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第20話(1176年7月) キレてないすっよ

 平泉・義経屋敷に入ると、貴一たちは板敷きの広間に案内された。バスケコート半分ぐらいの広さか。中央に三人が座ると左右の壁を背に10人ずつ貴一の元弟子たちが並ぶ。義経は奥の壁を背に一段高い畳の上に座った。


 弁慶が小声で聞いてきた。


「おい、あのちっこい武者がわしの運命の相手なのだろう。それなのになぜ、おぬしはイライラしておる」 


――クソガキが! 師匠相手にマウント取りにきやがって。だが、俺にはこれがある!


「師匠の言うことはー!」


 シーーン、広間に変な空気が流れた。

 弁慶が鬼一の顔をのぞきこむ。


「どうした、急に大きな声を出して――おい、鬼一。顔が真っ赤だぞ」


 貴一が弁慶の問いには応える前に、義経が声を出した。


「義経の言うことはー!」


「「「絶対!!」」」


 左右の元弟子たちが声を上げる。

 義経が勝ち誇った顔で貴一を見て来た。


――舐めやがって、コロス!


 ざわっ。


 貴一以外の全員が膝立ちで身構え、貴一を見た。

 広間に殺気が充満して、全員が身の危険を感じたからだ。

 屋敷からも殺気があふれ出たのか、馬のいななきや鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。


「法眼様、落ち着いてください。秀衡様に会えなくなります」


「やめろ、鬼一。奥州まで喧嘩しにきたわけじゃあるまい」


 弁慶と熊若が左右から、貴一の裾を掴む。

 貴一は義経の顔が強張っているのを見ると、少しだけ怒りが収まった。


――ふん、殺気でビビるぐらいなら、挑発すんなってんだよ。


 大きく深呼吸すると、貴一の殺気が鎮まった。


「俺の弟子どもを完全に手なずけたようだな。どうやった?」


「常勝無敗。勝ち続けて信頼を得て、負けないことで忠誠を得た」


 貴一は義経の忠臣となった男たちを眺める。


「一人として傷跡が無い者はいないね。共に死線をくぐりぬけたことで、生れた絆もありそうだ」


 貴一の瞳の中の炎は消え、子供たちの成長を見る親の目に変わっていった。


「奥州で遊んでいたわけではなく、天狗になるだけのことはやっていたというわけか」


「そうだ。軍略を奥州の内戦で試し続け、私にあった兵法を見つけ出した」


 貴一と義経の気が落ち着いたのをみて、熊若が貴一にささやいた。


「ここに来た目的を――」


「義経よ、俺を藤原秀衡殿に会わせてくれ」


「たやすいことだ」


「次にこの弁慶を――」


 貴一の裾を弁慶が引っ張って、小声で言った。


「止めておく。アイツは好かん」


――えーっ、それはだってほら、歴史じゃお手本のような主従だったわけだし。


「だいたい、おぬしが嫌いなヤツを、わしに薦めるのが解せぬ」


「ほら、恋愛でもあるじゃん。ツンデレみたいな――」


「とにかく、今はその話はするな」


 二人がコソコソ話していると、義経が訝しい顔をした。


「目の前で何を密談している。願いはそれだけで良いのだな」


「……ああ、頼む」


「3日後に秀衡殿に会う予定がある。その後に時間を取ってもらえるようお願いしておこう。それまでは私の屋敷に泊っているといい」


 熊若が義経に言った。


「義経様、法眼様を私の集落に連れて行きたいと思っております」


蝦夷(えみし)の村か。わかった、3日後の午の刻(正午)に平泉御所で待つ」


「承知しました。では、法眼様に弁慶様、さっそく参りましょう」


 熊若は貴一たちを急き立てるように義経の屋敷から退出させた。



 三人は騎乗すると、すぐに陸奥国の奥に向かって駒を進めた。


「もう少しいても良かったんじゃないか、熊若」


「いいえ、あのままだと法眼様が何人か殺してしまいます。元とは言え、兄弟弟子が師匠に殺される姿は見たくありません」


「凄い殺気だったぞ。戦じゃ怒ったほうが負けだと言ってるくせに短気だからなあ、鬼一は」


 弁慶も同意する。


「いや、その後は落ち着いて大人の対応をしたじゃん」


「すぐに気持ちを切り替えられる人ばかりじゃありません。義経様が言っていた通り、家人は信仰に近いほどの忠誠心があります。忠義のあまり、法眼様を殺してしまおうと思う家人がいても不思議ではありません。そうなったら――」


「優しいな。俺の心配をしてくれたのか?」


「違います。義経様の家人の心配です。法眼様が反撃をしたら、大乱闘になって何人死ぬかわかりません。法眼様から見れば弱くても、義経様の家人は歴戦の強者。奥州にとっても大事な男たちです。つまらないことで死なせたくはありません」


「つまらないことって……」


「熊若の言う通りだ。安い挑発に乗りおって。だいたい、あれだけの殺気を振りまいた後、どのツラ下げてわしを義経に紹介するつもりだったのだ? わしが気まずすぎるわ」


「それで、仕官するのを止めたのか?」


「それだけではない。あの集団には暗いものを感じた。義経も強がっていた割には、何か追い詰められている気がしてな。それに運命的というからには何か感じるものがあるはずだ。だが、それが無かった。おぬしの殺気で分からなかったのかもしれんが」


「はいはい、俺が大人げなかったですよー。悪かったな、空気を凍り付かせて」


 すねた貴一に熊若がなぐさめるように話しかけてくる。


「気分を変えましょう。今から行く私の集落で、鹿肉と猪肉を用意させています。運が良ければ、法眼様が食べたいと言っていた熊肉もありますよ」


「それはいい!」


 唾をゴクリと飲み込むと、貴一はすぐに笑顔になった。

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