第19話(1176年7月) はぁ!?
貴一と弁慶は京を素通りすると東海道を下り、奥州の玄関口である白河の関を抜けると、奥州街道に入った。左手には延々と奥羽山脈が連なっている。
「奥州には蝦夷がいると聞いてたが、まったく出会わぬな。見るのは大和人だけだ」
「狩猟民族らしいから山中で暮らしているんじゃないのかなあ。あの大きな山脈を見てみろ。獣を狩るだけで十分食べていけそうじゃん」
「じゃあ、奥州の田畑はすべて大和人が開拓したのか。どれぐらいあるんだ?」
「朝廷によると、陸奥国と出羽国を合わせて60万石だ。しかし、長明は100万石ぐらいあるだろうと言っていた」
「出雲国が6万石だから10倍から17倍か!」
「山陰・山陽道の15カ国、すべて合わせた土地より広いからねー。そして黄金を取れる山もあれば、貿易も上手くやっていると聞く。国力だけでいえば出雲の20倍以上はあるんじゃないかな」
「それを治めているのが藤原秀衡か……。わしの運命の出会いの相手だな」
「お前の相手は――おい、何か聞こえないか?」
貴一と弁慶は耳を澄ませた。
「――戦いの声が聞こえる。おもしろそうだ。奥州の戦いを見に行こう」
二人は道から外れて山に入り、戦いの場所を外側から見下ろせる場所に移動した。
互いに20人ほどの兵で切りあっている。
「片方は鎧を身に着けているから藤原家の兵かな。だとしたら、あっちが賊か」
「藤原軍だけではなく、賊も馬に乗っている。贅沢な戦いをしておる」
「奥州は馬の産地だからね」
戦いの中、一人異様な強さを見せている者がいた。鋭い連続突きで次々と相手を馬から落としている。
「あの技は――弁慶、戦いに参加するぞ!」
「お、おい、待つのだ!」
貴一はそのまま駆け降りて切り込もうとしたが、大木を見つけると登り始めた。
「どうした? やっぱり見物することにしたのか?」
弁慶は貴一を見上げて言った。
「違うよ。新技を見せてやる。とう!」
貴一は大木から飛び上がる、賊の頭らしき男が気付くと太刀で受けようと構えた。
「エェェェクスカリバアァァァー!」
貴一は大上段から袈裟懸けに振り下ろした。地面に着地すると同時に、賊の体の上半分がずるりと地面に落ちた。頭がやられて動揺したのか、残っていた賊も逃げ始めた。
「逃がすな! 追え!」
藤原軍の隊長が部下に指示をだした後、馬上から貴一の背中に剣をつきつけた。
「奥州の者では無いな? 何者だ?」
「修練を怠ってなかったようだな。突きが鋭くなってる」
貴一が振り返った。両者の顔がぱっと明るくなる。
「法眼様!」
「熊若。大きくなったな」
熊若は馬から飛び降りると、貴一の手を両手で握ってきた。
別れた時に140cmほどだった背丈は170cmにまで伸びている。
「なんだ、知り合いか?」
「ああ。紹介しよう。俺の一番弟子の熊若だ。こいつは弁慶」
賊を追っていた兵が戻ってきた。熊若に頭を下げる。
「申し訳ございません。殺してしまいました」
貴一は二つになった死体を見た。
「えっ? 熊若、殺しちゃダメだったの?」
「法眼様は気になさらなくて結構です。捕らえるように命令されていたのは、私たちですので――」
「重要なやつらなのか?」
「いいえ、秀衡様は罪人を金山へ送って働かせているのです。金山の中には風雪が過酷な場所もありますから……」
――シベリア送りみたいなものか。怖い、怖い。
「ところで、義経は一緒ではないのか?」
「平泉の自邸にいらっしゃいます。さあ、参りましょう。私がご案内します」
「弁慶、いよいよ運命の出会いだぞ」
貴一と弁慶は賊が乗っていた馬にまたがると、熊若の後を着いていった。
陸奥国の下半分(岩手県中央から宮城県北部)を貫くように流れる北上川を伝って北へ進んでいくと、目の前に都市が現れた。屋敷や寺院が立ち並び、周りには人々の家が軒をつらねる。もちろん京の都の規模には及ばないが、新しい建物の多さが国の勢いを現わしていた。
「奥州にこれほどの都を作るとは――」
貴一は目を見開いた。100年前まで戦続きだった場所とは思えない。耕作で得た税だけでは大規模な都市を作れるはずはなく、貴一は藤原秀衡が持つ金山の力をまざまざと見せつけられた気がした。
義経屋敷の門の前に立つと、旧知の弟子が頭を下げ、義経へ来客を伝えにいった。
「義経の屋敷もかなり広いな」
「ここでは賓客のように扱われております。法眼様の弟子20人もここで暮していますよ。あっ、大事なことを言い忘れておりました――」
義経が門に姿を現した。熊若と違って全然身長は伸びていない。155cmぐらいか。
「おう、鬼一。久しぶりだな。変わりはないか」
熊若が貴一の耳元でささやく。
「大天狗になっております」




