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第11話(1174年4月) セルフ追放

 鞍馬寺・魔王殿の前で貴一の怒鳴り声がこだまする。


「なぜ、賊の真似事をした! お前らは戦いに出るなと言っただろ!」


「いいえ、賊狩りは禁じられましたが、賊になるのは駄目とは言われてません。それに顔も隠してまし――」


「屁理屈を言うな!」


 遮那王(しゃなおう)は貴一の拳で吹っ飛ばされた。

 周りの弟子たちが遮那王をかばう。


「師匠もこの国を変えたいと言っていたじゃないですか! 国を支配しているのは平家です。時忠の手伝いをする師匠より、遮那王が正しいのでは――」


 ふんが! 貴一は弟子Aをぶん殴る。


「遮那王にはこの国を変えたいなどという崇高な思いはない! 単に平家が憎いから襲っているだけだ。それに覚えた兵法を実際に使いたくなったのだろう」


「遮那王の襲撃のやり方は見事でした。さすが兵法を学んでいると――」


 せいや! 貴一は弟子Bを蹴り飛ばす。


「そのあげく、全滅になりそうだったのは誰だ? 戦いという物はな、最後の一戦に負ければ、すべて負けたことと同じなんだよ。バーカ」


「師匠の言う、革命をしたのです!」


「勝てない革命は、テロっていうんだよ、タコ!(厳密には違うけど)」


 どりゃ! 貴一は弟子Cを投げ飛ばした。


「ここにお前らがいることも、いずれ時忠様に勘づかれる」


「そ、それは、師匠が強さを見せつけたからでしょ。この国で100人相手に圧倒できるのは師匠しかいません。それに、その――」


 弟子Dが貴一の腕の怪我を指す。


「腕の怪我が証拠になるから、時忠様の召喚にものらりくらり避けているのでは――」


 どっせい! 貴一は弟子Dを持ち上げてアルゼンチンバックブリーカーで締め上げる。


「ああ、そうだよ! バレそうなのは俺のせいだよ! 痛ててて」


「法眼様、無理をなさらないでください。さあこれを飲んで落ち着いて」


 熊若が石田散薬と日本酒を持ってきた。貴一はそれを飲むと大きく息を吐いた。


「これから、どうしますか。いつまでも時忠様を避けるわけには――」


「ほとぼりが冷めるまで、ここを引き払って出雲に行く。鞍馬寺に誰もいなければ証拠も犯人も見つからない」


「しかし、この後、賊が出没しなければ、私たちが犯人という証拠になりませんか?」


「時忠様はそんなケチな男じゃないよ。賊を捕らえる名誉より、平家への襲撃が収まるという実利を取る。今は頭に血が上っているだろうが、そのうち静まる」


「そういうものでしょうか」


「お前らもいい機会だと思って旅に出ろ。どうせ、しこたま平家から財物を奪ったのだろう。しばらくは稼がずとも食っていけるはずだ」


「法眼様、それなら奥州へ行ってきても良いですか!」


 声を弾ませて熊若が言った。


「ああ、故郷に帰ってこい。おれも出雲で落ち着いたら奥州に行くよ」


「わかりました! 遮那王、君もこないか?」


「いいのか?」


「もちろん。僕の初めての友だもの。源氏の嫡流なら、きっと藤原秀衡様も喜んで迎えてくれるよ」


「よし、行こう! 師匠、迷惑ばかりかけましたが、最後に餞別をいただけませんか」


「何が欲しい? 兵法書か?」


「私も十五になりました。今ここで元服をしたいと思います。名前をいただけますか」


「いいだろう、お前の名は――」


 遮那王が驚く。


「えっ、もう決まったのですか?」


「ああ、お前にふさわしい名前は決まっている――義経だ」


「ありがとうございます! 源義経か……。うん、悪くない」


「よし、じゃあ旅の支度だ。他の者たちも奥州と出雲、好きなほうを選べ。夜には発つぞ。急げ!」


 皆、慌ただしく動き始めた。


 数刻後、境内には弟子たちが一つにまとまっていた。


「ん? おい。奥州組と出雲組に分かれろと言ったろ」


「……あの。もう別れてます」


 熊若が申し訳なさそうに言った。


「えーっ、じゃ、じゃあ、みんな奥州に行くってこと!」


――マジかよ……。俺、人望無さすぎ。ヘコむわー。


「そ、そうか……」


 しゃがみこんだ貴一に、熊若が慰めるよう小声で言う。


「落ち込まないでください。みんな、師匠のことは嫌いではないんです。だけど、ここにいるのは平家の世では居場所がない者ばかりです。源氏の嫡流である義経に賭けたい、その気持ちをわかってあげてください」


「……熊若は優しいね。誰も傷つけない言い方をする」


 貴一は気を取り直して弟子たちに言った。


「奥州は馬が多い土地だ。お前たちには武術を教えたが、徒歩の技だけだ。将を目指すならば騎馬で戦えなきゃ話にならない。しっかり乗馬の稽古をしてくるといい――それじゃあ、気を付けてな!」


 貴一は弟子たちを送り出すと、大きく伸びをした。


「逆に気楽になったってもんよ。ハハハハ! ハァ……」


 乾いた笑いが境内に低く響く。


「わが師、法眼殿よ……」


「うおっ! 後ろから声を掛けるんじゃない」


「ご安心なされよ。われが出雲についていきます」


――あれ、こんなやついたっけなあ。


「ごめん。お前、誰だっけ?」


「出雲族長の末裔にして大国主(おおくにぬし)の血を引く者。名は鴨長明(かものちょうめい)。出雲のことなら神羅万象、何でもお聞きくだされ」


――なんか偉そうだなコイツ。とはいえ、ぼっち旅も寂しいしな。いないよりはマシか……。


「ああ、そう。じゃあ……いこっか」


 貴一は気の無い返事をすると、鴨長明を連れて鞍馬寺を後にした――。

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