第57話(1184年6月) それぞれの思惑
備前国と備中国の国境でにらみ合っていた出雲大社軍と源氏軍だったが、源氏軍は守備兵を残し、京へ向かって軍を退いていった。
馬上でそれを見ていた貴一は、輿に乗っている鴨長明に言う
「こちらも軍を下げよう。どうだ、俺の外交も立派なものだろう。戦うことなく源氏を退かせた」
「しかし22万石は高すぎますな。新しく手に入れた四カ国の石高が39万石。数年、時を稼げないと帳尻が合いませぬ。また、米の輸入を増やさなくては……」
「勝手に決めたのは悪かったって。そんな怒るなよー。開墾に専念すれば1年で取り返せる。それに山陽道は温暖だ。山陰道でできなかった二毛作も可能になる。そうだろう、長明?」
「ええ、そうです。この私が寝ずに計画を立てればね。富の平等を唱えるのなら、労働の平等も考えて欲しいものですな」
「いやだからこそ、俺が外交だけでも頑張ったんじゃん」
「もう、よいです。国府に戻って外交の成果とやらを見直しましょう」
備中国・国府庁舎
貴一は寝転びながら、長明の報告を聞いていた。
「まあ、法皇と頼朝の反応は予想通りだな。信用も期待もしていなけど」
後白河法皇、源頼朝は、米を送り続ければ出雲大社領を認めようと答えてきた。そして三種の神器奪還のため、源氏軍の指揮下に入ることを要求してきた。
「どうしますか?」
「米は送るが兵は出さない。言い訳は長明に任せるよ。平家残党の鎮圧が忙しいとか、適当に返しておいてくれ」
源義経は平家討伐のために使ってくれと言うと喜んで兵糧を受け取った。
源範頼はすぐに兵糧を受け取らず、頼朝に確認すると言って、鎌倉に早馬を飛ばした。
返事待ちの間、範頼軍は独断で軍を進めることができず、結果的に四カ国を不眠で攻略して疲労の極みにあった出雲大社軍を攻める機を失った。
このことは源氏軍にとってはマイナスだったが、範頼個人にとってはプラスになった。
後日、一ノ谷の戦での勲功授与で、失態を犯した範頼が国司である三河守に任命されたのに対し、義経には何の任命もなかったからだからだ。
「頼朝は配下の独断専行を激しく嫌う性格のようですな。一ノ谷の英雄に褒美を与えぬとは懲罰に等しい。離間の計は上手くいったようで」
「でも、平家が滅ぶまでは裏切らないと思うよ。あいつの人生を賭けた目標だからね」
「次に九条兼実様ですが、『大魔王から貢物をもらうなど、摂関家の恥だ』と言って突き返されそうになりました。しかし、その場にいた僧侶が一言言うと、九条様は『では、一時預かり、後に貴僧に寄進する』と言って受け取りを承諾なされました」
「あの兼実を一言で動かすとは凄いね。その僧の正体は調べたのか?」
「間接的にとはいえ、5万石も渡すのですから、もちろん調べさせました。正体は京で爆発的に信者を増やしている法然です」
「あの階級意識の塊が、死後の平等を説く法然とだって! 真逆の組み合わせじゃん。まさか信徒になったのか?」
「いえ、死後の平等などは信じておらず、日本一の智者と呼ばれる法然と討論することを楽しんでおられるようです」
「法然はいいよなあ。死後の世界だったら何とでも言えるから。長明、言っておくけど、1000年後も死後の世界は誰にもわからない。だから、法然の教えは1000年後も色あせることはない――それに比べて共産主義は……、200年も経たずに陰りを見せている」
「そう、悲嘆することはありません。スサノオ様の目指す『誰もが米を食べられる国造り』は、法然の教えに比べて劣っているとは思えません。これからも文句は言い続けますが、私はスサオノ様の熱心な信徒ですよ」
長明はそう言うとニコリと笑った。
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(熊若視点)
熊若は今日も義経の供をして酒席に出かけた。
国司に任命されなかった後、「しばらく酒席を控えて反省する姿を見せたほうがいい」、という熊若の意見に対し、「周りの讒言にだまされているのだ。独断専行が必要なことも、いずれ兄上ならわかってくれる」と、いつもの口癖をいって聞き入れなかった。だが、義経は知ってか知らずか、口癖の前に「いずれ」をつけるようになっていた。
義経と熊若が公卿の屋敷に着くと、多くの牛車が止まっていた。
多くの貴族が宴席に参加していたばかりか、法皇もお忍びできていたので、熊若は驚いた。
――何がある。この酒席には?
屋敷のあるじの公卿が立ち上がって話始める。
「今日、お集りの方々は実に幸せ者です。すでにお知りの方もいるかと思いますが、大陸から帰国した静御前が舞を披露します。南宋では皇帝の前でも舞を披露し、賞賛を受けたとか」
ざわめきが聞こえる中、静御前は舞台へ進んでいく。
――煙は無い。甘い香りも。
「熊若、どうした?」
辺りを目で警戒している熊若に義経が声をかけた。
「いえ、何も。周りの反応が凄いもので、つい――」
ざわめきとざわめきの間の静寂を狙いすましたように、静御前の舞は始まった。
皆が注目する中、熊若だけは阿部国道の姿を目で探していたが、見つからないので、静御前の舞を見る。
――しなやかで美しい。浮いているように舞う。だが、何かが気になる。
熊若は違和感の正体にすぐに気づいた。静御前が熊若のほう、いや、義経のほうに視線を送り続けていた。
――これは!
熊若の脳裏に神楽隊隊長・蓮華との会話を鮮烈に思い出す。
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「熊若くん、神楽隊のファンにはそれぞれ推しメンがいるのは知ってるわよね。神楽隊の隊員も自分の推しメンを増やそうと頑張ってるわ。そのためにはいろいろな方法があるけど、もっとも簡単な方法があるの。わかる?」
首をかしげる熊若を蓮華はまっすぐ見つめてきた。
ドギマギする熊若に蓮華は言う。
「これよ。ライブ中にレスを送るの。そうすると、ファンと一瞬だけど見つめ合うことになる。単純なことだけど、これで推しメンにしてくれるファンは多いわ」
――確かに。また見てほしいと思った。蓮華ちゃんならなおさら……。僕は君のことが!
「でも、肝心な人には全然効かないんだよねー。まあ、すべての民を愛そうとしている人だからしょうがないんだけど……」
蓮華は照れ臭そうに笑った。
誰を指しているのかは熊若にはすぐにわかった。
そして初恋が実らないことを悟った。
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義経を見ると完全に心を奪われていた。
「虹色の歌声だ……。私には見える」
舞が終わると、静御前は法皇のそばで何かを話した後、義経の元にやってきて挨拶をした。
法皇の近くにいる公卿から声があがる。
「天下一の名将と天下無双の白拍子。実にお似合いだ!」




