切れずに響き渡る。

 行き交う群衆の中に見知った顔があれば愛想を欠かさない。

 そうして人の波間を蛇行しながら漸く俺は目的の店へと辿り着く。


 大通りから少し外れた、小ぢんまりとした店構えである。

 しかし腕は超一流だ。


 扉には『本日休店』の札が掛かっているが、俺は御免くださいと一声かけて戸を押し開く。


 カランコロンと小気味良く鐘が鳴って入った先はいつもなら冒険者や貴族の使いでギュウギュウだが、定休日のためにがらんとしていた。

 壁一面にずらりと掛けられた輝く刀剣類が、主人の腕前を何より雄弁に物語っている。

 すぐさまカーテンの奥から輝くブロンドを後ろで束ねるたおやかな女性が現れた。


「あら、まあ! いらっしゃいませ!」


 どうも。ご主人は今、お話大丈夫ですかね?


「丁度今しがた一区切りつきましたの。

 タッくーん! お客さんだよー!」


 ああ、いや、すいません。


 俺は元看板娘の美人店主の案内で工房へ上がらせてもらう。

 釜戸(かまど)の熱気に満ちた鍛冶工房の中で、工房街一の名工が額に滴る汗を拭っていた。


 そう……主人公とは、何も冒険者に限らない……

 何なら戦闘する必要すらない。


「や、久しぶりだね。

 俺の打った剣は役に立ってる?」


 やはり……こいつか?


 鍛冶仕事で鍛えられた見事な上半身を晒して屈託なく笑う、俺と同じ黒髪黒目の男。


 名をはやせ(たかし)。男性。18歳。転移者にして同級生(クラスメイト)。好物はジャガイモ入りのオムレツ。

 容疑者2号である。



◆◇◆◇◆



 話は3年前に遡る。


 卒業を間近に控えたうららかな小春日和のある日、我ら伊勢海中学校3年F組のメンツは謎の力でクラスごと異世界転移した。

 転移先は小さな王国。既にその命運は魔王軍の脅威に風前の灯火であった。

 召喚されたクラスメイト達全員の脳内には異世界の言語とスキルについての概要、そして幾つかの固有スキルがブッ込まれていた。雑な導入だ。


 御大層な神殿の中で俺達を出迎えた大臣さん達によるお決まりのチュートリアルが始まり、どうか勇者様のお力で世界をお救いくださいと来た。はいはいテンプレテンプレ。

 王国のお偉いさんに異界の勇者よ英雄よと持ち上げられてキャッキャする連中はその場で行われたスキル鑑定結果に盛り上がっている。


 俺は遠巻きにその浮かれっぷりを眺めていた。


 言うまでもないが俺はカースト最下層である。

 最下層過ぎて舞台裏の黒子の如く完全に居ないものとして扱われている。プリントが回ってこないとかしょっちゅう。

 それだけに転移直後の俺が姿を消して物陰に隠れたことを現地人ですら気付かなかった。いや、さすがに気付けや。


 もちろん皆に混ぜて貰えないから部屋の隅っこでいじけてるわけじゃない。

 つまらない名誉のために断っておくが、俺はキョロ充でもかまってちゃんでもない。

 黙って見守っているのは最後に必ず起こるであろうイベントを見届け、且つそこに巻き込まれないためだ。


 連中はワイワイやりながらも自然と元々のグループに分かれていく。


 クラスのリーダー格を中心とした陽キャパリピ勢……違う。

 校舎に丸一日いるところなんて見たことねえ不良とギャル勢……当然違う。

 学年テスト上位常連の秀才勢……まあ違う。

 クラスを動かしはしないが同時に無害なオタ勢……おそらく違う。


 どいつもこいつも『全属性魔法』だの『古龍騎士』だの『天剣技』だの、いかにも~なスキルが浮かび上がり、仲間内で自慢げな品評を交わす。

 大臣さんやら貴族達やらは早速品定めにかかっていた。

 有望なやつを早めに囲っておこうという魂胆だろう。


 俺には無用のイベントである。そもそも転移した時点でスキルの概要は脳内にブチ込まれている。

 鑑定なんてのは周りに見せびらかす以上の意味合いは無い。


 クラスメイト達は次々に鑑定を済ませていく。

 元々他人とつるまない奴もスキルの内容が良いから大体どこかのグループに引っ込まれる。


 そしてボーっとしていた最後の一人(俺除く)がおずおずと鑑定水晶に手をかざした瞬間、目論見通り『イベント』は発生した。


 鑑定結果『鍛冶』。


 途端に大爆笑の渦が巻き起こる。

 それまでに出た全てのスキルが仰々しい名前の戦闘系スキルだらけだったところにオチがついた格好だ。


 そいつはオロオロと周りを見渡すばかりだが、嘲笑の洪水はおさまらない。


 チュートリアルを進めていたお偉いさんも普通そこまで顔に出すか?ってなぐらいあからさまにガッカリした顔で溜息を吐いていた。


 そして一同は最後の一人を残して謁見の間へ進んでいった。

 既に有望なスキル持ちには有力貴族と思しき身なりの良い連中が唾をつけ始めている。


 ポツンと一人ぼっちで水晶の前に残されたそいつは見るからに途方に暮れていた。

 想像通りとはいえ、気の毒だ。一度も話したことねえけど。


 ……だが、見つけた。


 こいつだ―――ッ!!


 機を逃さず華麗な側転で物陰から転がり出し、口笛吹きながらスキップして奴の前へ躍り出る。


 ギョッとして後ずさろうとしたやつの両肩をガッと掴んだ。逃がさん…! お前だけは……!!



 やあ!こんにちは!

 君と僕は一度も喋った事無いけど今日から親友さ!!!

 よろしくね!ソウルブラザー!!


 俺はピカッと白い歯を煌めかせて微笑んだ。


 これが俺と崇との感動的な出会いである――




 ――そして俺が自分は主人公ではないと確信したのはこの時だ。


 集団転生及び転移におけるセオリー。

 主人公はのけものである可能性が最も高い――



◆◇◆


 当初の戦略では崇をあざ笑った連中をボコボコに凹ましてかませ犬にする手筈だったが、敵情視察を兼ねた王国内と戦況の情報収集を重ねる内にそんな悠長な状況じゃあねえと気が付いた。

 むしろ有史以来、外敵から身を守るのにまた別の外野の手を借りようなんて国は碌な末路を辿った試しがねえから、転移した時点で想定して然るべきだったな。


 魔王軍の奴らは王都まで目と鼻の先まで来たくせに、俺らが転移してきた途端にピタッと足を止めやがった。


 翌日じゃねえ。来た『当日』にだ。


 それどころかまともにぶつかり合いもせずに主軍を引き上げて、大して重要でもない小規模な街を散発的に襲い始めた。

 転移者っつー戦力を得た王国軍は逆襲だとばかりに撃退に行く。

 が、これまた双方ロクに肩も温まらない内に魔王軍は逃げ出す。


 これを何度か繰り返していた。


 おめでた頭のクラスメイト達はもちろん、現地の連中すら上は王侯貴族、下は物乞いまでやれ大勝利だ、それ総反攻だと浮かれてやがる。


 ありえねえ。ミリタリのミの字も判らねえド素人の俺にだって分かる。

 あからさまな威力偵察だし、王宮内にゃ恐らく内通者(スパイ)がいる。


 だめだコレ。

 勝てねえ。


 そう判断した俺は魔王軍が転移者達クラスメイトの底の浅さを見切る前にずらかることにした。

 巻き添え食う前にスタコラサッサだぜ。


 崇はちょいとごねたがどうにか説得して南方の帝国領への脱出を承知させた。

 が、完全に納得したわけではなかったらしく、出発当日の朝もどうにも渋面をしていた。


「……君だけで行った方がいいかもしれないよ。

 多分、足手まといになる」


 はあ~~?

 ンなわけねーでしょーが。

 逆だよ逆。主人公が横にいねーのに敵前逃亡なんて危ねー橋渡れるかってんだ。

 魔王軍と命がけで戦うクラスメイトほっぽって逃げ出す脇役とか、完全に死亡フラグじゃん? なろうでなくとも真っ先に殺されるタイプだわ。


 が、それも主人公が横にいれば話は別よ。

 身勝手な脱走劇も『悪辣なクラスメイト達は主人公を軽んじたばかりに身をもってその愚かさを知り、主人公は新天地で再起を誓う』という勧善懲悪ストーリーへとすり替わるのだ。ケヒャッ。


 モチロンこんな生臭い話は崇にゃしない。

 代わりに崇を安心させるためにピカッと白い歯を健康的に輝かせる。


 しかし何が不満なんだ? 俺の脱出計画(エクソダスプラン)に抜かりはねえ筈だが…


「……だって…俺のスキルは」


 ああ、そこか。異世界転移主人公のくせに初心(うぶ)なやつだ。


 そもそも異世界におけるスキルの強弱とは殺傷力でも射程距離でもない。

 その真価は応用力と汎用性にこそある。

 主人公の自由な発想、拡大解釈、試みにどこまで応えられるか……それがチートスキルの醍醐味だ。

 どれほど絶大な破壊力を持っていようと決まった使い方で決まりきった結果しか得られないようなスキルは脆弱である。いくらでも無力化できよう。

 逆に言えばシンプルで些細な能力ほど使い方次第で殆ど万能のスキルになる。

 例えば着火、投擲、治療、クラフト……それらはむしろ『曖昧で弱そうなほどいい』。


 その点で崇のスキル『鍛冶』は主人公のスキルとして極めて理想的だった。


 俺は崇の両肩にガッと手を置く。


 確かにな。クラスメイトと比べてみろや。

 戦闘系ですらねえガチ生産職のパッとしねえスキルだ。


 だがそれがいい。


 そのありふれスキルがいい!!

 これこそ異世界を渡り歩く主人公のまことのスキルではござらんか!!


 白い歯にピカッと陽光が照り返す。


 崇は何が何だかわからねえという面だったが気合で押し通した。勝ったな……




◆◇◆



 そう思ってた時期が俺にもありました。


 主人公の相棒兼コメディリリーフの立ち位置を堅守しつつ、主人公補正のおこぼれに預かりながら異世界ライフをエンジョイ&エキサイティングだ! ケヒャッ!


 そう思ってた時期が……俺にも……あったんです!


 いやね、帝国領に逃げ込んだ辺りまではよかったのよ。

 手始めに鍛冶職人ギルドに潜り込んだ俺達は一番ぼろっちい流行ってねえ工房を紹介してもらい、崇に弟子入りしてもらった。

 俺はほくそ笑んだね。

 崇のチートで強力な武器防具を売り始めるには最適な環境だ。名店なぞお呼びではない。


 で、俺が宣伝代わりに崇お手製の装備に身を包んで冒険者商売を始めたんだが、この別行動が不味かった。

 崇は俺がアホのイクシラに振り回されている内に本格的な鍛冶の道に目覚めてしまったのだ。


「なんて言うか……ズルはよくないと思うんだよ。

 特に、皆が頑張ってるのを蔑ろにするようなズルはさ。

 偶々手に入ったチートスキルで武器を作っても、それは本当の俺の力じゃないって言うか。

 でも、親父さんから教わって、この目と手で熱と光を感じて鉱石と向き合う……

 そうして身に着けた技術は、また誰かに教えられるものだろ?

 そうやって代々続いてきた繋がりの一員になることに、俺は凄く誇りを感じるんだ」


 屈託の無い笑顔だった。



 ざっっけんなあああああああ!!!!!

 使えやあああああああああ!!!!!

 チートって!!元々!!そういうもんだろ!!!!

 CHEAT!!ズル!!イカサマ!!!そういうもんでしょうが!!!

 そういうお上品な台詞はさあ!物語終盤の、もう、ラスボス倒す前後辺りで言やあいいのよ!!

 なんでこんな序盤でいきなり悟ってんじゃオンドリャァアア!!


 ――俺は激怒した。

 ただそれは折角見つけた主人公がチートを使ってくれないというだけではない。

 もっと多分に逆恨みと言うか個人的な鬱憤と言うか。

 とにかく理不尽な当てこすりだったことは否めない――


 大体なあ崇よお。お前は自分が恵まれてることを自覚するべきだぜ。

 俺のなんか……俺のスキルなんかなあ!!!ひでーぞ!


 スキル『手から唐揚げが出る程度の能力』だッッッッッ!!!!!!


 ナニコレ?

 何だこれ!!!!


 スキル名も能力も世界観からして何もかもおかしい所しかねえじゃあねーか!!

 しかも一日一個しか出せねーんだぞ!! 他のもんが出る様子も成長の気配も欠片もねえ!!

 その上、そこらの飯屋の唐揚げの方が美味いぐらいだぞ!!

 異世界に対する優位性(イニシアチブ)が微塵も見出せねえ!!


 そのっ……その俺を前にして貴様…ッ!


 よくも言えたもんだなあ!そんなおべんちゃらをよぉおおおお!!!!



 ――と、俺の内心は発狂寸前であったが、ギシィと歯を食いしばって崇の笑顔に応えた。

 まだ崇が主人公容疑者である以上、機嫌を損ねるのは得策ではない――



◆◇◆◇◆



 それ以降、崇はチートを封印して真面目にコツコツと剣や鎧を打っている。

 スキルによる補正がかかっているのか、元々才能があったからそういうスキルになったのか。

 崇はメキメキと腕を上げて今やスケーナ工房街に並ぶ者の無い名工である。


 気難しかった親父さんも認める程となった崇は看板娘さんと所帯を持って幸せそうだ。羨ましい。

 めっちゃ可愛くて気立てが良くて飯が美味くて、しかもおっぱいがでかいんだよ? こんなのもう、男の妄想じゃん。


 嫉妬で狂いそう。

 俺の横にはトンチキな小娘しかおらんし……


 だがしかし、仮に良い感じの娘が近くにいても結果は変わらないって言うか、逆に不味い。

 主人公以外が迂闊に良ヒロインとフラグを立てると読者からおっそろしいヘイトを買う危険がある。

 俺はヘイトの帳尻を合わせるためだけにヒドイ目に合わされるなんてのは真っ平だ。最悪死ぬ。


 故に俺は「ふーん、エッチじゃん」と思う子にも、決してフラグを立てに行かない。

 ビビッて行けないのではなく、戦略的判断により撤退を選択しているのだ。

 負け惜しみやない。これだけはハッキリしてる。


 話が微妙にそれた。

 閑話休題(それはともかく)

 崇には俺の装備はもちろん、かなりの量を部隊に卸してもらっている。


 冒険者の間でも『タカシ』は名剣の代名詞だ。

 アダマント辺りで特注拵えさせようものなら鋼を断ち裂き竜を貫き、王侯貴族の応接間に飾られても見劣りしない。


 が、チートスキルを使わない以上、如何に名工よ神の手よと謳われたところで異世界の常識的な範囲に収まる。

 一言で言えば主人公らしくない。使い方次第では魔王軍との戦争そのものを一変させられるというのに……


 それと俺の装備は崇お手製だから俺の戦果は奴が何か細工したせいかとも思ったが、鑑定結果は白紙だ。


 読めん……が、俺の活躍がこいつのおかげだとして、それを知らずに浮かれてはかませ犬まっしぐらである。

 冒頭の流れ的には最も主人公疑惑が深いと言える。

 あくまで謙虚堅実に、これまで通り崇をヨイショするのが安パイだろう。


「お客さんから聞いたよ。東部戦線じゃ大活躍だったんだって?」


 へへっ おめえさんの武器のおかげよ。俺の手柄じゃねえや。


「どんな武器も結局は使い手次第さ。

 俺の武器が良い働きをしてくれたんなら、君が使い手に相応しかったんだ。

 そう信じてる。いつだってね」


 こう言うことをサラッと言いやがるからコイツはモテる。素がイケメンだし。鍛冶仕事でいい体してるし。

 だから主人公らしくチーレムでも作りゃいいものを、三年間奥さん一筋だ。


 しかし単独ヒロインものにしては些か運命力が足りんような……


 …と思わせといて実は親父さんと血のつながりのない鍛冶の精霊とかなんやろ。騙されんぞ。


 まあ、いい。

 とにかく今日のところは怪しい点は見当たらなかった。


 浮気しないのは褒められるべきだしな。

 独り身はクールに去るぜ。


 俺はバサァとマントを翻す。


 タカシ……奥さんを大切にな……フッ


「相変わらずだなあ」


 工房から出るとき、背中から崇の苦笑が聞こえた。


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