第16話(1175年7月) 現人神スサノオ
鰐淵寺を廃寺にした後、貴一が神人とともに出雲大社に戻ると、出雲国造家と神職の半数はすでに逃げ去っていた。残りの神職は鴨長明が掌握していることは知っている。というか、長明の計画通りだ。
正装した長明が神職を引き連れて貴一の前に来ると、うやうやしく頭を下げて言った。貴一の後ろには大勢の神人がいた。
「出雲国造家は去りました。これは彼らが出雲大社の祭神である須佐能乎命に見捨てられた証です! ではスサノオはどこに行ったのか? それは鬼一様、あなたの中です! 無敵の剣術に無敗の戦、あなたはまさにスサノオの化身です!」
神人たちから、「おお!」「まことに!」といった声が上がる。
――恥ずかしい。神人の中に仕込みがいると知っているから、なお恥ずかしい。俺の顔、真っ赤になってないかな……。
こんな小芝居やりたくない、と長明に何度も断ったが、必要な儀式だと言って許してはくれなかった。
長明が、次はお前の番だ、という目で催促してくる。
「ワレ ハ スサノオ。アマテラス ノ オトウト。ミダレタ クニ ヲ スクウタメ マイモドッタ」
声色を変えて貴一は話す。周りを見たくないせいで白目になっていた。
――ヤバイ、恥ずかしすぎて、神懸かり風じゃなく、ロボみたいなしゃべり方になってるよ、俺。
そんな気を知らずに真顔で芝居を続ける長明。こちらは迫真の演技だ。
「やはり、そうでしたか! だが、スサノオ神は出雲大社の祭神。いなくなっては困ります!」
「モトモト イズモ ハ クニユズリ デ オオクニヌシ ニ アタエタモノ。イズモ ハ オオクニヌシ ニ カエス(元々、出雲は国譲りで大国主に与えたもの。出雲大社は大国主に返す)」
「皆、スサノオ神の託宣だ! これより出雲大社の祭神は大国主神とする!」
神人から歓声が沸き上がった。
――こいつら、意味わかんないで盛り上がってるだろ。さあ、最後のセリフだ。
「ソレデヨイ。ワレ ハ キイチホウゲン ノ カラダニィーヒィー」
――ヤバ、声が裏返った。長明がこっち睨んでいるぅー! ごまかさないと。
貴一は気を失ったフリをして地面に倒れた。
「スサノオ様を拝殿の中にお運びしろ! 丁重にな」
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神人たちが帰った後、貴一・長明・鉄心の三人は巨大神殿に昇った。
48mもある神殿は、17階建てのビルに相当する高さだ、人が立てる高さでも30m以上ある。三人は神殿の中に入らず欄干の側で、格別の景色を見ながら乾杯した。
「これで出雲は我ら3人の物となった。荘園にいる民を山へ送って来い。大量に採掘して鉄を作る。たたら製鉄で国を豊かにしてやる!」
「鉱山にも人を送るが、開拓が優先だ。今の水田の広さを3倍にする」
貴一は気持ちが高ぶっている鉄心を抑えるように言った。
――今は6万石だが、戦国時代には18万石、幕末にはその倍あったはず。できないことはない。
「この国の農民にはすでに鉄の道具が行きわたっている。それに加え鉄を売った金で牛馬を買い、耕作に使えば開拓は早くなる。同時に農閑期には灌漑を行う。水路を作って耕作ができる土地を増やすんだ」
「鉄を売った金で牛馬を買うのか? わしら鉄師が稼いだものを!」
「少しの間だけ金を貸してくれ。水田が3倍になったら必ず牛馬を返す。その後は鉱山で牛馬を使えばいい」
「水田が3倍になるまで待っていたら、わしが先に死んでしまうわ!」
「長い年数をかけるつもりはないよ。そして4万いる民の数を12万人にする。そうすれば4千の兵を養える。鉄心は配下を大宰府や南宋に送って欲しい。自腹で」
「また、わしの出費か! 断る! だいたい配下に何をさせるつもりだ」
「鉱物の精製技術を学ばせるんだ。鉄と銀のね」
「銀? 石見銀山を奪うつもりなのか」
「なっ、見返りとしては十分だろ? 銀山を奪うためには兵が必要だ。兵を養うためには田畑を増やさなきゃいけない。どうだ、その気になってきたか」
「ううむ」
鉄心は腕を組んでうなった。頭の中で利益を計算しているのだろう。
今度は出雲大社のトップ・大宮司になった鴨長明が不満を言ってきた。
「荘園についてですが、本当に民に分け当たるつもりですか?」
「そうだ、出雲の民は平等に扱う。ただし、与えるのではなく均等に貸し与える。土地の私有財産は認めない。どうだ? 進んだ考えだろ?」
「ククク、遅れた考えです。口分田と同じではないですか。昔は戸籍の状況に応じて、国の土地を支給していました。この法がいつできたか知ってますか? 大化の改新の後ですよ」
長明は呆れた顔で言った。
「うそ! いい法じゃん。なんで廃れたの?」
「与える田が無くなったからです」
「じゃあ、開墾すればいいじゃん」
「国から田をもらえるのに、自分で開墾する酔狂な民などいません」
「むう……。でもさ、そこは国が指導するとかさ――」
「やりましたが失敗しました。そこで、朝廷はそれより効果的に開墾が進む法を作りました。それが墾田永年私財法です。開墾した土地は私有地として認める法です。そうなると皆、進んで開墾をするようになりました。人の欲を上手く使ったわけです」
「うーん、欲ではなく、理想社会の実現という考えを広めることによってだな――」
「理想? ククク、僧侶でさえ欲に明け暮れるこの世ですか?」
長明は鼻で笑って、話を続ける。
「しかし、私財法は結局、大規模な開墾が可能な寺院や貴族に有利に働き、今のように地主と小作人が生まれました。これが、スサノオ様には気に入らないのでしょう?」
「そうだ。富の格差は嫌いだ」
「今は我々が唯一の地主なので、もう格差はありません。私にはスサノオ様が以前、話していたコルホーズを改良した案がございます。まず、農地はすべて国有地にして、その下で農民に働いてもらう。そこまでは口分田と変わりませんが、農業開発をするためには、集団で行ったほうが効率がいい。だから村という単位に対して土地を貸します。そして、出雲国の民や兵に対しては、一律の米を配給します。これなら平等でしょう?」
「いいね! みんなが飢えと寒さを感じない国にしたい。まずは一日一食、米だけの飯を食べられるのを基本に兵や役人の数を決めろ。余った人間は農業か鉱業のどちらかに従事してもらう」
「正気ですか!」「狂ったか!」
長明と鉄心は目を見開いた。




