第64話(1185年1月) 神楽隊の危機②
備中国府庁舎・大広間
貴一が蓮華とのことを話した後も、神楽隊・十二単の10人は納得するどころか、より険しい視線を貴一に浴びせてきた。
隣にいる木曽義仲がニヤニヤしながら言う。
「おぬしは真面目か! しょーもない理屈などいらぬ。その場で抱けばよかったのだ。子のことなど後で考えればいい。泣く女も怒る女も抱けば黙る。わしなんかは求められずとも抱いて――」
「殿はお黙りください!」
巴御前が義仲を叱りつけた。後ろで十二単のうちの2人が声を殺して泣き始めた。
長明が義仲に言う。
「義仲殿、後ろの2人のほか、神楽隊の何人に手をつけた?」
義仲は指を折って数えようとして止めた。
「両手では足らんな。問題でもあるのか?」
「大ありだ。此度の戦で戦死した神楽隊メンバーを調べてみたが、貴殿と噂があったメンバーが含まれていた」
「わしが女どもを弱くしたというのか? ちょっと抱いただけだぞ」
「彼女たちを弱くしたのではない。彼女たちの小隊を弱くしたのだ。スサノオ様から説明してもらえますか? そのほうが分かりやすい」
貴一は、ため息をつくと義仲のほうを向いた。
「そういうことだったのか。ったく、いかに敵が猛将とはいえ、神楽隊が簡単に崩れるのはおかしいと思ったんだよ――義仲、お前には今でも付き従っている木曽兵がいるだろ? 負け戦が分かっていても最後まで命を共にしようと残っている兵たちだ。これを兵法では『死兵』といい、死兵が多いほど軍は強い。ここまではわかるか?」
「決死隊ということだろう? そりゃ多いほど大将にとってはありがたい」
「そうだ。旭将軍と呼ばれたお前でも、鎌倉との戦で最後まで残ったのは1000程度だった。死兵を作るのはそれほど難しい。俺は民兵を死兵に変えるために神楽隊を使った。ライブでファンの心を掴み、戦場に連れて行けば、愛するメンバーを守るため、民は命知らずの兵に変わる」
「信じられんな! 抱いてもいない女を守るために命を張るだと?」
「はぁ……。お前は源氏の血筋で顔も良い。ずっとモテてきたから、女に憧れるという感覚はわかんないかもね。ともかく、お前がメンバーに手を出すことによって、ファンはメンバーを疑い、死兵の集まりでは無くなった。民兵は弱兵集団に戻ったんだ。その結果、出雲軍は窮地に陥った。これが事実だ」
うーむ、義仲はうなると黙り込んだが、まだ納得していない様子だった。
長明が十二単のほうに振り向くと、神楽隊7番人気の時雨が発言した。
おとなしいが、芯の強い娘だ。
「スサノオ様、今回の戦の後、神楽隊の半分が脱退を申し出ています」
「えっ! 何で!」
貴一が驚いて言った。
「今回の件で、みんなわかっちゃったんです。恋愛をするだけではなく、噂があるだけでも、小隊の結束は失われ、戦場で死が待っていることを――」
「半数が恋愛しているってことなのか?」
「神楽隊結成からもう8年経つのですよ。少女から大人になるには充分な年月だと思えませんか?」
「そうか。いつまでも子供だと思ってたよ……。ただ、そうなると神楽隊の運用方法を考えないと――」
貴一が話している途中で、巴御前が立ち上がって近づいてきた。
巴御前は座っている貴一の胸倉をつかんで持ち上げる。
「政治や軍を考える前に、やることがあるでしょう! 彼女たちと向き合いなさい! 駒ではなく人として!」
「す、すまん。俺は鈍くてさ……」
「鈍感? 違いますわ。不誠実なだけです」
巴御前は手を離すと、貴一はドサッと尻もちをついた。
見下ろして巴御前が言う。
「ご無礼しました。恐れながら今の神楽隊にとって、スサノオ様は何の役にたちません。この巴にお預けくださいまし。むろん我が殿も近づけさせませぬ。いいですわね」
貴一は巴御前の迫力にうなずくだけだった。
「――わかった。よろしく頼む」
巴御前が声をかけると十二単が立ち上がる。
「殿、巴はしばらくの間、神楽隊とともにします」
義仲は慌てて立ち上がる。
「神楽隊もダメ、巴もダメなら、わしは誰を抱けばいいのだ?」
鋭い目つきのまま巴が笑っていった。
「ホホホ。裏山にヤギがいますわ。好きなだけお抱きなされませ!」
大広間からは女たちが去り、がっくりと肩を落とした男たちだけが残った――。




