第5話(1172年7月) 鉄の部族
貴一と熊若は出雲国(島根県)の山中に入ると、製鉄を行っている場所を捜し歩いた。
熊若が遠くを見ながら目を細めて言う。
「あの煙はそうでしょうか?」
「ん、どれ? ああ、あれかもね! 近くに行ってみよう」
二人が煙の発生場所に近づいていくと、黒い布衣を着た男たちに囲まれた。男の中の一人が貴一を見る。
「その身なり、賊ではなさそうだ。今すぐここを立ち去れば、命までは取らん」
貴一は、臆せずに男たちを見渡した。
「武者でもないのに、鉄の武器を持っているね。流石、鉄の部族だ。俺はお前たちに儲け話を持ってきた。頭に合わせてくれないか」
男たちは話し始めたが、結論はすぐに出た。
「男と子供の二人だ。危険はあるまい。お頭に合わせよう」
貴一たちは製鉄場に案内されると、坊主頭の男が待っていた。
警戒心を込めた目で見つめてくる。
「名は?」
「鬼一法眼という。鞍馬寺で僧を指導している(ことにしておこう)。この子は熊若。俺の弟子だ」
「絲原鉄心だ。絲原は鉄師をまとめている家の一つだ。わしはせっかちでな。儲け話があるのなら、今ここで聞かせてもらおう」
「鉄の生産を増やさないか。人足は俺が連れてくる」
絲原は鼻で笑った。
「見え透いた手口だな。そういって入り込ませた人足に技術を盗ませるのだろう? 一時の儲けのために一族の命ともいえる技術を渡せるか!」
「鉄を多く作って、みんなで繁栄したほうが良くないか?」
「そうは思わん。鉄の技術は部族のもの。鉄の利益も部族のものだ」
――既得権益かよ。嫌な奴らだな。
貴一の顔が不機嫌になったのを見て、熊若が貴一の袖を引っ張った。貴一が熊若の顔を見る。
――わかってるよ。ケンカしにきたんじゃない。
「それじゃ、話を変えよう」
貴一は製鉄の窯を指して言った。窯の横では大きな板の両側に人が立ち、交互に足で踏み押している。板の真ん中に支点があり、シーソのような動きをしていた。
「一つ聞きたいんだけど、なんで露天でやってんの? 大きな建物を作って大規模にやれば良いじゃん。雨に左右されることもないし」
――「もののけ姫」見ておいて良かったー。あれは窯に空気を送り込む「たたら」だ。
「馬鹿か、おぬしは。木炭の元となる木、鉄の元となる砂鉄は一カ所から、ずっと取れ続けると思っているのか? 無くなれば移動するんだよ。材料を運ぶより、材料が取れる場所で窯を作り直したほうが人手はかからない」
――この部族の規模は200名程度ぐらいか? それなら、小回りがきくやり方の方がコスパがいいのかもね。人が多ければ大規模にやれるのに、もったいないなあ。
「よし、わかった。人がダメなら馬を集めるよ。馬なら技術を盗まないでしょ。川の近くにたたら場を造れば、水車の力も利用できる」
絲原の顔つきが変わった。
「悪い案ではない。だが、条件がある。馬は五十頭以上欲しいが、それだけ買うには相当な金が必要だ。そんな金は無いし、あったとしても先に渡す気も無い。もし、馬が手に入り、大規模なたたら場が完成しても、実際に鉄の増産がはじまるのは1年以上先だ。それまでは馬の代金は支払えない。この条件を飲めるか?」
鉄心は薄笑いを浮かべながら聞いてきた。詐欺にはひっかからないぞという顔だ。
「その条件でいいよ。支払いも金ではなく、鉄の現物で構わない」
即答した貴一に、鉄心が驚く。
「真か!? 金の当てはあるのか? 鞍馬寺にそれほどの財があると思えんが」
「何とかしてみせるよ」
鉄心は唸った。
「いいだろう。裏切られたとしてもわしらは無傷だ。だが、なぜそこまで鉄を増やすことに拘る?」
「民に鉄製の農具を配り、豊かにするためだ。もし上手くいったら、たたら場の近くに農具をつくる鍛冶場を造らせてくれないか」
鉄心はうなずいた 貴一は笑顔になる。
「よし、これで取引成立だ」
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交渉の後、貴一たちは出雲国の奥をさらに進んで行った。熊若が心配そうに聞いてくる。
「あのようなことを言って、馬を買う金はどうするのですか?」
「当てがあると言ったろ?」
――俺はこの時代のことは詳しくないが、400年後の時代のことは少し知っている。なぜなら信長の野望というゲームに留年しそうになるほどハマったからだ。
「それなら、他のたたら場にはなぜ行かないのです?」
「相手に有利な条件で取引するのは一つで充分。絲原鉄心が成功すれば、他のたたら場のほうから近づいてくる。そのあたりは兵法とやり方は変わらないよ」
――Fラン大学の頭のはずなのだが、このあたりの知恵は自然に出てくる。転生元の能力なのだろう。
「出雲国を抜けて石見国に入ったら海辺に出るよ。そこで、民に聞き込みをする。見つけるまで帰らないつもりだから覚悟してね」
「何を見つけるのです?」
「光る山だ」




