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第42話(1183年9月) 義仲、因幡国を蹂躙する

 後白河法皇に平家追討に行くと告げて出陣した木曽義仲だが、道中で軍を二手に分けると、義仲自身は平家のいる山陽道ではなく、山陰道に軍を進めた。兵の数は1万。義仲旗揚げ以来、義仲とともに戦い抜いてきた木曽兵が主力である。


 義仲は信濃(長野県)で旗上げ以来、木曽兵、信濃兵とともに新潟から北陸道を上るように戦ってきた。小さな負けもあったが、義仲がいる軍中にいるときは常に勝ってきた。


「義仲様、まもなく因幡国の隣の但馬国(兵庫県北部)に入ります」


 義仲軍の四天王の一人・今井兼平が告げた。兼平は巴御前の兄でもある。


「そうか。兼平、あれは何だ」


 義仲が指さした100メートル先に5頭の騎馬がいた。


「出雲大社の偵察のようですな。まだ逃げぬとは度胸がいいのか馬鹿なのか」


「どちらか確かめてみよう」


 義仲は弓を手に取り狙いをつける。

 すると、5騎のうち4騎が逃げて行った。


「1人だけ、馬鹿がいるようだ。見ておれ」


 義仲が放った矢は真っすぐに敵に向かう。

 だが、敵は太刀を抜いてくるりと回すと、矢が地面にポトリと落ちた。

 反りも厚みもない棒のような太刀なので、義仲には一瞬何が起こったのかわからなかった。


「ほう、奇妙な太刀が使う。兼平、あの生意気な敵に木曽兵の強さを見せてやれ」


 5騎ほど引き連れて、兼平が敵に向かう。だが、敵は動かない。


――若いな。それにいい馬に乗っている。奥州馬か?


 兼平の合図で騎馬兵が左右から襲い掛かる。しかし、二人は振りかぶった太刀を手から落とすと、手を抑えて敵から離れた。手からは血が流れている。


――ほう、あの太刀はそう使うのか。見た目より間合いがある。1番に斬りかからずに良かったわ。


 兼平は太刀を納めると、配下から長刀を受け取った。(太刀の柄が長い薙刀のようなもの)

 乗馬の腹を蹴ると、敵に向かって駆け出した。


「朝日将軍の四天王・今井兼平、参る!」


「法眼様・一の弟子、熊若」


 敵はヒュンヒュンと風切り音を鳴らしながら、向かってきた。


――!? 太刀が消えた? 


 首を狙って横殴りに切りつける長刀をかがんで交わされたと思ったとき、兼平の体に無数の痛みが走った。

 擦れ違いざまに肩、胸、腹を突かれたのがわかったのは、地面に落馬した後だった。


「おのれ、兼平を!」


 逆上した義仲が飛び出してきた。巴御前が、将軍を守れ!と叫ぶと、次々と騎馬が追っていく。100騎以上で迫ると、ようやく敵は馬を返して逃げて行った――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 1日後


 因幡国府そばの調練場で、弁慶が兵を鍛えていると早馬が飛び込んできた。

 兵の様子を見て、弁慶はすぐに状況を理解した。


「来たのは木曽義仲か? それとも平家か?」


「義仲軍です。数は8000から1万。但馬国を進軍中!」


「多いな。熊若は?」


「隊長はもう少し敵を見てから戻ると――」


 弁慶は早馬を出雲国の貴一に向けて出すと調練場にいる兵を見た。

 弁慶隊3500人に熊若隊が400人。鉄投げ隊が400人。残りの兵は出雲国にいる。

 少し前まではこの半分しかいなかった。鴨長明とともに貴一をしつこく説得してなんとか兵を増やしたのだ。


――鬼一の予想が外れたな。危ないところだった。とはいえ、鬼一が来るまで5日はかかる。山で守るか、出て戦うか?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 義仲軍は熊若と遭遇してから、2日後には因幡国の国境を超えた。山を下っていくと鳥取平野が義仲たちの目の前に広がった。


「巴、見渡す限り水田だ。美しい……。荒地などどこにも見えない」


「まことに。道も京都のように縦横まっすぐに帯びておりまする」


 義仲は後ろに振り返って叫んだ。


「我が狼よ! 京ではよく我慢した。義仲が許す! 奪え! 飽きるまで!」


 稲刈り時を前にした稲穂に向かって、兵たちが咆哮を上げながら散っていった。

 義仲の周りには2000の騎馬だけが残った。


「殿、良いのですか? 敵と戦う前に」


 心配そうに巴御前が言う。今井兼平はまだ傷が癒えず担架のような輿で運ばれていた。


「偵察によると、山の上で3000の兵が砦を築いて守っているようだ。だが、略奪を続ければ、いつまでも山に引きこもっているわけにはいかない。敵を山から引きずり出して戦う」


「しかし、こうも水田ばかりですと、兵を広げるのは難しいですね……」


「そうだな。巴、偵察隊に戦いに向いている場所がないか探させろ!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「弁慶様、あの煙。また村が焼かれております! 逃げ遅れた民たちもこのままでは……」


 弁慶のもとに報告が次々と上がってくる。8000の兵が略奪をしているのだ。損害はどんどん広がっていく。しかし、うかつには動くことはできなかった。弁慶の視線の先には、義仲軍の騎馬隊2000がいる。


――歩兵と騎馬では戦いにならぬ。


 騎馬を活かせない山の砦での戦いに引き込みたかった弁慶だったが、義仲軍は略奪を優先させたため、当てが外れた格好になった。

 目の前で国が蹂躙されている様を見ている兵たちが、山を下りて戦いたがっているのが、弁慶には痛いほどわかる。


――だが、無駄死にはさせられぬ。


 横を見ると、騎馬隊を後方に隠してきた熊若が散らばっている義仲軍を見ながら、ひとりつぶやいていた。


「敵の中に思い込みが生まれている……」


「どうした熊若?」


「――弁慶様、我らだけでも勝てる策があります」

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