第50話(1184年1月) 熊若の決断
因幡国府庁舎の前。
因幡国に逃げてきた木曽義仲は、貴一に5日前に起こった出来事を話した。
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鞍馬寺境内・魔王殿
「懐かしさにふと立ち寄ってみれば、熊若がいるとはな」
源氏の将軍である義経が50人の配下とともに、熊若たちの潜伏先の鞍馬寺に入ってきた。熊若は慌てて義仲に覆面をさせると魔王殿の後ろ側に隠した。
鞍馬寺には熊若とともに僧兵に偽装した熊若騎馬隊の配下が20人ほどいる。
「お久しぶりです。5年ぶりでしょうか。立派な将軍になられましたね」
「ああ、やっと平家を滅ぼすことができる。主力を率いられないのは残念だがな」
源氏軍の主力は異母兄の源範頼が指揮しており、義経は別動隊の将軍だった。それでも、1万の兵を持っており、単独でも充分戦える。
「知っているぞ。出雲では騎馬隊の頭なのだろう? そんな貴様がなぜここにいる? 周りにいる僧兵も、鞍馬寺の者ではないな」
義経の側にいる大男が合図をすると、義経の配下たちは横に広がった。
「着いてきてもらおう。木曽義仲に縁のある者もいそうだ」
熊若たちに緊張感が走る。
「お見抜きの通り、偵察の役目を帯びて京に入りました。しかし、出雲大社は義仲と戦をしたこともある敵同士。義仲を救う理由がありません」
「確かにそうだ。熊若ならな。貴様は素直でいい男だ。だが、指示しているのは鬼一法眼だ。あの男は我々とは違う価値観で生きている」
「――見逃してもらえませんか?」
熊若は針剣を抜いた。ヒュンヒュンと剣を鳴らしながら前に出てくる。
「図星か。やはり、素直な男だ――強行突破など止めておけ。ここにいるのは、俺の配下の中でも腕の立つものばかりだ。いくら貴様が強かろうが、抵抗は無駄だ」
義経の配下が5人前に出る。熊若は腰を低く沈め、右手を突き出し間合いを広げる、フェンシングの構えになった。
熊若が義経に宣言する。
「左の武者から、親指、人差し指、中指、薬指、小指。行きます!」
「ん? 何を言っている?」
襲い掛かる5人の太刀を熊若はサイドステップと身体をかがませ、そらして避ける。同時に突きを繰り出していた。すぐに、5人の持つ太刀が地面に落ちた。
義経は熊若の早業に驚いたが、配下がさらに驚いていた。5人が義経に手を見せる。熊若の指定した通りの指から血が流れていた。
「指を狙ったというのか、戦いの最中に!」
「――眉間」
熊若が針剣を何もないところで振り下ろした。
「御大将!」
義経の顔の前に丸太のような腕が突き出された。
「義盛、何の真似だ?」
義経の腹心、伊勢義盛が腕を下すと二の腕に長い鉄針が深々と刺さっていた。
義経の額から冷たい汗が出る。
「熊若、貴様!」
熊若は針剣を納めて片膝をついた。
「これが僕の技です。ここにいる者たちを見逃してもらえれば、1年の間、義経様の側で働きましょう。山陽道の地理にも自信があります。必ずお役に立てるはずです」
「――密偵ではないのか?」
「僕が今決めたことです。法眼様は知りません」
「――いいだろう。熊若ほどの男が家人になる。悪くない話だ」
「御大将。もし義仲が潜んでいたら、鎌倉からあらぬ疑いをかけられる」
驚いた伊勢義盛が義経に言った。
「ふん。正直、源氏の身内争いなど、私にはどうでもいい。大事なのは平家を滅ぼすこと。そのために私は生きてきた――義盛、そう難しい顔をするな。兄上(頼朝)ならわかってくれる」
そう言うと義経は熊若を連れて、鞍馬山を下りて行った。
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因幡国府庁舎の前
「熊若自身で決めたのは本当なんだね。連絡も取ってくるなと。うーん」
貴一は腕を組んで考えこむ。近くで弁慶、蓮華、鴨長明も義仲の話を聞いていた。
――熊若のやつ、源氏軍をじっくり見てくるつもりだな。
「鬼一。熊若が義経軍にいるとなると、義経の別動隊に攻撃を仕掛けるワケにはいかんぞ。熊若の身が危なくなる」
弁慶が言うと、蓮華もうなずく。
「そうなると、敵の本隊5万が相手かー。しんどいなー」
それまで黙っていた義仲が口を開いた。
「騎馬隊を貸してくれ。わしに考えがある」




