第28話(1177年4月) 行き詰ったり順調だったり
4月前には石見国(島根県西部)の占領を完了した出雲大社軍だが、長門国(山口県北部)はまだ東部を占領しただけで、4月に入っても、西部では依然、地元豪族たちとの戦闘が続いていた。
長門国の海岸で貴一と弁慶は、毎日の習慣のように海に浮かぶ船を眺めている。
「おい、これで何回目だ。海に逃げられるのは。ったく、なんでこの辺の豪族はみんな船を持ってんだよ。ずるいぞ!」
「わしに当たるな。こっちに水軍が無いことも、兵が少ないのを敵に知られている今は地道にいたちごっこをやるしかないだろう。水軍を作る気は無いんだろう?」
「もう国庫はカツカツだ。水軍なんて考えられないよ……」
田植えシーズンを前に民兵を農作業と開拓作業に戻したため、長門国には熊若騎馬隊と弁慶隊しか残っていない。これまでの戦闘で熊若騎馬隊は、100騎→70騎。弁慶軍は1800人→1500人に減っている。しかも炭鉱を優先させるために防御拠点作りと道路整備に500人を回し、出雲国と石見国の治安維持に500を回している。
結果、長門国には騎馬隊70騎と弁慶隊400しかいなくなった。
「もう疲れた。いたちごっこは止めよう。田植えが終われば民兵をこっちへもってこれる。それまでは弁慶も出雲に戻って新兵を鍛えてくれ。東部の治安維持は副官の水月に任せればいい」
貴一がボヤいていると、蓮華が馬に乗ってやってきた。今回の戦の中で乗馬を覚えたらしい。
「スサノオ様、今日こそ京都遠征の日を決めてもらいますからね! 私たちの活躍を聞いたでしょ」
貴一は弁慶に救いの眼差しを向けたが、弁慶は冷たかった。
「小娘が活躍したのは間違いない。民兵を一糸乱れず動かして、敵を撃退していた」
「でしょ! でしょ!」
蓮華は馬の上でピョンピョン跳ねる。
「はぁ……わかったよ。ちょうど弁慶と少し休もうと話していたところだ。すぐに行きたいのか?」
「んー、それはちょっと。7月ぐらいがいいです。5・6月は単独ライブが詰まっちゃって」
蓮華は自慢げに言った。貴一とよく話している影響で、神楽隊の隊員は現代用語も使う。
「ライブって、何すんだよ。もう民兵は観に来ないぞ。田植えの時期なんだから」
「それなんです! 聞いてください! 石見国の戦いが終わってからファンが増えちゃって。みんなから田植えをしている横で応援ライブをして欲しいってお願いされちゃった! 村だけでも300近くあるから、場所を選ぶのも大変で。えへへー」
――調子に乗ってんなあ、コイツ。
そう思ったが、人々に必要とされる喜びを素直に表す蓮華を見ていると、貴一の心も温かくなってくる。
「わかった。俺も田植えライブを手伝うよ。遠征は7月な」
「やったあ! やっぱりスサノオ様は優しい!」
「おい、スサノオ! 田植えの後に長門国を占領するって今言ったばかりだろ!」
「弁慶と熊若で充分だろ。なあ、蓮華」
「弁慶、いつも威張り散らしてるんだから、そのぐらいできるでしょ。ねー、スサノオ様」
デレデレしているスサノオを見て、弁慶はがっくりと肩を落した。
「……おぬし、その調子じゃ、いずれ熊若にも見限られるぞ」
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長門国・炭鉱
貴一が炭鉱のある山を登っていくと、幾筋か煙が上がっているのが見えた。
――ああ、初めて出雲国に来た時を思い出す。
途中、道づくりと防衛拠点兼、兵舎を作っている弁慶隊をねぎらいながら炭鉱現場に着くと、絲原鉄心と赤い絹のキャミソールのようなものを着たチュンチュンが、紙を使わずにやり取りしていた。
「え? チュンチュンしゃべれるようになったの!」
『違いますわ。鉄心と身振り手振りの意味を決めましたの。はい、いいえとか上下左右と簡単なものですけど。後はこれかしら』
チュンチュンは手を横に向けてクイ、クイと動かすと、鉄心がチュンチュンに背中を向けた。チュンチュンは背中に爪で文字を書いていた。
「ふむ、ふむ――今日もカワイイ、だな」
チュンチュンはうなずく。
「背文字かー。すっかり仲良くなっちゃったねー」
『技術好き同士だから趣味友って感じかしら』
「鉄心、石炭は上手く取れそう?」
「ああ、出雲国内で使うには充分な量だ。今、蒸し焼きにして『コークス』ってやつにしてる。木炭と同じでひと手間加えないと使えないんだとさ」
「開発のほうはどう?」
「高炉、反射炉、揚水ポンプはすでにできている。木炭を使って試したが問題は起きなかった。次は何を開発したい?」
貴一はチュンチュンが描いた設計図を2人の前に広げると、以下を選んだ。
・蒸気トラクター
・蒸気ブルドーザー
・蒸気ショベル
・蒸気織機
・蒸気紡績機
レールを引けるほど、平坦な道が少ないため。車輪があるものはキャタピラで動くようにチュンチュンにお願いした。
チュンチュンが、もう1枚紙を指でツンツンする。
「ああ、ゴメン。蒸気船も作らないとね」
1177年の開発計画がこうして決まった。
貴一が炭鉱から立ち去ろうとしたとき、山から月の輪熊が2頭。こちらに向かってやってきた。太刀を抜こうとすると、チュンチュンが叫んだ。
『お待ちになって! メイドのムーンとルナよ。笹を取ってきてくれたの』
よく見ると、2頭とも笹を口にくわえている。そして頭にはリボンをつけられていた。
「チュンチュン、熊と話せるの?」
『当たり前ですわ。この見た目で話せなかったら逆におかしいでしょ?』
チュンチュンが笹をバリバリ食べる横で、熊たちはチュンチュンの毛づくろいをしていた。
――これは身分制ではないのだろうか?
貴一は悩んだが、熊たちを見ているうちに、悩んでいるのが馬鹿らしくなって、考えるのをやめた。




