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第41話(1183年9月) 木曽の狼

――平時忠からの縁談を断ってから2年弱。


 貴一たち出雲大社の最高幹部たちの前を大量の煙を吐きながら、蒸気機関車が勢いよく通り過ぎていく。

 飢民の大量流入で止まっていた鉄道計画を再開して二年。奇しくも数万の元飢民の労働力のおかげで、工事は早く進み、長門国(山口県北部)~因幡国(鳥取県東部)までの山陰鉄道が8割がた完成した。


「乗ってみて驚いたぞ。本当に馬より早いとは」


 絲原鉄心が興奮してそう言うと、貴一とチュンチュンを除く、全員がうなずいた。

 蒸気トラクターや蒸気ブルドーザーなどは路面の悪い地面をキャタピラで進むため、人の歩く程度の速度しか出ない。抵抗の少ないレールの上を走ることで、加速していくということを、誰も理解できていなかった。


「後、どれぐらいで完成するのだ? 平家と源氏が激しく争っているときに、民兵まで鉄道建設に総動員させおって。鬼一が絶対攻めて来ないと言うから渋々従っておるが……」


 弁慶が恨みがましく言った。


 半年前、倶利伽羅峠で平家軍は木曽義仲の夜襲により大敗した。戦力の立て直しを図るため、平家は都を放棄し、今は海を挟んだ讃岐国の屋島(香川県高松市)に本拠地を構えている。


「我らも今や朝廷にとっては敵ではないのか? なあ、熊若」


 弁慶が熊若に同意を求める。二人はこの1カ月で少しやつれていた。弁慶隊は5000から7000まで増やしたが、横に伸びた五カ国の国境線を守るには少ない。


 いくら、貴一が大丈夫だと言っても、8月に木曽義仲(きそよしなか)が入京してからは、二人は気が気ではなかった。弁慶は東西に延びた防衛線を常に確認するために走り回り、熊若は京方面への偵察を部下だけに任せず、自ら行っていた。


「何回も説明しただろ。今は何より三種の神器が欲しいんだよ、朝廷は平家しかみていない。ウチなんか眼中にないよ。へーき、へーき」


 安徳天皇を連れて逃げた平家に対し、後白河法皇は新たに安徳天皇の異母弟である後鳥羽天皇を即位させた。三歳の幼帝である。ただ、正統な天皇の証である三種の神器は平時忠が持ち出していた。


――時忠様は、物事の急所をわかっている。神器は交渉の材料になるだけでなく、西国で新たな王朝を建てた場合にも神器があれば安徳天皇系列が正統だと主張できる。


 長明が真面目な顔をして貴一に言った。


「朝廷はそうかもしれませんが、源氏――いや木曽義仲は果たしてそうでしょうか? すでに院と不仲だという噂もあります。弁慶や熊若の言う通り、東だけでも警戒すべきです」


「でも、鉄道の完成まであと少しなんだよ……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 京都・木曽義仲邸


 上洛を果たしてからというもの、木曽義仲にとって楽しいことは一つとして無かった。平家を追い出して英雄として院に迎え入れられたときが頂点で、そこから先は散々だった。今は義仲の手にはいつも酒がある。


 まず、期待していた略奪ができなかった。平家が京だけではなく、福原からも財や食料を持って四国に逃げたからだ。腹いせに福原を焼き払ったが、気は晴れても兵たちの腹を満たすことはできない。


 ただでさえ飢饉で食糧のない京で、兵が略奪をはじめた。法皇に治安の悪化を責められたが、「番犬を飢えさせて狼に戻したいのか?」と、脅して略奪を止めなかった。朝日将軍とたたえられていた英雄の評判は地に落ちつつあった。


「米に負けるとはな。馬鹿げた話だ。そう思わんか、(ともえ)よ」


 義仲の側にいる愛妾の巴御前に酔眼を向ける。

 都でも男前と評されている義仲は美形で肌も白い。酔った姿にも色気があった。

 幼馴染でもある巴御前は義仲をうっとりと見ている。


 頼朝は年貢を納めるのを条件に関東の事実上の自治権を認められた。しかも平家追討の一番の勲功を与えられている。実際に平家を追い出した義仲の勲功は二番にされた。


「ならば、殿も米をお持ちになれば良いのです。山陰地方に五カ国の寺領をもつ、出雲大社という大勢力があるそうですわ。何でも2年前に京から追い出された10万人の飢民が出雲大社に向かったが、飢死した者はいなかったそうです」


 義仲の目が光る。


「奪うか?」


「しょせん寺社の僧兵や神人。我ら木曽兵の敵ではありませぬ」


 巴御前の言葉が終わる前に、義仲が跳ね起きた。


「狼どもに伝えろ。いい獲物が見つかったと」


 義仲は兵を集めるよう巴御前に命じた――。

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