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第1話(1172年3月) 目覚めたら山の中

法眼(ほうげん)様、法眼様」


 体を揺すられて、貴一は目を覚ました。周りを数人の僧が囲んでいる。


「うーん……。いてて、俺はどうなったの」


「また無茶な修行をなされたのです。鬼一法眼様は滝を泳いで登っている途中に押し流されて、気を失われました……」


――能筋野郎じゃん。そんなバカなやつに転生したのか、俺は? どうやら俺の名前はキイチホウゲンというらしい。変な名前だ。


 貴一は起き上がって周りを見渡す。山の中の寺らしい。


――まずは時代を確認しなきゃ。


「今は西暦何年?」


 僧の中で、一番賢そうな袈裟を着ている坊主に質問する。


「西暦? 今はそのような元号ではありません。永万(えいまん)元年でございます」


――まったくわからん。質問を変えてみるか。


「一番の権力者は誰なの? 天皇以外で」


「それは平清盛様に決まっているでしょう。大丈夫ですか?」


――清盛なら知っている。ということは今は平安時代後期か。どうせなら戦国時代が良かったなあ。有名人多いし。


 僧たちの視線を感じる。皆が心配そうに見ていた。


「えーと、こ、これはだな。記憶を一時的に消す術を試していたんだ。うん、成功しているみたい。ハハハ」


 袈裟を着た僧が首をかしげる。


「頭の良すぎるお方の考えることは凡人にはわかりません。そういえば気を失っているときも、うわごとを言っておられました」


――変なこと言ってないだろうな。


「俺は何を言っていた」


「のー、安倍! のー、天皇制! と」


「そ、それはね!」


「わかっております。法眼様と陰陽頭(おんみょうのかしら)の安倍家の因縁は」


――いや、そのアベじゃないんだけど。総理大臣のほうなんだけど。


「反天皇なのも知っておりますす。法眼様は崇徳(すとく)上皇派でしたからね。恨みを忘れられないのも当然です」


――いや、そういうことじゃなくて。


 そう言おうとして貴一は思いとどまった。


――言ったところで、余計ややこしくするだけかも。しかし、この時代でも俺は反体制派なのかあ。確か、チェは言っていたな「本物の革命を考えろ」と。よーし、だったら、俺の革命をやってやろうじゃないの! まずはデモからだ!


 貴一は袈裟を着ている坊主に聞いた。


「あのさあ、まだ記憶が戻っていないから聞くんだけど、この世界にデモ、いや、京では民衆が集まって、朝廷に抗議をすることはあるのかな?」


「民衆がまとまって動くこと? 流民や飢民が大量に京に入ることを言われているのでしょうか?」


「いや、そうじゃなくて、民衆が朝廷の政治に影響を与えられるか、ということなんだけど」


 貴一を囲んでいる僧たちの空気が変わった。そして、袈裟を着ている坊主以外が離れていく。


「どうしたの?」


「い、いえ、京へ法眼様を案内する者を探しにいったのでしょう。それより、先ほどの問いですが、おそらく強訴(ごうそ)の記憶違いかと思われます。強訴とは、興福寺(こうふく)比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじ大衆(だいしゅ)と呼ばれる僧兵たちが、大挙して朝廷に押し寄せて訴えるというものです。さきほどの民衆を僧の大衆に置き換えれば、法眼様と言っていることと同じになります」


――うーん、何か違うな。まあいい。今は状況を知ることが大事だ。京へ案内してくれるのであれば、良しとしよう。


 間もなく、利発そうな少年がやってきた。出家前なのかまだ髪を下ろしていない。


「この子が案内人なのか? エライねー、いい子だねー。ところで、後ろにいる数十人のいかつい坊主は何だ? 武器まで持ってんだけど。京までの道はそれほど危険なの?」


 袈裟を着た坊主が子供を抱きかかえるように後ろに下がる。


「先ほどからの法眼様の不可思議な言動、崇徳上皇の呪いにかかっていると思われまする」


「え! ちょ、ちょっと待って。記憶が一時的に消えているだけと言ったろ!」


「記憶が無いだけでは、納得できません。民衆が政治に影響を与えられるかなどと。崇徳上皇が死に際に残した呪いの言葉と同じです!」


「知らないよ。崇徳上皇とやらは一体何を言ったんだ?」


「日本国の大魔王となり、皇を取って民とし民を皇となさん」


「ちょっと待って! 確かに俺は、デモでは天皇を一般市民に。市民こそが主権者と叫んでいたよ。でも、崇徳上皇のは思想じゃなく、恨み言でしょ」


「また意味の分からぬ文言を。呪文を語るな、悪霊よ! 皆の者、この者を退治します。一人だと思って油断してはなりませぬ。この男は並みの人間では――」


 法師武者五人が顔を抑えて倒れた。


――へっ、危険を感じたら、手が勝手に。


 貴一の意思とは無関係に、懐から尖った鉄のようなものを取り出して法師武者に投げていた。

 倒れた法師武者たちから棒を奪うと、がむしゃらに振り回し、茂みに飛び込む。


「法眼様! 人が話している最中に仕掛けるとは卑怯ですぞ。出てきなされ!」


――それが、もう後ろにいるんだよ。


 僧が振り向く前に、貴一は首に手刀を降ろしていた。

 膝から崩れ落ちる僧を見て、法師武者たちは皆、逃げ去った。


――攻撃されてから、俺の頭の中にいくつもの選択肢が浮かび、身体は最適解を示すように動く。それも尋常じゃない速さで。


「何か、こえーよ。えーと、まずはみんなの武器を隠さないと。起き上がったら何されるかわかんないからな」


「みんな死んでいますよ」


 一人だけ残っている少年が言った。


「そんなヒドイことできるわけないだろ」


 倒れている法師武者を調べてみる。皆死んでいた。しかも、自分が倒したと思った数よりも十人程多く、倒れていた。


――先制攻撃に過剰な武力。俺が日本が持っちゃいけないって反対していたことじゃないか! しかもこんな子供が見ている前で!


「あー、怖かったー! あんな大勢に囲まれたら、平和大好きな俺でも手を出しちゃうよねー。見えてないと思うけど、先にめっちゃ、殴られてたんだ、俺!」


 必死に言い訳をする貴一を、少年は不思議そうに見ている。


「ギリ専守防衛!」


 貴一は少年に向かって叫んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い感じに不謹慎
2019/12/24 11:39 退会済み
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