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第21話(1176年7月) 蝦夷と奥州

 陸奥国・平泉から北西に進んで行くと北上川の支流である胆沢(いざわ)川にぶつかる。貴一たちは水田地帯を抜け、川の上流に向かって山を登った。先頭を熊若。その後に貴一、弁慶と一列に進んで行く。


「法眼様は本当に国を作られたのですね。前に言っていた社会主義国なのですか」


「まだまだだよ。今は資本家と宗教指導者と軍人による独裁国だ。朝廷に抵抗できる力を持つまでは、それでいくしかないんだよねえ……。情けない話だけど」


 熊若は京で貴一の話し相手をずっとしていただけあって、現代用語を交えた会話にもついてこれる。


「仕方ないですよ。蝦夷は平等な社会でしたが、朝廷の植民政策に飲み込まれました。まず、抵抗できる力を持つという法眼様の考えは間違ってません――間もなく、集落に着きます。族長の話は法眼様のお役に立つでしょう」


 川の上流には小さな湖があった。湖のほとりに数十軒ほどの小屋が並んでいるのが見えてきた。煙の筋が数本昇っている。


「法眼様。ここから先は馬を引いていきましょう。馬上からの挨拶は彼らの誇りを傷つけます」


 三人は馬を引いていくと、小屋の中から髭モジャの男たちが現れた。麻の服の縁だけ染められており、革のベルトのようなものをしている。


――凄い髭だね。ボーボーというか、ボリューミーというか。


 熊若は族長と呼ばれる白髪交じりの男に、貴一と弁慶を紹介した。


「この客人が天下無双の法眼殿か。私はこの部族の長、アエカシと申す。たいした話はできないが、何でも聞かれるがよい」


「人の気配が少ないのは?」


「ちょっとした騒ぎがあって、みなそちらに集まっている。まあ気にせず中へどうぞ。肉もたっぷり用意している」


 小屋の中に案内された貴一たちは、串に刺した肉にむしゃぶりついた。

 みなの腹がふくれた後、貴一とアエカシの会話が始まった。


「蝦夷には族長がいるだけで階級の差は無いと聞いています。素晴らしい社会だ。だが、今はあなたたちの上に藤原氏、さら上には朝廷がいる。当然、不満は――」


「ある。蝦夷は自由な民だ。束縛を嫌う。しかし、蝦夷の大半は恭順・同化の道を選んだ」


「そうなった歴史を教えてくれませんか」


「自由の民である蝦夷が、戦いに勝つために束縛を求める矛盾に陥ったからだ――500年前に大和人が奥州に入ってきて水田を耕した。すぐに驚くほどの数に増えた。蝦夷は追い払おうと戦を起こした。蝦夷は強く、何度も大和人を追い払った。しかし、何人殺そうが、大和人が大勢やってきた」


「蝦夷の人口は5万から10万。大和人と比べると余りにも少ない」


「そうだ。蝦夷に比べ、大和人は爆発的に増えた。それでも蝦夷は戦い続けた。しかし、戦が長引けば、狩りができず飢えが襲ってくる。次に、戦いに勝てない大和人は蝦夷を懐柔し始めた。農耕の技術を教える代わりに裏切りを要求してきたのだ」


「離間ですね」


「法眼殿の言う通り、蝦夷の軍は部族の集合で成り立っている。戦いの盟主を選ぶことはするが部族間に上下はない。部族の行動は自由だ。部族に農耕生活という選択肢ができたとき、離反する部族が出てきた。離反を防ぐために蝦夷は部族を束縛するようになった――結果、自由を大事にする部族まで離れ、蝦夷はバラバラになった」


「恭順するのも自由、戦わないのも自由――」


「徐々に蝦夷の戦いの目的が変わった。大和人と蝦夷の対立が、大和人に懐柔された蝦夷と蝦夷の対立に変わった」


「救いが無いな……」


「戦いは大和人と融和した蝦夷の勝利に終わった。だが、これは大和人と蝦夷の双方が歩み寄った結果ともいえる。農耕生活を手に入れたことにより、蝦夷の数は増えていった。上に朝廷が圧し掛かってくるが、蝦夷としては栄えていったともいえる。朝廷に逆らわなければ狩猟生活も許された」


「部族間の横並びの関係は――」


「無くなった。階級が蝦夷にも産まれた。朝廷に比べれば簡素なものだがな。客人は嫌うが、階級は悪いことだけではない。蝦夷はまとまる方法を覚えたのだ。まとまれば強さになる。蝦夷は前よりも強くなった」


アエカシは誇らしげに言葉を続けた。


「100年前、陸奥国の蝦夷の長である安倍氏が朝廷に反乱を起こした。この平泉から奥はすべて安倍氏が支配していたが、朝廷に税を納めることを止めたのだ。朝廷は軍を差し向けたが、安倍氏は勝ち続けた。何度も言うが、まともに戦えば蝦夷は強い」


「しかし、負けた」


 アエカシがあきらめの表情に変わる。大きく息を吐いた。


「またも離間だ……。出羽国にも蝦夷の長である清原氏がいた。討伐軍の将軍・源頼義(よりよし)は好条件で懐柔し、清原氏を討伐軍に引き込んだ。500年前と同じく、朝廷・蝦夷連合軍と蝦夷の戦いになった。戦いの流れは逆転し、安倍氏は滅んだ」


「戦闘では蝦夷が勝ち、政略で蝦夷が負けた……」


「蝦夷の気持ちは複雑だ。戦いには負けたが、勝ったのもまた蝦夷なのだ。戦いの後、清原氏が陸奥・出羽両国の実質的支配者となった。むろん、朝廷の下での支配だがな」


「その清原氏も無くなった――」


「跡継ぎをめぐり争いが起こり、実子ではない清原清衡(きよはらきよひら)が勝った。皮肉にも滅ぼされた阿部氏と藤原氏の子だ。そして清衡は奥州藤原家の初代、藤原清衡を名乗った」


「藤原氏の政治は?」


「蝦夷も尊重してくれている。三代目秀衡様の妾も蝦夷の女だ。もう時代は変わった。奥州は大和人、蝦夷、そして両方の血を引くものたちが住んでいる。奥州は蝦夷だけのものでは無くなったのだ」


「尊重というと――」


「狩猟生活を認められ、農耕に比べ不安定な生活は、馬の放牧や商いの一部を任されることで保護されている。その代わり、戦いが起こった際には、最精鋭として激戦地に回される。仲間は多く死ぬが、勇者として扱われるのは蝦夷の誇りだ」


――それって、捨て駒じゃないの? でも言うと傷つくよね、たぶん。


 貴一はだいたいの歴史がわかったので、アエカシに礼を言った。


「いや、言い伝えを大まかに話したので、細かいところは蝦夷の中でも違うこともあるだろう。同化を嫌う蝦夷の中には海を渡って北に移り住んだ者もいる」


 貴一は居住まいを正した。


「ここに来た理由はもう一つある。俺の国と同盟を結んで欲しい」


「秀衡様とではなく?」


「俺と蝦夷の間に余計なものは挟みたくはない」


「えらく気に入ってくれたものだな。しかし、結んだとて、国は遠く離れている」


「技術同盟から始めよう。出雲国は大量の馬が欲しい。それも中央の小さい馬ではなく、奥州の良い馬だ。だが、奥州から出雲までいちいち馬を連れてくるのは難しい。だから馬を上手く育て増やせる人が必要です」


「代わりに何の技術をくれる?」


「良い鉄の作り方です。奥州の武器を持った敵と戦ったが、簡単に太刀が折れた。その後も注意深く武器を見ていたが、みな鉄が粗末だった。出雲からは製鉄の技術者を送ろう」


 アエカシは返事の代わりに呑んでいた盃を貴一に渡した。

 貴一は受け取って盃の酒を飲み、同盟が成立した――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アエカシの話、とても興味深く読ませていただきました!
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