第6話(1172年8月) 流人・平時忠
「本当に銀山があるのですか?」
「ああ、石見国(島根県西部)には日本最大の銀山がある。夢で神の託宣を受けた(嘘)。光る山を探せと。海から近いことはわかっているんだ。キラッと光ってくれないかなー」
そんなことを熊若と話しながら、照り付ける太陽の下、貴一はずっと石見国を周っていた。しかし、銀山など素人にそう簡単に見つかるものではない。一カ月も経つと、とうとう貴一はあきらめた。
「全然見つかんない! もうやだ! 作戦変更。こうなったら、人間の欲深さに懸けよう。石見国中に光る山の噂を拡めれば、詳しい奴が必ず調べにくるはず!」
それから、数週間、二人は石見国中に噂を拡めて歩いた。
「法眼様、これだと銀山を人の手に渡すだけになりませんか?」
「後で考えよう。俺の手に入らなくても、日本が豊かにはなることには変わりはないしね」
「絲原様の件といい、法眼様は無欲で立派なお方です」
熊若が尊敬の眼差しで見て来る。貴一は苦笑した。
――詰めが甘いだけなんだけどね。
「さあ、そろそろ太刀ができているころだ。出雲に戻ろう」
貴一が刀鍛冶の村へ向かう途中、驚くべき噂を聞いた。平清盛の義弟・平時忠が出雲に流罪になったというのだ。
――京で政変でも起こったのか?
貴一は急いで流罪先といわれる屋敷へ向かった。公卿の流罪というのは遠方地で謹慎するといった類のもので、身の回りの世話をする女房や家人も同伴する。形式的な門番はいるが面会もできる。
貴一は門番に少し賄賂を掴ませると、流罪先の屋敷に堂々と入っていった。家人に庭へ案内されると、縁側で時忠は背筋をピンと伸ばした姿で一人酒を飲んでいた。
「何をやらかしたのです、時忠様」
「優柔不断な阿呆共の尻を拭かされた」
「ははは。少しも落ち込んでいませんね。せっかく来たのに慰め甲斐がない」
「流罪も二度目で慣れた。一度目は義兄・清盛に、此度は後白河法皇にやりすぎだと叱られたが、わしが二人の代わりに泥を被ったことは、二人が一番知っている」
「それなら、すぐに京に戻られそうですね」
「当然だ。朝廷は無能揃い。わしの力を必ず必要とする。義兄上にしても同じことだ」
「相変わらず、大した自信家だ」
「事実は言っているだけだ。わしは間もなく、京に召喚されるだろう。鬼一よ、検非違使(警察)で働かぬか。わしは貴様の力を高く買っている」
「検非違使の外でなら力になりますよ。時忠様、それよりももっと力になれることがあります」
貴一は身を乗り出して言った。
「つまらぬことを言うなよ。酒がまずくなる」
「銀山が間もなく見つかります。日本最大のものです。相国(清盛の官職名)が考える宋との貿易にも大いに役立つかと」
「場所はどこだ」
「褒美の話が先です。馬50頭が買える金をください」
「良いだろう。ただし、場所をこの場で言え。騙さぬ保証はこの時忠の首だ」
時忠はそういうと扇子で自分の首を叩いた。
――さすがだ。話も覚悟が早い。即座に相手を信用することで、相手からの信用も得る。この呼吸が上手いんだよなー。侠客のような格好良さがこの人にはある。
「石見国にあります。間もなく見つかるでしょう」
「わかった。すぐに人をやり朝廷の管理下に置くよう相国に伝える」
――相手に信頼をおいたら、疑いを持たない。惚れるわー。
「ありがとうございます」
「礼は銀山が見つかった後でいい。見つからねば貴様は生首になり礼を言うこともできなくなる」
貴一は時忠の対応に満足して屋敷を後にすると、熊若を連れて刀鍛冶の村に向かった。
「法眼様は他にも、銀山を知っているのですか?」
「甲斐国、駿河国、飛騨国、佐渡に金山があるとお告げがあった。人には言うなよ」
「はい! 法眼様はやはり凄い!」
刀鍛冶の村に着くと、貴一は完成した太刀を受け取った。
太刀と大薙刀、それに針を大きくしたような太刀があった。
「この太刀は何なのですか?」
「これは熊若の太刀だ。持ってみて。軽くて扱いやすいよ」
熊若は太刀を振ると、ヒュンヒュンと鳴った。
「でも、この太刀では相手を斬れません」
「斬る必要は無い。今は突きだけ覚えるんだ。突きを極めるだけでも強くなれる。そのために作った太刀がこれだ」
「わかりました。突きの鍛錬を励みます!」
「さあて、京へ戻るか。時忠様が流罪になったのなら、赤禿の復讐をする者もいないはずだ。鞍馬寺に戻って拠点を作る」
「えっ、寺に戻るのですか」
熊若が不安な顔をした。
「心配ないよ。俺が熊若に手を出させないし、熊若も強くなった」
貴一が肩に手を添えると、熊若は力強くうなずいた。
「鞍馬山は革命の山に変わるのだ!」
貴一はそう宣言すると、京へ向かった――。