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第13話(1174年4月) 出雲の勢力②

 ヤギに草を食べさせながら、貴一は鴨長明(かものちょうめい)の話の続きを聞いていた。


「ククク、寺社の収入は荘園だけではありません。市場を開く権利や、出雲の産物の販売権も握っているのです。唯一の例外は鉄だけです。たたら製鉄者には寺社勢力も手を出せない」


「商いも支配しているのかよ! それでは独立国みたいなもんじゃないか」


「法眼様にしては、いい線いっていますが少し違います。出雲国は寺社勢力がバラバラなので、独立勢力の集合体といったほうが正しい。そして彼らは小競り合いを延々としています」


「争っているの? 宗教同士で? あきれた話だ」


「ククク、何をいまさら。寺社同士が荘園の権利争いで年中争うのは常識ですよ。だから神人や僧兵を多く抱えているのです。憐れなのはいつも巻き込まれる農民です」


「あったま来た! 寺社どもをぶっ倒す!」


「二人で? 相手は何千人といるのに? アホウですか? 法眼様がいくら無敵でも無理な話です。倒した後はどうするのです? それより、良い方法があります。乗っ取るのです、いい案でしょう?」


「めんどくさいなあー」


「急がば回れ、です。出雲国の全てを倒して独立したとしても、朝廷から乱とみなされますよ。それでいいんですか? 中央から何万もの軍が送り込まれます。関東をほぼ掌握した平将門の乱でさえ鎮圧されましたのに、出雲国の国力ごときでは1日と持ちません。瞬殺です」


「そんなに出雲国の国力はしょぼいの?」


「出雲国には山陰地方最大の平野があるとは言え、まだ未開拓の土地も多い。年間収穫高は6万石、人口は4万人ぐらいでしょうか」


 貴一は指を折りながら計算する。


「1万石で確か250人の兵士が動員できるはずだから――たった、1500人……」


「そうです。防戦だったらもう少し集められるでしょうが、これっぽっちの兵力で朝廷と戦うのは馬鹿のやることです」


「でもさー、おかしくない? さっきの寺社勢力の僧兵・神人の数を合わせると5000人を超えてるぞ」


「確かに。5000すべてが兵でないとしても多すぎる。先ほど朝廷より税が軽いと言いましたが、民の状況は思ったより悲惨なのかもしれない――早く、絲原鉄心殿に会いに行きましょう。現地の人間ならば詳しい話も知っているはず」


「そうだね。よし行くぞ。ハイジ! ペーター!」


「何ですかそれは?」


「ヤギの名だ。雌がハイジで、雄がペーターだ。異国の物語から取った。いい名前だろ?」


廃寺(はいじ)閉田(ぺいたあ)ですか? 呪われた名のような……」


「失礼な! ねえ、ハイジ。かわいいねえ~」


 貴一はヤギを撫でると、首につける鈴が欲しいなあ、とつぶやいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 数日後、貴一たちは出雲国に入った。斐伊(ひい)川の川岸に沿って山間地に上っていく。目に見える山の中には木が大幅に伐採されてはげ山になっているものもあった。


「たたら製鉄の煙が全然、見えませんが? 大規模な製鉄所なのでしょう?」


「おかしいなあ。移動したという話は聞いてないんだけど……。一応行くだけ行ってみよう。この山を越えたところにあったはず」


 二人が山を越えると、そこには川沿いに大きな村が出来上がっていた。

 製鉄所だけではなく、川岸には土倉が並び、大きな屋敷を中心に小屋も立ち並んでいる。小さな煙が幾筋も立ち上っているのは、鍛冶屋だろうか。


「おい見ろ、鴨。遊女小屋まであるぞ!」


「山中でここまで発展するとは、実に興味深い」



 ヤギを連れて歩いたせいで、二人は村人にジロジロ見られた。絲原家の屋敷の前で門番に名前を伝えると、ほどなく、たたら製鉄師の頭である絲原鉄心がやってきた。


「よく来たな福の神よ。なんだ、この獣は? 富をもたらす神の使いか?」 


 満面の笑みで鉄心は言った。


「ハイジとペーターだ。馬を育てている牧で繁殖させてくれ。必ずこの国の役に立つ」


「……不吉な名だな。まあおぬしの言うことだ。間違いないだろう。おい! この獣を牧に連れていけ。大事に扱えよ。呪いの神かもしれんからな」


「違うってば……」


 鉄心は貴一たちを屋敷の中に案内した。大広間に宴席を用意させると、妾らしき女が酒を注いできた。鉄心に鴨長明を紹介するまではと我慢していたが、貴一はだんだん不機嫌になっていった。


「大きな屋敷に妾。それになんだその服は? 絹じゃないか。富の独り占めは良くないぞ」


「独占はしてない。配下にもこれまでより倍以上の褒美を与えている。遊女小屋ができているのがその証拠だ。酒屋もある。みな生活を楽しんでいる。その余りをわしが預かっているだけのことだ。決しておぬしの嫌う、搾取とやらではない」


「人に配る以上に鉄が取れすぎていると言いたいのか?」


「そうだ。大たたら場の効果もあるが、評判を聞いた他の鉄師たちが、わしの元に集まってきた。数を聞いて驚け、千人以上だ。それで、さらに大たたら場を増やした。すべてが良い方向に回っている」


「じゃあ、なぜ今、たたら場が動いていない?」


「一つはたたら製鉄の向上により、砂鉄の採掘が追い付かなくなったこと。もう一つは寺社どもがうるさい。特に出雲国造(いずもこくそう)家が」


――イズモコクソウケ。かっけー名前だ。


「なんと言ってきているのだ?」


 貴一は中二心を抑えて質問を続けた。


「鉄の専売兼を出雲大社に寄越せ。そうしないと不都合が起こるぞ、と脅してきた。だが、わしは断った。だから、嫌がらせを受けている」


「襲撃されたのか?」


「いいや。もともと稲の栽培時期には砂鉄の餞別作業を控えるようにうるさく言われていた。川に土砂を流すと、川底が上がって洪水が起きやすいというのがその理由だ。今ではそれを完全に禁止しろと言っている」


「洪水が本当に起きるとしたら、しょうがないだろ。農民が可哀そうだ」


「おいおい、おぬしはわしの味方ではないのか? 出雲平野ができた理由を知っているか? 古代から続く採掘の土砂で出来上がったのだ。持ちつ持たれずではないのか。だから、わしは無視しようとした。だができなかった。やつらが次の手を打ったからだ」


「ものすごーく襲撃されたのか?」


「物騒な男め。襲うことしか能がないのか? 違う。やつらは農民に採掘の仕事を手伝わせることを禁止させたのだ。採掘、餞別、製鉄の流れの始点が止められては、たたら場は動かない。前より製鉄能力が上がった分、採掘をする人間はいくらいても足りない。だから今はたたら場の人間を採掘に回している」


 鉄心は貴一を睨みながら続ける。


「よく聞けよ、おぬしはわしが贅沢しているといって不機嫌になっているが、わしは民を豊かにしている。出雲の農民に鉄の農具を行き渡るようにし、稲の栽培期以外にも鉄の採掘という仕事も与えている。他の国より、出雲の民は豊かだ。その富を己の権益のために奪っているのが出雲国造家だ」


――それは資本家の理屈じゃないのか? 


 貴一が黙っていると、鴨長明が口を開いた。


「思っているよりも、この国は豊かなようですね。それなら寺社の兵力の大きさも理解できます。民の富を寺社が奪っているのでしょう」


「その通りだ。この若造はよくわかっている」


「ククク。当然です。法眼様、ここは、鉄心殿に協力してもらいましょう。そのほうが計画は早く進む」


「まあな、二人だけでは限界もあるし……」


「おぬしら、何を考えている?」


「鉄心殿、ともに国を造りませんか?」


 長明は鉄心に、出雲攻略の策を話し始めた――。

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