第18話(1176年3月) そうだ奥州へ行こう
出雲大社・境内の一角
長明が去った後も興奮している蓮華たちを横目に、ワクワクしていた貴一はふと思った。
――あれ、全国制覇ってどうすればいいんだ? 全国大会は……あるわけないよな。
「なあ、蓮華。日本一の神楽舞って、どうやって決めるんだ」
「京で評判になることです。天下無双の舞いだと褒めてもらうんです」
「ああ、そういうものか。じゃあ、京で踊りを見せる場所を考えないとな」
「そうですね。ただ、評判が上がってくれば神社のほうから声がかかります。それまでは、こちらから押しかけましょう! 他の巫女が舞いをやった後に、私たちがそれより上手に舞えば勝ちです」
――乱入しての対バンみたいだな。巫女の仕事から離れて踊ってばかりいるせいか、発想がイケイケになってきたような……。
「じゃあ、舞いが仕上がってきたら、京に力試しに出かけよっか」
キャー! 少女たちが歓喜の声を上げた。いつの時代でも若者は都会に憧れる。
貴一は稽古場を後にして、長明のもとに顔を出した。
「ありがとな、長明」
「道楽もほどほどにしてください。美少女に囲まれている支配者が民の目にどう映るか? 物語なら完全に悪役です」
「わかった、わかった。朝練に出るのは控えるようにする。ちょうど旅に出ようと考えていたところだし」
「どこに行かれるので」
「奥州だ。義経や熊若に会いに行くついでに、藤原秀衡の政治も見てくるよ」
「それはいい。あそこは独立国に近いから、わが国としても学ぶことも多いでしょう」
「弁慶も連れていくけどいいか?」
弁慶は降伏した後、貴一の下で部隊長を任されていた。
「ええ。残党も少なったので、構わないでしょう」
出雲大社を出てしばらく歩いたところに練兵場がある。今、力を入れているのは弓だ。寺社勢力との戦いでは、互いに弓を使うことなく白兵戦がメインだった。だが、武者との戦いになれば、当然相手は弓を使ってくる。騎馬の訓練もしたかったが、開墾が軌道に乗るまで馬は農耕に回すことにしていた。
「どうだ、弁慶。調子のほうは?」
「まあ、なんとか扱えるぐらいだな。わしも弓は得意ではない」
「今はそれでいい。使えないと敵に一方的にやられちゃうからね」
「あの鉄の玉を投げるやつではダメなのか」
「飛距離がね……。それに鉄心が大反対している。鰐淵寺での戦いの後、拾いに行ったが半分以上盗まれていたらしい。ウチの兵の仕業だけど、しょうがない。鉄は貨幣代わりになるもんね。贅沢武器だから、使うとしたらよほどの時だ。それより話がある――」
「どうした?」
「俺と一緒に奥州まで付き合ってくれ」
「奥州、遠いな……。わしじゃなきゃダメなのか?」
「前に言ったろ。運命の出会いをさせてやるって。その場所が奥州だ」
鰐淵寺の戦いの後、出雲を去ろうとする弁慶に対し、貴一が「運命の出会いをさせてやるからここにいろ」といって口説いたのだ。
「だが、わしは奥州に何のゆかりもないぞ」
「スサノオ神である俺を信じろ」
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数日後、出雲大社の鳥居前で貴一が待っていると、弁慶が米俵を担いでやってきた。
「おい、運命とか言って米俵を運ばすために俺を選んだんじゃないだろうな。馬を使えばいいじゃないか」
「言っただろ、馬は開墾以外に使う気は無いって」
米俵を持っていく理由は、旅の食事のためでもあるが、米を貨幣として使うためである。金や布より細かく計量できるため使いやすい。布や米は貨幣として使っても混乱が起きないように、朝廷が公定価格を決めている。
「都には寄っていくのか?」
「やめとく。奥州まで2カ月程度かかるからな。台風が来る前には奥州に着きたい」
農民たちが田植えを始めるころ、二人は奥州へ旅立った――。




