第26話(1176年11月) コール&レスポンス
出雲大社の横にある、軍の練兵所には民から選ばれた成年男子が1000人、長い竹を持って整列していた。槍の訓練のためだ。これから、毎日交代で計5000人の民兵を育成する予定だ。
「俺が将軍のスサノオだ。これから長い槍を使って訓練する。一人ひとりの力は弱くても密集して戦えば、騎馬だって簡単には近づけない。そのために、みんなで一つのハリネズミになる訓練をする! コホン、それでは、訓練の前にお前たちの幸運を祈願する神楽を催す。神楽隊カモン!」
巫女たちが舞台に出てくる。センターは蓮華だ。1曲目は日本神話を元にしたもので、ミュージカルに近い。山陰地方の民にもなじみがあるので、民兵はみな黙って見入っていた。時折、おおっ、という声が上がる。見せ場では指を鳴らす者や体の一部を叩いて、称賛する者もいたが、まばらだった。
――ミュージカルだとお客のリアクションが分かりづらいなあ。スタンディングオベーションの文化なんて無いし。
2曲目は貴一が選んだアゲアゲの曲だったが、民兵はポカンとしていた。巫女たちがビシっと振りを揃えたところは反応があったが、それ以外の反応は鈍かった。
――うーん、なかなか反応は厳しいね。こりゃ、蓮華たちよりも俺のほうが勉強になるかも。さて、この後が本番だ。上手く行ってくれよ!
神楽隊はいったん舞台から降りて、民兵と同じ竹を持って戻ってきた。
貴一が民兵に言う。
「これから、槍の訓練を行う。1000人が一つのハリネズミになるためには、動きを揃えることが大事だ。今から神楽隊が音楽に合わせて、手本を見せる。その後、お前たちも音楽に合わせて同じ動きをしてくれ」
神楽隊は全員息を合わせて、揃え・構え・突き・前進・後退・方向変えを、掛け声を上げながら見せた。曲はウルフルズの「ガッツだぜ」だ。
「よし! 次はお前らの番だ! 気合入れろよ!」
「「「オーッ」」」
「声が小さい!」
「「「オオーッ!!」」」
「お前らの気合はそんなもんか! 男だろ! もう一回!」
「「「「オオオ――――ッ!!!!」」」
「よし、曲を始めろ!」
民兵たちは舞台上の神楽隊の動きを、見様見真似でやっていく。
貴一はというと、掛け声が小さい民兵の元に行き、煽って声を出させる。そして徐々に神楽隊の動きを減らし、音楽だけで民兵だけで動かしてみる。
――やっぱ、リズムがあると動きも揃いやすいな。
貴一は蓮華に掛け声を任せた。蓮華が大声を出す。
「かーまーえー!」
「「「「かーまーえ!!」」」」
民兵たちが声を揃えて叫ぶ。
「つーき!」 「「「「つーき!!」」」」
「ひーだーり!」 「「「「ひーだーり!!」」」」
民兵のリアクションに蓮華のテンションも上がっている。貴一は神楽隊に向かって言った。
「どうだ。お客と一体になるのを感じないか? これがコール&レスポンスだ」
「「はい!!」」
巫女たちの反応に貴一は満足した。これなら兵を鼓舞をする軍楽隊として役に立つ。長明にも軍事費の一部として予算を降ろしてもらえそうだ。
出雲国に雪が降るまでの2カ月間。神楽隊は毎日、舞台と練兵を行った――。
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冬になると春まで、貴一・弁慶・熊若は、石見(島根県西部)と長門(山口県北部)に潜入し、すでに調べてある地形を再度確認していた。水田を荒らさない最速ルートと、占領した後の防衛拠点を見定めるためだ。石見・長門には各2000人ほどの兵がいるが、それは軍が豪族に集合をかけた場合だ。国司(現地行政官のトップ)といえども、普段は100前後の兵しか周りにいない。
「1カ月でケリをつける」
鉄心が3月に長門国内で炭鉱を発見すると、すぐさま貴一は作戦を命じた。
第1段階として、貴一と熊若騎馬隊100が2頭の替え馬を使って、1日で石見国を駆け抜ける。替え馬とは2段式ロケットのように、1匹目の馬が疲れたら、2匹目の馬に乗り換えて、進撃速度を保つ方法だ。もちろんロケットと違い1匹目の馬は回収し、回復したらまた騎乗する。
貴一は2日目に長門国の国府(政治の中心都市)を襲撃し、国司を拘束することに成功した。そのまま休むことなく、熊若と軍を2つに分け、長門国に20近くいる長門の豪族たちを強襲し、火を放って回った。各地に出没することによって、軍を実態よりも多く見せられるように、一カ所に留まらずに走りまわった。
第2段階は弁慶率いる歩兵隊の出番だ。1日目から1800人を率い、石見国東部の寺社勢力をすり潰していく。
第3段階は弁慶の後をゆっくりと、鴨長明率いる民兵2000人が続く。この部隊は弁慶がすり潰した寺社の戦後処理をし、出雲大社に祭神や本尊を移していく。
作戦開始から4日目の朝。石見国の国司の元に、長門国の乱と石見国の寺社勢力の戦いの知らせが届いた。石見国司はただちに兵の招集を命じた。
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(石見国司視点)
貴一が戦いを始めてから7日目。石見国府(島根県西部にある浜田市)には豪族と2000の兵が集まっていた。石見国司に家人が聞く。
「国司様、長門国を助けにいかれますか? それとも石見国の寺社を助けるため、出雲大社軍に向かいますか?」
「出雲大社軍に関しては様子を見よう。いつも威張っている石見の寺社にはいい薬になる。出雲の奴らも気が済んだら引き揚げるかもしれからのう。まずは長門国の状況を知ることが先決だ」
「報告! 長門国で乱を起こした軍が我が国へ攻め入ってきた模様。数は500!」
「奇襲が成功したからと、アホが調子に乗りおって。こっちの備えはもう終わっておるわ。兵1000を討伐軍として出せ」
命令を下した石見国司に元に1日も経たずに伝令がやってきた。
「報告! 敵は長門国に引き揚げていきました」
「ワハハハ! どうだった、手ごたえは?」
「全然ありませんでした。数も思ったほどおらず。少し戦っただけで、奴らは逃げ散っていきました。ただ……」
「なんだ?」
「敵の殿が恐ろしく強く、50名近く討ち取られました」
「凄まじいな……。賊にはそんな豪傑がいるのか」
「報告! 出雲大社軍が寺社との争いを止め、国府に向かって進軍中!」
「なにぃ! 討伐軍を呼び戻せ! 追撃中の兵もだ! 急げ!」




