第66話(1185年1月) 熊若vs静御前①
霧の神社・門前
熊若は神社内に入ろうとする蓮華の肩をつかんだ。
蓮華は驚いて振り向く。
「熊若君! どうして」
「蓮華ちゃんこそ、こんな所に来ちゃダメだ。ここが誰の神社か知っているのか?」
「知ってるわ……安倍国道の神社でしょ」
「安倍が危険な男なのは法眼様から聞いているはず。なら、どうして!」
熊若の問いに、思いつめた顔で蓮華が答える。
「スサノオ様は、人は妾にできないと言った。だから、鬼になりに来たの! そうすればスサノオ様はわたしを見てくれる!」
熊若は首を振る。
「そんなことをしても法眼様は喜ばない! いっしょに出雲大社に帰ろう。僕からも法眼様に言ってあげるから!」
熊若の胸の奥がズキンと痛んだ。
――そこまで法眼様のことを……。
「いまさら戻れないわ!――わたしがなぜ安倍国通の居場所を知ってると思う? どうやって他の陰陽師から聞き出したかわかる?」
――そう、ここは秘密の場所のはず。
熊若が蓮華を見ると、蓮華は胸元を隠した。瞳からは涙があふれている。
「蓮華ちゃん、まさか!」
「そうよ! 体を与えたの! 陰陽師に! しょうがないじゃない!」
「なんてことを……」
「これでわかったでしょ! もう引き返せない……」
蓮華が肩に乗っている熊若の手を握ると肩から外した。
そんなことは無い! そう言おうとした熊若だが、人の気配を感じて身構えた。
「誰だ!」
「それはこちらが言うことですわ、熊若様」
「静御前!」
静御前と体中に継ぎはぎのような傷跡がある男4人が立っていた。みな手斧を持っている。
「見るところ、このお方は熊若様ではなく安倍様に御用があるよう。関係無い人は去っていただきましょう――因幡衆、あの男を境内に入れるな!」
因幡衆と呼ばれる男たちが熊若に襲い掛かる。
熊若は飛びのいてかわしながら、針剣を抜いた。
「蓮華ちゃん、行くな! くっ!」
熊若が攻撃を避けている隙に、静御前が蓮華を神社内に連れて行った。
――止めないと! だけど、こいつら並みの強さじゃない。
「「「シャッ!」」」
4人の攻撃の鋭さに、熊若はしばらく避けるだけで精一杯だった。
だが、敵を観察していると、あることに気付いた。
――早いが、ただ力任せに攻撃し続けてくるだけだ。試してみるか。
熊若がわざと地面に転がるように避けると、敵同士が激しくぶつかった。
――僕以外がまるで見えていないようだ。彼らも術をかけられているのか? だとすれば、法眼様や静御前と同じはず。
熊若は門から後退し、迎え撃つ構えを取る。
因幡衆はすぐに追いかけてきたが、熊若の目の前に迫ると急に動きが鈍くなった。
その隙を逃さず、熊若は4人の敵を突き殺した。
針剣についた血を布で拭う。
「やはりそうか。霧の中から出ると術が解ける」
クナイが飛んでくるのを熊若は首を傾けるだけでかわす。
門の前には静御前が立っていた。
「お見事ですわ。結界の秘密をすぐに見抜くなんて。あの男に教えてもらったのかしら?――霧は鬼化された者を強化し、それ以外の者を弱体化させる。だから諦めてお帰りになられてはいかが?」
「そうはいかない。僕は蓮華ちゃんを連れて帰る。邪魔するなら――殺す」
「気が合いますわね。わたしもずっと殺したかった!」
静御前は霧を大きく吸い込むと、門から飛び出してきた。
舞うように左右に動きながらクナイを連続で投げてくる。
逆に熊若はその場から動かず、飛んでくるクナイを針剣でさばく。クナイは熊若を逸れて、後ろの地面に突き刺さった。
「そんな! ただの人が……」
熊若は微笑を浮かべながら言う。
「強化された踊り子と、毎日の鍛錬を欠かさない武者。いい勝負だと思わないか?」
静御前の表情が険しくなる。懐から小刀を2本取り出した。
「安倍様の術が人などに負けるわけがない!」
「ははは。しゃべっていると肺から霧が出ていくよ。ますます僕が有利になる」
「わたしを笑うな!」
静御前は飛び上がると横回転しながら切りつけてきた。
「美しい舞いだ。だけど宙に浮けば的になる――」
熊若は無数の突きを繰り出す。静御前は小刀で受けきれずバランスを崩して着地した。
静御前の腹に蹴りを入れる。腹を抑えてうずくまる静御前を熊若が見下ろした。
「太刀を使わない戦い方もある。どうやら、霧を全部吐き出したようだね」
「ゴホッ、ゴホッ。おのれ……」
静御前は小刀を熊若に投げつけると、身を翻して神社の中に逃げていった――。




