第3話(1172年5月) 国家の犬
盆地特有の暑さが増していく初夏、京・検非違使庁(警視庁)の前に貴一と熊若はいた。
「法眼の旦那。相変わらず殺しに精が出ますな。でもこれからの季節はほどほどにしてくださいよ。首がすぐに臭くなりますから」
「無駄口はいいから、早く褒美をよこせ」
検非違使(警察)の小役人は貴一から盗賊の生首を受け取ると、褒美の絹布を貴一に渡した。
――銭が流通していないのは不便だなあ。かさばって困る。
「検非違使別当(長官)の平時忠様が会いたがってましたよ。どうも旦那を再び朝廷に仕えさせたいようで」
「遠慮しとくよ。時忠様は嫌いじゃないけど、俺は自由市民だ。行くぞ、熊若」
平時忠は平太政大臣清盛の義弟である。朝廷内での権勢はもちろん、切れ者としても名高い。
貴一たちは自由市民の意味を考えている小役人を置いて、京の外れに借りた家に戻っていった。
「盗賊を殺しているときの俺の技をちゃんと見てた? 剣術は説明するより、見て覚えてもらうのが早いからね」
「はい。でも動きが速すぎて、なかなか目で追えません」
「今日はわかりやすいように、すべて下段から斬ったんだけどなあ。次からは太刀筋を遅くしてみるか……」
腕を組む貴一に熊若が質問する。
「でも、どうして賊を斬るようになったのですか? 今までは賊が襲った屋敷にいって壁に”天皇打破、市民平等“と大書きしていただけなのに」
「賊もきっと国に不満があると思ったんだよ。襲っている賊に正義があり、襲われたのは天皇の政治が悪いせいだって。そして、俺の書いたスローガンが流行れば、民とともに革命を起こせるかもしれない。でも、俺の間違いだった。あいつら民衆までバンバン襲ってんだもの。クソ野郎だよ。それで、だんだんムカついてきて、俺の怒り爆発」
「法眼様の話に、賊たちも耳を貸しませんでしたね」
「そうだよ! せっかくいっしょに政権打倒しよう! って言っても、武家と戦うのは嫌だって言ってさ。弱い者としか戦わないクズだよ、クズ!」
「それで、賊を倒すことにしたんですね」
「そういうこと。俺はヒーローになり民の支持を得て、市民革命を起こすことを目指す!」
うーん、と熊若は首をかしげる。
「しかし、法眼様の説法は難しすぎるのではないでしょうか。道の真ん中で法眼様が話しても、誰も話を聞いてくれません。兵法はわかりやすく話せるのに、不思議ですね」
「Fラン大学生にそれを言うなよー。デモに夢中でしっかり勉強してなかったから、スローガンは叫べるけど、長い演説はムズい……」
その代わり、転生元が持っていた知識はばっちりだ。兵法に関しては考えると、すぐに頭に論理が浮かび、自分でも信じられないぐらい明快に説明できる。
「それと、法眼様は異国の言葉が多すぎます」
「ごめん……」
「違う目的から、やっていくのはどうでしょう」
――うーん、未来で言ってたことは、天皇制反対でしょ、アジア諸国へ攻めたことの反省でしょ。
「じゃあ海外に攻め込むのを止めようってのはどうかな。いや待てよ、秀吉の朝鮮攻めはだいぶ後になるか。その前は――――元寇じゃん! 侵略されるほうじゃん!」
「どうしたんですか? 急に大声出して」
「いや、何にもやることがなさすぎてさ……。となると、後は平等社会の実現かな」
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん。でしたよね」
「それは崇徳天皇の言葉! 俺は身分や豊かさの差が無い世の中にしたいだけ」
「それなら、奥州に行きませんか。蝦夷には身分の差はありません」
「いくつもの部族が狩猟生活しているって話してたよね。確かに部族社会には身分の差は無いが、俺のいっている平等とは何か違うんだよねえ。上手く言葉にはできないけど」
「ご友人の中原様に聞いてみてはいかがですか? 大学寮(官僚養成機関)の英才と言われている、あの御方なら、良い助言がいただけるかもしれません」
中原広元は、将来の明法博士(法律の作成者)を期待されている男である。法律と兵法の違いはあるが、中国の書物好き同士ということで貴一と仲が良い。両者とも実践的な学問が好きで、陰陽道の非科学的な部分を信じていないことでも気が合った。
貴一は熊若の言う通り、家に帰るのを止めて、中原邸を訪ねることにした。
中原家は代々続く家柄とはいえ下級貴族なので、気軽に会いに行くことができる。顔見知りの雑色にあいさつをすると、勝手に中原広元がいる部屋まで上がり込んだ。
広元は入ってきた貴一を振り返りもせず、机の上に巻物を広げて読んでいた。部屋の中には大量の巻物が棚にきれいに並べられている。
「結構なご活躍だな。鞍馬山で独自の兵学を極めると言っておったのに、最近は京で武者の真似事か。しばらく会わぬうちに頭が呂布になったとみえる」
ニコリともせずに広元は言った。この男は不愛想が通常なのだ。
「……相変わらず、口が悪いなあ。賊を倒しているから義侠の男だろ? 頭が悪くなったのは認めるが、せめて張飛と言ってくれ」
「義侠というのは、官から弱い民を守る者のことを言うのだ。おのれが世間で何と呼ばれているか知らぬのか?」
「正義の味方だろう?」
「いや、検非違使の犬だ」
「な! 検非違使が国家の犬なのに、その犬に飼われる犬ってことは……。チワワかよ!――いや、違うか。ヒドイ! ヒドすぎる! 民のために頑張ってるのに!」
「やりすぎなのだ。おのれは賊を全滅させる勢いで殺している。賊の中には仕方なく盗みをやっている憐れな民もいるのだ。そして賊ではない民も、自分がいつ賊に身を落としてしまうかもしれない不安をいつも心に抱えている」
「ヘコむなあ。それなら、すべてを壊して蝦夷のような社会を目指すほうが――」
「復古主義などありえん。日本の王莽になって悪名を残したいのか? そこの小僧、蝦夷はどうやって食物を得ている?」
「狩猟によってです」
「この京にいる民がみな山に入ったとして、獲物が足りると思うか?」
「いいえ……。民の数が半分でも難しいです」
「理解が早い。法眼の弟子にしておくには惜しいな。狩猟と農耕では生きていける人数のケタが違う」
「じゃあ、どうすればいい」
「おのれの理想に近いのは、黄巾賊の乱や五斗米道のような宗教国家だろうな。おのれも平等神みたいなものを作れば良いのだ――いや、無理か? 説法が下手だもんな。ハハハ!」
「もういい! 今日はこれで帰る!」
「最後に言っておく。まだこの国は豊かではない。豊かな民こそが、国を変えることができる力なのだ」
「うるせー、バーカ!」
貴一は毒づくと中原邸を出た。
京のはずれの我が家に向かう途中。殺気を感じた。
「隠れていてもわかる。クソみたいな殺気がただ漏れだぞ」
赤い直垂におかっぱ頭の男がわらわらと出てきた。20人ほどか。皆、同じ姿をしている。
熊若が貴一にささやく。
「検非違使別当の直属密偵部隊“赤禿”です。逃げましょう」
赤禿の一人が言った。
「働きすぎだ、法眼。そのせいで我らの仕事は無くなり、平時忠様には無能呼ばわりされる始末。貴様は邪魔なのだ」
「嫉妬か。俺を襲うことを別当は知っているのか」
「知らぬ。だが、安倍様が上手くやってくれると言った。貴様の死体をよほど見たいらしい」
――また安倍か。いずれ、やつとの因縁も調べなきゃな。
赤禿が囲み始めた。全員太刀を抜いた。短い太刀ばかりだ。
「熊若。盾を使った剣術を見せてやる。そして、これを使え」
小刀を熊若に渡した。
「ああいう変な恰好をした奴らはたいがい術を使う。お前は術の種を明かしてみせろ。いいな、全体を観察するんだぞ」
赤禿が短刀を持って襲い掛かる。貴一は右端の一人を剣先で引っ掛けると、左の手刀を背中に突き刺し、肉の中の背骨を握った。敵の身体を盾のように前へ突き出す。盾となった体に吹き矢や針が次々と刺さった。
「さあここからは俺の番だ」
赤禿の攻撃はすべて盾に阻まれ貴一の一方的な攻撃になった。
戦いの中、一人の男が倒れた。その男だけは土色の衣服と覆面をしていた。胸には小刀が刺さっている。貴一はそれを見て喜ぶ。
「やるじゃん! 熊若。視覚の伏兵に良く気付いたね。赤い服しかいない、そう思い込ませる敵の兵法だ。よし、今日の授業は終わり! 一気に片付けるぞ」
熊若は貴一の動きを目で追えなくなった。赤禿も速かったが、貴一は軽くその上を行く。
次々と斬っていき、最後は横殴りで五人を一気に倒した。
貴一は熊若にガッツポーズを見せると、熊若は渋い顔をして言った。
「逃げましょう。法眼様」
「え? 何でだよ。時忠様は知らないらしいから、バレないって!」
「密偵部隊を皆殺しにされたら、誰だって怪しみます! 時忠様も面子のために法眼様を処罰するしかありません」
20人の死体を見て、貴一はシュンとした。
「ですよね……。じゃあ、しばらく京を離れよう」
「どこへ行くのですか?」
「出雲国だ。新しい太刀を手に入れに行く」
貴一は折れ曲がった太刀を振って見せた。




